中華 状元への道

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2016年 11月 16日

トランプ当選に立ち会って 改めてトランプ人気にびっくり



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by zhuangyuan | 2016-11-16 07:31 | 時事 | Comments(0)
2016年 11月 08日

ヒラリーは王家の娘?

バンクーバー空港でローカル紙National Postを手に取ると明日行われる米国大統領選一色です。
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せっかく取材したんだから選挙前に書いとかないとどっちかの記事は御蔵入りになっちゃうからね。 地元カナダと候補者二人の先祖とのゆかりについても書かれていました。

トランプの方はというと

Liquor, women behind Trump family fortune
Grandfather gambled on Yukon gold rush

トランプ家の資産の影に酒と女
ユーコンリバーのゴールドラッシュでひと儲け

センセーショナルですがまあ読まなくても想像できるね。読んだけど、あっそう、って感じ。

ヒラリーのはかなり面白い。

Clinton's Quebec roots
date to New France

クリントンのケベックルーツは
ヌーヴェル フランス時代に遡る

今回出張のお供に「ケベックを知るための54章」ってのを持ってきてましたのでちょうど良かった。ケベック州はフランス語人口が70%で多くはフランス植民地時代の子孫です。今でもフランス語が第一言語。

ヒラリーの家系図をたどってゆくと「王様の娘たち」Filles du Roiまで行きつくという。

Filles du Roi
King's Daughter

というからには華やかな王侯貴族か?

実はその反対で17世紀に自分の意思に反して植民地に送られた娘たちを指すそうです。人口増加策として。

ルイ14世の時代に700人の女子が植民地に花嫁候補として送られた。多くは孤児や捨て子、中には売春婦など、地位の低い出身ばかりであったと。

その中でヒラリーの祖先は特定されている。Jenne Ducorps

彼女たちはしっかりと役割を果たし4,459人の子をなしたという。当時のヌーヴェル・フランスは人口が少なく、彼女たちはMother of nationと呼ばれているそうです。前掲書によると100年後の1760年においてもフランス植民地人口は7-8万人とあるので彼女たちの貢献の大きさがわかる。ちなみにイギリス植民地人口は同時期150万人であったという。

以上のことからフランス植民地に起源を持つケベック人の95%が王の娘たちの子孫だという。

カナダの首相もセリーヌ・ディオンもマドンナもアンジェリーナ・ジョリーもヒラリーの遠い親戚だって。

たった半ページの記事だけど歴史を旅することができました。

でもさ、先祖ってたくさんいるだろうけど、かたや売春宿の親父を選び、一方は建国の母をピックアップして並べて記事にするってのはずいぶん恣意的だね。外国だけどさ。

以上




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by zhuangyuan | 2016-11-08 16:40 | 文化、歴史 | Comments(2)
2016年 11月 07日

隣国の選挙を前に歴史を振り返る

今週は米国大統領選挙です。

カナダ、バンクーバーに着くとさっそくその話題に。

「今日クリントンメール問題でいいニュースがあったよ。」

「でも彼女人気ないでしょ?アメリカ人はクレバーな女性より、シリーな男が好きなんじゃない?」

「トランプはSillyじゃないCrazyだ!カナダでもみんな心配してる。ああいうレイシストは絶対にダメだ」とトランプをこきおろす。「でもクリントンが勝ってもトランプ派が暴動起こすかもしれないな」

「そういえばカナダは人種差別深刻じゃないの?」
「とっくに解決したよ」とバンクーバー生まれの白人の彼が言う。

そんなカナダでもパールハーバーが起きるとカナダでも日本人排斥運動が起きて、日本人街は接収され日系人は強制収容所に入れられたと言います。当時日本人街はチャイナタウンの隣にあって同じくらい大きかったといいます。

カナダでは戦後しばらく経って強制収容に対し日系人に賠償金が払われ公式に謝罪したそうです。

「でもね日本軍はバンクーバーにもアタックしたの知ってる?」

「いや知らない」

「サブマリンから魚雷撃ったり、バルーンでボム落としてフォレスト焼いたんだよ」

ぜんぜん知らない。お恥ずかしい。

「戦前に日系人はバンクーバーに野球チームも持ってたんだ。アサヒって言うんだよ。連勝記録は未だに破られてないはず。」

そういえばそんな映画がありました。
「バンクーバーの朝日」
帰ってから観ないとね。

「彼らはとても人気があった。でも彼らのボールパークも壊されちゃったよ。戦後に公園になって名前が変わったんだけど、どんな名前だと思う?オッペンハイマーパークって言うんだ。アトミックボム開発した人の名前さ」

実際にはかつての有名な市長の名前からとったことになっているといいますが、あのオッペンハイマーを連想しないはずがないと。最低な命名だね。

人種差別ってのは普段みえなくてもなにかあるとすぐに頭をあらわすんだろうな。

夜の日本人街跡にはオッペンハイマーパークが静かに佇み、ホームレスがテントを張っていました。
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以上
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by zhuangyuan | 2016-11-07 19:56 | 時事 | Comments(0)
2016年 02月 09日

新年に歌おう 金持ちの唄

銀座の街を歩いていると聞こえて来るのは中国語ばかり。迎える方もラオックスにユニクロなんかで銀座の品格なんてのはどへやら爆買いのみが目当てって感じです。

先週マレーシアに行ってましたが中国人の街ペナンにも寄りました。そこで訪れたのはプラナカン・マンション。
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プラナカンとははるか昔、明の時代あたりに大陸から渡ってきてマレーの嫁を娶りマレー化した人々を指します。

その旧家を観光客に開放しています。旧正月前ということもありド派手。どのへんがマレー化してるのかよくわからない。
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とにかく金ぴか。食器だとか壺だとかを世界中で、というかヨーロッパから買いあさってこれでもかってほど並べてる。正直私のメンタリティーには合いません。
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まさに爆買いそのものです。
逆に言うとそのくらいしか金の使い道がない。
希少性なんてどうでもいい。多ければ多いほどいい。全部もってこーいって感じ。こんなに独り占めしちゃあ反感買っちゃうよ。でもね華人の金持ちにとっちゃあ成功者で誇らしい。ペナンに来たのだから是非訪問すべきだとゲキ押し。確かに面白い。趣味じゃないけどね。

旧正月ムードはどこでも金キラと真っ赤で飾られてますが軽快な音楽も流れてる。シンガポールで車で移動中に流れて来た歌に笑いが止まらない。

その名も「財神到」財神到
(金持ちの神さまが来たよー!)
http://youtu.be/y-BLwi5Xid0

财神到 财神到 财神来到我家的大门口
金持ち神さまが来たぞ〜 うちの玄関にも

迎财神 接财神 把财神接到我家里头
お迎えしよー 金持ち神さまをウチにお迎えしよー

从今我交好运 财源滚滚来
今日から運がめぐってきて カネがグングン入ってくる

做生意他一本万利 买马票他得心应手
商売やれば大繁盛 馬券を買えば大当たり

万事都东成西就 财神到 财神到
すべてがうまくいっちゃうよ 金持ち神さま来たれ

大家迎接财神到
みんなでお迎えするぞ〜!



華人のカネ崇拝にはあっぱれ
あからさますぎてむしろ気持ちいい。
この精神が共産中国ではながいこと押し込められてたんですから昨今の銀座の様子もむべなるかなと納得できるのです。
文革時に人民服きて地下でこっそり「財神到」を歌ってる隠れ金持ちを想像したら笑えてきた。
以上


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by zhuangyuan | 2016-02-09 06:59 | 文化、歴史 | Comments(0)
2015年 12月 27日

給料がエビ!?

ベトナム出張を前にアメリカ人弁護士と会食する機会があった。彼はよくベトナムに行くそうで仕事の苦労話を聞かせてくれた。
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彼がベトナムで担当しているのはエビの不当廉売について。もう10年以上やってるらしい。米国は外国が不当な安値でアメリカ輸出を行い、国内産業に損害を与えたと認定するとアンチダンピング税をかける。不当廉売だってこと。

ベトナムは世界有数のエビ輸出国であり、アメリカは輸入大国であった。そしてアメリカの国内業者が輸出国を訴えた。

そもそも不当な安値だってことの定義はというと。まず生産コストより高く売ってるか?そして国内に売るよりアメリカ向けのほうが高く売っているか?さらには政府から不公正な援助をもらっていないか?もちろんこれはアメリカにとって不公正であるかということ。アメリカは自由貿易を掲げておいて不利な取引があるとすぐ保護貿易にはしります。

「だいたいエビの養殖のコストをどうやって分析するの?」弁護士に聞いてみた。

「これが難しいんだよね。だってね初めの頃なんて給料をエビで払ってたからね」

これはびっくり。
養殖場のおばちゃん達の家では毎日エビご飯だな。

国内向けとコストを比べるっていったって同じもの売ってるとは限らないので、コストも細かく分析しなけりゃならないって。

例えば、売るときは殻をむくコスト。足だけとるコスト、尻尾までとるコストなんて風にコストを確定してくんですって。

見渡す限りのだだっ広い養殖場で水揚げされたエビを無数のおばちゃん達がさばいてく。
そんな細かいコスト計算なんてしてないとおもいますけどね。弁護士としては形式をしっかりつくらないと裁判でたたかえない。

ちなみに一番よい品質のエビは日本向けだといいます。とにかく形や大きさそろってなければいけない。傷がついてもガクンと値段が落ちるって。不揃いキュウリみたいな扱いになっちゃうんでしょうね。日本むけだと。味は変わらないのにね。

「そもそもの疑問はアメリカでエビ養殖してる人なんてそんなたくさんいるの?」

「いい質問だ。国内業者もベトナム人なんだよ。」

ベトナム戦争当時、南ベトナムからたくさんアメリカに渡った。戦争が終わっても共産政権から逃げるひとがアメリカに定住した。そしてエビの漁をやったり、養殖したりと生計をたてていった。

そのベトナム移民が本国の輸出を訴えたというのだから歴史の皮肉はおもしろい。
夢の国で豊かにくらすはずが輸入で生活が脅かされちゃう。
でもね本国だって経済成長したいですから。

以上




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by zhuangyuan | 2015-12-27 21:19 | | Comments(0)
2015年 12月 13日

ホーチミンの朝、シクロに乗ったはいいけれど

ホーチミン朝6時。
朝食まえの自由なひととき。
夜明けの街に出て川辺に向かう。
朝からすでにバイクは多く、大通りを渡るのは一苦労。

待っていても渡れないので思い切って飛び出し
バイクがすぎるごとに前へすすむ。

そこに一台のシクロ(人力車)がやってきて、道をつくってくれた。
無事に渡り終わり、サンキューと笑顔でお別れ。

川を眺めていると先ほどのシクロの漕ぎ手がやってきて説明する。
「このサイゴン川はね、潮の満ち引きで流れの向きが変わるんだよ」
「写真とるならホーチミン美術館にでもいけば?」
「カメラはしっかり持っておかないとバイクマフィアの取られちゃうから用心して」
要はシクロに乗ってくれってことでしょ。

その朝はマーケットに行くと決めていた。
「じゃあ市場まで乗せてくれ、いくら?」
「5ドン。行って帰って5ドン」

それは安すぎる。だって1ドル22,000ドンくらいなんですから。

「5,000ドンって意味でしょ?」
「いや5ドンだよ。USドルじゃないよ」
「じゃあ今払うよ」
「あとでいい」

桁だ大きすぎるので1000を省略してんでしょ。
前日にUberを使っているから同一距離でのタクシー料金は検討がつく。
まあ乗ってみるか。
念のためシクロの車体番号をパチリ。

大きなとおりをシクロが走り出す。
バイクに抜かれつつもゆったりした走りは快適。
iPhoneで走っている道をとろかな。
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「iPhoneはしまった方がいいよ。バイクマフィアに狙われる」
けっこうやさしいのね。

観光客なれした色黒小柄なおじちゃんはベトナム人には珍しく英語ができ、
こどもがホーチミンに二人いるんだと親しげに話しかけてくる。

マーケットには10分くらいで到着。
まだ市場は開いていない。
7:30オープンらしい。
でもせっかくきたんだからとシクロには外で待っててもらい、
商品したく中の市場を見て回る。


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ぐるりと一周し帰路につく。
出発の場所に到着。
なかなか快適で楽しい朝のひとときでした。

「いくら?」
「5ドン」

5000ドンと仮定して、その倍の10,000ドンを出した。
「いや5ドンだよ」
といってポケットから料金表を取り出しこちらに見せる。

そこにはなんと50万ドンと記されていた。
ゼロが多すぎてゆっくり数えちゃったよ。
ふざけんな。
5ドンがどうして50万になっちゃうんだよ。
5000に対したって100倍じゃねえか。
ふっかけるにもほどがある。

まあ1万ドンでも安いから2万ドンだしてやる。
それまで柔和だったおっさんの目が、ぎらりと光り、脅しモードにギアが入りました。
「お前が5ドンにアグリーしただろ、払えよ!」
「払わねえよ」

かわいそうな漕ぎ手を演じてせめてくるならまだしも
完全脅しの目つきで脅迫してくるのでこちらも戦闘モードオン。

「50万ドンなんてありえねえよ、ばかやろう、ふざけんじゃねえ」
日本語で言いました。
「What did you say?」

「なんでタクシーより高いんだよ!」
「タクシーはエンジンついてて楽だろ!」

前日のタクシー代(といってもUberです)が往復で8万ドンくらいだったので
5万ドン払いました。

彼は初め受け取ろうとはしませんでしたが
彼の脅しに怯まず、日本語で言い返してくる私にあきらめ最後は受けておりました。

最後の挨拶は大声でファックユーでしたけどね。

以上


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by zhuangyuan | 2015-12-13 22:40 | 生活 | Comments(0)
2012年 03月 18日

労働者が湧いてくる

先日、インドネシアに行ってきました。

インドネシアは資源もあるし、人口も多いし、次の成長センターとして大いに期待されています。
資源が価格が高いので金回りがよく、中間層が育っていて個人消費も成長のエンジンになってるそうです。

人件費はあがっていますが、労働力はまだまだいくらでも湧いて出てくるなんて言ってます。

潜在失業者は6000万人なんてすごい数字もでてきました。
安い賃金でいくらでも雇える。拡張拡張また拡張。
だから工場だって省力化なんて考えない。

ちょっと驚いたのは人員配置。
従業員500人の会社にきくと、警備員が40人もいるという。
24時間体制で工場の周りを警備しているそうです。

なんのため?
工場の備品や原材料が盗まれちゃうから。
時には従業員もぐるになって備品を運び出すなんてことも。

警備員40人じゃあ多すぎですから
ドーベルマンなんかで代替できないのかと聞いてみた。
「番犬はだめ。毒入りのえさをまかれて終わり。」とリアルな回答。

鉄条網に高圧電流とガードマン。
貧富の格差があると治安の維持が大変です。

工場では鉄くずが出ますが
こちらはガッチリ利権に抑えられていて
インドネシア全土でマドゥラ島出身のマドゥラ人とかいうのが牛耳っているそうです。

ほかのルートで処理しようとした場合
圧力団体のように彼がうじゃうじゃやってきて示威行為で脅されるそうです。

港なんかにもその一味がいて
梱包用の鉄バンドなんかも千切ってもってってしまうとか。
安全なんて二の次です。

無法や不法やいろんな矛盾もひっくるめてネシア経済はどんどん勢いをましてる。

でもなんか魅力あるんですよね。
なんでもありの勢いが。

縮小均衡、現状維持、既得権益、前例主義
どこぞの国のさえない現状よりずっといい。

以上
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by zhuangyuan | 2012-03-18 20:23 | 時事 | Comments(0)
2010年 11月 28日

トイレは流せ 

シンガポールに出張にいっていました。

景気がよさそうでしたねえ。
いつ行ってもなんか皆楽しそうで
町並みも美しいし自然も多いしいいところばかり。

小さい国で資源もないのに世界有数の金持ち国家。
なにがすごいって政治がすごい。

ガバナンスがしっかり利いてる。
リー・クアンユーの開発独裁以来ビシッと統制して
国家の進むべき方向に向かって戦略的に進んでる。

リー・クアンユーは87歳の今でもバリバリの現役らしく
息子に首相をやらせつつも影響力を保っているとのこと。

その他東南アジア諸国と違って汚職もすくないらしい。
大臣の給料は世界最高レベルに高く、利権を貪るよりも国に奉仕する体制になってると。

言論統制や治安取締りも相当厳しいそうです。

シンガポールはいろんな民族や宗教の集まった国ですが
そのバックグラウンドが異なる集団をビシッと管理するには
そこそこ強権で締めないとまとまらないのでしょう。

以前、日本人駐在員の奥様ゴルフコンペで政府の悪口を言ったご夫人が
それをキャディーに聞かれてちくられたそうです。
結果は翌日強制帰国。

いまはそこまで厳しくはないそうですがまだまだ残ってると。
お世話になったシンガポール歴30年強の方も
自宅で政府の悪口をいうと、奥様に声を潜めるようにと注意されるそうです。

お客さんとの食事の際には
企業グループの会長さんがこんなジョークを話してくれました。



シンガポールのリー・クワンユーはマレーシアのマハティールを常に張り合って
なにかと競争意識を持っていたそうです。

ある日二人は釣りの勝負することになったそうです。
勝負はマハティールの圧勝。
マハティールはどんどんつり上げるのに
リー・クアンユーは全然釣れない。

そこでリー・クアンユーはコツを聞いたそうです。
「どうしてそんなに釣れるの?」

マハティールは答えて曰く
「そりゃそうだよ、そちらの魚は口を開けていないからね。
こちらの魚は口を開いているから釣れるのさ。」


いっしょに席を囲んでいた一同は大爆笑。
しかし私はおかしさがわからなくて笑えない。
会長さんは英語で話しましたが
簡単な話なので言葉が理解できないわけではありません。
ただ意味がわからない。

ジョークの笑えるツボを尋ねるなどという野暮なことをしてしましました。

つまりシンガポールは言論統制を厳しくしているので国民がついてこない。
マレーシアは言論の自由があるので国民に人気があることを揶揄するジョークだったわけです。


なるほど面白い。

まあでも公共の場で大きな声でこんなジョークが言えるんですから
いまはそんなに厳しくないんでしょうね。


食事が終わってからお客さんがいいました。
「トイレにいったら、ちゃんと流しなさいよ。
罰金取られるよ!」

なかなか厳しい社会です。


帰国時、飛行場でトイレをながしましたが故障中。
どきどきしながらそそくさと立ち去りました。

ごめんなさい。


以上
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by zhuangyuan | 2010-11-28 21:22 | 文化、歴史 | Comments(4)
2010年 04月 18日

砂漠のテントで大会議?

初めてサウジアラビアに行ってきました。

ある晩、リヤドで日本食がうまい店があるとのことで予定してました。

ところが別にジョインしてきたパキスタン人が美味いカレー屋があるとゆずりません。
同行していたサウジビジネス歴19年の大先輩は日本食が食べたいようです。
最後は私がカレーを選択。
車で向かいました。

ところが目当てのところは営業しておらず、さらに別の支店に移動。
目的地あたりにつくと大先輩が言います。

「この辺にお世話になったお客さんの家がある。連絡してみよう!」
とケイタイを手にすると今度はその方のお家に招かれました。
これはラッキー。
サウジ人のお金持ちの邸宅なんてどんなものだろう?と興味津津。

分厚い塀に囲まれた門をくぐるとそこは緑をしきつめた中庭。
その奥には大きく正面を開放したテント風の建物。

なかは壁に沿ってぐるっと高級そうなソファーが並べてあり、
民族衣装を着た立ちが10数人ゆったりくつろいでいます。

われが入り口に近づくとおのおのが立ち上がり
広いスペースに出てきてウェルカムと迎えてくれました。

みんなデカイ。
私は雰囲気におされます。
どうやってふるまったものか?

ソファーをすすめられ腰をおろす
前にはそれぞれ茶器が並べられ
サーバント風の外国人は給仕してくれます。

デーツと薬草のような御茶をふるまわれます。
柔道場ぐらい広いスペースでゆったりしていると
気持ちがやすらいできます。

このお金持ち一族は仕事が終わると
こうして砂漠に暮らしていた昔の風俗そのままに
毎日この大きなテントに集まり情報交換するそうです。

なんか中国でいったら
元の時代にハーンのゲルに一族が集っているような感覚です。

みんなの民族衣装がかっこいいんですよね。
悠々としている。

私たちだけジャケット着てなんかせせこましい。
なんか信長の前にに連れてこられた西洋人みたい。


その後、別室に移動して食事となりました。

大先輩はサウジ歴が長いのにサウジ料理が苦手らしくてずいぶんと逡巡していましたが
私は興味本位からよろこんで参加しました。

羊の丸焼きと
ぱさぱさのお米と
たまねぎのようなものを刻んだサラダ。
それとサウジのパン。

羊は腸まで丸焼きにされてました。

私は食はなんでもOK。

でも最後に気づきました。

羊の頭も入ってる。
頭蓋骨に肉がこびりついてる。

これはグロテスク。

食べないで席を立とうとすると
横にいた一族の一人が言いました。

「ここがうまいんだから、是非食べなさい!」

彼は素手でで眼窩のわきについた肉をむしりとり
渡してくれました。

ありがとう。
うまいです。

貴重な民族体験をさせてもらいました。

ぜひともこの集まりの写真をとりたかったんですけど
なんか崇高な感じがして写真なんて撮っちゃいけないんだろうと躊躇し
言い出せませんでした。

残念。


以上
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by zhuangyuan | 2010-04-18 23:03 | 文化、歴史 | Comments(6)
2008年 07月 03日

ドバイでばったり

もうちょっとドバイの話を。

帰国の日、現地の日本人駐在員の方とホテルのロビーで打ち合わせをしてました。
そこへホテルの日本人女性スタッフの方が挨拶に来ました。

私はその時、インド人と携帯で話していたのですが
ふと見るとそのスタッフの顔に見覚えが。
電話しながらじっと見つめるのも失礼なので目をそらしましが
ちらちらみるとますます似てる。

そのうち電話の内容に集中できなくなりましたので席をはずし
電話を用件をすませました。

そしてそこに戻ると
「状元じゃないの?」 なんだなんだ呼び捨てか?

郷士合格以来、未来の進士としてあがめられ
「状元さま」としか呼ばれなかっていなかったので呼び捨てが新鮮でした。

それもそのはず高校の先輩でした。
しかも私が属していたサッカー部の一個上のマネージャーさんでした。

びっくり仰天、うそでしょ~!なんでこんなとこでぇってな感じ。

彼女も予約者リストにzhuangyuan(状元)の名前があることは認識しつつも
それが本人とはまったく思わずにロビーを回っていて
私が打ち合わせていた駐在員の方に挨拶に来た。

そこにいたのは20年ぶりにあう後輩である私だったというわけです。
私も駐在員の方から優秀な日本人女性スタッフの話を名前入りで聞いてはいたのですが
まったく結びつかずに。顔を見て記憶のシナプスがバンバンつながりました。

わたくし一瞬にして心はヤングボーイに戻ってしまいました。
あのころは毎日サッカーでした。
暑い夏の太陽の下、きつい練習に汗びっしょりでしごかれている時
ゴールネットの裏の階段にいつもマネージャーさんたちが静かに座っていました。

彼女はなんとドバイ歴7年だとのこと。
その前はヨルダンにいたとのこと。
すごい。
女性が異国の地でしかも中東で働くなんて並の度胸と才能ではできません。

私は異文化の中で働いていらっしゃる方を尊敬いたします。
辛い。楽しい。でもやっぱり寂しい。なんて日々懸命に生きてゆかなければなりません。

成功と幸福を心から祈ります。

以上
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by zhuangyuan | 2008-07-03 22:05 | 生活 | Comments(4)