中華 状元への道

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2016年 03月 27日

小6で書道を極めた悟りの境地はどんなもの?

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年長さんから続けたお習字も小学校卒業を機に昨日でおしまい。

最後に好きな言葉を書いていいよって先生が。

そして選んだのがこの言葉だって


ネットで検索してみますと
荘子にある言葉のようですね。

至人无为,大圣不作

意味はこうあります。
至人无为 大圣不作

学养最高的人懂得人要顺应自然,不能自命不凡地恣意妄为、心血来潮地胡作非为

教養を極めた人は、人間は自然に合わせて生きるべきだと知っている。自らを過信し、己れの思うがままに無茶をしてはならないし、気まぐれに非道なふるまいをしてはならない。

智慧最高的人懂得天地万物的运动变化有它自己的规律和法则,各种事物的表象及相互间的关系十分复杂多变,人不可能完全认知和把握它们,故不会自以为是地妄自造作,时时保留一种谨慎的敬畏的态度。这样人与自然,人与社会才能和谐相处,共存共荣。

最高の知恵を持つものは理解している。万物の変化は自らの規律や法則で成り立つこと、各種事象は相互に複雑に関わっているので、人間が完全に認知し把握することはできないこと、思い上がって行動せずに、謙虚に慎み深い態度を取らねばならないことを。このようにして人と自然、人と社会はやっと調和してました共存共栄できるのである。


息子は小さな頃からじっとしていられない質なので、週に一度くらいは正座して集中する時間が必要と始めたお習字ですが7年もやるとこうした境地に至れるのかな?

私は不惑をとうに過ぎていますが、自然にゆだねるどころか毎日ジタバタしております。



でもって本日の息子との会話はこちら。

「〇太は卒業式で△子にコクって両想いになったんだよ。マジでリア充うざいわあ。」

「とか言ってお前も誰かと両想いになりたいんだろ。」

「チゲエし。オレはリア充撲滅委員会入ってんだよ」

まさか全てを自然にゆだねろと言っといてさ
二次元に理想像をもとめてるんじゃないだろうね、


でも最近は三次元もリアルに近づいてる。やっぱ人間は四次元じゃないとね。
時とともに積み重なる人間としての深み。
これがないとね。

悟りにはまだ早いな。小6じゃねね。


文字、そしてお習字って宇宙的。
荘子って言ったら2000年以上前なんですが
たった4文字の白地に墨が時を超えて現代人の脳を刺激してる。リアルってのはなんだろか?
以上

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by zhuangyuan | 2016-03-27 21:15 | 文化、歴史 | Comments(2)
2016年 03月 13日

世界の中心マダガスカルにはいろんな地球がつまってる

マダガスカル大使館に行ってきました。
国際芸術家センターが主催するティーパーティーに参加。

マダガスカルは私の行ってみたい国ランキングの最上位クラスにあります。でもずっとあきらめていたのです。ずいぶん前のことですが独身最後の旅はケニアでした。出発前にアフリカの事情を調べると、どこもかしこも内戦だらけ。観光どころでないのでアフリカのさらなる旅行はお預けにしました。

マダガスカルが好きな理由は、とにかくバオバブが好きなんです。何を知ってるかというと何も知らないのですが見ているだけで癒される。マイiPhoneの待受画面はバオバブの林で子供が2人遊んでる写真です。

私が好きなのを知ってる小6息子はお絵描き教室に入った年長の頃にバオバブの絵を書きました。まさにこんなところに行ってみたいのです。
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このティーパーティーを前にお気に入りのシリーズ本で予習しました。「マダガスカルを知るための62章」

伝説のゴンドワナ超大陸の中心地であったといいます。それだけでグーンと心惹かれます。世界の大陸はここから分岐して行ったのです。アフリカもインドも南米大陸も。つまり世界はここが中心だった。

そして今この島にはマダガスカル人が住んでいますが、その民族の成り立ちは、アジアだったり、アフリカだったり、ヨーロッパに中東、様々な地域のミックスだそうです。はじめにやってきたのはボルネオの漁民だといいます。いまでもマダガスカル語にはマレー語由来のものが多いといいます。そしてヨーロッパが世界をひとつにするころには植民地獲得競争や奴隷貿易の拠点にもなってゆくのです。

地殻変動で大陸が割れて離れ離れになった地域から人々が海流にのって悠久の時を経てまた集まってくる。ロマンがありますね。集まってくる理由は資源だったり、スパイスだったり、宗教だったりするのです。

ティーパーティーの前には特産であるバニラビーンズの紹介がありました。バニラは固有種ではなく旧宗主国フランスが持ち込んだのですが、もともとは中南米を起源とするもので、スペイン人コンキスタドール、コルテスがヨーロッパに持ち帰った。外来種ですがバニラにはマダガスカルの気候がぴったりだそうで、最高品質ができあがったのです。そのフレイバーが世界中で評価され、シェアは70%だとPRしていました。ひともスパイスも世界をめぐる。

会が始まると女性大使自ら美しいフランス語でマダガスカルのPRしてくれました。
マダガスカルではマダガスカル語に加えフランスも公用語。今年の秋にはフランス語圏の国々がマダガスカルに集まりフランコフォニーサミットを開くと言う。なんと80カ国以上のエントリー!!この数はビックリです。これからフランス語を勉強しようとおもっている私の大きなモチベーション向上させてくれました。
写真はフランコフォニーサミットのPR絵葉書です。
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ティーパーティーの最後のセッションはマダガスカルのおやつや料理をつまみつつバニラティーをいただく。料理は大使の旦那さまが自ら腕をふるう。
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人参のサラダをいただくと、ピリっとしたスパイスの香り。
アジアのテイストです。小皿にのったサラダのちょっとした香りに島の歴史がつまっているのです。

シェフの学校でフレンチを学んだという旦那さまと話すこともできました。スパイスのことを聞くと、マダガスカルには日本ともインドとも違ったカレーがあるといいます。

まだまだ知りたいマダガスカル。さらに好きになりました。いろんな地球がつまってる。
フランス語やって近い将来行ってこよう。
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以上


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by zhuangyuan | 2016-03-13 22:30 | 文化、歴史 | Comments(0)
2016年 02月 21日

「火の山のマリア」 火山灰と資本主義の果て

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グアテマラ映画「火の山のマリア」鑑賞@岩波ホール

ずいぶん前に予告を観て以来楽しみにしていました。というのも私は24年前にグアテマラに行ったことがあるからです。ロスからカミオン(バス)でメキシコを経由してはるばるグアテマラへ。先住民の衣装が色とりどりで印象に残っています。ただ当時、民族によっては写真は魂を抜き取ってしまうと信じられカメラを向けない方がよいとアドバイスされていました。私はバックパッカーでしたのでカメラを持ち歩くと、保管や防犯などが気になるため、あまり写真は撮らない主義でした。それでも民族ごとに違う衣装が興味深く、記念に残したいと何枚かの写真を撮りました。しかし民族の呪いか、その後バックパックを失いました。フィルムを取り戻したく1日かけた捜索でなんとか取り戻したのですが、帰国後に現像すると全て真っ黒でした。というわけで写真はなし。民族衣装は買って帰りましたけどね。
写真は岩波ホール陳列のもの。
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映画の舞台は荒涼な火山地帯。主人公は先住民の若い娘。両親は小作農で痩せた土地を耕します。収穫をあげないと土地を接収されてしまう。娘は年上の地主に嫁入りを控えているのです。しかし若い娘は別の若者が気になっている。

火山信仰を持つ家族は、わずかではあるものの大地の恵みに感謝を欠かさない。しかし一方では世界を覆う資本主義の影が足元に迫まり、自らの貧しさにも気づいている。山に祈りは捧げるが、日々の暮らしの理不尽にも思いが至る。母親は日々の生活をたくましく切り盛りしているが、父親は地主を介して経済に組み込まれている。そして打算なのか娘を嫁がせる段取りをしている。文明と信仰の間。山の神を信じたいが貧しい生活にこころがゆれる。

大量生産経済は火山灰に覆われた僻地にまで到達している。井戸の水を浄化させるため薬品を投入し、農地の蛇を駆除するために農薬をまく、それがことごとく効果が見えない。これは地主から買ってるんでしょうね。農協みたいに。へたすりゃ借金して。資本主義の末端。弱いものへのしわ寄せ。地主も人は良さげだが、大きなシステムに巻き込まれているからか、弱さゆえの、受動的邪悪さが垣間見られる。地主と小作人家族を分かつものそれは、政府の言語としてのスペイン語。家族は全く解さない。

マリアが気になっている若者はアメリカに行くことを決めている。今は土地でコーヒー摘みをしている。マリアもアメリカに憧れを抱いている。火山の向こうにある別世界。差別や辛い生活があるとは分かりつつも、その先にあるであろう物質的豊かさ。彼女がほしいのは彼なのかアメリカなのか?山岳民族からみれば遥か彼方であるものの、すぐそばまで来ているんですよね。村にもアメリカ経験者もいるし、車も、薬もおそらくアメリカ。遠くでいながら近い。でも遠い。

コーヒー摘みの若者たちは街から来ている買い付け業者に、収穫物を重量売りする。バーで前借りしていて報酬をえられない若物がいる。低賃金で酷使するだけでなく、お酒でもふんだくる。抵抗する若者はコーヒーに水を含ませて重くするがあえなく発覚。でもこのちょろまかしは行き詰まった資本主義を暗示しています。

圧倒的かつ荘厳な火山風景と神秘的な民族生活を描写しつつ、現実の生活の苦しさとそこに絡んでくるグローバル経済。ドキュメンタリー的なタッチだがあっとおどろく物語も組み込まれています。

もっとたくさん書きたいけどネタバレになるのでやめときます。
旅好き語学好きのみなさまにおすすめします。

以上

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by zhuangyuan | 2016-02-21 23:02 | 映画 | Comments(0)
2016年 02月 14日

マレーの正月料理 魚生(Yusheng)食べて財宝ガッポガッポ

魚生(yusheng)って知ってる?
またの名を捞鱼生(laoyusheng)=生魚を混ぜるの意味

マレー半島のみに伝わる中国福建由来の正月料理。といっても旧正月ですが。春節のことね。

縁起物で年末年始にみんなで集まってワイワイ食べるんです。
出張が忘年会シーズンに重なり、わたしも初めて体験しました。

「今日はChinese New Year スペシャルメニューだよ」ってことで初めの一品がこれ。
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名前のごとく生魚が主役で赤、白、緑の野菜や薬味がわきを固める。

私が食べたのは生といってもスモークサーモン。
以前は白身の刺身が多かったそうですが、ピンクのほうが華やかだとか
刺身は衛生上問題ありとかでサーモンが主流のようです。

サーブされるとみんなそろって立ち上がり長〜い箸で持って
かき混ぜるんです。高くかかげながら

ローヘイ、ローヘーイ

と掛け声あげながら、
ローヘイとは漢字で書くと捞起(まぜ始めよう)。普通語だとLaoqiと読みますが
この読みは広東語か、福建語か?

こんな感じで。


このマゼマゼもなかなか楽しいのですが
材料やら調味料のかけ方なんかに一つ一つ意味があって興味深いんです。
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私が外国人ということもあり
ウェイトレスさんがお作法ごとに普通語で説明してくれました。
めでたい成語のオンパレードで中文学習にはもってこい。

とはいいつつも全部聞き取れないし覚えきれないので帰って検索してみた。
日本語でも中国語でもなかなか見つけられない。

Wikipedia英語版の説明が一番充実してた。
ちょっと抜粋、編集、超訳します。

*まずテーブルに魚生を持ってくるときにいいます。

恭喜发财 万事如意 (Gong Xi Fa Cai) (Wan Shi Ru Yi)

いっぱいお金もうけて、すべてがうまくいきますように


*魚をサーブするときには

年年有余 (Nian Nian You Yu)

一年間ゆたかでありますように

『余」の字と魚生の「魚」が同じ音なんです。


*ライムを搾りながら

大吉大利 (Da Ji Da Li)

ラッキーで順調でありますように


*コショウをかけるのは

招财进宝 (Zhao Cai Jin Bao)

お宝きたれ!


*オイルをたらしまわす

一本万利 Yi Ben Wan Li

利益一万倍って感じかな?


*にんじん (红萝卜)

鸿运当头 (Hong Yun Dang Tou)

幸運がそこまで来てますよ!

これも鸿と紅が同じ音


*刻んだ大根の葉

青春常驻 (Qing Chun Chang Zhu)

永遠の若さ


*甘いソース

甜甜蜜蜜 (Tian Tian Mi Mi)

ラブ&スイートライフ


*最後にクリスピーをふりかける

满地黄金 (Man Di Huang Jin)

いたるところに黄金がいっぱい


どうです?

読んでるだけでも金持ちになれそうな気がしたでしょ。

私は今年、三回もこんな宴会に参加させてもらいましたので

今年はガッポガッポ間違いなし。


マレーシアやシンガポールビジネスマンというか金持ち商売人は毎夜毎夜こんな宴会を楽しみ

来る新年の繁栄を願っているんです。


シンガポールの若いオーナー社長は去年の正月にこの魚生Youshengパーティーに21回も参加したんだそうです。どうりでお金持ちなわけです。


以上







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by zhuangyuan | 2016-02-14 10:43 | | Comments(0)
2016年 01月 31日

三つの言語が響き合う 日本語育ちってなに?

土曜日にアメ横を歩いていると
いつものように呼び込みに声が聴こえる。
一緒にいた息子(小6)がいう。

「あの人、日本人じゃないね」
「そうじゃなかったらダメなのか?」
「いや外国のひとだと応援してあげたいなっておもう」
それならよい。

私、異国の地でがんばってる人をみるとそれだけで尊敬しちゃいます。

先月マレーシアに出張したときのお供はこの本でした。
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「台湾生まれ 日本語育ち」

台湾生まれ 日本語育ち

温 又柔/白水社

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著者は台北生まれの日本育ち。

日本語は小説を書くほどですから言うまでもありませんが
中国語は日本の学校で学び、家で母親には台湾語混じりで話しかけられるといいます。そして祖母は日本時代に育ったので日本語堪能だと。

彼女が中国語を話すと、中国人は南方の訛りがあると言われ
台湾人には日本人っぽいと言われ、
中国語がうまい日本人からはデタラメだと言われるそうです。
でも彼女はこの自分の中国語が自慢だと。
自分の時間が刻まれていると思うから。

彼女のこの達観が気持ちいい。

わたしの台湾人の友人にきいてみると、台湾での言語環境はけっこう複雑で、友人自身は國語(中国語)と台湾語をしゃべり、親は台湾語と日本語、子供は國語メインなんだといいます。離れてすんでるとおばあちゃんと子供の意思疎通は結構大変なんですって。中国大陸が経済世界での重要性を増すと同時に若者にとってのグローバル言語である國語=中国語の地位があがっています。

ビジネスの席で外省人(国民党とともに台湾に来た人)と台湾人が混じる席に私が入ると、國語、台湾語、英語のミックス。ただこれが非常にスムーズ。どういった法則があるのかわかりませんがとても滑らかにことばが切り替わります。もちろん私は台湾語知りませんので、いつに間にか知らないことばに切り替わって置いていかれることもしばしば。シンガポールやマレーシアではここに広東語や潮州語が入って来たりします。

ただこのスムーズなことばのミックス環境が日本に住んでいるとなると様相が変わる。なぜなら日本人はことばに寛容でないから。東京では日本人同士でさえ関西弁以外の訛りは聞かれない。ましてや外国訛りであると会話の流れが止まってしまうことも。著者の中国語が日本人からデタラメと評されるってのも同じメンタリティから来てると思う。言語は正しいスタンダードがあり、それを遵守しなきゃいけないという半ば強迫観念みたいなものが日本人にはあるとおもう。

その意味では中国語はその辺はおおらか。中国本土では普通語と呼ばれる標準語があり、学校やテレビで使われますが、綺麗な普通語しゃべる人はそうはいない。みんな各地の訛りを丸出しでしゃべる。その証拠に褒め言葉で、“很标准”(とっても標準的だね)なんて言い方まである。ともかく訛りがあったってヘタクソだって気にしない。聞く方も気に留めない。中国は広いし、いろんな背景をもったスピーカーがいる。そこいくと私も気兼ねなく自信をもってしゃべれます。

日本ではここのところが許容範囲がせまい。これは日本人が外国語を恥ずかしがって話せないことの裏返し。そもそも正しい言語なんてのは学校だけの世界。ことばは動いているし、影響し合ってる。なのに正しくなければならないと思ってる。

日本が偏狭なのは言語だけでなく日本人って存在に対しての思い入れも。先日、大相撲で琴奨菊が優勝を飾った時の表現もそう。「日本出身力士の優勝は10年ぶり」って見出しがおどった。何それ?モンゴル出身力士は日本国籍を取得していいても純粋に日本人じゃないという意識。

著者の温さんも、こういった『「純血性」を貴ぶニュアンス』に敏感だという。
本書でも台湾で親戚のおじさんの言った台湾伝統料理ということばの伝統に引っかかる。その正統性ニュアンスがあると恐ろしくなるといいます。

1/29に下北沢B&Bで行われた管啓次郎さんとの出版記念対談ありました。
(管敬次郎さんの台湾離島紀行も以前読書ブログに書きました。本当はこちらも共著になる予定だったとか。言葉で旅する島々

そこでは冒頭に温さんの詩の朗読がありました。終始可愛らしい声と笑顔で行われる朗読が、日本人のおっちゃんが排他的なことばのを述べるくだりにさしかかると、さらりと運ぶ口調の奥底に芯の強さがぎらりと鈍い光を放ったように感じました。

この純血性への偏狭な態度は近代においても悲劇を起こし続けてる。日本は台湾、韓国で言語の押し付けを行ったし、中華民国も台湾に入って来て当分の間は、正式言語たる國語(中国語)が押し付けられた。そして台湾のことば台湾語が押し込められた。

本書にはその台湾語がたくさん登場します。カタカナで。
著者のお母さんの言葉として。私このお母さんにかなり感情移入しました。最終章でのカタコトの日本語言葉からその人生重みが伝わり、ぐっとこみあげるものがありました。

著者は言う、
「そもそも、中国語と台湾語と日本語と、ひとつずつ数える必要はないのかもしれない。三つの母語がある、というよりも、ひとつの母語の中に三つの言語が響き合ってる」P234

私は台湾にも東南アジアにも何度か行き、この言語ミックスの自然さ、不思議さを身近に感じています。このエッセイも音で聴きたいと感じました。
対談では特別にお母さんの台湾語口真似を披露していただきましたが、是非朗読で聴いてみたい。

以上



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by zhuangyuan | 2016-01-31 16:34 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2016年 01月 23日

「非情城市」が描く台湾 それは声を失った男

侯孝賢監督「非情城市(1989公開)」鑑賞。
早稲田松竹。

日本時代が終わってから1949年に国民党が逃げてくるまでの台湾本省人家族の物語とくに四人の兄弟を中心に描きます。

ずうっと観たかった。というより観なきゃいけないと思ってました。

日本に住む台湾人の方から228事件当時の国民党による弾圧様子を聞いて以来、関心を持っていました。でもねレンタルに出てないんですよね。

228事件とは大陸から来た国民党の悪性に台湾人が反乱を起こし弾圧された事件です。中華民国が台北に来て以来1897年まで戒厳令がしかれ、228事件はタブーです。それを侯孝賢がこの映画で破りました。228については以前も書きました。台湾と日本語 二二八って知ってる?

その描き方がリアルなんですよね。センセーショナルじゃない。台北で起きてる大事件が舞台である九份にも聞こえて来るのですが、大事件としての緊迫感がありながらも遠くから断片だけが顔を出し、家族から事件に関わるものが出ますが、事件は直接描かれない。人の噂であったり、ラジオの放送であったり。ラジオでは政府の反乱グループに対する懐柔であったり、脅しであったり。政府の放送は慌てた様子から姑息な擦り寄りへと移り、最後には残忍な牙を剥く。この変化がうまく表現されています。歴史上のどんな大きな事件でも当事者として関わることは滅多になく、時代の大きなうねりの端っこに触れるってのが市井の人々の歴史への関わりだと思う。でもわずかに触れた揺らぎが人生に思いもよらぬほどの影響を及ぼしたりするんです。

四人兄弟の長男は日本時代に街の顔役であった父の後を継ぎ、旧来の風俗を守りつつも、権力者が変わった世を戸惑いつつも気丈に生き抜こうとする。

次男は上海で日本語通訳をして帰国するが精神に異常をきたす。持ち直すも漢奸容疑で監禁され、再発する。時代の激動に合わせて、次男坊らしくうまく立ち回るも、荒波に飲み込まれ、道を外れると、これまた次男坊のひ弱さが露呈する。

三男は日本軍として南方に行き戻らない。

四男は幼い頃から耳が聞こえない。よってしゃべれない。
この役を演じるのは香港の大スター、トニーレオン。香港人でたいわんごしゃべれないから、四男をしゃべれない役としたとwikiにありました。その真偽はともかく、しゃべれないことが歴史の大河における台湾人を象徴していると感じます。

オランダ統治から清を経て、下関条約で日本へ割譲。日本配船で中華民国に戻る。その中華民国だって1911年建国ですから、日本に渡した後にできたわけです。そしてついには中華人民共和国誕生によって、大陸から国民党が逃げてくる。台湾というか台湾人に選択肢はなく、黙って翻弄されるだけ。

言葉も揺れます。マンダリンに台湾語そして日本語、国民党の蒋介石は浙江省ですからその辺り言葉と上海人もたくさん入って来ます。四男は常に筆談しますが、健常者もほんとに皆が意思疎通できるのは漢字だけでしょ。

言葉は違うけど顔はみんな同じ。広義ではおなじ民族でしょ。日本人だっておなじ。こんな言葉の状況をビビッドにあらわすエピソードが映画にも出てきます。228事件の頃、本省人(台湾出身台湾人)は外省人(国民党と大陸から渡ってきた人)への恨みから、徹底的に外省人を探しだしリンチを加えます。電車に乗った四男も外省人を探す本省人グループに尋問されます。「你哪裡人?お前はどこから来た?」と台湾語で聞かれます。四男は耳が聞こえませんから返事できません。次に本省人は日本語で聞くのです。「あんたどこの人か?」と。外省人は日本語できませんからね。答えられないと外省人と断定するのです。これはほんとにあった話。台北の228記念館にも同じエピソードが書いてありました。四男は答えられないので外省人だと思われ殴りかかられます。その時、四男はあがきながらも声を絞り出すのです。「私は台湾人だ!」これが四男の映画でしゃべる唯一の言葉なんです。

台湾人。かれのアイデンティティ。でも言葉はしゃべれない。
彼は日本を喋り日本風の名前を持つ女性と結婚し子供が生まれ家庭を持ちます。
そしてあらたな台湾人がそだつ。

以上



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by zhuangyuan | 2016-01-23 23:23 | 文化、歴史 | Comments(0)
2015年 09月 13日

マレーシア映画にみる民族の見えない壁はどうしてできたの?

マレーシア映画「細い目」を映画館で鑑賞。

マレーシア作品はこれで二回目です。
マレーシア映画で思う 多民族国家のアイデンティティって何?

東南アジアは20年前から何度も行ってますがなぜかマレーシアは
去年が初めて。一気に好きになっちゃいました。

何がって、その混沌ぶり。
それまでの私にとってのマレーシアはマレー人を中心としたイスラム社会であったり
日本企業の生産基地として優秀な工員といったふうな「静」のイメージ。

訪れてみるとマレー、中国、インド、ごっちゃごちゃの多民族国家でした。
勝手なイメージとはぜんぜん違って活気のある喧騒がまっていました。
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映画は始まると私のツボをついてきて
すぐに引き込まれちゃいました。

主人公のジェイソンが北京語しゃべってて
お母さんがマレー語で返す。
読んでる本はインドのタゴール。

ヒロインオーキッドはイスラムのカッコして勉強してるけど
家に帰ってタンス開けたら金城武の写真が貼ってある。
台湾ジャパニーズ。

ジェイソンとオーキッドが話すのは英語。
友だちと喋るのは英語、広東語。
これが実に自然で淀みない。

この言語ワールドに浸るだけでワクワクしてくる。
このカオスはどんな成り立ちがあるんだろうか?
カオスの中にも明確に存在する民族文化のみえない壁ってのはどこから来たのか?

映画の帰りに古本屋いって見つけましたよ、ちょうどいい本を。
「マラッカ物語」鶴見良行著 1981年刊行

マレー半島はそもそも人口が少ない。
内陸の採集民と漁撈民がいましたが
そこにヨーロッパ植民者が入ってくる。

一番の目的は資源。スズだったり、ゴムだったり。
労働力が足りませんからつれてくる。インドから。
主にタミルですね。
中国人は歴史的にマレーにも来ていて
英国人には現地の管理者として重宝された。
経済感覚が身についていたから。

「人種別、産業別の集団分化が、内陸部の経済開発に伴って進行する。現代マレーシアの多民族社会という性格は、こうして形成された。 イギリス植民地官僚や冒険商人やサルタンたちの激しく血なまぐさい利権闘争の裏面で、十九世紀マラヤ半島の植民地経済開発を実質的に支えたのは、華人とインド移民である。」
(マラッカ物語 p239)

この映画の舞台はイポ。
特に中国人が多い地域ですね。

ジェイソンの母親はプラナカン。
習俗まで現地化した中国人。
昔マラヤのサルタンに中国からお妃がお付きのものたちもやって来て
その子孫だなんて物語が作中で語られる。
物語は必要です。アイデンティティのために。

歴史のいろんな局面でいろんな文化がやって来て、混じり合ったり、そのまま残ったりで、いまのごった煮が出来上がった。

でもここで重要なのはマラッカ物語で言われる「人種別、産業別の集団分化」
いまに至るまで分化したままだってこと。

ヤスミン監督はこれを憂いて宥和を願って作品を作ったんでしょう。
ネットで批評をみると、本国では、映画のなかの宥和した理想を、現実に即してない批判する向きがあるそうです。

前にあったマレーシア華僑が言っていました。
「シンガポールと違って、民族でマレーシアは喧嘩ばかりしてる。」って。
宗教が重いんでしょうね。

シンガポールも多民族国家ですが強い指導者のもと経済発展を成し遂げ民族問題が表に見えません。みんでもうけりゃ文句はない。

そんなシンガポールのごった煮ぶりを表す言葉を教えてもらいました。
ロジャック Rojak
いろんな野菜が入ってる辛味噌サラダみないなものかな?
それが国家の様相を示すキーワードになってる。

仕事でマレーシアの方を連れてマレー料理に行きましたが
残念ながらロジャックはありませんでした。
ソースが手に入らないって。
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サラダボールに例えられるニューヨークなんかより
濃厚な混じり方ですね。


その客人はマレー系で政府系機関の方ですが
サポートするために一緒に来たのが
イギリス系企業に勤めるシンガポール華僑。

この構図は何百年も変わってないんだろうな。

百年前ならイギリスの植民者
マレーのサルタンを籠絡し、華僑をつかって民衆を経営システムに組み込んいく。
マレーも支配階層はイギリスの支配を望んだとか。

さすがにマレー人の彼はヤスミン監督を知ってました。
それだけでいい人に思えちゃう。
「細い目=Sepet」も観たって。
私も観た甲斐がありました。

ちなみにSepetってどんな意味かというと
細い目ってのは中国人のことなんですよ。

細い目の男に恋なんかするのかっていうのが
今のマレーの現実。

ほろ苦い恋の映画ですが私にとっては
文化のワンダーランドでエキサイティングでありました。

以上




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by zhuangyuan | 2015-09-13 14:12 | 文化、歴史 | Comments(4)
2015年 08月 09日

キューバまで中国の世界戦略に入っちゃってるの?



ハバナの街を歩いているとよく声をかけられる。
「チーノ!」ってね。
Chino=Chinese 中国人ってことです。

客引きだけとは限らない。
彼らはこう続ける。

「チーノ! タバコ? コイーバ? チッカ?」
Chino! Tabaco? Cohiba? Chica?

おい中国人、葉巻あるよ、コヒーバもね、お姉ちゃんはどう?

Cohibaはハバナ葉巻の最高ブランドね。
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どこでも声かけられる。
時には大通りの向こう側からチーノって。

まあこれキューバに限った話じゃなくて
20年以上前に旅したメキシコ、グアテマラでもこれが日常だった。

パナマ運河の労務者として連れて来られて
いついたらいつの間にやら経済握ってちゃった華僑を妬みと蔑みをまじえてちゃかす。

でもねキューバは共産主義だから経済牛耳るってのはないはず。

じゃあなんでだろ?

最近は大国中国の影響が強まってるようです。

キューバ来訪者の数は日本人が約1万人に対し中国も似たようなものでしたが
ここ数年急増して3万人程度になったという。

キューバにはソ連亡きあと苦しかった。
アメリカに経済封鎖された後はソ連が砂糖買ってくれて
援助もしてくれてなんとかしのいでた。
それがパトロンが先にこけちゃった。

そのあとの90年代初頭の困窮時代をカストロは特別時代Periodo especialと呼ぶ。
配給する食べ物もない。各家庭にヒヨコを配ったなんて笑えない話も。
その期間中にも米国はテロ起こしたり、反政府勢力支援したり、カストロ転覆を企てたって。

それでもキューバは生き残った。
スペインが観光資源に眼をつけた。
音楽もいいねって。
ブエナビスタソシアルクラブだってその一環。

2000年代は中国ブームで資源が上がったので、産油国が力をつけた。
ベネズエラもその一つ。反米チャベスはキューバと組んだ。石油と医療技術をバーター。
チャベスはキューバで英雄ですね。
いたるところで写真を見ましたよ。
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さて中国。
2002年くらいからグングン成長した中国、国際戦略もしたたかなもんです。
アフリカや中南米もがっちり。
キューバに反米だから仲良くしておかないと行けません。

ハバナで泊まったNacional de Cubaは要人たちが招かれることで有名ですが
歴代中国の領袖の写真がずらり。
江沢民、李鵬、胡錦濤、習近平。
力の入れようがわかります。
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サンチアゴ デ クーバの港改修工事を請け負ったらしいし、自動車部品工場も作るって。

キューバはクラシックカーで有名ですが、観光バスはどれもピカピカの中国製。
中国の援助だと言います。目立つよね。中国宇通って漢字で書いてある。
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ハバナ郊外へ行く途中、キューバらしくないマスコットを見た。
ディズニーキャラのニセモノみたいな違和感あり。
そこは遊園地でした。
キューバのアートはいい感じだけど、アニメっぽいのはダメなのかな?
と思いきや、遊園地丸ごと中国のプレゼントだって。
恐るべし中国。
彼らにとっては安いもんでしょうが確実に印象に残る。

そんなキューバ、チャイナタウンもあるんです。
私も最終日の午後に予定したんですよね。
中華街探検。中国語通じるかなって。

でもねいけなかったんですよ。
スマホなくしちゃってさ。
捜索活動です。

この話は別に機会に。

ともかく中国の存在感は大きくなってる。
キューバはキューバらしくあってほしいな。
いつまでも。
カネ、カネ、カネになんないでね。

以上


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by zhuangyuan | 2015-08-09 20:38 | 時事 | Comments(0)
2015年 06月 27日

ダライ・ラマの言葉は英語を通じて世界に届く

ドキュメンタリー映画「ダライ・ラマ14世」鑑賞。

観音菩薩の化身
輪廻転生

ダライ・ラマ13世の死後、その生まれ変わりとして14世となる。
現人神。

人は彼を神と呼ぶ。

でもねダライ・ラマ猊下は言うんですよ。

It's non-sense.
そんなわけねえだろって。

中国共産党政権は彼を悪魔と呼びます。
もちろんこっちもナンセンスだよって。
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I'm just one human being.
僕は人間ですからね。

とは言うものの中国共産党政府はダライ・ラマを恐れているに違いない。
彼の類稀な包容力とリーダーシップが信者を束ねた時の脅威。

彼の講話を聞いたら皆心酔してしまう。
近くに寄ったらあったかくなりそう。

即物的な政治闘争だけで勝ち上がった中国指導者には得体の知れない恐怖感を与えるにでしょう。自身への後ろめたさも加わってね。

百度Baiduのダライ・ラマ14世の説明を抜粋しておきますね。ダライ・ラマ14世
中国政府の見解がよくわかります。
达赖喇嘛流亡海外,依靠西方反华势力,利用“宗教领袖”的外衣,四处奔走游说,散布种种谎言,欺骗国际舆论。
ダライラマは海外に亡命し、西側の反中勢力を頼り、宗教リーダーのカッコをして、四方遊説に駆け回り、嘘ばかり撒き散らし、国際世論を騙している。

ところでこの作品、もっと公開館数多くてもいいんじゃない?
メディアへの露出もすくないよね。
なんでだろ?

中国のほうが儲かるからね。
中国の爆買いばかり話題にしてる。


こんな環境でもダライ・ラマは人を惹きつけてやまない。
ダライ・ラマの強靭さは発信力にあると思う。
流暢な英語で平和を説く。

映画の中で言っている。
日本人よ、英語を勉強して世界を知れと。
そして世界を体験してこいと。

この言葉が一番ぐっと来た。

チベット亡命政権ダルムサーラではチベット語の習得はもちろんのこと
語学としての英語教育を徹底してるという。

チベット語では哲学的なことも全て表現できると言いつつ
英語を勉強させる。世界を知るために。発信するために。

平和な未来なんて空から落ちて来はしませんよ。
般若心経唱えててもダメなんだよ。
自分でとことん学んで掴み取れって。

チベットの僧院でも常に学習。
高僧が言っていた。

慈悲の心と怒りの葛藤。
毎日凌ぎあっている。
慈悲の心が勝る時、悟りが得られると。

私まだまだ学習が足りませぬ。
怒りが勝ってる。
執着しちゃう。

外国語を学んで旅に出よう。

以上

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by zhuangyuan | 2015-06-27 09:19 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2015年 05月 02日

Hearts & Minds 絶対正義で不協和音は隠せない 

Hearts snd Minds鑑賞。


ベトナム戦争ドキュメンタリー。
1974年公開当時は日本では上映できなかったそうです。

ベトナム戦争の矛盾や悲劇を描いた映画は数あれど
こんなにも為政者の胡散臭さをビビッドに写したものを知りません。

兵士は国家の建前を信じるしかない。
信じたい。
演じるしかない。
壊れないために。

プロパガンダ映画をつくり国民を鼓舞し、
勇ましい言葉を奏でと絶対正義を語り、
捕虜が帰還したら英雄扱いし、
勝ったと断じ、パレードを行う。

北朝鮮と大差なし。

世相との大きなズレ、
矛盾に気づく兵士、家族
ほころびが見えるほど、空虚に正義を語る。

映画の最後、解放された戦争捕虜たちを慰労するパーティで
ニクソンがスピーチします。

短い言葉に凝縮された矛盾。
空恐ろしい。

Youtubeに作品全部がアップされていましたのでその場面を見てください。
1時間36分過ぎごろにあります。



クリスマス爆撃と呼ばれる絨毯爆撃を敢行したことが難しい決断であり、国民から支持されるかわからなかったとニクソンは語り、続けてこう発言します。

内容抜粋します。
After having met each one of our honored guests this evening, after having talked to them, I think that all of us would like to join in a round of applause for the brave men that took those B-52's in and did the job
今夜栄えある皆様と会って話をして、思いました。B52爆撃機に乗り込み、見事にやり遂げた勇敢な男達を、我々みんなも賞賛したいと。
映画はニクソンのスピーチのあと、爆撃場面にうつります。無差別絨毯爆撃。
二週間で20,000トンぶち込みました。
結局それが戦争終結につながるのですが、何かが変。違和感。胸がざわつく。

映画にはありませんがこのスピーチはこう続きます。
because as all of you know, if they hadn't done it, you wouldn't be here tonight.
なぜなら彼らが爆撃しなければ、貴殿達は今夜ここには来れなかったとみんなが知っているのだから。
そもそも自分たちで無理やり介入して始めた戦争を
終結させたってことは誇れるのか?

戦争は泥沼に入って、予想外に捕虜がたくさん捕らえられて
それを解放すべく、民間人も巻き込んだ圧倒的な爆撃を行うってのは正当化されるのか?

このスピーチに歓声をもって応える元捕虜たちは
この言葉で癒されるのか?

巨大な爆撃機で住民を殺戮して
それを大統領が讃える。

B52がB29だったら?
ハノイが東京だったら?
ニクソンがトルーマンだったら?
感じ方も違うかな?

こんなものの片棒を担ごうとしてないよね。

以上













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by zhuangyuan | 2015-05-02 22:22 | 文化、歴史 | Comments(0)