中華 状元への道

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2008年 11月 02日

酔清風 (翻訳練習)

mixiで「酔清風」という曲の歌詞を訳してというトピがあり
面白そうなのでやってみました。

この曲は初めてききましたがけっこういいかも。
まあでも私が訳すにはもっともそぐわない類の歌詞ですが
学習の一つだと思いトライいたします。

いつも思うのですが
歌詞は中国語のほうが深みがあるように思います。
漢字に含まれている広がりが短い日本語で表現できない。
なんか安っぽくなってしまう。

どなたか詩的センスをお持ちのかた添削願います。


酔清風
原唱:弦子


月色正朦胧  
与清风把酒相送  

太多的诗颂
醉生梦死也空

和你最后缠绵你曾记得
乱了分寸的心动

怎么只有这首歌
会让你轻声合
醉清风

梦境的虚游
琴声一曲相送

还有没有情浓
风花雪月也溶

和你最后缠绵你曾记得
乱了分寸的心动

蝴蝶去向无影踪
举杯消愁意正浓
无人宠

是我想得太多
犹如飞蛾扑火那么冲动

最后 还有一盏烛火 燃尽我

曲终人散
谁无过错
我看破

ぼんやりとした月の下
爽やかな風に吹かれて酒をのむ

いろんなことが言葉が歌につまっている
夢か うつつか わからない まどろみの中
 
最後に一緒だったとき覚えているでしょ
こころが少し乱れたわ

それなのにどうしてこの曲しか残っていないの?
一緒に口ずさんだ 醉清風

夢うつつをさまよい
この曲を贈ります

まだ情熱はのこっていますか?
風花雪月 美しい思い出は空しく消えてしまった

最後に一緒だったとき覚えているでしょ
こころが少し乱れたわ

蝶は影ものこさず消えゆき
わたしの愁いは酒でも消えないお酒でも消せない
もう誰もかまってくれない

考えすぎてしまう私がいる
蛾が火に飛び込むような(死にたい)衝動にかられる

最後に わずかにともるロウソクの火が
私を燃やしつくす

曲が終わり誰もいなくなった
誰でも間違いはあるもの
私はわかったの


以上
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by zhuangyuan | 2008-11-02 09:15 | 中文練習 | Comments(2)
2008年 07月 27日

中体西用 vs 和魂洋才

先日、松岡正剛氏の「日本という方法」という講演を聴きました。

詳しくはもういっこのブログで書きましたのでそちらを。
和魂洋才 ニッポン ちゃちゃちゃ

その中で彼は言いました。

最近の日本はグローバルスタンダードをそのまま受けれてダメになっている。
和魂洋才を忘れている。
日本は日本なりの方法で咀嚼してから受け入れないといけない。

その点、今の中国のほうが良い。
中体西用という方法でグローバルスタンダードを受け入れている。
これでは日本は負けてしまいますよと。

中体西用とは

中国文化を基本としながらも、西洋の文明を受け入れるって感じでしょうか。

これを主張したのは清末の张之洞。张之洞《劝学篇》

彼は特に教育を重んじます。

把“中体西用”作为教育改革的指导思想, 要求学堂“教法当以四书五经纲常大义为主,以历代史鉴以及中外政治艺学为辅

中体西用を教育改革の指針として次の思想を学会に求めます。
教育方法は四書五経、三綱五常の理念を基礎として
歴史を鑑として、外国の政治、技術を補助的なものとしなければならない。


でその彼が提唱したのは日本に留学生を送り込むこと。
なぜ日本か?
明治維新以後、日本はすでに西洋の技術を導入し大成功していました。

日本に留学すべき理由をこう説明しています。

“路近省费”、“易考察”、“东文近于中文易通晓”,和西学经日本“已删节而酌改之”,且“风俗相近,易仿行,事半功倍”

旅費が安い。調査しやすい。日本語は中国語に似ているので理解できる。
西洋の学問が日本でスクリーニングされ、更に斟酌されている。
文化も似ているし、模倣しやすい。
労せずして効果が大きい。


日本に学ぼうというか
日本が吸収した西洋に学ぼうってことなんですが

经日本“已删节而酌改之”


ここが大事。

松岡正剛氏の主張する「日本という方法」ここにありって感じです。

日本を経て、フィルタリングされて、いいものだけ残って、それが検討されて
修正が加えられている。

これを見抜いた张之洞 恐るべし。

今の日本もこの歴史を鑑にしなければなりません。

以上
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by zhuangyuan | 2008-07-27 22:03 | 文化、歴史 | Comments(0)
2008年 05月 06日

語学は耳から学べ

最近、語学学習本なんかをよく読みます。

先日もベストセラーの「英語は逆から学べ」(苫米地英人)というのを読みました。
脳みそに別の回路を作ってそこを英語脳にして赤ちゃんのように学べとありました。

赤ちゃんは字が読めませんから音声情報と視覚情報で言葉を覚えていきます。

大人はある程度知識がありますから知識が邪魔して素直に吸収できない。
何かに関連付けて覚えようとする。つまり日本語訳だとかを考えながら語学を学ぶ。
だからだめなんだと。

そこで新しい脳をつくれと。

ところで子どもは意味をわかっていない言葉も全く照れることなくどんどん使います。
これが語学習得の近道でしょう。

今日公園でピクニックに行った帰りの車の中で8歳の娘が言いました。

「ねえパパ、今度ベトナム買ってぇ」

「??ベトナム?」

よくよく聞いてみると「メトロノーム」のことが言いたかったみたいです。
ピアノを習っている娘にメトロノームが必要だと妻と話していました。

彼女の脳内では別に聞いていた知らない単語「ベトナム」と結びついたんです。
大人は知らない単語は怖くて使えない。

先日こんなのもありました。

「パパァ、〇〇ちゃんは囲碁習ってるんだってぇ」
「すごいな囲碁かよ、パパも出来ないよ。でも囲碁習ったって友達と出来ないからつまんないだろ」

「え?一人でやるんだよ。」と両手の手のひらを胸の前で合わせます。
「それってヨガじゃない?」
「そうそうそれ」

囲碁とヨガ。

息子はケッタッキーフライドチキンが洗濯機(センタッキ)になったことがありました。

でもこうしてどんどん吸収してく。

息子(4歳)の保育園のクラスに韓国の女の子がいます。
息子はかわいいその子が大好きです。

「その子のお名前なんていうの?」

名前はわかりますが苗字は覚えてませんでした。
すると同じ保育園を卒業した娘が答えます。

「 ぱわ っていうんだよ。」

「ぱわ? そんな苗字あるのかよ。」

先日保育園で下駄箱の名前を見て真実がわかりました。

朴さんでした。つまりパクさん。それが娘にはパワさんに見えたんです。
見えないこともない。
でも韓国人ならパクさんでしょ。
こうした場合大人のほうが強いかな。

以上
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by zhuangyuan | 2008-05-06 20:54 | 学習 | Comments(7)
2008年 05月 06日

語学は耳から学べ

最近、語学学習本なんかをよく読みます。

先日もベストセラーの「英語は逆から学べ」(苫米地英人)というのを読みました。
脳みそに別の回路を作ってそこを英語脳にして赤ちゃんが学ぶように学べとありました。

赤ちゃんは字が読めませんから音声情報と視覚情報で言葉を覚えていきます。

大人はある程度知識がありますから知識が邪魔して素直に吸収できない。
何かに関連付けて覚えようとする。つまり日本語訳だとかを考えながら語学を学ぶ。
だからだめなんだと。

そこで新しい脳をつくれと。

ところで子どもは意味をわかっていない言葉も全く照れることなくどんどん使います。
これが語学習得の近道でしょう。

今日公園でピクニックに行った帰りの車の中で8歳の娘が言いました。

「ねえパパ、今度ベトナム買ってぇ」

「??ベトナム?」

よくよく聞いてみると「メトロノーム」のことが言いたかったみたいです。
彼女の脳内では別に聞いていた知らない単語「ベトナム」と結びついたんです。
大人は知らない単語は怖くて使えない。

先日こんなのもありました。

「パパァ、〇〇ちゃんは囲碁習ってるんだってぇ」
「すごいな囲碁かよ、パパも出来ないよ。でも囲碁習ったって友達と出来ないからつまんないだろ」

「え?一人でやるんだよ。」と両手の手のひらを胸の前で合わせます。
「それってヨガじゃない?」
「そうそうそれ」

囲碁とヨガ。

息子はケッタッキーフライドチキンが洗濯機(センタッキ)になったことがありました。

でもこうしてどんどん吸収してく。

息子(4歳)の保育園のクラスに韓国の女の子がいます。
息子はかわいいその子が大好きです。

「その子のお名前なんていうの?」

名前はわかりますが苗字は覚えてませんでした。
すると同じ保育園を卒業した娘が答えます。

「 ぱわ っていうんだよ。」

「ぱわ? そんな苗字あるのかよ。」

先日保育園で下駄箱の名前を見て真実がわかりました。

朴さんでした。つまりパクさん。それが娘にはパワさんに見えたんです。
見えないこともない。
でも韓国人ならパクさんでしょ。
こうした場合大人のほうが強いかな。

以上
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by zhuangyuan | 2008-05-06 20:50 | 学習 | Comments(2)
2008年 03月 23日

ミトコンのミケさん

「ねえパパァ、この人、ミトコンのリーダーに似てない?」と4歳の息子が聞いてきました。

ミトコン?のリーダー?何それ?

妻に聞いてみるとミトコンとは水戸黄門のことでした。
リーダーとはもちろん水戸のご老公様、水戸光圀。

息子はお侍のテレビ(時代劇)が好きで水戸黄門を毎週見ているらしい。

「でもさあオレが好きなのはリーダーじゃなくて、ミケさんなんだあ。かっこいいから。」

ミケさんじゃねえだろ、スケさんだろ!

子どもの語感っていうのは余分な知識がない分斬新です。
どんどん覚えてどんどん使う。

ミケなんて名前は大人が聞いたら猫の名前に決まってます。
それに時代劇に親分はいてもリーダーはいない。

このリーダーってカタカナ言葉はおそらくスーパー戦隊ものからきて覚えています。
息子はその影響で色の英語は大体知っています。レッド、ブルー、イエロー...。

先日も日曜日の夕方、チャンネルをカチャカチャかえていますと
息子が言いました。

「オレは今のレッドの奴が見たいよう!」

レッドなんかなかっただろ、何とかレンジャーは朝しかやってないだろ。
それでもレッドがやっていたと言い張る息子。

もういちどチャンネルをゆっくり回してみました。

やってました。確かにレッドが出てました。笑点の大喜利でした。
レッドやイエローの着物をきた落語家が座布団に座っていました。

恐るべしこどもの語学センス。

大人は先入観でバイアスがかかってしまって素直に言葉が理解できません。

以上
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by zhuangyuan | 2008-03-23 20:53 | 生活 | Comments(0)
2008年 02月 03日

本音と建前 

shiraさんの参考になるブログで紹介されている「知音夢裡尋」薦められていた日本語と中国語
劉 徳有 / / 講談社
を読んでみました。

長く中国要人の通訳を勤めただけあって示唆に富む興味深い内容でした。
沢山チェックマークをつけてしまいました。

中国では通訳というと非常に重要な立場だそうで
あるお客さんは中国国営企業の通訳として来日してその後、日本の社長になりました。

それもそのはず政治の国、中国の要人の発言は全て通訳を通じて
外国に伝えられますので全ての重要情報がその通訳を経ることになります。
つまり全てを知っている。

立場が重要であればあるほど敵も多いでしょうし嫉妬もされるでしょう。
であるからこそ日本にあまり理解をしめして友好的だとそれは批判の対象になるでしょう。

そのせいかは知りませんが日本通で日本語の全てを知っている知日家である
と思われる著者もやはりご多分にもれず、冒頭で日中戦争時の苦労を語り
小泉首相の批判を繰り広げる。

つまり日本語についての見聞と知識を語る前にの枕として
日本批判し公の立場を鮮明にしなくてはならない。そして本題に入る。
もちろん勝手な推測です。

この本を読んでいて自壊する帝国
佐藤 優 / / 新潮社
の記述を思い出しました。
共産党時代のソ連では資本主義や宗教への評価は許されない。
では学問の世界ではどうするのか?
例えばこんな感じ。
序文では、ペレストロイカになってもイデオロギー闘争は重要だと書き、現在、
欧米では以下のような看過できない思想潮流があると書く。
そしてその後、欧米の言説をできるだけ丁寧に書く。
最後に共産党の決定やレーニン全集からの引用をちりばめて
いかにこのようなブルジョアイデオロギーがけしからんものであるかをできるだけ説得力がない形で書く。P60


教授も生徒に欧米学説をわざと発表させ、公の場で批判して、立場を保全しつつも
最新の学説を紹介するそうです。

ややこしいですねえ。共産国家は。
北京大学の先生も講義の上でも公の内容と
ゼミの中のプライベートな空間での議論は全然違って興味深いと聞きました。

まあこうしたことはともかく日本語と中国語の違いや特徴について
面白い話が沢山のってました。

日本語は言いにくいことは外来語で表すとのことで
「いまの話はオフレコで」とか
「リベートの件はどうなっていますか?」などと表現する。

著者はこの本をすべて自分で日本語で書かれたそうですが
こんな表現を使っています。

「文革のころの中国は当時のアブノーマルな国情もあって...」

アブノーマルですか?異常とは言えないのですね日本語では。
さすが達人です。

以上
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by zhuangyuan | 2008-02-03 20:44 | 言葉 | Comments(2)
2008年 02月 02日

論語知らず

昨日はふぐを食べました。
いっしょにたお客さんとふぐ料理屋の主人とは友人で、
主人が書道をたしなむということで墨をプレゼントしてました。
店の中もご自身で書いた書が沢山飾ってあり風情のある店でした。

そのご主人の息子さんは「三省」という名前だそうです。
由来を尋ねると、論語から来たといいます。

吾日に吾が身を三省す。

「論語のソウシの言葉ですよ、お客さん」
「ソウシ?荘子って道教じゃないんですか!?」
「論語にあるのは間違いありません。」

そんな会話があり、教養のない私は孔子の言葉を記した
論語に荘子まで登場するのか、それは驚きだと思い、さっそく調べてみました。

荘子じゃなくて曽子でした。お恥ずかしい。

曾子曰吾日三省其身
为人谋而不忠乎
与朋友交而不信乎
传而不习乎

〔読み下し〕
曽子(そうし)曰(いわ)く、吾(われ)日(ひ)に吾(わ)が身(み)を三省(さんせい)す。
人(ひと)の為(ため)に謀(はか)りて忠(ちゅう)ならざるか。
朋友(ほうゆう)と交(まじ)わりて信(しん)ならざるか。
習(なら)わざるを伝(つた)うるか。


論語に学ぶ会

私も自分の行動を改めて見直さなければなりません。三省せねば。
ちなみに出版社の三省堂もここからきてるそうな。

論語ってやっぱりいいですね。

最近私があらためて読んで感心しているのは次の言葉です。
君子和而不同,小人同而不和
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。


君子のほうになりたいものです。

以上
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by zhuangyuan | 2008-02-02 21:44 | 言葉 | Comments(0)
2007年 05月 20日

南蛮

中華思想では中華を取り巻く周りはみんな野蛮人で四夷と呼びました。

今読んでる「世界史のなかの満洲帝国」にその説明がありました。

東夷、西戎、北狄、南蛮。

夷は低いという意味でデルタ地帯で農耕と漁撈をいとなむ人々。
戎は羊毛の意味で西方の遊牧民。
狄は交易の意味で森林に住む狩猟民。
蛮は人の意味で焼畑農民を指すんですって。
そしてそれらに囲まれた城壁の中の都市に住むのが中華の人々とのこと。

というと日本を東夷というのは合っているような気がします。農耕と漁撈ですから。
でもその日本の武士のトップが征夷大将軍ってのはなんか変。
東夷が征夷って誰を撃つのか。日本の朝廷も中華になっちゃったんでしょうか。

四夷の中で日本語で一番なじみがあるのは南蛮かもしれません。
ポルトガル人は南蛮人と呼ばれます。

先日お客さんと食事をしていますと、その南蛮が話題になりました。
うまいと紹介してもらった蕎麦屋が期待はずれであったと言うと
「かも南蛮」食べなきゃだめだよと。

ところで「かも南蛮」の南蛮の意味をしってるかと聞かれました。
ポルトガル人が食べるような変なものって意味ですかねえ?

お客さんが答えて曰く
その南蛮はナンバンでなく本当はナンバなんだ。
大阪の難波。

カモ難波。じゃあどうして難波なのか。
難波とはネギのことで、昔難波はネギの一大産地だったそうで
大阪ではネギのことをナンバともいうらしい。

カモ難波がいつの間にカモ南蛮に転じてしまったらしい。
確かにネギはいってるなあ、鳥南蛮もカモ南蛮も。

そしてこの組み合わせも
「鴨が葱しょってくる」なんて諺にもなっちゃってるぐらいメジャーになったわけです。
でもその南蛮が葱だったなんて全く知りませんでした。

カモネギだなんていうのもカモナンだって言っていいのかも。

以上
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by zhuangyuan | 2007-05-20 22:53 | 言葉 | Comments(5)
2006年 12月 09日

もじもじ文字獄 言葉狩り 

清の時代、文字獄というのがありまして、まあ現代でいうところの言葉狩りです。

清朝は満州族王朝ですが漢民族に対してコンプレックスがあったらしく
自分たちは一生懸命、漢文化を勉強しつつ、一方で自分たちが外来民族であるという認識を
消し去ろうと言葉狩りを行ったのです。

余秋雨の一个王朝的背影という文章には次のようにあります。
他不许汉族知识分子把清廷看成是“夷人”,连一般文字中也不让出现“虏”、“胡”之类字样,不小心写出来了很可能被砍头。

彼(乾隆帝)は漢族が清朝廷を夷人とみなすことを許さず、
文章の中に“虏”、“胡”の類の字が出てくるのを許さず、うっかり書いてしまうと
首を飛ばされることもあった。


胡錦濤主席なんて書いたらもうだめです。
でもいくら取り締まったって異民族は異民族で意識は変わらないし
一方で思想の漢化を目指しつつも、辮髪を強要するわけですからわけがわかりません。

言葉狩りというと最近の日本でも「核」というのがそんな感じになっています。
「核」っていうのは議論もしちゃだめだ!ってのはなんなんでしょうか?

でも逆にそんなことを言うと違和感が出ますから
この違和感が時代が変わったってこのなんでしょう。
以前だったら言った瞬間に大臣更迭とかになってました。
そんなあたりの世間の微妙な変化の風を感じて発言を始めてるんでしょう。

学生時代に紅色政党にいた友人が言ってました。
自民党の政治家がなぜ先の戦争を擁護する発言をして
そのたびにマスコミにたたかれ大臣を辞任するのか。
それは世間の反応をその都度確認するためだと。
つまりリトマス試験紙なんだそうです。

今を発言し首になるのでなく、核を議論するなというほうが違和感が出るそんな時代になりました。

言葉狩りといえば私が常々違和感を感じているのは
差別に関する言葉。みょうな平等な世の中を言葉上から作ろうとする変なことば。

グリーン車っていうのも意味がわかりません。特等席とかならわかるけど。
普通席は二等席だとまずいんでしょう。

学校の成績表はなぜか通信簿と呼びます。
それも小学校では「たいへんよくできました」「よくできました」「ふつう」とかいう段階で評価する。
良い、普通、悪いではだめなんです。

ボケ老人は認知症といわなければならず。
精神分裂病は統合失調症。

ジェンダー関係もわけわからない。
ビジネスマンはだめでビジネスパーソンとか
看護婦は看護士でスチュワーデスはフライトアテンダント。

放送禁止用語も行き過ぎです。八百屋や床屋もだめなんです。
八百屋さんが八百屋さんって言われて嫌がるわけないでしょ。
逆に卑しい職業だったのかっておもっちゃいますよ。

忌み言葉ってのも意味があるのかどうか。
閉会は縁起がわるいから「お開き」と呼び、スルメはアタリメ。
夏に大阪の妻の実家に行った時、川沿いに葦原(あしはら)がありました。
でも植物を解説する説明板には「よし」とありました。「あし」は「悪し」につながるからだめなんです。

言葉の言い換えも多い。
企業で首切りはだめでもリストラはokなんて。
「父さんは解雇じゃないのよ、リストラよ」なんてサラリーマン川柳がありました。

下請け企業は協力会社と呼びなさいとか。
実態は変わらないのに言い方だけ変えても意味がないでしょ。

でもこれの極めつけは自衛隊ですよね。軍はもたないんだから自衛隊は軍隊じゃないって。

言葉がどうであれ、実態が大事なんですけど
日本語ってのはこういうのが多くて困ります。
こんな日本語使ってるとどんどんゆがんだ精神構造になっちゃいます。

私自身は面倒くさがりで余計な気を使うのがいやなので
直接表現をよく使うのですが、やはりこれがよく軋轢を招くのです。
日本語ってほんとにむずかしいですね。

ところで最近私はけっこうブルーなんです。
それは娘の国立小学校受験の最中ですでに二つだめだったんです。
先週はその発育総合調査があったんですが
その合格者発表に行ったんですがその発表掲示板にこう書いてありました。
「抽選有資格者発表」
二次試験合格者と言わずに最後の抽選にすすめる有資格者の発表ということなんです。
で結果は「抽選有資格者」になれませんでした。
べつに気を使って婉曲表現してくれなくてもいいんですけど。

来週も最後の一校があるんですよね。
これは関門がきびしく、総合発育調査つまり選抜テストにすすめるかどうかの抽選倍率が
すごくてそのテストにすすめるかもわからないのです。
まあ天の声を待つしかないですね。

以上
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by zhuangyuan | 2006-12-09 17:26 | 文化、歴史 | Comments(6)
2006年 08月 30日

究極のデザート

九龍城の記事の中に「三不管」という言葉が出てきましたが、
その記事へのかめ様のコメントの中に気になる言葉が残されました。

「三不粘」

なにやら食べ物らしいのですがこの謎の言葉をしらべるべく
中国版Googleで検索してみますと面白い文章が出てきましたので
中文和訳の勉強がてら前文をご紹介いたします。

才女唐琬与名吃“三不粘”(才女唐琬と名物料理“三不粘”)
唐琬是宋朝著名诗人陆游的表妹。她自幼聪慧,人称才女,后被陆游娶为妻,夫妻的感情很好。但陆游的母亲对这个才貌双全、贤惠能干的儿媳妇就是看不上眼,总是想方设法难为她。


唐琬は宋代の著名な詩人陸游のいとこである。彼女は幼いときから賢く、才女と呼ばれ、
後に陸游に妻として迎えられ、夫婦関係はとてもよかった。しかし陸游の母親はこの美貌と才能を兼ね備えた、賢くやり手の嫁に目をかけず、何かにつけて困らせた。


在陆游母亲六十寿辰这天,陆家宾客盈门,摆了九桌席,十分热闹。陆母想叫儿媳在客人面前出丑,吃饭间,忽然当着众人提出:“今天我想吃说蛋也有蛋,说面也有面,吃不出蛋,咬不着面;是火烧,用油炸;看着焦黄,进口松软;瞧着有盐。尝尝怪甜;不粘勺子不粘盘。不用咬就能咽的食物。”

陸游の母親の60歳の誕生日の日、陸家には賓客が集まり、
9卓ものテーブルが並べられとても賑やかだった。
母親は客の面前で嫁に恥をかかせようと思い、食事中、突然皆に言いました。
「今日私が食べたいものはこんなもの。卵といえば卵、麺といえば麺、でも卵とはわからないし
麺とも噛んでわからない。焼いたもので、油でいためてある。焦げた黄色に見えて 
口のなかでふわふわする。塩がついているようで、舐めると逆に甘い。
スプーンにも皿にもくっつかない。噛む必要がなくて、すぐ飲み込めてしまう。そんな食べ物よ。」


唐琬心理明白。婆婆是又在为难她。她二话没说,走进厨房。在面盆里打了几个鸡蛋,再将鸡蛋黄加入淀粉、白糖、清水,用筷子打勺,过细罗。炒锅添入熟猪油,置中火上烧热,倒入调好的蛋黄液,迅速搅动。

唐琬は気づきました。姑さんはまた困らせているのです。彼女は二の句を接がず、台所に入りました。
ボールのなかにいくつかの卵を割り、黄身の中を澱粉と砂糖、水の中に加え、箸でこね、ざるを通します。
鍋にラードをいれ、中火にかけ、混ぜ合わせた黄身の液をいれ、すばやくかき混ぜます。

待蛋黄液成糊状时,一边往锅中徐徐加入熟猪油,一边用勺不停地搅拌,蛋黄糕变的柔软有劲,色泽黄亮,不粘炒锅,一会儿功夫就做好了。唐琬将热腾腾、香喷喷的食物盛在一个盘子里,撒上点细盐恭恭敬敬地送上餐桌。客人们一看,合乎要求,一尝,更是口感酥软,甜咸适宜,都夸唐琬心灵手巧.

黄身の液が糊状になったとき、鍋に徐々にラードを加え、一方でスプーンでとまることなくかき混ぜます。
黄身の液が柔らかくそして、粘りがでて、黄色い輝きがでて、鍋につかなくなり
少し経ったら出来上がり。
唐琬はあっつあつで香りが漂う食べ物をお皿に盛り付け、さっと塩を振り掛けると
恭しくテーブルに運んでいった。
お客さんたちは見るなり、これは要求にかなったものだと認め、
一口食べると、柔らかな感触で、甘さと塩辛さが程よくまじり、唐琬の賢さと手腕をほめました。

这个菜一不沾盘,二不粘勺,三不粘牙,清爽利口,因此大家给它起名叫"三不粘",后来成为传统名食,深受人们喜爱.


この料理は一に皿につかない。二にスプーンにつかない。三に歯につかない。
さわやかで口にやさしい。
こうして皆はこの料理を"三不粘"と名づけました。
そして後に伝統の名物料理となり、人々の好物となりました。


なんか涎がでてきますね。ぜひ食べてみたい。
ヨークシャープディングみたいなものですかね。
想像が膨らんで楽しいです。

Googleでイメージ検索をしてみると写真が出てきました。
d0018375_22563071.jpg

写真をみるとなんか興ざめですね。
あまりうまそうじゃない。

でも今度試してみよう。

ところで宋代の愛国の大詩人も嫁姑の関係に悩んでいたなんて笑っちゃいますね。
その後このせいで二人はすぐに離婚することになってしまったとのこと。

でも陸游さんは彼女が忘れられなくて晩年になっても彼女を詩に詠んでいます。
そんなにうまかったのでしょうか?「三不粘」が。

以上
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by zhuangyuan | 2006-08-30 23:01 | | Comments(12)