中華 状元への道

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2017年 12月 16日

牯嶺街少年殺人事件とA brighter summer day の間に。

牯嶺街少年殺人事件、236分。
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やっと観れた。何しろ長いですからそれなりの気持ちの準備が必要です。夜なら絶対寝ちゃうしね。昼間の名画座は入場整理が必要で、並んだ末に特別料金であることを知る。二本立てより高い。まあ合理的ではある。

冒頭のテロップでもう持ってかれてしまう。

「民國三十八前後,數百萬的中國人隨著國民政府遷居台灣,絕大多數的這些人,只是為了一份安定的工作,為了下一代的一個安定成長環境。然而,在這下一代成長的過程裡,卻發現父母正生活在對前途的未知與惶恐之中。這些少年,在這種不安的氣氛裡,往往以組織幫派,來壯大自己幼小薄弱的生存意志。」

1949年人民解放軍にまけて台湾にやってきた数百万人の大陸中国人は島に来てから新しくコミュニティを作った。子どもたちは、前途に不安をいだく親たちをみながら育つ。物語は1961年の少年たちの抗争を描く。混乱のなか思春期を迎えた子どもたち。実際に起きた殺人事件がベースだという。

主人公、小四(シアオスー)が受験に失敗して夜間高校に入るところから始まる。父親は納得がいかず学校に文句を言いに行くが聞き入れられず茫然としている。そこにラジオが流れている。大学合格者を読み上げる放送だ。エリートへの道に選ばれた若者が一人一人名前を呼ばれる。大学は権威の象徴。ラジオは一方通行で権威者が支配に使ってる。果たしてその権力者に連なる階層に権威はあるのか?言ってみればみんな大陸から逃げて来たわけで、大陸反攻を掲げつつも劣勢なのだ。しかしその下の下のミニ権威たる高校教師にすらもはじかれる父親。真面目が取り柄で時代の波に身をまかせ泳いでいくタイプではない。でも台湾には渡ってきた。父親は物語中盤で共産党との関係を疑われ尋問を受ける。自分はなぜ査問されてるかわからない。おそらく周囲では、大は政治闘争、小は出世競争が繰り広げられてる。父親はそういうものにもうとくも、納得いかないものにはまっすぐに自己主張をぶつけつつ日々を愚直に生きてる。大きな時代趨勢の変化にたゆたう器用さがない。

そんな父親を見ながら育ってきた小四。不良グループに入りつつも本気で戦うというより流れの中でなんとなくついて行く。盗んだ懐中電灯で暗闇を照らしながら。

映画シーンで私が好きな場面は少年達が縄張り争いをするライブハウス。プレスリーを筆頭にするアメリカンポップを少年達が英語で歌う。小四の友達小猫(シアオマオ)もボーイソプラノで美声を聴かせる。プレスリーは中華圏で猫王(Maowang)と呼ばれている。つまり小猫はリトルプレスリーの意。小猫の劇中の本名は王茂(Wang Mao)といいMaoWangをひっくり返しただけの名前ゆえにはじめからプレスリーと呼ばれることが決まってた。
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小猫は小四の家のレコードプレーヤーでアメリカンポップをかけて練習してる。歌詞はレコードを聴きながら文字起こししてる。それを手伝ってるのが小四のお姉さん。「英語もわからないで英語の歌をうたうのか?」と小猫をバカにする。アメリカンポップはその時代の象徴といえる。絶対的に強いアメリカ。憧れのプレスリー。まだベトナム戦争がおきていない時代のアメリカ。しかも中華民国=国民党はアメリカにバックアップされてる。対共産主義。そのカルチャーがラジオでなくレコード盤に詰まってる。流れてくるのでなく自ら何度も聴くのだ。何度も何度も。歌詞はわからずとも歌う。その頃、小四の家の旧式のラジオプレーヤーは何度も壊れる。権威が揺らいでるように。

小四が恋するのは小明(シアオミン)不思議な魅力で少年達を惹きつける。彼女がヒロイン。元のカレシは不良グループのリーダー、ハニー。男でHoneyってんですから英語の意味なんかどうでもいい。とにかくアメリカがカッコいい。ハニーは小明が原因で事件を起こしどこかに逃げている。とにかくみんな小明に夢中なのだ。その小明に小四も当然のように恋をする。そして皆と同じように自分のものになるような気がしてくる。振り向いているようで振り向かない。自分のものかと思ったら他とも親しくしてる。これってアメリカと台湾の関係かな?映画の舞台はニクソン訪中のずっと前ですが、台湾つまり中華民国はアメリカに裏切られるわけです。でも皮肉なことにその後台湾経済は高速成長をはじめる。まじめに政治題目唱えても意味がない。一途な愛は悲劇を生むだけか?

中国の歴史はぐるぐる回り、同じようなことがダイナミックに繰り返される。しかし歴史においては政治のトップに栄枯盛衰は描かれても、民衆個人が翻弄される姿には焦点が当たらない。現代映画は個人を映す。生まれたばかりの国家が不本意ながら拠点を変えて、新たに権威を作るべくうごめく。大人たちはかりそめの権威に媚を売る。もしくは権威からはじかれる。そんな社会の醜さを少年少女たちは見ながら自分たちの社会を走り続ける。でもね、奮闘しても、格闘しても、時代という河の流れは変わらない。そして悲劇などなんにもなかったように、素っ頓狂なA brighter summer dayがやってくる。
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以上

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by zhuangyuan | 2017-12-16 08:53 | 文化、歴史 | Comments(0)


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