中華 状元への道

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2007年 05月 20日

南蛮

中華思想では中華を取り巻く周りはみんな野蛮人で四夷と呼びました。

今読んでる「世界史のなかの満洲帝国」にその説明がありました。

東夷、西戎、北狄、南蛮。

夷は低いという意味でデルタ地帯で農耕と漁撈をいとなむ人々。
戎は羊毛の意味で西方の遊牧民。
狄は交易の意味で森林に住む狩猟民。
蛮は人の意味で焼畑農民を指すんですって。
そしてそれらに囲まれた城壁の中の都市に住むのが中華の人々とのこと。

というと日本を東夷というのは合っているような気がします。農耕と漁撈ですから。
でもその日本の武士のトップが征夷大将軍ってのはなんか変。
東夷が征夷って誰を撃つのか。日本の朝廷も中華になっちゃったんでしょうか。

四夷の中で日本語で一番なじみがあるのは南蛮かもしれません。
ポルトガル人は南蛮人と呼ばれます。

先日お客さんと食事をしていますと、その南蛮が話題になりました。
うまいと紹介してもらった蕎麦屋が期待はずれであったと言うと
「かも南蛮」食べなきゃだめだよと。

ところで「かも南蛮」の南蛮の意味をしってるかと聞かれました。
ポルトガル人が食べるような変なものって意味ですかねえ?

お客さんが答えて曰く
その南蛮はナンバンでなく本当はナンバなんだ。
大阪の難波。

カモ難波。じゃあどうして難波なのか。
難波とはネギのことで、昔難波はネギの一大産地だったそうで
大阪ではネギのことをナンバともいうらしい。

カモ難波がいつの間にカモ南蛮に転じてしまったらしい。
確かにネギはいってるなあ、鳥南蛮もカモ南蛮も。

そしてこの組み合わせも
「鴨が葱しょってくる」なんて諺にもなっちゃってるぐらいメジャーになったわけです。
でもその南蛮が葱だったなんて全く知りませんでした。

カモネギだなんていうのもカモナンだって言っていいのかも。

以上
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by zhuangyuan | 2007-05-20 22:53 | 言葉 | Comments(5)
2006年 12月 09日

もじもじ文字獄 言葉狩り 

清の時代、文字獄というのがありまして、まあ現代でいうところの言葉狩りです。

清朝は満州族王朝ですが漢民族に対してコンプレックスがあったらしく
自分たちは一生懸命、漢文化を勉強しつつ、一方で自分たちが外来民族であるという認識を
消し去ろうと言葉狩りを行ったのです。

余秋雨の一个王朝的背影という文章には次のようにあります。
他不许汉族知识分子把清廷看成是“夷人”,连一般文字中也不让出现“虏”、“胡”之类字样,不小心写出来了很可能被砍头。

彼(乾隆帝)は漢族が清朝廷を夷人とみなすことを許さず、
文章の中に“虏”、“胡”の類の字が出てくるのを許さず、うっかり書いてしまうと
首を飛ばされることもあった。


胡錦濤主席なんて書いたらもうだめです。
でもいくら取り締まったって異民族は異民族で意識は変わらないし
一方で思想の漢化を目指しつつも、辮髪を強要するわけですからわけがわかりません。

言葉狩りというと最近の日本でも「核」というのがそんな感じになっています。
「核」っていうのは議論もしちゃだめだ!ってのはなんなんでしょうか?

でも逆にそんなことを言うと違和感が出ますから
この違和感が時代が変わったってこのなんでしょう。
以前だったら言った瞬間に大臣更迭とかになってました。
そんなあたりの世間の微妙な変化の風を感じて発言を始めてるんでしょう。

学生時代に紅色政党にいた友人が言ってました。
自民党の政治家がなぜ先の戦争を擁護する発言をして
そのたびにマスコミにたたかれ大臣を辞任するのか。
それは世間の反応をその都度確認するためだと。
つまりリトマス試験紙なんだそうです。

今を発言し首になるのでなく、核を議論するなというほうが違和感が出るそんな時代になりました。

言葉狩りといえば私が常々違和感を感じているのは
差別に関する言葉。みょうな平等な世の中を言葉上から作ろうとする変なことば。

グリーン車っていうのも意味がわかりません。特等席とかならわかるけど。
普通席は二等席だとまずいんでしょう。

学校の成績表はなぜか通信簿と呼びます。
それも小学校では「たいへんよくできました」「よくできました」「ふつう」とかいう段階で評価する。
良い、普通、悪いではだめなんです。

ボケ老人は認知症といわなければならず。
精神分裂病は統合失調症。

ジェンダー関係もわけわからない。
ビジネスマンはだめでビジネスパーソンとか
看護婦は看護士でスチュワーデスはフライトアテンダント。

放送禁止用語も行き過ぎです。八百屋や床屋もだめなんです。
八百屋さんが八百屋さんって言われて嫌がるわけないでしょ。
逆に卑しい職業だったのかっておもっちゃいますよ。

忌み言葉ってのも意味があるのかどうか。
閉会は縁起がわるいから「お開き」と呼び、スルメはアタリメ。
夏に大阪の妻の実家に行った時、川沿いに葦原(あしはら)がありました。
でも植物を解説する説明板には「よし」とありました。「あし」は「悪し」につながるからだめなんです。

言葉の言い換えも多い。
企業で首切りはだめでもリストラはokなんて。
「父さんは解雇じゃないのよ、リストラよ」なんてサラリーマン川柳がありました。

下請け企業は協力会社と呼びなさいとか。
実態は変わらないのに言い方だけ変えても意味がないでしょ。

でもこれの極めつけは自衛隊ですよね。軍はもたないんだから自衛隊は軍隊じゃないって。

言葉がどうであれ、実態が大事なんですけど
日本語ってのはこういうのが多くて困ります。
こんな日本語使ってるとどんどんゆがんだ精神構造になっちゃいます。

私自身は面倒くさがりで余計な気を使うのがいやなので
直接表現をよく使うのですが、やはりこれがよく軋轢を招くのです。
日本語ってほんとにむずかしいですね。

ところで最近私はけっこうブルーなんです。
それは娘の国立小学校受験の最中ですでに二つだめだったんです。
先週はその発育総合調査があったんですが
その合格者発表に行ったんですがその発表掲示板にこう書いてありました。
「抽選有資格者発表」
二次試験合格者と言わずに最後の抽選にすすめる有資格者の発表ということなんです。
で結果は「抽選有資格者」になれませんでした。
べつに気を使って婉曲表現してくれなくてもいいんですけど。

来週も最後の一校があるんですよね。
これは関門がきびしく、総合発育調査つまり選抜テストにすすめるかどうかの抽選倍率が
すごくてそのテストにすすめるかもわからないのです。
まあ天の声を待つしかないですね。

以上
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by zhuangyuan | 2006-12-09 17:26 | 文化、歴史 | Comments(6)
2006年 08月 30日

究極のデザート

九龍城の記事の中に「三不管」という言葉が出てきましたが、
その記事へのかめ様のコメントの中に気になる言葉が残されました。

「三不粘」

なにやら食べ物らしいのですがこの謎の言葉をしらべるべく
中国版Googleで検索してみますと面白い文章が出てきましたので
中文和訳の勉強がてら前文をご紹介いたします。

才女唐琬与名吃“三不粘”(才女唐琬と名物料理“三不粘”)
唐琬是宋朝著名诗人陆游的表妹。她自幼聪慧,人称才女,后被陆游娶为妻,夫妻的感情很好。但陆游的母亲对这个才貌双全、贤惠能干的儿媳妇就是看不上眼,总是想方设法难为她。


唐琬は宋代の著名な詩人陸游のいとこである。彼女は幼いときから賢く、才女と呼ばれ、
後に陸游に妻として迎えられ、夫婦関係はとてもよかった。しかし陸游の母親はこの美貌と才能を兼ね備えた、賢くやり手の嫁に目をかけず、何かにつけて困らせた。


在陆游母亲六十寿辰这天,陆家宾客盈门,摆了九桌席,十分热闹。陆母想叫儿媳在客人面前出丑,吃饭间,忽然当着众人提出:“今天我想吃说蛋也有蛋,说面也有面,吃不出蛋,咬不着面;是火烧,用油炸;看着焦黄,进口松软;瞧着有盐。尝尝怪甜;不粘勺子不粘盘。不用咬就能咽的食物。”

陸游の母親の60歳の誕生日の日、陸家には賓客が集まり、
9卓ものテーブルが並べられとても賑やかだった。
母親は客の面前で嫁に恥をかかせようと思い、食事中、突然皆に言いました。
「今日私が食べたいものはこんなもの。卵といえば卵、麺といえば麺、でも卵とはわからないし
麺とも噛んでわからない。焼いたもので、油でいためてある。焦げた黄色に見えて 
口のなかでふわふわする。塩がついているようで、舐めると逆に甘い。
スプーンにも皿にもくっつかない。噛む必要がなくて、すぐ飲み込めてしまう。そんな食べ物よ。」


唐琬心理明白。婆婆是又在为难她。她二话没说,走进厨房。在面盆里打了几个鸡蛋,再将鸡蛋黄加入淀粉、白糖、清水,用筷子打勺,过细罗。炒锅添入熟猪油,置中火上烧热,倒入调好的蛋黄液,迅速搅动。

唐琬は気づきました。姑さんはまた困らせているのです。彼女は二の句を接がず、台所に入りました。
ボールのなかにいくつかの卵を割り、黄身の中を澱粉と砂糖、水の中に加え、箸でこね、ざるを通します。
鍋にラードをいれ、中火にかけ、混ぜ合わせた黄身の液をいれ、すばやくかき混ぜます。

待蛋黄液成糊状时,一边往锅中徐徐加入熟猪油,一边用勺不停地搅拌,蛋黄糕变的柔软有劲,色泽黄亮,不粘炒锅,一会儿功夫就做好了。唐琬将热腾腾、香喷喷的食物盛在一个盘子里,撒上点细盐恭恭敬敬地送上餐桌。客人们一看,合乎要求,一尝,更是口感酥软,甜咸适宜,都夸唐琬心灵手巧.

黄身の液が糊状になったとき、鍋に徐々にラードを加え、一方でスプーンでとまることなくかき混ぜます。
黄身の液が柔らかくそして、粘りがでて、黄色い輝きがでて、鍋につかなくなり
少し経ったら出来上がり。
唐琬はあっつあつで香りが漂う食べ物をお皿に盛り付け、さっと塩を振り掛けると
恭しくテーブルに運んでいった。
お客さんたちは見るなり、これは要求にかなったものだと認め、
一口食べると、柔らかな感触で、甘さと塩辛さが程よくまじり、唐琬の賢さと手腕をほめました。

这个菜一不沾盘,二不粘勺,三不粘牙,清爽利口,因此大家给它起名叫"三不粘",后来成为传统名食,深受人们喜爱.


この料理は一に皿につかない。二にスプーンにつかない。三に歯につかない。
さわやかで口にやさしい。
こうして皆はこの料理を"三不粘"と名づけました。
そして後に伝統の名物料理となり、人々の好物となりました。


なんか涎がでてきますね。ぜひ食べてみたい。
ヨークシャープディングみたいなものですかね。
想像が膨らんで楽しいです。

Googleでイメージ検索をしてみると写真が出てきました。
d0018375_22563071.jpg

写真をみるとなんか興ざめですね。
あまりうまそうじゃない。

でも今度試してみよう。

ところで宋代の愛国の大詩人も嫁姑の関係に悩んでいたなんて笑っちゃいますね。
その後このせいで二人はすぐに離婚することになってしまったとのこと。

でも陸游さんは彼女が忘れられなくて晩年になっても彼女を詩に詠んでいます。
そんなにうまかったのでしょうか?「三不粘」が。

以上
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by zhuangyuan | 2006-08-30 23:01 | | Comments(12)
2006年 07月 31日

名は体を表す 犯罪篇

先日、少林サッカーの記事の中で馳星周についてチラッと触れました。
そこで彼の小説の「不夜城」について思い出しました。
不夜城とは歌舞伎町のことでそこで活躍?する中国人やくざを描いた話ですが
当時は大ヒットしていたので買いました。

歌舞伎町がすっかり中国系ヤクザに支配されてる姿が描かれてました。
その中で福建系のヒットマンが一番怖かったですね。
何も言わずにただズドン!で終わり。
まあ小説ですからどこまでリアル世界と近いのかはわかりませんが。

歌舞伎町で思い出しましたが李小牧の歌舞伎町案内人ってのも前に読みましたが
ここでも中国人が歌舞伎町に浸透しているのがわかります。
こっちはある程度真実でしょう。

5億4千万円強盗容疑、元従業員の親子ら4人逮捕
で、先日、こんな報道がありました。
中国人犯罪です。

おととしの事件の犯人がやっと逮捕されたらしいのですが
こんな事件のあったことすら忘れていました。
三億円事件は40年近くたっても忘れられないのに5億円は忘れちゃう。
まあ当時の三億円はすごいんでしょうけど。

この事件は実行犯は中国人で情報提供と作戦立案は日本人という
最近ありがちなパターンです。
昨今中国人犯罪が増えていると言われ実際一番多いのは中国系なんですけど
その実、実行犯だけで裏で指図しているのが日本のヤクザってケースが結構多い。

小説なんかでもヒットマンは中国人というのが多い。
先週読み終わった「破裂」(久坂部羊 幻冬社)という本は
医療系の本で、医学部教授戦や高齢化社会をめぐる厚生省の陰謀などを描いたミステリーですが
ここでも最後に事件を追うジャーナリストを暗殺したのは
安値でヤクザに雇われた中国人でした。

とにかく中国のイメージは一般日本人のなかでかなり悪くなってます。
日本での犯罪と尖閣や靖国などの政治的対立が追い討ちをかけますます悪化してます。

先日商談の席でもお客さんが言いました。
お客さんは私が中国好きなのを良く知っていますので遠慮がちに
「とにかく中国って国は最悪だよ。軍事力をどんどん拡大して名に考えてるかわからない。
私は絶対信用しないよ。」

こんな感じですから、日本にいるまじめな中国人留学生や一所懸命働く在日中国人のかた
はとんだとばっちりを受けて大変でしょう。飲み屋で働くお姉さんたちもしょっちゅう手入れが
入って強制送還されたりして大変だそうです。でも不法滞在不法労働に厳しいのは
慎太郎都知事ですから、皆さん東京から地方に出て飲み屋で働くそうです。

話がずいぶんそれちゃいましたが、五億円事件に戻ります。
ここで私が注目したのはその事件の背景でも、事件の構図でもなく
犯人の名前です。思わず笑ってしまいました。

金 光」容疑者。

中国語で「光」という字は、光るという意味のほかに「すっからかんになる(なくなる)」
という意味があります。例:花光=(金を)使い尽くす。

この犯人さんの親御さんは「輝いている」ほうの意味で命名したんでしょうけど
まさかこんなことになるとは。

強盗が成功したときには成功報酬で3000万円もらったそうです。
そのときには文字通りお金が光り輝いていたんでしょうけど。
逮捕されてすべてすっからかんになってしまった。

どうやらこの事件この金光チャンが出頭したことが発端で事件が解明されたらしいのですが
こんな記事がありました。
実行犯の1人「金なくなった」と出頭 栃木5億円強奪
金容疑者は22日午後に出頭。「金がなくなってこれ以上逃げられなくなった。逃げ回るのにも疲れた」と話した。事件後、都内など各地を転々とする生活を送っていたという。


こいつは相当の大物です。二年弱で3000万円使い切っちゃった。
钱都花光了。(金はすべてつかっちゃった)
まさに名は体をあらわす。金光の面目躍如です。
落語のねたにもできそうな話です。

以上
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by zhuangyuan | 2006-07-31 23:13 | 時事 | Comments(10)
2006年 07月 12日

いっちぴ、にひき

今朝、2歳半の息子を保育園に送っていく時のことのことでした。

保育園のとなりには二匹の大きなゴールデンレトリバーがいます。
遠くからその二匹を見た息子が言いました。

息子「パパ、おっきいワンワンこわいねえ」
私「怖くないよ、やさしいよ」

息子「ねえパパァ、えっとえっと、ワンワン二ついることね、二匹ってゆうんだよ」
私「おお、すごいねえ、よく知ってるねえ、お兄さんだね」

気をよくした息子は更に続けます。
上の電線を見て

「チュンチュンも二匹だね」

ここが難しいところ。

私「チュンチュンは二羽って言うんだよ」
息子「へ????」
私「二羽だよ鳥さんは」
息子「??」

大混乱であります。
まだちょっと難しいでしょうね。
とりあえず私も説明を断念しました。

すると今度は
前方から小さな犬を散歩している女性がやってきます。

「パパぁ、ワンワン二匹ってゆうんだよ」
「ん?一匹でしょ一匹。ひとつなんだから?」
「いっちぴ?ちがうよ、二匹ってゆうんだよ」

どうやら二匹の意味を取り違えているようです。
「二匹(にひき)」というのを犬そのものを指す単語だと思っているようです。
保育園の隣には常に二匹の大きな犬がいますので
「二つ」というたびに「二匹」でしょと直されていたんでしょう。

ここではっきりしたのは
中国語歴4年の私の中国語は日本語歴二年半の息子よりまだレベルが高いということです。
私は「两条狗=二匹の犬」「两只小鸟=二羽の小鳥」も区別ができますから。
中国語のややこしい量詞も覚えています。
でも実は使うときは一个、两个になってしまう。はっはっは。

でも実は私が中国語を始めたのは上の娘が二歳のころでした。
はじめはいい勝負でしたが今では娘の日本語能力が私の中国語能力をはるかに凌駕しています。息子の場合も時間の問題でしょう。

最近言葉をどんどん吸収している息子はしゃべりたくってしょうがない時です。
なんでも口に出してトライします。

ある日のことお昼に私が息子に聞きました。
「今日のお昼はケッタッキー食べよっか?」
「ちがうよ。せんたっきは食べ物じゃないよ。」
「すんまちぇん」

言葉もどんどん使って見なきゃだめですね。
大人はまず考えちゃって
売る覚えのものは口ごもってしまいます。いかんいかん。

以上
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by zhuangyuan | 2006-07-12 22:04 | 言葉 | Comments(9)