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2016年 11月 27日

カストロが歴史から去っていった

カストロが歴史に決着つけてアメリカと国交回復して逝ってしまった。とにかくここまで生き残ったことにあっぱれ。





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by zhuangyuan | 2016-11-27 22:06 | 時事 | Comments(0)
2016年 11月 16日

トランプ当選に立ち会って 改めてトランプ人気にびっくり



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by zhuangyuan | 2016-11-16 07:31 | 時事 | Comments(0)
2016年 11月 12日

旅とメキシコとトランプ大勝利


出張でメキシコに来きました。
初めて来たのは1990年大学2年の夏休みです。スペイン語が好きだったので使ってみたかったのです。ロスからバスに乗り国境の町ティファナに入ると雰囲気が一変しそこはソンブレロとブーツのメキシコ世界でした。そこには人間が後から引いた線があるだけなのに突然世界が変わるんです。でも当時はその線が生み出した越えられない住民たちの人生の格差なんかには考えは及びませんでした。今まさにに話題になってるトランプが作ろうっていう壁が何故に必要だ言われるのか?そんなことはつゆ知らず何の気なしに国境を越えたんです。ジャパニーズパスポートでイージーに。

その時びっくりしたのは国境を越えると英語がぜんぜん通じないこと。そこから40日間カタコトスペイン語ひとり旅をしたんです。3日目にチワワについた時には日本語が恋しくて恋しくて宿に日本人がいると聞いて会いに行っちゃいましたよ。チワワの治安の事なんてまったく気にせず旅してました。

バスを乗り継ぎ、メキシコシティを越えて数都市周り、最後はグアテマラまで行きました。メキシコってアメリカの下にあるので小さく見えますが国土は日本の5倍です。広い言葉が満足にできないひとり旅ってほんと孤独なんですよ。バスで縦断してグアテマラパナハッチェル湖に着いた時は、ほんと遠くまで来ちゃったと思いました。でもこの時は数日後に荷物を全て失うことはまだ知りません。この顛末はずいぶん前に書きました。

この旅でもっとも印象に残った街はSan Cristbal de Las Casasです。カテドラルを中心としたコロニアル風の小ぶりな街に様々な民族衣装をきたインディオが闊歩しているのです。当時のわたしは旅をしてもあまり写真を撮りませんでした。カメラを頭から下げた姿がティピカルジャパニーズと揶揄されるのが嫌だったのです。ただの自意識過剰。今ではiPhoneで撮りまくりです。世界のスタンダードですから。そんなわたしもその街ではキレイな衣装に魅せられてカメラを向けたくなりました。郊外の村々をめぐると村ごとに衣装が異なり民族が違うことがわかります。記録に残したい。でも写真は撮るなとアドバイスされました。カメラを向けると魂を抜き取られるとう迷信があるといいます。彼らの私に向ける目が冷たいというか暗いというか受け入れない意思を感じました。日常を送る人々に観光にきた外国人が好奇心からカメラを向けるのはいい迷惑でしょうからカメラは諦めました。でもその迷信と言われるものの根拠がもっと深いところにあると知るのは帰国後数年たった時でした。

1994年1月1日そのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスで多くの観光客が犠牲となる先住民勢力の武装蜂起が起きたのです。サパティスタ民族解放軍。メキシコ革命の英雄サパタから名をとった農民たちのゲリラ組織です。
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その日がNAFTA北米自由貿易協定の発効日でした。カナダ、アメリカ、メキシコの関税を撤廃しグローバル経済に備えて北米の競争力を高める狙いがありました。人件費があがり競争力を失ったアメリカ製造業はメキシコに安い労働力を求めて移って行くのです。一方農業を生活の糧にしていた先住民族たちは生産性の高い米国農産物の輸入と競争を余儀なくさせられるもです。NAFTAは農民への「死刑宣告」だとして、農業を壊されアメリカの下請けになることに反対した武装蜂起でした。ただ当時学生だった私はそんな構図に気づいていませんでした。この街の名前の由来はラス・カサスという宣教師からとっている。彼はコンキスタドールたちの暴虐非道な征服を本国政府に報告した人です。
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https://note.mu/yuezhuangyuan/n/nc0fdcd3baa6a

初めての旅から26年。今年初めて仕事でメキシコ来れました。メキシコはNAFTAのおかげで経済成長しここ数年アメリカ市場への製造業供給基地として経済成長し続けました。私もその繁栄にあやかり物を売りに来たのです。

数多くのグローバル企業がメキシコ製造拠点を設けアメリカ市場に大量の製品を送り込んでいます。国境近くのマキナドーラ呼ばれる工業団地ではメキシコ人労働者が安い賃金で大量生産を続けています。国家経済は成長した。企業も利益をあげた。賃金も上昇した。でも自分たちは豊かになったのか?国境の向こうにはどんな生活があるんだ?俺たちが作った製品を大量に消費するアメリカ。近いけど遠い国。そうだ国境を越えよう。ここから先はブルース・スプリングスティーンの歌の世界です。
http://zhuangyuan.exblog.jp/23145084/

国境を越えた。仕事についた。メキシコより給料は高い。でも生活できない。物価が高い。いい仕事がある。麻薬だ。そして犯罪に巻き込まれる。一方米国工場で働いていた労働者は職を失い、街は活力を失い、周りには不法移民があふれてる。移民にさらに職を奪われる。ゆえにトランプがメキシコ国境に壁を作るとうそぶくと彼らは熱狂するのです。
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こうなったのは移民のせいではない。アメリカ政府が選択した道だから。企業優先、金優先。その戦略が矛盾を生み出した。トランプは既存政党にありながら過去を全否定してついには大統領になる。既存政党のバックアップを受けて実行する政策はどうなるのでしょうね?NAFTAも解消するのか?メキシコ後に訪問したロサンゼルスでは意外にトランプ支持が多かった。アメリカビジネスのためにいい政策を期待している。規制撤廃と減税。プラス保護貿易。しかしそれでプアホワイトと言われる労働者の不満は解消されるのか?同床異夢。

メキシコの経営者は言った。「トランプ大統領になったらどうなるか想像できない。ブリックレイヤー(レンガ積み職人)にでもなろうかな。国境の長い壁作るのに労働需要が続くからね」

メキシコの輸出の80%はアメリカ向けだという。
アメリカに翻弄される運命。
日本もね。

以上



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by zhuangyuan | 2016-11-12 06:50 | 時事 | Comments(0)
2016年 11月 08日

ヒラリーは王家の娘?

バンクーバー空港でローカル紙National Postを手に取ると明日行われる米国大統領選一色です。
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せっかく取材したんだから選挙前に書いとかないとどっちかの記事は御蔵入りになっちゃうからね。 地元カナダと候補者二人の先祖とのゆかりについても書かれていました。

トランプの方はというと

Liquor, women behind Trump family fortune
Grandfather gambled on Yukon gold rush

トランプ家の資産の影に酒と女
ユーコンリバーのゴールドラッシュでひと儲け

センセーショナルですがまあ読まなくても想像できるね。読んだけど、あっそう、って感じ。

ヒラリーのはかなり面白い。

Clinton's Quebec roots
date to New France

クリントンのケベックルーツは
ヌーヴェル フランス時代に遡る

今回出張のお供に「ケベックを知るための54章」ってのを持ってきてましたのでちょうど良かった。ケベック州はフランス語人口が70%で多くはフランス植民地時代の子孫です。今でもフランス語が第一言語。

ヒラリーの家系図をたどってゆくと「王様の娘たち」Filles du Roiまで行きつくという。

Filles du Roi
King's Daughter

というからには華やかな王侯貴族か?

実はその反対で17世紀に自分の意思に反して植民地に送られた娘たちを指すそうです。人口増加策として。

ルイ14世の時代に700人の女子が植民地に花嫁候補として送られた。多くは孤児や捨て子、中には売春婦など、地位の低い出身ばかりであったと。

その中でヒラリーの祖先は特定されている。Jenne Ducorps

彼女たちはしっかりと役割を果たし4,459人の子をなしたという。当時のヌーヴェル・フランスは人口が少なく、彼女たちはMother of nationと呼ばれているそうです。前掲書によると100年後の1760年においてもフランス植民地人口は7-8万人とあるので彼女たちの貢献の大きさがわかる。ちなみにイギリス植民地人口は同時期150万人であったという。

以上のことからフランス植民地に起源を持つケベック人の95%が王の娘たちの子孫だという。

カナダの首相もセリーヌ・ディオンもマドンナもアンジェリーナ・ジョリーもヒラリーの遠い親戚だって。

たった半ページの記事だけど歴史を旅することができました。

でもさ、先祖ってたくさんいるだろうけど、かたや売春宿の親父を選び、一方は建国の母をピックアップして並べて記事にするってのはずいぶん恣意的だね。外国だけどさ。

以上




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by zhuangyuan | 2016-11-08 16:40 | 文化、歴史 | Comments(2)
2016年 11月 07日

隣国の選挙を前に歴史を振り返る

今週は米国大統領選挙です。

カナダ、バンクーバーに着くとさっそくその話題に。

「今日クリントンメール問題でいいニュースがあったよ。」

「でも彼女人気ないでしょ?アメリカ人はクレバーな女性より、シリーな男が好きなんじゃない?」

「トランプはSillyじゃないCrazyだ!カナダでもみんな心配してる。ああいうレイシストは絶対にダメだ」とトランプをこきおろす。「でもクリントンが勝ってもトランプ派が暴動起こすかもしれないな」

「そういえばカナダは人種差別深刻じゃないの?」
「とっくに解決したよ」とバンクーバー生まれの白人の彼が言う。

そんなカナダでもパールハーバーが起きるとカナダでも日本人排斥運動が起きて、日本人街は接収され日系人は強制収容所に入れられたと言います。当時日本人街はチャイナタウンの隣にあって同じくらい大きかったといいます。

カナダでは戦後しばらく経って強制収容に対し日系人に賠償金が払われ公式に謝罪したそうです。

「でもね日本軍はバンクーバーにもアタックしたの知ってる?」

「いや知らない」

「サブマリンから魚雷撃ったり、バルーンでボム落としてフォレスト焼いたんだよ」

ぜんぜん知らない。お恥ずかしい。

「戦前に日系人はバンクーバーに野球チームも持ってたんだ。アサヒって言うんだよ。連勝記録は未だに破られてないはず。」

そういえばそんな映画がありました。
「バンクーバーの朝日」
帰ってから観ないとね。

「彼らはとても人気があった。でも彼らのボールパークも壊されちゃったよ。戦後に公園になって名前が変わったんだけど、どんな名前だと思う?オッペンハイマーパークって言うんだ。アトミックボム開発した人の名前さ」

実際にはかつての有名な市長の名前からとったことになっているといいますが、あのオッペンハイマーを連想しないはずがないと。最低な命名だね。

人種差別ってのは普段みえなくてもなにかあるとすぐに頭をあらわすんだろうな。

夜の日本人街跡にはオッペンハイマーパークが静かに佇み、ホームレスがテントを張っていました。
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以上
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by zhuangyuan | 2016-11-07 19:56 | 時事 | Comments(0)