中華 状元への道

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2012年 11月 23日

中国コピー商品 梁山泊説

先日、朝日新聞書評欄に余華のエッセーが紹介されていました。

ほんとうの中国の話をしよう

余 華 / 河出書房新社


余華といえば

活きる 特別版 [DVD]

ハピネット・ピクチャーズ


この本はキーワードで中国を評論しようというもの。
書評にあげられていたのは「山寨」という言葉。

もともと山奥の防御用建造物をさすが、今は政府に管轄を外れたものをさす。
・・・・この言葉をかぶせればコピー版や海賊版も社会心理において合法的、合理的なものに化すという。


この紹介だけではぴんときませんでした。
ネットで検索しても「パクリ商品」などという軽い言葉しか出てこない。
もっと深みがある気がする。

そこで原文をあたってみました。「十个词汇里的中国」(10のキーワードで読む中国)
(もちろんただで。)

最近このブログが中国語学習目的であったことを忘れているようですのでちょうどいい機会でした。

中国にはケータイだったり、ブランド品だったり、DVDだったりと、
ありとあらゆる偽物、コピー品が氾濫していますが
その頭に山寨とつけるとなんだか かっこいいらしい。
偽物k-タイなら山寨手机、
コピーDVDも盗版じゃなくて山寨版。

山寨というと砦です。
腐敗した皇帝を倒すための反乱軍の砦。
水滸伝の梁山泊みたいなものです。

中国ではこの逆賊ってのが天命を得ると皇帝までのぼりつめちゃうって例が
いくらでもあるから、この砦にこもって戦う、奴らってのも、けっこうかっこいい。

毛沢東だってそんなようなものですよね。
農村から都市を包囲してゲリラ戦しかけて天下をとった。

今の中国はすっかり経済大国になっちゃって
貧富の格差が拡大して大変なことになってます。
そんな状況下で共産党と国有企業が甘い汁をすって管理しようったって
言うことなんて聞かねえよっていうのが山寨精神なんでしょう。

WTOだとか最近はTPPだとかコピー商品取りしまりとかでやかましいですが
そんなものは勝ち組が支配の構図を固定化したいだけです。
えらそうなお題目掲げたって結局は既得権益の保護ですね。

山寨たちは逞しいのです。

山寨现象是草根文化向精英文化发出的
挑战,也是民间对官方发出的挑战,弱势人群对强势人群发出的
挑战。

(山寨現象は草の根文化がエリート文化にしかけた挑戦なのだ
もしくは民間が官に対して起こした挑戦ともいえる
弱いものたちが強いものたちに向かっていっている)


かっこいいなあ。

。社会矛盾的普遍和尖锐,引发了世界观和价值观的混乱,
然后催生了山寨现象。山寨现象可以说是多种多样的社会情绪日积月累以后,
突然间释放了出来,然后不断演绎成了反权威、反主流和反垄断的闹剧似的社会革命。

(社会矛盾が普遍化し、激しくなり、世界観や価値観が混乱を来たし
山寨现象が発生してきた。山寨现象は社会の多種多様な不満が鬱積し
突然吐き出され、反権威、反主流派、反独占に立ち上がっているような
社会革命といえる。)


中国の今をときめく民営企業だってもとは違法すれすれでやってたわけです。
共産党だって思いっきり違法だった。

今はおれ達も豊かになってやるって山寨から立ち上がっているのです。

北京五輪のとき、政府は聖火ランナーを官が選抜し、走るルートも厳密に規定したそうですが
このときも山寨聖火ランナーが登場したとのこと。誰もが国を愛しているのだから、選ばれなくっても
おれ達だって権利があるんだと田舎の農民たちが立ち上がった。

村民手拿自制的简易火炬互相传递,每一个村民都有资格参加,
无须经过政府有关部门的批准。他们神情自豪,他们对祖国的热爱丝毫不亚于正版的火炬传递者

村民たちは手製の簡易聖火つなぎ、村民みんなが参加の資格をもち
政府部門の許可も必要もない。彼らは誇りにあふれた表情で、
祖国への愛は、正式な聖火ランナーに少しも劣ることはなかった。


ともすると中国人民は強力な政府に押さえつけられていると思われがちですが
民の草の根はこちらでも思うより良いずっとずっと強靭なのです。

そしていつか天下がひっくり返る。


以上
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by zhuangyuan | 2012-11-23 21:06 | 言葉 | Comments(1)
2012年 11月 10日

1950s 混沌と芸術

先日、東京国立近代美術館の夜間特別観覧会に参加しました。
ブロガー枠として抽選に当たりました。

美術にぶるっ ベストセレクション 日本近代美術100年

「2時間では観覧しきれませんよ」とのお言葉どおり
100年間の名作でびっしり。

とても紹介しきれません。
私が気になったのは第二部「実験場1950s」と題した企画展。

この近代美術館がオープンしたのが1952年。
敗戦からの激動で価値観が混沌としている時期。
そのころ芸術も大きく動いていた。

戦争が終わり打ちのめされて
GHQ支配のもと民主主義、平和主義なんてものが出てきて
このまま行くのかなと思わせといて
朝鮮戦争、再軍備、基地闘争、原子力開発、逆コース

原爆映画が流れていました。
この映画1946年に原爆の被害状況を記録するためにとられたのですが
米軍に没収され、1952の独立後まで公開されなかったとのこと。
民主主義をプレゼントしてくれたアメリカさんのイメージ操作ですね。

私ちょうどこの本を読んでました。

敗北を抱きしめて〈上〉―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー / 岩波書店



戦争で焼き払われた国土で、かつての敵国に与えられた民主平和主義の中、
貧困にまみれつつも逞しく立ち上がる日本人を描いています。

ピューリッツァー賞受賞。

軍国主義で神の国から一転して、ギブミーチョコレートと子どもが米兵に群がり
パンパンがパングリッシュでご奉公、
敗戦から一年後にはチューインガム工場が400社もできたとあります。
すさまじい適応能力。いいのか悪いのかわかりませんが。

著者いわく
日本人は明治維新からの100年間、根本からの変化を常に予期して
変化に適応するよう訓練されてきたといいます。

文明開化
日露戦争
大正デモクラシー
軍国主義
敗戦

そして50年代を迎えます。

またまた大変化。
平和主義、非武装だったのが、自衛隊。
原爆落とされたのに原発開発
民主化で労働者権利を守るはずがレッドパージ、弾圧。

そんな大変化を芸術家たちが見つめ混沌とした怒りや不安を表現しています。
意味はわからないけど、気迫が伝わってくる。

美術展目録のはじめのことばにこんな意味のことがありました。

50年代の混乱をくぐりぬけ、高度成長し、その後現在にいたるわけですが
今この時代に50年代を現在の視角でみて、冷戦の始まりだったなどと安易にみてはいけないと。
当事者を生きた人々は先の見えない混沌を貧困のなかに暮らし、既存の芸術など何の役にも立たないと
思い知り、新しい手法を模索したんだと。

現代の低温のもやっとした不安と違い、時代のエネルギーを感じました。
あるいは日本でなく、新興国で生きていると同じ時代も違う感じ方ができるのでしょうか。

以上
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by zhuangyuan | 2012-11-10 21:50 | 文化、歴史 | Comments(0)