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中華 状元への道

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2019年 08月 03日

歌の世界にまどろんで_貴州トン族を訪ねて

 厦格村xiageは山の上にあった。ここでは夕食まで時間がたっぷりある。侗族最大の村である肇(zhaoxing)の入り口で観光バスからバンに乗り換え、曲がりくねった山道を30分ほど進むと村のゲートが現れた。すでに村人たちが歓迎のために待っている。前に進み出たのはエリート然として髪を整えた背の高い男性だった。おそらく漢族だろう。午前中に訪れた黄huanggang)村長とはずいぶんと佇まいが違う。27歳で村長に選ばれた彼は、侗族の衣装を着て朴訥な笑顔で村総出の結婚式準備を案内してくれた。別れ際には、我々のバスまで乗り込み、次は酒を一緒に飲もうなと送り出してくれた。侗族はお茶の代わりにお酒を飲む。米の蒸留酒だ。前日はランチに強めの酒が出され、夜まで頭に残った。さて、厦格村のかのエリートさんは滑らかな普通語で歓迎の意をあらわすと、民族衣装の女性たちを促して、歌を披露してくれた。我々を特別歓迎していることを強調するように何曲か追加で催促した。その後男性陣は竹製のサックスのような楽器で力が強い演奏をしてくれた。目一杯肺活量を使いゴルフスイングのように腰を決めて破裂音を出す。バホーン、バホーン。そのメンバーに村長も書記もいたのだった。村のトップが勢ぞろい。

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 荷物を置いて村の自慢の棚田を見に出かけた。私はその前にトイレ休憩。入り口付近のトイレは故障中だとかで村の党本部まで坂道を登る。付き添ってくれたのはかのエリートさんの部下の青年だ。土産物民族衣装のような黒に金の刺繍が入ったベストを着ている。下はジーンズ。「君も侗族なの?」「いや、僕は貴陽から派遣されて来たんだ」貴陽は貴州省の省会(県庁所在地)だ。貧困対策活動を行っているという。「具体的に何やっているの?教育?」明確な答えはなかった。党本部前には10項目の貧困対策が記された看板があった。カネで貧困を測り、状態を定義し、心理的に追い詰めることになりはしないか?

 棚田に向かう小道に入り一行を追った。中国語では梯田titianという。ハシゴまたは階段状の田んぼ。少し行くと視界が一気に開ける一同が一面に広がる棚田に一斉にスマホやカメラを向ける。遠くに宿泊している肇が見える。米の収穫は終わっているが野菜を植えている畑もあり色とりどりのカーペットを敷いたようで素晴らしい眺めだ。水を張った田んぼには魚を飼っているそうだ。高台から麓まで見える限り続く棚田は最初に居ついた一族から数えて700年にわたりひとつひとつ開墾してきたという。歌いながら朗らかに耕したのだろう。棚田を案内にしてくれたのはこれまたエリートさんの部下である若い女性だった。"Do you speak English?"貴陽で大学に入り独学で英語を会得したという。観光客にアピールしたい村には貴重な人材なのだろう。とてもきれいな発音だ。現在では侗族の村でも英語学習が初等教育まで行き届いている。黄村では小学校も覗いてみたがちょうど英語の授業の真最中だった吉林省から来たという女性教師の声に続き、真っ赤な制服を着た女生徒たちがいっせいに英単語を繰り返す。Uncle! Uncle! Ouch! Ouch! 感情がこもったアウチ!がいい感じ。棚田に戻る。彼女はせっかく会得した英語が使いたい様子。一方私はせっかく中国にいるのだから中国語で会話したい。彼女から英語が出てくると頭のモードがうまく変換できずに混乱してしまう。でもまあどっちでもいいや。彼女がいう"You can see sunset from here."それは是非見てみたい。5時半に日が沈むというので後で戻ってこよう。

 棚田見学を終えると党本部で休憩兼質疑応答の時間が取られた。本部と言っても木造二階建ての質素なものだ。会議室にはソビエトの旗と入党の誓いが貼ってある。保守党的秘密。永不叛党。などなど。党の秘密を守ります。永遠に党を裏切りません。まさかこれ、われわれも読まされるわけじゃないだろうね。部屋の外には党幹部の写真入り組織図が貼ってある。果たしてかのエリートさんは村の共産党第一書記であった。村が所属する黎平県の副県長であったとういうのだから確かにエリートである。けっこう若いぞ。その下に歓迎の演奏をしてくれた書記と村長がいる。村長(仮名)に嬴書記(仮名)である。村長は村民選挙によって選ばれる。この地区は黔南苗族侗族自治州に属す。村長が民族から選ばれることが自治の証しだという。書記は党員選挙で選ばれる。村の党員は38人だという。1921人の村で多いのか少ないのか?彼らはそれぞれ村を代表する一家から出ている。家と嬴家。侗族の部落では基本的にはひとつの姓の一族だけが住むという。結婚式の村は呉一族だった。その日は5組の式が行われ、新郎も新婦もみんな呉さん。祝儀記録帳を覗くと姓が書いてない。みんな呉だから書く必要がない。代わりに全ての名前の上に、侗語で父親を表す「甫」の文字が並ぶ。つまり太郎の父ちゃんがいくら出した、たかしの父ちゃんがいくら出したと記載してあるのだ。前日訪れた、立派な鼓楼で有名な増冲村には石さんばかり。「どこから来たんだい」と声をかけてくれたのは長く学校の先生をしていた石長老だった。この村の先生はもちろん石先生ばかりだ。愛称をつけて区別するようだ。その昔、侗族には姓がなかったという。姓がないとは皆を区別しないといこと。みんな家族だ。侗語には你好も谢谢もないという。家族間によそ行き言葉はいらない「不要客气!」と呉村長は笑った。

話を厦格に戻す。嬴書記は、村長の姓について「蓝」と書くと言った。音は同じlanである。組織表にはとあるので間違えであるのだが、文字を持たなかった侗族にとっては音が大事であって漢字は自体は重要でないのかもしれない。つまりここでは漢字は単に表音文字になり下がる。先ほどの甫の文字も私の辞書に意味は載っていない。つまり表音文字。翌日訪れることになるビアオバー村には「扒」という漢字が当てられているが扒を普通語読みするとbabaとなるビアオbiaoの音は普通語には存在しない。baba村ではまるでバーバリアンじゃないか。つまり語は漢字の限界を超えている。侗族の歌声も到底漢字では表せない。口頭伝承しかないのだ。漢字では歌の民族について書けるが歌声については書けないといえる。

 さて質疑応答タイムの話。第一書記の仕切りで会は進み、侗族が歌う対象や歌うタイミング、季節ごとの行事などに話が及ぶ。嬴書記も奥さんと出会ったのは歌を通じてだったという。となり村とのイベントで彼女を見染めた書記は渾身の歌声で気持ちを伝えた。歌がうまいことは男の価値をあげるのだ。「自分の若い頃はいつでも歌っていたんだよ」伝統の歌は皆が共有しあらゆる場面で歌い継いできた。侗族の子供はしゃべりだすと同時に歌い出し、歩き出すとすぐに踊りだすと言われる。侗族は母系社会であり伝統を守るのは萨(sa)と呼ばれるお祖母さん。日本語で長老というと男性を想起するが女性はなんと呼んだらよいのか。侗族で1番盛大な季節行事はこのに尊敬の意を表すもの祭りだそうだ。最大家族の最長老がの座につき、村民の尊敬を一身にあつめる。のチカラの源泉について驚きの秘密を聞いたのはその翌日だった。侗族の村は人口男女比が歴史上、常に変わらないという。バースコントロールの鍵を握るのはが代々引き継いでいる民族秘伝の薬草だ。薬草を煎じつめて若い夫婦に処方する。すると産まれて来る子たちの性別はの意図通りとなる。産児制限政策に失敗して男子が多い異常なバランスを招いた中央も秘密を知りたがったが、は決して口を割らないという。ともかく超越した存在なのだ。

 「ところで第一書記さん、あなたも共産党からこの村に派遣された時、やはりに挨拶に行ったんですか?」

 「当然です。村の文化を尊重し村民を愛してこそ、我々も愛されるのです」

なにやらモードが変換されマニュアル通りの回答になった。

 「さあ皆さん、そろそろ疲れも癒えたでしょうから村をご案内致しましょう」

と第一書記はこの会を打ち切ってしまった。共産党に関する質問のタイミングが早かったかな。

 村を案内しながら嬴書記が村の歴史を話してくれた。一族の先祖がまずこの地に居を定めたそうだが、流れ行くきっかけは時の勢力からの迫害。江西省から逃げて来たという。なにもない斜面を一から開墾し700年かけて壮大な景観を有する一面の棚田を作り上げた。今はこの風景を観光資源としたいようだ。第一書記と違って嬴書記は普通語が流暢ではない。子供のころは侗語だけで育ち、普通語は大人になってから習ったんだと少し恥ずかしそうに話す。楽器を吹いている時の勇猛な姿とは別人のようだ。ちなみに中国語の普通語をうまく話す人を褒める時、你的中文很准”という。君の中国語は標準的だねって。なんか嫌な響き。彼は一族の由来も語ってくれた。「我々は秦の始皇帝と繋がっているんだ」彼の姓は嬴。異様なほど難しい字だ。読みはying、イン。音をあらわすだけでそんなに難しい漢字を選ぶ必要もなかろうに。しかしこの姓には深い意図がある。秦の始皇帝の姓名は嬴政という。それゆえにこの字を使っているのだ。この地に着いた当時は別の姓を使っていたそうだが元の由緒正しき姓に戻したという。中国中央が強大になり言葉を教育とメディアで再統一しようとしている。さらには交通も便利になりこの山奥まで外国人に開放されている今、少数民族が秦の始皇帝との連なりをほこる。本家取り。メキシコグアダルーペの黒い聖母像を思い出してしまう。民族の文化を誇りつつも、中華思想の権化にすがる矛盾が、先住民文化を尊重しながら征服民族の持ち込んだカソリックの聖母に権威を求める姿と重なる。秦の始皇帝は中国を初めて統一した。度量衡と車軌の統一がその手段だった。車軌の統一は習近平が掲げる「交通強国」のスローガンにも通じる。なにせこうして我々も短い休暇を利用にして、新幹線で広州からわずか3間半でとなりの県从江まで来られるのだ。以前にも列車はあったが17かかったという。ここに来る新幹線では偶然にも侗族のお母さんと隣り合わせた。彼女は娘5人を残して広州まで出稼ぎに行っている。年三回の帰郷の折だった。いわゆる農民戸籍の打工(賃労働者)だ。彼女自身は漢字を書けないし読めない。でもスマホで音声チャットを娘と楽しんでいた。SNS微信に故郷や自職場の動画を保存してあり、嬉しそうに見せてくれた。自らの生活に誇りを持っているのだろう。孫の写真も見せてくれた。これから駅で落ち合うという。5人の娘のうち、2人は医者、1人は先生、2人は賃労働者だという。賃労働者というのはつまり都会に出ているわけだ。村に来るのも便利になるが村から都会に出るのも容易になる。こうして村からは若者たちが流出するのだ。

 夕暮れ時に棚田に戻る。何百年も変わらない風景に夕日が沈む。遥か先まで棚田が見渡せる。少し離れた棚田では女性が1人野良仕事をしている。彼女の影のそばに一匹の犬がたわむれている。仕事を終えた彼女は天秤棒をさっと担いで、あぜ道をバランスよく歩き村に向かう。日が沈むと真っ暗になる。私じゃ灯りなしには帰れない。夕食に席に向かおう。「交通強国」が肥大する今、鉄道網が張り巡らされ、高速鉄道だけでも二万五千キロに達する。空前の国内旅行ブームに沸く中国でいつまでこの景観がいつまで保たれるのだろうか。先に開放された小黄村(xiaohuang)ではガイドさんに導かれたケバケバ原色セーターにサングラスのおばちゃんたちが、統一感のある質素な農藍色の民族衣装に銀の飾りをつけた村民たちを原色パワーで圧倒していた。この棚田には大勢の観光客が歩ける道はない。棚田の静かな緑が原色をまとった観光客で溢れるのはみたくない。


 夕食は共産党事務所前の広場で振舞われた。夕暮れ空に五星紅旗が翻っている。本部横の石には赤い文字で習近平の言葉が彫ってある。立下愚公移山志,打坚战 近平”(愚公が山を動かしたような志を打ち立て、脱貧困作戦に打ち勝とう 習近平) 君らは貧乏なのだから金持ちにならなきゃいけないとまず信じさせる。これが資本主義の来た道。愚公の逸話は、こつこつやってついには山を移してしまった故事にちなんでいるが、長年かけて棚田を作った彼らにうまくリンクしている。第一書記の目標は村を豊かにすること。先に開放した肇では通りも整備され観光客の宿泊施設もある。ポップスの流れるバーもある。大歌祭りが開かれる小黄村は近年開放されたが歌を求めて観光客が増え裕福になっている。この村も続いてゆきたいとガイドさんに抱負を語ったという。広場の奥にある住居前では子供たちがスピーカーで音楽かけて踊っている。普通語のポップスだ。踊りはみんなで揃ってまるで日本で一時流行ったパラパラのような感じだ。アメリカはロックンロールで世界を制したが、若い子たちには民族の旋律よりポップスの方が耳に心地いいのかな。

 広場には長机を並べて豚鍋や小皿料理が並べられる。お客さんを歓迎するための食事が用意された。いつの間にかあたりは真っ暗で、明かりは本部の街灯だけだ。宴はやはり村の女性の歌から始まった。贅沢なのは、参加者一人一人を順々に囲みつつ歌ってくれること。最後には米酒の一気呑みのサービスも付いている。長机では私は第一書記の正面に座ることになった。この際いろいろ聞いてみよう。

「第一書記はこの村にいつ派遣されたんですか?」

「很久很以前来到的。ずっとずっと前に来たんだ」

「冗談はいいですから」

「実は3月に来たばかりなんだ」

「ずいぶん若く見えますがおいくつなんですか?」

18歳だよ」

「またまたあ」

結局歳はわからない。見たところ40前かな

「ご結婚は?」

18歳だからまだだよ」

ガイドの彭さんの言葉が思い出される。侗族では結婚して初めて一人前の男と認められるという。家族に対する責任が生じますからねと。例の27歳の村長にはすでに6歳の息子がいるそうだ。

「お若くてトップに立ったのですから未来の習近平ですね」

「習近平主席は国家の偉大な領導です。とてもとてもそこまでは」とは言いつつもまんざらでもない様子。

「まあともかく飲もう!」と第一書記は私の椀に米酒を並々注いだ。一気合戦の始まりだ。

ハイライ、ショーライ、ヘーイ、ソーブラ!

侗族の乾杯の掛け声だ。カタカナではとても表せないがとりあえず。

その後、ぞくぞくと飲み要員が一気飲みを仕掛けてくる。

「ほら、中国通、椀が空いてないぞ!」

私を中国通zhongguotongと呼ぶ第一書記。この言葉に素直に喜んではいけない。日中両国は複雑な関係の歴史を持つが近代では憎悪が目立つ場面が多かった。その中でも中国フリークは常にいた。中国側は親中分子を味方に引き入れるために、褒めそやす言葉の常套句として中国通と呼んだ。まあともかく私は中国に興味があるのは事実だが。

「中国通、今度は書記と乾杯だ!他是非常能干的人!(彼はとてもできる男だよ)」

上から目線炸裂である。中央からみて政治的に優秀な人間だという意味である。その後もいろんな人を紹介されその都度飲む。中国の宴はいつもこうなるのだ。入れ替わり立ち替わり多数が乾杯を仕掛けてきて結局はゲストがつぶされる。乾杯は杯を乾かす。つまり一気飲みだ。まだ意識のある私は気づいた。第一書記書記の掛け声は元気がよいのだが杯を空けてない。

「さあ第一書記、まだ酒だ残っているぞ。カンパイだ!」

 宴もたけなわのころ、党本部のスピーカーから大音声が流れた。

村の衆に向けて、日本から大学教授御一行が訪れているのでみんなでお客さんを歓迎しようという意の放送であるとガイドの彭さんが教えてくれた。その後の記憶は酒のせいで曖昧だが村の鼓楼には村人たちが集まっており焚き火を囲んで盛大に歌で歓迎してくれた。侗族の村では鼓楼がもっとも大事な場所なのだ。村落に必ずある。そこで村の重要事が決められる。民族の歌がひと段落すると日本の歌でも紹介してくださいと声がかかった。日本代表として立ったのは旅に帯同していた歌手Kawoleさん。収穫を祝う日本の歌を美しい声で披露した。大喝采に続いてでたアンコールに答えた歌は、南米ケチュア語の歌。発声方法が違いさらに貴州に居ながらにしてさらに別の異国に連れてゆかれたようであった。音楽のチカラ。漢族代表はガイドの彭さんだった。定番曲「大海啊,故」を歌った。

大海啊大海,就像妈妈

走遍天涯海角 在我的身

ふたたび民族の歌が続く、皆で手をつなぎ焚き火を何周も何周も回りながら次々と歌い手が変わりリフレインは止まらない。いい加減長すぎないか。歌の民族はとにかく歌が大好きで自分も歌わないと気が済まないらしい。彼女がマイクを握ったのなら私も是非と次から次と主張して終わらなくなってしまったのだ。マイク向けられて何を歌ったらよいかと逡巡して逃げてしまった私とは大違いだ。歌を忘れた民族は日本の歌をと請われて何を選べば良いのか?こちらは歌謡曲しか知らないしそれを日本の歌と呼んでいいのか?しかし考えるより先に歌えばよかったかと今頃後悔している。

 大喧騒を後にして宿に戻った。VIPホテルという英語名のついた宿はシンプルな木造三階建て。食堂横に小さなホールがあり、歌の現場から戻った姿のまま、日本からの訪問者が集まり、歌の旅についてのシンポジウムを開いた。録音機器がセットされ、車座になる。参加者を司会の管啓次郎さんが紹介する。各々が今回の旅の考察をシェアする。大学教授、デザイナー、詩人、歌手、装丁家、編集者、カメラマンなどに混じりサラリーマン代表として参加した私は自分の話を語り終えると、並々注がれた第一書記の米酒のおかげで、そのまままどろみ中に沈み込んでしまったのである。あまりにも刺激的なこの旅が夢の中の出来事でなかったことだけは確かなようだ。今度は歌う曲を用意して訪れたい。えいちゅう♪

以上



by zhuangyuan | 2019-08-03 11:27 | 文化、歴史 | Comments(0)
2019年 03月 03日

映画「ウェディング・バンケット」にみる「家」

映画「ウェディング・バンケット」

台湾映画でベルリン映画祭金熊賞ってことでずっとみたいとおもってました。米国にわたった中国系カップルの結婚式の話です。先日中国語原書会に参加し課題図書が巴金「家」だったので現代の家事情が当時といかに変わったか、もしくは変わっていないのかが気になったのです。
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巴金「家」の大家族は清朝末期を舞台として、時代変化の影響は受けつつも旧態依然とした家が打破すべきも、大きな存在感をもっていた。若い三兄弟の長男は家に縛られ、恋人を捨て、家のために結婚した妻も見殺しにした。次男は進歩的な従妹と恋仲だが、自らは行動しない。三男は少女である婢女に恋をするが、家の力で彼女が妾にやられるのを止められない。最後に彼は家をでて都市に向かう。とにかく崩壊する清朝においても家はまだまだ大きい。

 この1993年に公開された映画で家はどうなったのか?予備知識なしで観たのでいきなり驚いた。ニューヨークに住む台湾青年ウェイトンはゲイなのだ。白人男性と同棲している。台湾に住む母親はいつまでも独身の彼に結婚相談所に登録をすすめたり、お見合い相手を送り込んできたりする。旦那の心臓が悪く、早く孫を見せたいという一心に。そこで思いついたのが偽装結婚。店子である芸術家の中国系女性ウェイウェイが結婚相手となる。彼女は大陸からやってきて彼に思いを寄せていたがゲイのためかなわぬ恋である。しかしグリーンカードのために偽装結婚に同意する。結婚のニュースを聞き彼の両親はすぐさま台湾から飛んできた。略式結婚で済ますはずがメンツがたたずに大きな披露宴を開くことになってしまった。

息子は彼氏との愛を信じ、家の存続など気にもとめない。たかや彼女のほうは家をおいて大陸からアメリカに渡り、新たな地アメリカで永住権という家の代替物のために婚姻を利用する。台湾の両親はそんなことはつゆ知らず家の存続を喜ぶ。面白いのは、披露宴を開くきっかけになったのが、かつて両親の家で使用人をしていた男がニューヨークで大きなレストランを開いていたことがきっかけだったことだ。この元運転士は家の旦那をいまでも敬い、メンツを重んじ、かつての主人と同じテーブルを囲おうとはしない。アメリカに渡りつつも家のしきたりを守っている。結婚式前に父親が息子に打ち明ける。若い頃自分も家の進める婚姻からに逃げて軍隊に入ったのだと。

家とはいったいなんなのだ。結局は金だと思う。経済維持システム。ウェイトンは裕福な台湾の家からのバックアップもあっただろうがアメリカで仕事を持ち成功している。ジムで体を鍛えるすがたに個の確立がみえる。ウェイウェイはまだ貧しいころの中国大陸から脱出しアメリカに渡り、自らの芸術的才能で食べてゆこうとするが生活が苦しく生きる寄る辺を求める。ウェイウェイの彼氏サイモンは裕福な生活をして愛に生きる。父親は大陸で軍隊に入り、日本と共産軍と戦い、その後は故郷を去り台湾に渡り、使用人を使うまでになり家を作った。巴金「家」に君臨する爺爺は辛亥革命期の激動の中でもしきたりを維持して大家族をまもる。なくなった息子の代わりとして孫の三兄弟長男に期待する。それも経済のためだ。多くの使用人がかしずくのも経済のため。長男が愛を犠牲にして家に従うのも、伝統の呪縛より、経済の維持のためだろう。西洋の思想に共鳴した若い三男が家を飛び出るのも経済的バックグラウンドがあってのことであり、塗炭の苦しみは経験していないゆえデモクラシーや個人があるのは経済的基盤による人権が確立されて初めて成り立つことを知らない。

「家」は経済的基盤であり、内と外の区別が必須であり、包摂と排除が前提となる。その中でのみ富を分け与え、そして守る。社会全体が豊かになり家システム必要とされなくなれれば、ほころびてゆく。社会福祉システムがそれを代替するからだ。しかしそのシステムの上にさらに君臨できる「家」であればそれは維持されるだろう。映画「クレイジーリッチ」で描かれたシンガポールのスーパー金持ち一家のように。ここでも家への束縛が同じだが、あまりにリッチであっけらかんとしており、悩みもスーパーリッチで深刻さがない。世界でアジア人がリッチになった証拠だ。どこかにしわ寄せを作りつつも。

ウエディング・バンケットの大団円はネタバレになるのでいいませんがさすが金熊賞というだけあって想像の及ばない結末であり、いろんな余韻を残してくれる。家、親子、台湾、中国、移民、アメリカ....。最後は父親が台湾に帰って行く。イミグレの検査を経て。

以上


by zhuangyuan | 2019-03-03 17:02 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2019年 01月 14日

そして嵐は過ぎ去ったのか?

中国映画「迫り来る嵐」(原題:暴雪将至)

私の好みの映画、時代のうねりに翻弄される系です。そこに女性連続殺人のサスペンス要素が加わる。ポスター見るとサスペンス推しかもしれないですが私にとっては、この時期の中国を知ってるだけに、この不連続な変化のスピード、暗く大きいギャップもしくは見えそうで見えない機微が気になります。同じ時代背景の「薄氷の殺人」もよかったな。
https://zhuangyuan.exblog.jp/21558727/

物語は1997年から2008年を描く。香港返還から北京五輪まで。中国の経済社会環境が大きくふれた時代です。舞台は地上の製鉄所。この時期に鉄鋼に関わりつつ頻繁に中国を訪問していましたので90年代末のこのどんよりした空気感を覚えています。というか工場の記憶しかない。世界経済に巻き込まれて成長しつつあるもののそれまでの社会主義システムの軋みが大きくなっているころの違和感。江沢民政権、大企業が大リストラに進んだ下岗の時代の暗さ。企業が大きくなり出して経営者や政府高官が豊かに見えるようになる一方で工員たちは食堂に群がり白飯をかき込んでいた。

主人公余国伟は製鉄所の警備員。普段所内の風紀を守るべく、窃盗犯などを見つけ出す。その正義感と実績で有能だとされている。仲間うちでも慕われ、組織からも模範的と評価される。公営大企業が社会主義の中で作ったシステムで計画に則って目標を達成する。模範職員は表彰され栄誉を与えられる。その中で一歩一歩進んでいる。でも彼が身を置く大システムは非効率となり、機能しなくなっている。そんな変化を彼も人々も認めたくないが感じざるを得ない。社会不安から犯罪が頻発する。かつて成長を支えた製鉄所ですらしかり。そんな折りに女性連続殺人が発生する。余は工場外部で発生した事件にもかかわらず自ら捜査に乗り出す。優秀な彼は仲間からもてはやされ彼の実力なら公安にでも入れると賞賛されるが、あくまで彼は今まで通り組織内で日々の仕事を全うすると嘯く。ただその実、鄧小平改革開放以来の、先に金持ちになって行った世間も彼には見えている。しかもその年、世界一の金持ち地区香港が体制に組み込まれた。そんな時代を背景に、彼も捜査に貢献して、あわよくば公安に抜擢され自らも飛躍したいのだろう、次第に度を超して事件にのめり込んで行く。

 街の繁華街は小香港という。香港とは似ても似つかないしょぼい街並み。色街で出会った女友達はリアル香港に出て美容室を開くという夢がある。豊かな世界がおぼろげながら見えてきた。手を伸ばせば届きそうな感覚を与える。製鉄所には四方にレールが敷かれ原料が運び込まれる。世界とつながっている。でも自分たちは土地と体制に縛られている。と思い込んでいる。外に出たい。空間的にも組織的にも。でも思い切れない。過去の延長に少しの逸脱を加えて変わろうとする。殺人事件の犯人を挙げれば、なにかを変えられる。そのうちに犯人らしき影が女友達のそばにちらつく。

中国が大国になった今振り返れば、成長へのテイクオフの一過程であったと思えるが、そこにいる大衆からすると明日も見えない不安の極致だ。意思を持てば持つほど不安が募る。この映画、ずっと雨が降っている。冷たいしのつく雨。いつ止むかわからない。どこが前線かもわからない。どのくらい大きな雲なのか?「迫り来る嵐」暴雪将至(暴雪がまもなく至る)。最後の場面は2008年。世界ではオリンピックが賞賛された年。10年間の経済発展とはなんだったのか?暗示的。

以上


by zhuangyuan | 2019-01-14 19:44 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2018年 04月 03日

歴史に学ぶ朝鮮有事と台湾

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『朝鮮戦争 米中対決の原形』神谷不二著

古典読書会の課題として読んだ。

朝鮮戦争についての本なのに韓国でなく、台湾出張中に読みました。これが意外にも臨場感を醸し出しました。

朝鮮戦争についていつも不思議に思ってたのはなぜ中国が参戦した理由。中国は日本と15年戦争し、内戦をした末に、共産党がやっと政権とったのが1949年。国土は荒廃し、人民は疲弊してるはずなのに、翌年朝鮮戦争にあえて参戦した。しかも相手は世界最強のアメリカです。このモチベーションはどこから来たのか?そもそも第二次大戦後ソ連が北朝鮮を統治したのではなかったか?しかもまだ国連にも加盟できていない新生中国がなぜ?

『当時、中国政府の指導者たちが国内にまだ多くの敵ー「反革命」分子、「帝国主義者の手先」「国民党のスパイ」などーを抱えていたのはいうまでもない。彼らはまだ政権獲得の直後だったのである。朝鮮への介入は、人民解放軍の一部を国内「平定」の任務から引きはなすことを意味し、さらに経済的負担を増大させる点からも、決して容易な事業ではなかった。

中略

反面、もし北朝鮮を見殺しにするならば、マッカーサーや蒋介石が「大陸光復」へ勇気づけられ、国内の反政府分子にも反革命への新たな希望を持たせるおそれがあった。』p126

 共産党軍参戦の動機は台湾の国民党にあった。アメリカのいうドミノ理論への恐怖は、中国共産党の方が強くもっていたということでしょうか?開戦前、海南島、舟山列島に続き、台湾侵攻目前であったと本書にあります。アメリカは当時、台湾は防衛線に含めない意向でしたが、朝鮮戦争を境に、第七艦隊を台湾防衛に使うとした。このポイントで中国共産党の敵はアメリカとなった。これにより人民解放軍の台湾侵攻は難しくなったが、このまま国内の反革命分子を勢いづかせるわけにはいかない。そこで北朝鮮を援護することにした。援鲜抗美。中国の外交は全て内政の発露だと小室直樹氏が書いてました。まさに内政の発露。

 ソ連バックの金日成が南朝鮮に侵攻していなければ、台湾は今の形ではなかったのではなかろうか?なんてことを台湾新幹線で読書しながら思いをめぐらす。台湾島を共産党がとったか?もしくはアメリカがとったか?少なくとも当時の中国が朝鮮戦争に踏み切らなければ今日の大国はないでしょう。歴史のifを思うが楽しい。

 今の台湾を外国人として訪れると平和そのもので、大陸中国との緊張関係を感じることはほとんどありません。今の与党は台湾独立派であるが、先の抜粋にあるような「大陸光復」つまり大陸を取り戻すなんて気概は微塵もない。野党国民党だって国共合作が関の山。ただし少し前までは確かに大陸をうかがっていた。徴兵制があるので大抵の男子は軍隊経験があり、今回の出張でもお客さんに話を聞来ました。彼は大陸に一番近い中華民国領土である金門島で兵役についた。彼がいたのは80年代だが、金門島の最前線では双方から爆弾が飛び交い非常に危険だったという。ただ兵役が終わる頃には爆弾もおさまっていったという。

 もう一人はレーダー制作会社エンジニア。会社は軍の発注で潤っていたがレーダーに使う肝の技術は米国企業が握っていたという。彼はその技術を学ぶべく米国に派遣された。そして2年がたち、成果を持って帰国するはずが、緊張緩和のために政府防衛予算編成が変わり、受注が減った企業は倒産してしまい戻るところがなくなってしまったと。いずれも80年代の話だ。

そして現代、つい最近兵役についた米国帰りの若者はいう。一年の任務はとても楽だったと。太った上官は緊張感がなく、え米国文化に憧れていたため、彼は上官に英語を教える役目だったそうだ。両岸関係緩和の様子が伺える。

 今は緊迫感がない両岸だが、どこかで歯車の一つか狂えば、戦争になっていたかもしれない。本書「朝鮮戦争」もそんな小さなボタンのかけ違いが国際政治や戦局を大きく左右する様子が描かれている。北朝鮮とトランプそして中国がにわかに喧しい。大国中国にとって朝鮮有事は割に合わない。だがしかし何かの拍子でバランスが崩れれば.....。今こそ読むべき古典だろう。

以上


by zhuangyuan | 2018-04-03 14:42 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2017年 09月 20日

中国の異次元バージョンアップにぶっ飛んだ

 毎度中国に来るとその変化のスピードに圧倒されます。今度もまた驚かされました。以前ですと大きなビルが立ったとか高級な車が増えたとか道路がどこまでつながったとか、これまでの先進国が歩んできた道を猛スピードで追いつく感じだったたのに。追い越したと思ったらいつの間にか別の次元に浮上している。そんな感じ。

 まずは空があおい。少し前の黄色がかったどんより曇った空はどこいったのか。上海の空は真っ青でした。もちろん冬の時期にはもっと曇っているらしいのですがそれは北の工業地帯から流れてくるスモッグ。北方の冬は寒いので暖気システム石炭を炊くため空気が汚れるのです。しかし今年は違うでしょう。今年の冬は北京近辺の鉄鋼産業は50%生産調整が通知されています。いま中国政府は一番気にしてるの環境問題です。

 上海ではやたらと電気自動車が増えている。国産車BYDをよく目にしました。これは政府の電気自動車優遇政策のおかげだという。上海では車購入時にナンバーを入手するのにお金がかかる。少なくとも90,000人民元。発行数も限られており希望者が多い場合はオークションになると言う。それが電気自動車なら政府に補助してもらえるので費用がかからない。こうしたドラスティックな政策が素晴らしい。既得権益者に甘い日本と大きく異なる。変革に躊躇は無い。自動車産業においては欧米や日韓に大きく遅れをとっている中国だがこの電気自動車の波で大逆転世界制覇をもくろんでいると言う。イノベーターのジレンマに陥る既得権益者の捨てきれぬ資産を尻目に大戦略で進み出す。お金持ちのマインドも変わっています。環境に気を使うのがかっこいい。去年買ったクルマはテスラだと自慢してくれました。家と会社に充電基地を作ったという。コストかけても環境第一。

  無錫に行くとバイクが多い。でも音が静かなんです。聞いてみると電動スクーターだという。「エンジン付きオートバイ(摩托车)は禁止だよ」と友人がいう。排ガス対策でオートバイ禁止で電動スクーターもしくは電動自転車に。とにかく静か。音がしない。これいいです。もちろん空気にも。重要なのはホンダやヤマハ、スズキがないこと。ベトナムやインドネシアでは道という道にバイクがあふれ日本企業が圧倒的に強い。それがここで走ってるのは中国企業のものばかり。企業間競争が激しいからこれからどんどん品質よくなるんでしょうね。もちろんこれまで中国企業もオートバイを作ってた。でも地球環境のためならやめてもらいます。

今年鉄鋼業界では違法操業企業が一斉に摘発、取り潰された。品質や環境基準を守らない違法に儲ける企業は許さない。一億トンの能力が潰された。たった半年間で。矛盾が一気に解消しつつある。

環境対策はとかくコストアップと見られがちですが、社会全体でみれば古い産業が入れ替わり、さらには環境機器などの産業が立ち上がることになりグレードアップする。

 上海に戻ると歩道の脇には自転車がたくさんおいてある。これは個人のものでなく、シェアリングのため。みんな電動自転車です。永遠無料って書いてある。スマホで登録すればいつでもどこでも乗っていい。乗り捨てもオッケー。
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日本で実家の母が電気自転車を買ったときに試し乗りして胸が高鳴った。世界を変えるかもって。だって燃料いらないし排ガスなしでスイスイとどこまでも。でも高いんだよね。それがただでシェアできるなんて。上海の街では質素な服を来たおばあちゃんがゆっくり静かにカラフルな自転車走らせてる。地下鉄もどんどんできて自宅との往復シェア自転車だって。渋滞も早晩解決かな。

少し郊外に行くとシェア電動自転車提供企業がしのぎを削ってる。一ヶ月の利用料はなんと1人民元。でもこんなので企業は利益出せるのか?もちろんこれでは出ないのですが未来を感じる投資家がお金を出すらしいです。アイデアの未来に資金が集まるプラットフォームもあるのか?

社会インフラという意味では資金だけでなくスマホアプリの普及が大きい。決済もスマホが主流です。AlipayとWechatPayでどこでも払えちゃう。シェア自転車利用もスマホでピッ。タクシーもスマホ。東南アジアやアメリカではUberが主流ですが中国で滴滴打车。ついにUber中国も買収しちゃった。Uberの愛用者である私は中国でも使えると聞きアプリを開く。車なし。買収して骨抜きにしたのかな?残念ながら私は滴滴は登録してません。

国内の移動や宿泊もアプリでチョイチョイってやれば予約できちゃう。私はお客さんに新幹線チケット予約してもらいました。
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日本みたいにJR東日本だとか東海だとか予約のアプリが違うとかややこしいことはない。飛行機だっておんなじアプリ。政府は新しい技術とアイデアを後押しして、その新しい産業の発展を促し、その上で旧来の国有企業に改革を迫っているそうです。時には軋轢を生みながらもやると決めたらドラスティックに素早く。

レストランの注文も決済も食べログみたいなアプリ経由でやっちゃう。カロリー計算もできてたよ。割引もあるからみんな使う。ウェイターもいらないし、領収書も書かなくていいし、税金控除のための経費計算書だってネットでできちゃう。どこで何に金つかってるか補足されてるわけなんで怖いですが便利さには変えがたい。決済に関する信用の問題を解決できる可能性を持っているわけで、ますます交易が活発になされコストがかからず経済効率から考えたら画期的です。マイナンバー制度をアプリが代替しちゃってるようなものだな。利便性を与えて自由を感じさせつつしっかり管理。しかもそれを民間企業にやらせちゃう。ただ者じゃないな習近平。そこには負けてゆく国営企業もあるわけで、そこは既得権益と結びついた守旧派なはずなのにそれをものともしない強権で突っ走る。だんだん想像が膨らんできちゃったんでこのへんでやめとこう。とにかくバージョンアップが速い。どっかの国のなんとかファーストは主役を降りなきゃいけないな。その先はいうに及ばず。

なんかずいぶんと未来の世界に触れちゃったんでついでにリニアモーターカー乗って帰ろっかな。浦東空港までたったの7分。
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以上



by zhuangyuan | 2017-09-20 20:14 | 時事 | Comments(2)
2017年 06月 25日

映画「メッセージ」がとどけるメタ的言語ワールド



映画「メッセージ」鑑賞


ある日、地球上の11ヶ所に宇宙船が現れる。


目的は不明。


アメリカでは来訪者の真意を探るべく言語学者ルイーズが選ばれた。

彼女は多数の言語を操る天才。


宇宙船に軍とともに赴き異生物たちの発する音や記号を理解しようとコミュケーションを図る。7本足の生命体(ペプタポッド)はそれぞれ名付けらることで個性を持つ。宇宙船空間は重力の方向が地球と異なり異生物はどうやら吐き出した墨の形状がいわゆる文字の働きをしているようだ。その文様をルイーズが解析し意思疎通が進み出す。


ところが中国では相互理解の前に先制攻撃が決定される。果たして全面戦争は避けられるのか?題名が示すように映画の主題はメッセージ。世界11箇所にメッセージが送られひとつひとつでは解が得られない。世界は協力できるのか?異生物の目的は?


言葉好きにはたまらない興味の尽きない内容でした。表意文字アルファベットをボードに書いて通じるのか?中国の表意文字、漢字はいかに?異生物の墨文字は正面から見た平面で捉えて良いのか?立体であれば見るものの位置で意味が変わるはず。回想として挿入されるルイーズと娘の意思疎通はいかに変化してきたか。


つい先日読んだ本を思い出しました。


「文芸翻訳入門」



その中に移民収容センターの話がありました。


移民たちの半生を作家が聞き出して物語を紡ぐ。

その文章には何パターンの翻訳行為があるのかを問う入試問題が出されたといいます。


正解は

①移民の話を作家が書く翻訳

②移民と作家の間に入る通訳による翻訳

③作家自身も外国出身で英語を外国語として話す。これも一種の翻訳行為。

④この物語を日本語にする翻訳

計4つ


どの局面においても誤訳が入る可能性があるのです。


一方、この映画メッセージはどのくらいの翻訳行為があるのか?


①宇宙人の言葉をルイーズが英語に翻訳

②それを日本語字幕にする翻訳

③原作小説から映画を作るという翻訳

④小説の作家は中国移民の息子ゆえに英語で書くことはすでに翻訳行為


字幕作成という行為は翻訳のさらに翻訳と言える。この映画の宇宙生命体の言語にはどうやら時制がないらしいのですが、それを字幕を通して読むと、意味の取れない部分が元の言葉にあるのか、字幕の限界にあるのか一度観ただけで判別出来ませんでした。


上にあげた本にはこうある。


「普段はなじみのない事柄など直訳では伝わらない要素は役者がそうさくして補わねばならない。

だから、字幕は翻訳と言うよりは脚色なのだと思う」P233


「映画は原作に対する一つの読み方を提示するにすぎない」P244


ちなみに原作はStory of your life(あなたの人生の物語)

それが映画になるとArrival(到着)に翻訳され

さらには邦題になると「メッセージ」になる。

主題が変わっちゃうほどの翻訳です。


原作の1つの解釈である映画も観客それぞれが自分のそれまでの体験の積み重ねを基にしてそれぞれが翻訳して消化する。


そしてその元のもとの原作はアメリカに渡った中国人の子孫が書いている。

そして映画では中国語が重要なキーになる。これは映画としてのオリジナルだというから面白い。


ともかく言語がテーマであり言語が地球さらには宇宙に与えるものはなんなのだ?


これは観てのお楽しみ。


言語の違いが分裂を生むのか?それとも?


以上






by zhuangyuan | 2017-06-25 11:02 | 映画 | Comments(0)
2017年 06月 03日

台湾で知るグローバル化に覆われた先住民問題


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「教会が先住民文化を消滅させた。カナダがローマ法王に謝罪要請」

EVA Airの機内で台湾の新聞を読んでいるとおどろおどろしい見出しにびっくり。


欧州人が新大陸で先住民の土地と文化を奪ったのは今更驚くことではないですが、

トップ会談でこんな話が出てくるということに衝撃を受けました。

カソリックの歴史において革命的といわれるフランシスコ法王だからこそできること。

初の南米出身の法皇は先に南米で行ったカソリックの侵略を謝罪しました。

このショッキングなニュースが日本でどう伝わっているかとググってみると「カナダ首相がローマ法皇と先住民の人権問題で意見交換」なんてぬるい表現でスルーしている。
カナダ首相、法王と会談 先住民の人権問題で意見交換
ちなみにこの記事にも引用されているThe Globe and Mailの記事も読みましたが同じ内容が載ってます。
Trudeau to seek papal apology for residential schools


カナダで何があったのか?この記事から抜粋してみる。




加國政府一八七年代起將近十五萬名原住民兒童強制送入寄宿學校同化,以及當年藉此遂行「文化滅絕」的政策目的


カナダ政府は1870年代から15万人近くの先住民児童を強制的に寄宿学校に送り同化させた。

これは当時文化絶滅の政策目的を遂行した。


他們遠離親生父母、傳統文化與母語,進入加國政府出資的寄宿學校;實際運作多由教會負責,其中又以天主教會為最大勢力,但多數學童遭遇精神、肢體虐待與性侵害,多達六千人命喪校園。

彼らは生みの親、伝統文化や母語から隔離され、カナダ政府出資の寄宿学校に入れられた。実際の運営は教会が行い、そのうちカソリックが最大勢力であり、多くの学童が精神的肉体的虐待、性的干渉を受け、6千人が校内で命を落とした。




こうしたことが行われていたのが1920-80年代がピークで1996年までこのような寄宿学校があったと。現代の出来事ですね。

これについてカナダ首相が謝罪を求めた。台湾の新聞で大きく取り上げられるのは台湾でも先住民問題を抱えるからでしょう。


昨年就任した台湾総統、蔡英文女史は就任早々に先住民に謝罪しました。


「台灣固無史也。荷人啟之,鄭氏作之,清代營之。」這就是典型的漢人史觀。原住民族,早在幾千年前,就在這塊土地上,有豐富的文化和智慧,代代相傳。不過,我們只會用強勢族群的角度來書寫歷史,為此,我代表政府向原住民族道歉。




『「台湾には歴史がなかった。オランダ人がひらいて、鄭成功がつくって、清がこれを経営した」これは典型的な漢族の史観です。先住民族は数千年の昔から、この土地にあり、豊富な文化と智慧を代々引き継いできました。しかし我々はただ優勢な民族の角度からのみ歴史を記してきました。これに対して私は政府を代表して先住民族に謝罪します。』


謝罪した上で政府は「先住民歴史正義と転換した正義委員会」を設置した。

この「轉型正義」=転換した正義=transition of justiceってのがキーワードのようですね。


昨年台南にある国立歴史博物館に家族と行きましたがそこでは台湾では先住民の文化がしっかりと伝えられています。多様性が重視されています。日本で報道されないのは先住民族問題は政府にとって片腹痛い問題なのかもしれません。

台湾の大作映画セデック・バレは日本統治時代に日本文化の押し付けに対して最強といわれるセデック族が蜂起した事件を描いたものです。この映画については以前も書きました。


先住民族問題はグローバル経済の裏側に張り付いている各国が避けて通れない問題です。メキシコとNAFTAに絡む先住民族蜂起はこちら。

冒頭の記事で法王の言葉としてトルドー首相が言っています。


教宗也「提醒我,他終其一生都致力於協助這世界上被邊緣化的人,以及為他們奮鬥


法王も私に気づかせてくれました。彼は一生ずっとこの世界で辺境に追いやられた人々を助け、彼らのために戦ってきたことを。


グローバル経済を語るならそこに息づく先住民族の多様性に目を向けないといけません。

日本への観光客が爆発的に増えていてニッポン大好きなんて言ってくれる知人も多いです。

先日もアメリカのユダヤ系女性がトランプに辟易してニッポンに移り住みたいわなんて言ってましたが

実のところニッポンは外国や異文化に対しての許容度が極端に少ないよとは場が白けるので言えませんでした。


以上







by zhuangyuan | 2017-06-03 20:56 | 文化、歴史 | Comments(0)
2017年 02月 01日

映画「十年」香港の核心的価値とは?ヒント:カネじゃない

香港映画「十年」鑑賞@多摩映画祭(2016.11.27)。
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FBで前日に上映会を知り駆けつける。会場はぎっしり。こうした地味なテーマに惹きつけられる同志がこれだけいるとはうれしくなる。

中国大陸の影響が強まるなか香港の十年後の姿を描いた問題作。アクション映画でもなくスター俳優が出ているわけではない本作が公開されると話題が話題を呼び大ヒット。大手映画館にはかからなかったにもかかわらず学校の体育館で上映会をやるなどして広がっていったという。この映画を観ることが現体制批判の意思表示として1つのファッションとなったと。その結果、超話題作スターウォーズを凌駕するヒットになったそうです。

5本のオムニバス形式である本作は十年後の諸相が異なる角度と様々なスタイルで映像化されている。

テーマは下記
国家安全条例制定
歴史の破壊と保存
消えゆく広東語
独立運動と焼身自殺
言葉狩り

それぞれこんな題名がついています。《浮瓜》《冬蟬》《方言》《自焚者》《本地蛋》

国家安全条例立法化をめぐる権力者の陰謀をヒットマンの葛藤から描く。権力におもねる統治者が大陸にいると思しき上層部からの指示で条例を通すための事件をでっちあげる。狙撃役に選ばれた2人はためらいつつもわずかな金欲しさに自分が実行したいと争う。そしてその結果は?

大陸と香港、香港政府と庶民、金持ちと貧乏人、権力と裏組織、いくつものメタ構造がこの狙撃をめぐる人間関係の行く末で預言されてるようで恐ろしい。この条例は胡錦濤が就任直後で国内で政争ネタになるのを恐れて断念した経緯があるそうだ。今中国は当時からすると存在感がぐっと増しており、さらに10年後なら言わずもがな。危機をあおる狙撃茶番など要らなくなるほど香港市民の洗脳が進んでいるかも。であるからこそ香港人民が今こそ政治に関心を持たなくてはならない。これこそが本作の狙いでしょう。もちろんわれわれも日本人も政治を意識しないとね。

人権に関心のない大陸政府に対抗するため独立を願う10年後の若者たちがすがったのがイギリス政府。国際世論の関心を引くためイギリスに訴える方法は強烈すぎる。英国領事館前の焼身自殺。

このストーリーの中で意識されてるのは香港の多様性。自由と民主を求める若者たちの中の重要な役でインド系の女子学生が出てくる。香港といえば中国人と英国人の国。なぜインド人が?香港のイメージは中華系の金融センターでありカネによってシンボライズされている。自由なカネを回すには安定したルールが必要。自由なシステムの元では人種は区別されない。そこではアイデンティティは血ではなく、民主的に決められた法治主義のもとの自由。英国統治時代に香港に来たインド系も多く移民してきており、彼らも代かわりして香港の自由のために戦っている。単に中国からの政治的独立だけでなく普遍の価値を求めた戦いであることをインド系を登場させることで象徴させているのではないか?

正直、映画を観るまでは、報道で若者たちの抗議デモを見ていてもピンと来なかった。民主とか自由とか言っても結局は香港人ってカネ第一じゃないの?土地への帰属心もうすく中国返還が決まったらどんどん海外に脱出したよね。バンクーバーなんて香港人増えすぎてホンクーバーなっちゃった。そもそも彼らに香港人としてのアイデンティティはあるのかと疑問を抱いていた。そこで上映後トークに登場したジャーナリストの福島香織さんに質問してみた。

「香港人のアイデンティティって何ですか?」

Rule of law 法による統治が香港の核心的価値であると香港の識者は主張していると。統治者が都合よく法をふりかざすRule by lawと異なる厳かな法による統治。為政者も法に支配される。「香港を知るための60章」でもイギリスが残した民主主義について触れている。返還を前にイギリスは優位に交渉するためとはいえ香港に高度な自治と社会福祉を充実させたと言う。返還にあたっては「五十年不変」を鄧小平に認めさせた。その高度な自治が骨抜きにされつつある今日、雨傘運動につながってくるのだと言います。

5つの物語で私が好きなのは「方言」。コミカルタッチな作品です。普通語がメジャーになっている十年後の世界では広東語は方言扱いされ、タクシー運転士も普通語をマスターすることが義務付けられてる。普通語試験に合格しないと「非普」のステッカーを貼られ空港などでは営業ができない。空港を利用する人の中にも当然広東語しか話せないひともいるのに広東語では営業できない。早く合格した香港人ドライバーからも蔑まれる。息子は学校で普通語マスターしてるのに親父はできない。香港の地名は広東語か英語だったのに普通語で発音しなきゃならない。サッカー選手のベッカムDavid Beckhamなんてのも香港では英語で呼ぶわけですが普通語では大卫·贝克汉姆と呼ぶ。Dawei Beikehanmu、ダーウェイ ベイコーハンムー。かなり笑えるのですがだんだん悲しくなってくる。言葉統制は統治の基本。日本も韓国や台湾でやりました。

香港では言葉がちょっと複雑。英語が入ってる。グローバルでは英語が主流ですがそれも排除すると言うのが十年後。もちろん想像の世界でのことですが。しかも香港は復帰直後までは中国世界の経済的繁栄の象徴であり、大陸中国の目標であり憧れだった。そのシンボルは広東語だった。スターがしゃべる広東語がかっこよかった。その排除にはかつての劣等感の裏返しがあるんでしょうね。

そのコンプレックス感は「本地蛋」の物語にも出てくる。「地元の卵」って題名です。十年後には中国大陸産卵を食べることが義務付けられ最後の地元養鶏場が廃業する。「本地」ってのは地元くらいの意味ですが香港ではすこしセンシティブです。遅れた大陸中国ではない文明化された我らが香港との響きがある。この「本地」という言葉も十年後には排除の対象となっている。そんな情勢下で衛生と滋養を満たした地元の卵を作ってきた最後の養鶏場経営者が追い込まれて行く。地元卵を売る店も取り締まられる。街を偵察して密告して糾弾するのは少年たち。文革の紅衛兵を模した少年軍。洗脳、密告、排除。醜悪です。でもありえるよね。すこし前にあったんだから。物語の最後には養鶏場経営者の息子が父を支持して立ち上がり希望を残して終わるのですが、いかにもありそうでこわいお話しでした。

私、二年前に久しぶりに香港旅行に家族で行きました。普通語はずいぶん通じるようになってました。ただレストランなどで普通語をしゃべると店員の態度がめちゃめちゃわるくなるのが困りものでした。その理由を友人に聞きました。香港には大陸の旅行者が大挙して押しかけ金に任せてやりたいホーダイ。大陸観光客に経済的にはたよりつつも異質な者として嫌っているのだそうです。香港人は彼らを揶揄してイナゴの大群と呼ぶ。700万人口に対して大陸からの訪問者4700万人(2014年)であると前掲書にある。香港は急拡大する中国と国際社会の摩擦の先端となっている。それを見るだけでも香港に行く価値がある。映画を観た後に訪問するとさらに奥行きが見えるようになる気がする。香港では若者が戦っている。

以上



by zhuangyuan | 2017-02-01 19:53 | 言葉 | Comments(0)
2016年 04月 30日

山河ノスタルジア 中国大発展のひだにある故郷と広東語

中国映画 山河ノスタルジア 鑑賞@渋谷 ル・シネマ
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やっぱり中国映画が好きです。
時代の大きな変化の波涛にもまれる小さな人々の人生が描かれる。
そしてその時代に私自身も参加している感覚を持ってます。

物語は3部構成。
1999年 過去
2014年 現在
2025年 未来

私にとって1999年なんて昨日とさして変わらないし、20世紀の終わりとしてむしろ未来の象徴として認識して子供時代を過ごしてました。その未来としての1999はたいした変化もない連続した日々の延長でしかありませんでした。

でも中国では違う。
鄧小平の改革開放経済を経て、1997年に香港返還を過ぎ、1999年はマカオ返還、そして2008年のオリンピックに向けて音をたたてるように変動が大きくなってゆく時でした。

第1部舞台は山西省の炭鉱の街
来る新世紀を街全体で祝っています。

主人公は幼なじみの3人
町一番の美人 タオ
お金大好き ジンシェン
勤労青年 リャンズ

幼なじみで男女3人といったら起こることは決まってますね。
友人の二人は一人を愛し…。


ところで日本で観る中国映画の欠点は字幕で名前をカタカナで表記すること。
音が違うから漢字表記すると混乱を招くとの心づかいなんでしょうけど。
それでいて苗字や役職で読んだ時も同じ呼称を使ったりする。

漢字で書いたほうが趣きがあります。
饰 沈涛 Shi Shen tao
张 晋生 Zhang Jin sheng
梁 建军 Liang Jian jun

石炭はこの頃はまだただの石ころ
でもここから中国の経済発展を支える黒いダイヤモンドに変わるんです。

投機好きのジンシェンはリャンズの働く炭鉱を丸ごと買っちゃいます。
そして石炭価格が急騰していき富豪になる。
で、もちろん?タオはジンシェンを選び、リャンズは街を出てゆく。

タオはジンシェンと結婚し長男が生まれる。名づけた名前がダラー。
Dollarって意味です。米ドルのこと。漢字で書くと到乐。楽に至る。外来語の中国語表記ってのはいつもセンスありますね。

2部、3部と時代が変わると、ジンシェンはタオと離婚し、ダラーをつれてまず上海に行き、その後オーストラリアに移住します。大金稼いで街を捨てて富豪への道を駆け上っていく。人間関係のしがらみだけでなく、絆も断ちながら。こんな時代なんです激動中国。


ここでジンシェンの名前に意味が出てくる。
「晋生」
晋ってのは山西省のことです。古い国の名前。
山西生まれってこと。お父さんは国境を愛してたんだろうな。
それが炭鉱買って、山を破壊し、妻と友人と縁を切り、故郷をすてて、あげくは国を出る。
カネ、カネ、カネ

1999年に赤いアウディ買ったジンシェンとタオの会話で、いつかアメリカに行きたいなと夢を話します。遠い目標としてのアメリカ。香港でもいいなあ、でも広東語喋れないな。憧れとしての香港。当時すでに発展していた香港は文化の最先端として大陸では羨望の的でした。開放の象徴として。歌手も俳優も洗練されたスターの多くは香港出身でした。喋るのはもちろん広東語。

物語では広東語が中国経済発展過程を測る重要なキーになってます。

1999年タオが働くのは音響機器のお店。
お客さんが持ち込んだCDは香港女星サリー・イップ。
憧れの香港スター。言葉わからないけど雰囲気に浸る。
日本でいったら若者が洋楽聴くって感じでしょうね。



この曲がたびたび重要な場面で流れます。
私もカントン語わかりませんが好きになっちゃいました。
iTunesで落としてヘビロテしてます。

中国にとっての香港は2000年代の中国大発展を経てだんだん色あせて、香港スターも大陸市場をめあてに広東語でなく普通語を使うようになります。映画も歌も普通語バージョンががメジャーに。ジャッキー・チェンだって、アンディ・ラウだって普通語上手になりました。昨年家族で香港旅行しましたがブランドショップに並ぶのは大陸観光客ばかり。でっかい声で普通語しゃべってます。レストランで私が普通語喋るとウェイターの態度は悪いですね。経済的逆転とやっかみ。複雑な香港市民。サリー・イップだっていまではイップでなくイエと呼ぶらしいです。葉=叶の読み方が広東語から普通語へ。

映画の場面2025年での舞台はメルボルン。
ジンシェンは中国を脱出し、息子ダラーとくらす。
ダラーは中国語を忘れ、父とのコミュニケーションはGoogle翻訳。未来だしね。
世界経済で重要な存在となった中国と関わるには中国語が必須との考えからダラーには中国語を習わせます。

ここで皮肉なのはダラーの中国語先生が香港出身なこと。ダラーの母親年代ですが上品な美人です。
おそらく香港返還前に脱出したんでしょう。大陸支配を懸念して自由を求めてカナダトロントへ。トロントは世界有数のオールドチャイナタウン。いろいろあったんでしょう。豪州メルボルンに流れてきた。今は広東語を捨てて、需要の多い中国子息のための普通語教師です。

父ジンシェンのコミュニティはおそらく国には住めない華僑。カネを持って国外脱出。
ここで話されるのは普通語。かつてチャイナタウンといえば広東語か福建語と決まっていました。移民の国をオーストラリアではこの未来では中国人がメジャーなのかも。でも故郷を失い、世代が進むと言葉も消える。カネだけが残る。孤独な老人が無機質に暮らすだけ。

印象的なのはメルボルン観光地の12使徒。
ダラーと女教師がデートします。
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崖が侵食し、奇岩が林立しています。かつて9本立っていた奇岩は徐々に崩れ本数を減らしてる。2009年に8本になった。2025年は5本だったかな。崩れる原因は知りませんがカネ目的の人類が精神を蝕みながら聖徒を犠牲にするように地球を破壊してゆく。ジンシェンが国土を爆破して石炭鉱山を開発したように。

国を出た根無し草の二人がドライブし流れる曲がここでもサリー・イップ「珍重」
もう失いたくない。故郷も国も家族も友人も。

不肯不可不忍不捨 失去你
盼望世事總可有轉機
牽手握手分手揮手 講再見
縱在兩地一生也等你

以上



by zhuangyuan | 2016-04-30 10:12 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2016年 02月 09日

新年に歌おう 金持ちの唄

銀座の街を歩いていると聞こえて来るのは中国語ばかり。迎える方もラオックスにユニクロなんかで銀座の品格なんてのはどへやら爆買いのみが目当てって感じです。

先週マレーシアに行ってましたが中国人の街ペナンにも寄りました。そこで訪れたのはプラナカン・マンション。
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プラナカンとははるか昔、明の時代あたりに大陸から渡ってきてマレーの嫁を娶りマレー化した人々を指します。

その旧家を観光客に開放しています。旧正月前ということもありド派手。どのへんがマレー化してるのかよくわからない。
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とにかく金ぴか。食器だとか壺だとかを世界中で、というかヨーロッパから買いあさってこれでもかってほど並べてる。正直私のメンタリティーには合いません。
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まさに爆買いそのものです。
逆に言うとそのくらいしか金の使い道がない。
希少性なんてどうでもいい。多ければ多いほどいい。全部もってこーいって感じ。こんなに独り占めしちゃあ反感買っちゃうよ。でもね華人の金持ちにとっちゃあ成功者で誇らしい。ペナンに来たのだから是非訪問すべきだとゲキ押し。確かに面白い。趣味じゃないけどね。

旧正月ムードはどこでも金キラと真っ赤で飾られてますが軽快な音楽も流れてる。シンガポールで車で移動中に流れて来た歌に笑いが止まらない。

その名も「財神到」財神到
(金持ちの神さまが来たよー!)
http://youtu.be/y-BLwi5Xid0

财神到 财神到 财神来到我家的大门口
金持ち神さまが来たぞ〜 うちの玄関にも

迎财神 接财神 把财神接到我家里头
お迎えしよー 金持ち神さまをウチにお迎えしよー

从今我交好运 财源滚滚来
今日から運がめぐってきて カネがグングン入ってくる

做生意他一本万利 买马票他得心应手
商売やれば大繁盛 馬券を買えば大当たり

万事都东成西就 财神到 财神到
すべてがうまくいっちゃうよ 金持ち神さま来たれ

大家迎接财神到
みんなでお迎えするぞ〜!



華人のカネ崇拝にはあっぱれ
あからさますぎてむしろ気持ちいい。
この精神が共産中国ではながいこと押し込められてたんですから昨今の銀座の様子もむべなるかなと納得できるのです。
文革時に人民服きて地下でこっそり「財神到」を歌ってる隠れ金持ちを想像したら笑えてきた。
以上



by zhuangyuan | 2016-02-09 06:59 | 文化、歴史 | Comments(0)