中華 状元への道

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カテゴリ:中国関連DVD、本( 123 )


2018年 04月 03日

歴史に学ぶ朝鮮有事と台湾

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『朝鮮戦争 米中対決の原形』神谷不二著

古典読書会の課題として読んだ。

朝鮮戦争についての本なのに韓国でなく、台湾出張中に読みました。これが意外にも臨場感を醸し出しました。

朝鮮戦争についていつも不思議に思ってたのはなぜ中国が参戦した理由。中国は日本と15年戦争し、内戦をした末に、共産党がやっと政権とったのが1949年。国土は荒廃し、人民は疲弊してるはずなのに、翌年朝鮮戦争にあえて参戦した。しかも相手は世界最強のアメリカです。このモチベーションはどこから来たのか?そもそも第二次大戦後ソ連が北朝鮮を統治したのではなかったか?しかもまだ国連にも加盟できていない新生中国がなぜ?

『当時、中国政府の指導者たちが国内にまだ多くの敵ー「反革命」分子、「帝国主義者の手先」「国民党のスパイ」などーを抱えていたのはいうまでもない。彼らはまだ政権獲得の直後だったのである。朝鮮への介入は、人民解放軍の一部を国内「平定」の任務から引きはなすことを意味し、さらに経済的負担を増大させる点からも、決して容易な事業ではなかった。

中略

反面、もし北朝鮮を見殺しにするならば、マッカーサーや蒋介石が「大陸光復」へ勇気づけられ、国内の反政府分子にも反革命への新たな希望を持たせるおそれがあった。』p126

 共産党軍参戦の動機は台湾の国民党にあった。アメリカのいうドミノ理論への恐怖は、中国共産党の方が強くもっていたということでしょうか?開戦前、海南島、舟山列島に続き、台湾侵攻目前であったと本書にあります。アメリカは当時、台湾は防衛線に含めない意向でしたが、朝鮮戦争を境に、第七艦隊を台湾防衛に使うとした。このポイントで中国共産党の敵はアメリカとなった。これにより人民解放軍の台湾侵攻は難しくなったが、このまま国内の反革命分子を勢いづかせるわけにはいかない。そこで北朝鮮を援護することにした。援鲜抗美。中国の外交は全て内政の発露だと小室直樹氏が書いてました。まさに内政の発露。

 ソ連バックの金日成が南朝鮮に侵攻していなければ、台湾は今の形ではなかったのではなかろうか?なんてことを台湾新幹線で読書しながら思いをめぐらす。台湾島を共産党がとったか?もしくはアメリカがとったか?少なくとも当時の中国が朝鮮戦争に踏み切らなければ今日の大国はないでしょう。歴史のifを思うが楽しい。

 今の台湾を外国人として訪れると平和そのもので、大陸中国との緊張関係を感じることはほとんどありません。今の与党は台湾独立派であるが、先の抜粋にあるような「大陸光復」つまり大陸を取り戻すなんて気概は微塵もない。野党国民党だって国共合作が関の山。ただし少し前までは確かに大陸をうかがっていた。徴兵制があるので大抵の男子は軍隊経験があり、今回の出張でもお客さんに話を聞来ました。彼は大陸に一番近い中華民国領土である金門島で兵役についた。彼がいたのは80年代だが、金門島の最前線では双方から爆弾が飛び交い非常に危険だったという。ただ兵役が終わる頃には爆弾もおさまっていったという。

 もう一人はレーダー制作会社エンジニア。会社は軍の発注で潤っていたがレーダーに使う肝の技術は米国企業が握っていたという。彼はその技術を学ぶべく米国に派遣された。そして2年がたち、成果を持って帰国するはずが、緊張緩和のために政府防衛予算編成が変わり、受注が減った企業は倒産してしまい戻るところがなくなってしまったと。いずれも80年代の話だ。

そして現代、つい最近兵役についた米国帰りの若者はいう。一年の任務はとても楽だったと。太った上官は緊張感がなく、え米国文化に憧れていたため、彼は上官に英語を教える役目だったそうだ。両岸関係緩和の様子が伺える。

 今は緊迫感がない両岸だが、どこかで歯車の一つか狂えば、戦争になっていたかもしれない。本書「朝鮮戦争」もそんな小さなボタンのかけ違いが国際政治や戦局を大きく左右する様子が描かれている。北朝鮮とトランプそして中国がにわかに喧しい。大国中国にとって朝鮮有事は割に合わない。だがしかし何かの拍子でバランスが崩れれば.....。今こそ読むべき古典だろう。

以上

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by zhuangyuan | 2018-04-03 14:42 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2017年 12月 03日

戦うのは何のため?

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フランス映画千本ノック
deux jours, une nuit (一泊二日)

 きつい映画でした。資本主義が行き詰まりが世界のあちこちにひずみを生む。弱いところにシワがよる。

二人の母 サンドラは休職明けに復帰すると解雇を伝えられる。休んでいる間にサンドラ抜きでも仕事が回ることがわかった。経営者は残りの従業員に多数決をせまり、サンドラの復職か、退職時に浮いたお金で残りの従業員への1000ユーロボーナスかを選択させた。サンドラが戻るとボーナスは支払えない。結果として退職が決まっていた。復帰そうそう打ちのめされて安定剤に頼るサンドラ。

多数決とは言いながら社長の意を受けた、もしくは忖度した主任が従業員に圧力をかけてボーナスに投票するようにしかけた。これを知ったサンドラは再選挙を要請する。結局中途半端でええカッコしいの社長は再選挙を認める。

ここからサンドラの一泊二日の戦いがはじまる。サンドラの週末の原題はdeux jours, une nuit 一泊二日。同僚ひとりひとりに自分の復職に投票してもらうべくお願いにまわるのだ。

そもそもこうした社長が判断すべき経営課題を従業員の投票にゆだねるという逃げの姿勢が許しがたい。投票という一見すると公平な方法をカモフラージュにして自分のさもしい心をかくす。しかも裏で主任に圧力をかけ解雇を企図する。

社長はサンドラと直接対話を避けつつも、偶然会ってしまうと自社の苦境を言い訳にする。太陽光パネル製造でアジアからの輸入品との熾烈な競争を人員削減の理由としてあげる。流行りの環境ビジネスにとびつくのを見ると、利にーにさといが大局観がない経営手腕が想像できる。

サンドラが訪ねる同僚たちはそれぞれの苦しい立場を説明する。妻の失業、子供の学費、リフォーム費用....。彼らは、サンドラの復帰前の第一回投票において自分のボーナスを選びサンドラの退社に投票している。それぞれ後ろめたさを打ち消すだけの大きな言い訳をしなくてはならない。

一度見えてきたボーナスが消えるかもしれない。当然彼らの家族も反対する。何も悪いことをしていない従業員たちが社長の企んだ投票のために良心をさいなまれる。友情とカネを天秤にかけなければならない。さらに主任は投票結果によりサンドラの復職が決まれば別の誰かが解雇されるとほのめかす。ボーナスだけでなく自分の職もかけなければならない同僚たち。

グローバル経済、雇用の流動化、人件費の変動費化、女性の雇用、移民問題、人種、宗教...

女性の社会進出、ダイバーシティ、民主主義、合理的経営、標語としては響きのいい言葉を杓子定規に表面をなぞるように実践すると個人の心を引き裂いてゆく。でもね、人間は強いんですよ。行動すればね。

95分の短い映画でここまで描くとはこの監督は天才だな。なんども観たらもっと発見がありそう。

あ、フランス語の学習だった。
サンドラと訪問をうけた同僚が繰り返す
<Au revoir >くらいしかわかりません。
Au revoir またね。
つらい「またね」が繰り返される。

ではまた。


以上

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by zhuangyuan | 2017-12-03 08:13 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2017年 07月 18日

ネット時代 中国語は世界語になった

「パリの昼下がりマルチリンガルのギャルソンのおかげで、私は、少しヴェトナム風にアレンジされたとてもおいしい広東料理にありつくことができました。中国語を身に付けておけば、(たとえフランス語やドイツ語やタヒチ語ができなくても)世界中の至るところでこのような口福に恵まれるチャンスが待ち受けている」P62


「中国語はじめの一歩」にある一説です。


パリのチャイナタウン(Porte de choisy)で華僑が営む広東料理店で食事をすると、街の外から来たであろう著者に店員は普通語で話しかけたという。その華僑二世である店員は広東語は家庭で覚え、普通語はコミュニティスクールで習ったという。パリでも中国語が話せる時代です。


私は32歳で中国語を始めましたが、学生時代の第2外国語はスペイン語でした。中国語は北京でしか通じないローカル言語だと思ってた。確かに今でも各地各地で方言が使われます。本書によると漢語方言は大きく10区にわけられるという。実際に以前友人に紹介してもらったテレビドラマDVDは主人公が四川訛りでさっぱり聞き取れませんでした。全部普通語字幕がついてます。


ところが昨今の普通語の普及ぶりは目を見張るものがあります。テレビと教育の浸透に加え今では世界第2の経済大国となった中国は史上初めて音声言語統一されたような。かつては、北京人にとって世にもおそろしいと言われた「広東人の話す普通語」も若い人たちなんかはすっかり洗練されました。香港人もしかり。今では香港映画も普通語バージョンが必ずあるしジャッキーチェンだって普通語喋ります。


海外に渡った華僑たちの大半は広東、福建あたりから出ていますが彼らも普通語習ってる。かつてはチャイナタウンごとにそれぞれの方言が話されてた。知人の親戚は台湾華僑でニューヨークに渡りましたが、チャイナタウンで福建ベースの台湾語が通じずに、チャイナタウンで広東語を覚えたという。


チャイナタウンのある外国にとっても中国の重要性が高まると同時に教育として中国語が導入される。この場合もちろん普通語です。すると華僑の子息も勉強します。


本書よるとアメリカでは1994年に普通語がフランス語、スペイン語とともに学校教育の第1外国語の選択肢に入ったという。P63


学生時代シドニーで小学生の日本語で話しかけられた。学校で習ってるって。でも今は中国語に押されてる。


華僑の子息が大陸で普通語を学ぶことも増えている。もう10年前ですが私が北京で語学コースに言った時、上級クラスの1/4が華僑の子息でした。アメリカ、オーストラリア、香港人も来てました。一番遠くはスイスの中華料理店の娘。インドネシアの華僑は暴動から逃げて来ていました。彼らは上達が速い。特に会話は。生活言葉だけは苦もなくできる。では方言とはいえ漢語世界ですからね。でも漢字ができないんだよね。時事問題なんかの漢語表現は全然ダメ。それらの漢字は和製漢語だから俺の方ができた。まあそれはともかく方言世界が中心だった世界中の漢語世界に、北京で学習した子息を通じて普通語が浸透してゆくのです。


アジア各国ではチャイナタウンに行くまでもなく経済は華僑が握っていますのでビジネスの世界ではたいてい普通語も通じます。普段はグループごとに広東語、福建語、潮州語なんかを話してますがみんな集まると普通語喋ります。つまり普通語が共通プロトコルになってる。もちろん漢字が古代からその役目を担って来たわけですが、そこに音声も加わり最強言語となった。


アヘン戦争に敗れて停滞した中国は、その原因として複雑すぎる漢字とそれによる識字率の低さをあげた。毛沢東は簡体字とピンインを導入した。しかしスマホでピンイン入力できる今、漢字の壁は越えた。しかもネットでつながるテキストの時代、表意文字である漢字のメッセージ力の強さと効率は驚異的。試しに140文字で比べてみてね。


ただし中国語の漢字には使われるその場の環境によって意味する範囲や時の感覚が異なって伝わることがある。その意味でテキストだけをネットに放つのは、受けとられ方を考えないとね。


まあ言いたいことはネットで世界の垣根が取れて中国語が世界語になったってこと。しかもですよ中国語ができれば4000年のアーカイブにアクセスできるんです。


以上



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by zhuangyuan | 2017-07-18 21:08 | 中国関連DVD、本 | Comments(1)
2017年 07月 02日

クールビューティの名演技は誰に対して?

「終電車」を名画座で鑑賞。
?Le dernier m?tro?
カトリーヌ・ドヌーヴ主演。
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昨年からフランス語を習い始めた私は46歳スタートなのでできるだけ効率的にやる必要があります。
かつモチベーションを保ってやらないと暗記力低下によるモラール低下に勝てませんので
noteに記載して観客効果を励みにしています。



これはフランス映画千本ノックの一環。
千本ってのは白髪三千丈くらいの意味ですよ。
ただともかくフランス語に触れるための機会をつくってるのです。

池袋文芸座でチャップリン「独裁者」との二本立てでしたが最後の演説の迫力で「終電車」の印象がぶっ飛んじゃいましたが、
これはこれで名画の誉れ通りに考えさせられる内容でした。

ナチス占領下のパリの劇場が舞台です。

ユダヤ人支配人兼演出家が迫害を恐れ南米に亡命し、女優である妻が劇場を経営している。
と見せかけて実は旦那を地下に匿っている。
旦那に代わる新しい演出家は時勢にさとく行動しナチス迎合批評家ともうまくやる。
新しく公演する舞台の主演俳優は裏ではレジスタンス運動をしている。

ただし皆がそれぞれに抑制的でしかも自分を何かに仮託して演じてるようです。
映画ですから我々観客に対して演じてるのは当たり前ですが、ここではそのドラマの中にさらに劇場がありそこでも二重に演じる。
それだけでなく、主役のマリオンは本心を見せず気丈に振る舞い、俳優は抵抗心を抑えつつ生きる。
その2人は互いの愛も表に出さない。演出家は批評家におもねる。本心か否かは別として生きるために。
批評家は時代の強者に合わせてナチス寄りを過度に演じる。
つまり映画という劇中世界で他者に対して自分を隠し演じる。つまり三重構造。

観てるこちらにどの階層での演技か分からせつつ、自然に演じる技術は並大抵じゃない。
で最後にはこちらも騙されるのです。ふふ。

ナチスが負けた後に全てはひっくり返る。

支配人は地下から這い出し、演出家はしょっぴかれ、批評家は逃亡する。
政権の趨勢により180°転換する価値観と人間模様。媚びや追蹤あるいは抵抗。
ただパリの市民はナチス占領下においても劇場に足を運び、さらに時代が変わったのちも通い続ける。たくましい。

それにしてもその入れ替わる主従関係のよって立つところが隣国同士であるドイツとフランスであることがヨーロッパを複雑にしている。
その両国が今ではEUのリーダーとして共通目的のもと手と手をを携える。
この辺は島国の私には理解しがたいですがヨーロッパにおいては何千年も繰り返ししてきた1ページに過ぎないのかな?
でも連続してる現代から振り返るとこの時代は狂ってる。
であるからこそナチスってのが突然変異で生まれて消えたってのがこの時代の言い訳には一番しっくりくるんでしょうね。

以上

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by zhuangyuan | 2017-07-02 10:21 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2017年 03月 12日

「大きい歴史、小さい歴史」海賊か皇帝かはたまた密輸人か?

中国語原書会に参加しました。


最近、中国語の勉強が少ない私はこの原書会に申込むことで締め切り効果を持ってして原書を読む仕組みとしているのです。

会に参加した多士済々に私が紹介したのは

「“小的”台灣史」
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夏休みに家族と行った台南歴史博物館で購入しました。

台湾の歴史というと複雑でオランダやら明やら清やら日本やら、はたまた化外の地であったりつながったものはない。そこで歴史とは何を指すのか?

副題にはこうあります。
「從早期社會市井人物的角度,重現十九世紀台灣的社會實況」

早くから移民した市井の人々から見た19世紀の台湾社会

大きな歴史が国家のものだとすれば小さな歴史は人々のもの。もちろん真実の歴史は人々の歴史の積み重ねであるわけですが、実際に歴史と呼ばれているものは時の為政者が過去を都合よく綴った物語であるわけです。この本は過去の文献から人々の暮らしを紡ぎ出していくのです。

「蕃薯也好賺 渡海走私賣蕃薯」
(サツマイモだって儲かるよ。海を渡って密貿易)

こう題する章に登場するのは密輸を企む仲間たち。

当時の台湾は肥沃な土地に恵まれ農産物が豊かでありました。つまり安い。一方工業は発展しておりませんので手工業品は高いのであります。安く買って高く売るのは商人の常。そこに商材があれば商売につなげるのです。ただし国家というややこしい存在ができますと、利権はすべて国家の下にあります。管理の枠を外れるとそれはすなわち密輸。中国語で言うと「走私」と書きます。

小舟から荷下ろしをしているところを捕まえられた4人組は、その背景には別の首謀者がいるといいます。つまり船の持ち主。裏で糸を引く人間は危険を犯しませんので自分で海峡を渡るなんて事はしないのです。もちろん下手人が見つかってしまったらさっさとどこかへ行方をくらまします。トカゲの尻尾切りはいつに世でも。さらにはこの小舟は実は大船と一緒に来たわけですがおおむねの仲間たちは危険を察知するとさっさと逃げてしまったんです。そして捕まったは彼らはどうなったか?黒竜江省に流されて奴隷にされちゃったそうです。サツマイモを売って奴隷にされちゃったんじゃ割が合わない。

ほんとに儲かるところは国家が牛耳っています。国家と言うのは元はと言えば武装した集団であって海賊みたいなものです。日本にいて万世一系とか言う島国にいますと想像できないかもしれませんが大陸の国家なんてものは取ったとられたの繰り返し、今の国家すなわち政府はただ一番強かったものの末なのであります。

「海海人生」には国家になりきれなかった海賊王の話が出てきます。略奪を繰り返すうちに強大な勢力になった彼は百隻の船を引き連れ、2万人を支配下集め自ら王と名乗ります。ただひとたび勢力が落ち目になると、手下から裏切り者が相次ぎみるみる力をうしなっていくのです。最後の海戦の時、砲弾が尽きかけ、彼が弾薬の代わりに使ったのは「番銀」。番=野蛮人。野蛮人のお金つまり外国貨幣です。国は強大だがいつ果てるとも限らない。国の貨幣より野蛮人と蔑む外国の貨幣を信頼し海賊が使うお金としたのです。最後の闘いではその権力の証しの貨幣すらなげ出してしまうのがなんとも象徴的。

海面上除了砲火,還有不少蔡船施放的「番銀」,
外國銀元滿天飛舞的情況

そして本当の王になれなかった彼らは国家から略奪者の名称を与えられるのです。本当の王になれて国家を作れれば彼ら国家の売買行為は貿易と名付けられるのです。中国の皇帝なんてものはみんな最初は略奪者。民から召し上げる金だって税金と言う名に変わるのです。「中国の大盗賊」オススメ。

私も貿易の仕事に携わっていますが、出張で海外を訪れると確かに国家は利権集団だということがよくわかります。例えばマレーシア。近年のエネルギー価格の暴落で財政困難に陥った政府は利益の出ている企業を訪れ徴税に行きました。私の取引先に来た国税局の人間は武装した兵を連れてきたそうです。お前の金は俺の金。隠すやつは許さんぞ。インドは最近高額紙幣を使えなくしました。もちろん銀行に行けば高額紙幣の小さな体に変えてくれる。では何のためにそんなややこしいことをするのだろうか。それは利益を上げているブラックマーケットのお金をあなたにあぶり出すこと。銀行に両替に来たところで収入を記録する。つまり納税せざるを得ない資産を把握するのです。インドは人口がたくさんいますが納税しているのはわずか3%だと聞きました。85パーセントの人たちは納税できないほど貧乏だと言いますが15%の人たちが沢山資産を持っているのです。つまりそれを表に出す。お前の金は俺の金、国家がそう言っています。もちろん国家が厳しくすればするほど密輸の旨味は増すんですけどね。古くは禁酒法時代のアル・カポネだったりメキシコ密輸カルテルだったりね。

閑話休題。
生活のため家族のために海を渡ろうした市井の人々も国家の利権を少しでも冒すと犯罪者にされてしまいます。大きな歴史に振り回される小さな歴史上の人々。この後20世紀が近づくとこの大きな歴史に日本が登場していくわけです。日本時代の小さな歴史の物語もぜひ読んでみたいものです。

原書会に参加の皆さんの小さな歴史にも興味津々。巡り巡って地球の片隅で中国語原書を通して世界を覗いてる。なんかワクワクするでしょ?言葉ってほんと楽しい。

以上

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by zhuangyuan | 2017-03-12 23:31 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2016年 04月 30日

山河ノスタルジア 中国大発展のひだにある故郷と広東語

中国映画 山河ノスタルジア 鑑賞@渋谷 ル・シネマ
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やっぱり中国映画が好きです。
時代の大きな変化の波涛にもまれる小さな人々の人生が描かれる。
そしてその時代に私自身も参加している感覚を持ってます。

物語は3部構成。
1999年 過去
2014年 現在
2025年 未来

私にとって1999年なんて昨日とさして変わらないし、20世紀の終わりとしてむしろ未来の象徴として認識して子供時代を過ごしてました。その未来としての1999はたいした変化もない連続した日々の延長でしかありませんでした。

でも中国では違う。
鄧小平の改革開放経済を経て、1997年に香港返還を過ぎ、1999年はマカオ返還、そして2008年のオリンピックに向けて音をたたてるように変動が大きくなってゆく時でした。

第1部舞台は山西省の炭鉱の街
来る新世紀を街全体で祝っています。

主人公は幼なじみの3人
町一番の美人 タオ
お金大好き ジンシェン
勤労青年 リャンズ

幼なじみで男女3人といったら起こることは決まってますね。
友人の二人は一人を愛し…。


ところで日本で観る中国映画の欠点は字幕で名前をカタカナで表記すること。
音が違うから漢字表記すると混乱を招くとの心づかいなんでしょうけど。
それでいて苗字や役職で読んだ時も同じ呼称を使ったりする。

漢字で書いたほうが趣きがあります。
饰 沈涛 Shi Shen tao
张 晋生 Zhang Jin sheng
梁 建军 Liang Jian jun

石炭はこの頃はまだただの石ころ
でもここから中国の経済発展を支える黒いダイヤモンドに変わるんです。

投機好きのジンシェンはリャンズの働く炭鉱を丸ごと買っちゃいます。
そして石炭価格が急騰していき富豪になる。
で、もちろん?タオはジンシェンを選び、リャンズは街を出てゆく。

タオはジンシェンと結婚し長男が生まれる。名づけた名前がダラー。
Dollarって意味です。米ドルのこと。漢字で書くと到乐。楽に至る。外来語の中国語表記ってのはいつもセンスありますね。

2部、3部と時代が変わると、ジンシェンはタオと離婚し、ダラーをつれてまず上海に行き、その後オーストラリアに移住します。大金稼いで街を捨てて富豪への道を駆け上っていく。人間関係のしがらみだけでなく、絆も断ちながら。こんな時代なんです激動中国。


ここでジンシェンの名前に意味が出てくる。
「晋生」
晋ってのは山西省のことです。古い国の名前。
山西生まれってこと。お父さんは国境を愛してたんだろうな。
それが炭鉱買って、山を破壊し、妻と友人と縁を切り、故郷をすてて、あげくは国を出る。
カネ、カネ、カネ

1999年に赤いアウディ買ったジンシェンとタオの会話で、いつかアメリカに行きたいなと夢を話します。遠い目標としてのアメリカ。香港でもいいなあ、でも広東語喋れないな。憧れとしての香港。当時すでに発展していた香港は文化の最先端として大陸では羨望の的でした。開放の象徴として。歌手も俳優も洗練されたスターの多くは香港出身でした。喋るのはもちろん広東語。

物語では広東語が中国経済発展過程を測る重要なキーになってます。

1999年タオが働くのは音響機器のお店。
お客さんが持ち込んだCDは香港女星サリー・イップ。
憧れの香港スター。言葉わからないけど雰囲気に浸る。
日本でいったら若者が洋楽聴くって感じでしょうね。



この曲がたびたび重要な場面で流れます。
私もカントン語わかりませんが好きになっちゃいました。
iTunesで落としてヘビロテしてます。

中国にとっての香港は2000年代の中国大発展を経てだんだん色あせて、香港スターも大陸市場をめあてに広東語でなく普通語を使うようになります。映画も歌も普通語バージョンががメジャーに。ジャッキー・チェンだって、アンディ・ラウだって普通語上手になりました。昨年家族で香港旅行しましたがブランドショップに並ぶのは大陸観光客ばかり。でっかい声で普通語しゃべってます。レストランで私が普通語喋るとウェイターの態度は悪いですね。経済的逆転とやっかみ。複雑な香港市民。サリー・イップだっていまではイップでなくイエと呼ぶらしいです。葉=叶の読み方が広東語から普通語へ。

映画の場面2025年での舞台はメルボルン。
ジンシェンは中国を脱出し、息子ダラーとくらす。
ダラーは中国語を忘れ、父とのコミュニケーションはGoogle翻訳。未来だしね。
世界経済で重要な存在となった中国と関わるには中国語が必須との考えからダラーには中国語を習わせます。

ここで皮肉なのはダラーの中国語先生が香港出身なこと。ダラーの母親年代ですが上品な美人です。
おそらく香港返還前に脱出したんでしょう。大陸支配を懸念して自由を求めてカナダトロントへ。トロントは世界有数のオールドチャイナタウン。いろいろあったんでしょう。豪州メルボルンに流れてきた。今は広東語を捨てて、需要の多い中国子息のための普通語教師です。

父ジンシェンのコミュニティはおそらく国には住めない華僑。カネを持って国外脱出。
ここで話されるのは普通語。かつてチャイナタウンといえば広東語か福建語と決まっていました。移民の国をオーストラリアではこの未来では中国人がメジャーなのかも。でも故郷を失い、世代が進むと言葉も消える。カネだけが残る。孤独な老人が無機質に暮らすだけ。

印象的なのはメルボルン観光地の12使徒。
ダラーと女教師がデートします。
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崖が侵食し、奇岩が林立しています。かつて9本立っていた奇岩は徐々に崩れ本数を減らしてる。2009年に8本になった。2025年は5本だったかな。崩れる原因は知りませんがカネ目的の人類が精神を蝕みながら聖徒を犠牲にするように地球を破壊してゆく。ジンシェンが国土を爆破して石炭鉱山を開発したように。

国を出た根無し草の二人がドライブし流れる曲がここでもサリー・イップ「珍重」
もう失いたくない。故郷も国も家族も友人も。

不肯不可不忍不捨 失去你
盼望世事總可有轉機
牽手握手分手揮手 講再見
縱在兩地一生也等你

以上


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by zhuangyuan | 2016-04-30 10:12 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2016年 01月 31日

三つの言語が響き合う 日本語育ちってなに?

土曜日にアメ横を歩いていると
いつものように呼び込みに声が聴こえる。
一緒にいた息子(小6)がいう。

「あの人、日本人じゃないね」
「そうじゃなかったらダメなのか?」
「いや外国のひとだと応援してあげたいなっておもう」
それならよい。

私、異国の地でがんばってる人をみるとそれだけで尊敬しちゃいます。

先月マレーシアに出張したときのお供はこの本でした。
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「台湾生まれ 日本語育ち」

台湾生まれ 日本語育ち

温 又柔/白水社

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著者は台北生まれの日本育ち。

日本語は小説を書くほどですから言うまでもありませんが
中国語は日本の学校で学び、家で母親には台湾語混じりで話しかけられるといいます。そして祖母は日本時代に育ったので日本語堪能だと。

彼女が中国語を話すと、中国人は南方の訛りがあると言われ
台湾人には日本人っぽいと言われ、
中国語がうまい日本人からはデタラメだと言われるそうです。
でも彼女はこの自分の中国語が自慢だと。
自分の時間が刻まれていると思うから。

彼女のこの達観が気持ちいい。

わたしの台湾人の友人にきいてみると、台湾での言語環境はけっこう複雑で、友人自身は國語(中国語)と台湾語をしゃべり、親は台湾語と日本語、子供は國語メインなんだといいます。離れてすんでるとおばあちゃんと子供の意思疎通は結構大変なんですって。中国大陸が経済世界での重要性を増すと同時に若者にとってのグローバル言語である國語=中国語の地位があがっています。

ビジネスの席で外省人(国民党とともに台湾に来た人)と台湾人が混じる席に私が入ると、國語、台湾語、英語のミックス。ただこれが非常にスムーズ。どういった法則があるのかわかりませんがとても滑らかにことばが切り替わります。もちろん私は台湾語知りませんので、いつに間にか知らないことばに切り替わって置いていかれることもしばしば。シンガポールやマレーシアではここに広東語や潮州語が入って来たりします。

ただこのスムーズなことばのミックス環境が日本に住んでいるとなると様相が変わる。なぜなら日本人はことばに寛容でないから。東京では日本人同士でさえ関西弁以外の訛りは聞かれない。ましてや外国訛りであると会話の流れが止まってしまうことも。著者の中国語が日本人からデタラメと評されるってのも同じメンタリティから来てると思う。言語は正しいスタンダードがあり、それを遵守しなきゃいけないという半ば強迫観念みたいなものが日本人にはあるとおもう。

その意味では中国語はその辺はおおらか。中国本土では普通語と呼ばれる標準語があり、学校やテレビで使われますが、綺麗な普通語しゃべる人はそうはいない。みんな各地の訛りを丸出しでしゃべる。その証拠に褒め言葉で、“很标准”(とっても標準的だね)なんて言い方まである。ともかく訛りがあったってヘタクソだって気にしない。聞く方も気に留めない。中国は広いし、いろんな背景をもったスピーカーがいる。そこいくと私も気兼ねなく自信をもってしゃべれます。

日本ではここのところが許容範囲がせまい。これは日本人が外国語を恥ずかしがって話せないことの裏返し。そもそも正しい言語なんてのは学校だけの世界。ことばは動いているし、影響し合ってる。なのに正しくなければならないと思ってる。

日本が偏狭なのは言語だけでなく日本人って存在に対しての思い入れも。先日、大相撲で琴奨菊が優勝を飾った時の表現もそう。「日本出身力士の優勝は10年ぶり」って見出しがおどった。何それ?モンゴル出身力士は日本国籍を取得していいても純粋に日本人じゃないという意識。

著者の温さんも、こういった『「純血性」を貴ぶニュアンス』に敏感だという。
本書でも台湾で親戚のおじさんの言った台湾伝統料理ということばの伝統に引っかかる。その正統性ニュアンスがあると恐ろしくなるといいます。

1/29に下北沢B&Bで行われた管啓次郎さんとの出版記念対談ありました。
(管敬次郎さんの台湾離島紀行も以前読書ブログに書きました。本当はこちらも共著になる予定だったとか。言葉で旅する島々

そこでは冒頭に温さんの詩の朗読がありました。終始可愛らしい声と笑顔で行われる朗読が、日本人のおっちゃんが排他的なことばのを述べるくだりにさしかかると、さらりと運ぶ口調の奥底に芯の強さがぎらりと鈍い光を放ったように感じました。

この純血性への偏狭な態度は近代においても悲劇を起こし続けてる。日本は台湾、韓国で言語の押し付けを行ったし、中華民国も台湾に入って来て当分の間は、正式言語たる國語(中国語)が押し付けられた。そして台湾のことば台湾語が押し込められた。

本書にはその台湾語がたくさん登場します。カタカナで。
著者のお母さんの言葉として。私このお母さんにかなり感情移入しました。最終章でのカタコトの日本語言葉からその人生重みが伝わり、ぐっとこみあげるものがありました。

著者は言う、
「そもそも、中国語と台湾語と日本語と、ひとつずつ数える必要はないのかもしれない。三つの母語がある、というよりも、ひとつの母語の中に三つの言語が響き合ってる」P234

私は台湾にも東南アジアにも何度か行き、この言語ミックスの自然さ、不思議さを身近に感じています。このエッセイも音で聴きたいと感じました。
対談では特別にお母さんの台湾語口真似を披露していただきましたが、是非朗読で聴いてみたい。

以上



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by zhuangyuan | 2016-01-31 16:34 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2016年 01月 24日

中国ではみんなが天下を狙ってる

ネオ・チャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望

エヴァン・オズノス/白水社

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大迫力。おすすめします。

読書ブログに書きましたのでこちらも寄ってみてください。


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by zhuangyuan | 2016-01-24 21:59 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2016年 01月 16日

生涯ベスト級の小説「狼图腾」が映画になった

映画「狼图腾」




日本で公開はいつなのよと待っていましたが
ひっそりと公開されてましたので危うく見逃すところでした。

邦題「神なるオオカミ」
小説の邦題と同じですね。

私は原文で読んだため、ゆっくり丹念に読みました。
読書人生のトップテンに間違いなく入る名作です。
完全に私のツボにはまりました。

中国語ブロガーさんたちとのウェブ読書会にも参加しました。
当時の私の投稿はこちら。
いい場面でしたので力をいれて書いてます。

文革時代に北京の知青がモンゴルに送られる。
草原では人間の活動も大自然の摂理の一部。
神が支配する草原で君臨するのは狼。
人々は生活の糧である牧羊を狼から守るのですが
敵でありながらも畏れを抱き崇拝の対象でもあるんです。
戦いつつも神の決めた絶妙なバランスを保つ。
これが草原で暮らす掟。

長老が率いる遊牧集団に若者2人が預けられる。
毛沢東の政策で知識分子が田舎に出向き農民や遊牧民として労働をさせるというもの。

つまりこのころ中央の意思が草原にまで届いている。
社会主義体制は神を否定し、エリートたちが計画をたて生産を行う。
神の摂理は気にしない。生産、生産、拡大生産。科学万能主義が草原まで達する。

青年たちは大自然の生活になじみ、草原とともに生きたいと思う。
しかし彼らの思想も都会育ちのもの。良かれと思いつつも草原の掟から少しずつずれてゆく。狼の子をこっそり飼っちゃうとかね。

小説ではとにかく自然の描写が圧倒的で、その中で生きる人間を含めた動物たちが翻弄されつつも、歴史の知恵で自然と折り合いをつけてゆく姿が描かれます。

これって映像化できるの?

映画化は嬉しいのですが、狼と馬の群れの戦いだとか、ブリザードの中の狼だとか、餌付けされて野生を失いつつもがく狼の子だとか、うまく表現できるにだろうか?CG使い過ぎて興ざめにならないだろうか?そもそも狼そんなたくさんいるの?

そんな心配は取り越し苦労でしたよ。
モンゴルの大自然も、獰猛な狼も、大迫力の戦闘場面も、
鎖に繋がれた小狼も。期待にたがわぬ映像でした。
小説の映画の権利を買ってから8年かけて動物を撮るのにふさわしい監督を探したというだけのことはある。

この動画に撮影秘話が出ています。映画みてからのほうがいいかもしれませんが。



俳優たちの演技も素晴らしい。
特に中央から派遣された生産隊主任の小役人演技が秀逸。
命令だからと言って自然の掟に背き、失敗したらスケープゴート探し。
上級のために生産あげます。短期間に。

これって60年代の話ですが、こうして自然は破壊されてきた。
計画達成のため、生産拡大のため。
それが改革開放以降は市場経済でさらに拍車がかかって、モンゴルの草原ばかりか地球まで破壊しかねない勢い。そろそろ経済成長至上主義をやめないといけない。
自然の掟に逆らうといつか報いを受ける。

モンゴルの風景にひたるだけでも観る価値あり。


以上

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by zhuangyuan | 2016-01-16 22:16 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2015年 06月 27日

ダライ・ラマの言葉は英語を通じて世界に届く

ドキュメンタリー映画「ダライ・ラマ14世」鑑賞。

観音菩薩の化身
輪廻転生

ダライ・ラマ13世の死後、その生まれ変わりとして14世となる。
現人神。

人は彼を神と呼ぶ。

でもねダライ・ラマ猊下は言うんですよ。

It's non-sense.
そんなわけねえだろって。

中国共産党政権は彼を悪魔と呼びます。
もちろんこっちもナンセンスだよって。
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I'm just one human being.
僕は人間ですからね。

とは言うものの中国共産党政府はダライ・ラマを恐れているに違いない。
彼の類稀な包容力とリーダーシップが信者を束ねた時の脅威。

彼の講話を聞いたら皆心酔してしまう。
近くに寄ったらあったかくなりそう。

即物的な政治闘争だけで勝ち上がった中国指導者には得体の知れない恐怖感を与えるにでしょう。自身への後ろめたさも加わってね。

百度Baiduのダライ・ラマ14世の説明を抜粋しておきますね。ダライ・ラマ14世
中国政府の見解がよくわかります。
达赖喇嘛流亡海外,依靠西方反华势力,利用“宗教领袖”的外衣,四处奔走游说,散布种种谎言,欺骗国际舆论。
ダライラマは海外に亡命し、西側の反中勢力を頼り、宗教リーダーのカッコをして、四方遊説に駆け回り、嘘ばかり撒き散らし、国際世論を騙している。

ところでこの作品、もっと公開館数多くてもいいんじゃない?
メディアへの露出もすくないよね。
なんでだろ?

中国のほうが儲かるからね。
中国の爆買いばかり話題にしてる。


こんな環境でもダライ・ラマは人を惹きつけてやまない。
ダライ・ラマの強靭さは発信力にあると思う。
流暢な英語で平和を説く。

映画の中で言っている。
日本人よ、英語を勉強して世界を知れと。
そして世界を体験してこいと。

この言葉が一番ぐっと来た。

チベット亡命政権ダルムサーラではチベット語の習得はもちろんのこと
語学としての英語教育を徹底してるという。

チベット語では哲学的なことも全て表現できると言いつつ
英語を勉強させる。世界を知るために。発信するために。

平和な未来なんて空から落ちて来はしませんよ。
般若心経唱えててもダメなんだよ。
自分でとことん学んで掴み取れって。

チベットの僧院でも常に学習。
高僧が言っていた。

慈悲の心と怒りの葛藤。
毎日凌ぎあっている。
慈悲の心が勝る時、悟りが得られると。

私まだまだ学習が足りませぬ。
怒りが勝ってる。
執着しちゃう。

外国語を学んで旅に出よう。

以上

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by zhuangyuan | 2015-06-27 09:19 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)