中華 状元への道

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2010年 10月 30日

現代中国は大正時代の日本?

最近の世論調査では中国に対する不信感が過去最高レベルになったと
報道されています。
中国「信頼できず」84%

過剰報道のゆえだとは思いますが
なんでそんなに皆中国が嫌いないのか?

今読んでる本にそのヒントがありました。

輿論と世論―日本的民意の系譜学 (新潮選書)

佐藤 卓己 / 新潮社



経済拡大至上主義に邁進する現代中国に「田中角栄の日本」を見ているのかもしれない。


どういうことか?

日本は戦後高度成長を成し遂げ繁栄を手にした。
その象徴が田中角栄。

貧しい庶民からのし上がり、首相まで上り詰める。
そして列島改造。土建政治。
土地投機、狂乱物価。

戦後の成功には「影」部分があった。
そのスケープゴートにされたのが田中角栄であったといいます。

彼の姿こそ、敗戦の焼け跡から復活し成功を遂げた日本人の
辿ってきた姿であるのに、成功するや、自らを返り見ずに徹底的にたたいた。

この本では田中政治にノーをたたきつけた福田赳夫の言葉を引用しています。
日本は今日世界第一位の石油輸入国ですよ。
こういう日本がだね、今後も急速な経済成長を続けようとするなら、
世界の資源配分のなかでの日本の取り分は、加速度的に拡大されざるを得ない。」


これに続き福田の話は、国際摩擦、物価上昇、格差拡大、環境汚染、世界の日本批判と続くのです。

なんかどこかで聞いたような?

そうです今の中国です。

福田赳夫の言葉の日本を中国と入れ替えてもずばり当てはまります。

日本の世論は過去の自分を忘れ、現代中国を徹底批判しているのです。

中国の急速経済発展は日本の高度成長の辿った道です。
ただ大きく違う点があります。

軍隊です。

日本の高度成長には軍の拡大はなかった。

この点からいくと私は今の中国ってのは昭和の軍拡にいたる過程での
大正時代の日本に似てるんじゃないかと思うんです。

大帝没後―大正という時代を考える (新潮新書)

長山 靖生 / 新潮社



大正はどういう時代だったのか?

日露戦争に勝利した後、日本は八大強国となり、西欧列強に肩を並べる。
しかしそれとともに明確な国家目標を失い時代閉塞にはいる。
農村疲弊と都市化による経済格差拡大、資本主義発展に伴う労働問題の発生など
問題が山積していたといいます。

豊かになった社会で若者は親の財産を受け継ぎ、無気力化してゆく。
維新時代に父たちが戦って得た爵位や財産をメンタリティのことなる息子世代がうけづぐ。

大衆消費社会が出現し、消費者たる若者の影響力が大きくなる。

学校制度もととのい高学歴者が増えてくる。
しかし職がなく、高等遊民が問題となる。

大正青年たちは「古い家」を蔑ろにるすが自立はせずにむしろ家制度に依存していたといいます。
家の財産をつかいつくしたあげく、国家というシステムに依存するようになったといいます。

個人の欲望肥大化が国家の欲望肥大化に繋がっていったと。

こうして国家が肥大化し昭和へと向かってゆくのです。

人口増加で食糧、資源需要増加→海外進出
消費社会の拡大→退廃的社会へ
格差拡大で社会の鬱憤がたまる。→軍が貧しい層を吸収

ここからはこちらが参考に。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

加藤陽子 / 朝日出版社



そうです拡大拡大で世界から孤立し戦争への道を突き進んで行くのです。

国共内戦、文革、改革開放を経て、現在の繁栄を手にした中国。

金持ちは第二世代、第三世代へと移り、無気力になり、
一方で貧しい若者たちは鬱憤がたまり、
爆発させどころを探している。

こんな問題がありつつも経済は急速拡大を続け
資源需要は増大し、海外へと食指が動く。

国際的に批判を浴びる。

その時、軍は?

大正から昭和への日本の道を進まぬことを願います。

以上
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by zhuangyuan | 2010-10-30 15:03 | 文化、歴史 | Comments(0)
2010年 10月 24日

「はさみ」って何するもの?

日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語

王 浩智 / 東京図書



すべての中国語学習者にオススメしたい一冊です。

以前からこの本の存在は知っていましたが
日本語から学ぶってのが好きでないので食わず嫌いをしておりました。
外国語を学ぶ場合は外国語をそのまま受け容れたほうがいいと考えてたからです。
日本語と中国語は似ているだけに日本語から学ぶと
日本語チックな中国語になってしまうと。

でもこの本は違う。
言語の単語だとか文法だとかそんな瑣末なことを書いてあるのでなく
中国人の考え方、日本人の考え方といったもっと大きな視点から
言語を読み解いてくれるのです。

読み物として面白い。

ためしに目次をひいてみます。

第一章 言葉と対象
 第二節 空間感覚

第二章 言葉と言葉
 第三節 文の連鎖
  1.時系列の中国語 時間をねじる日本語

第三章 言葉と発信者と受信者と
 第一節 言語に期待するもの、しないもの


どうでしょう気になりだしたでしょう?

でもこれだけではチンプンカンプン(=听不懂看不懂)でしょう。

例えば空間感覚、

「茶碗蒸し」という日本語を中国語で言うと?

蒸鸡蛋羹=玉子をプリン状にしたもの

つまり日本語は入れ物だけに注目しており
中国語は中身を注目している。

そんな例をいくつも挙げてくれます。

土瓶蒸し=陶壶炖菜(土瓶で煮込んだ料理)
鉄板焼き=用铁板煎肉(鉄板で焼いた肉)

確かに言われてみれば
日本語だって字をそのまま見ればなんのことやらわからない。

茶碗や土瓶は食いませんから。

でも文化背景で共有している。茶碗蒸しっていったらこういうもんだと。



こんな例がたくさん載ってます。

私が感心したのはこれ。

「採血」

中国語では验血という。

採血ってのは血を採るだけ。

これじゃなんにもならない。

やっぱり検査しないといけません。
だから验血。
なるほど。

日本語は物事の始まりに重きを置くんですって。


例えば「はさみ」

中国語では剪刀。

日本語は「はさむ」だけでまだ切っていない。

中国語は切る刀。

こっちのほうが理にかなっているように思える。

同じ漢字の国でありながらこれほどの文化の違いがある。

語学って奥深い。


以上
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by zhuangyuan | 2010-10-24 20:30 | 学習 | Comments(2)
2010年 10月 17日

ゴッホパズル

先日、国立新美術館にゴッホ展を見に行きました。

安住アナの解説をヘッドホンで聞けたり
アルルの寝室が実物大で再現されてたり
志向をこらした面白い展示でした。

お土産コーナーは人でごった返しており買う気がうせましたが
出口付近にきになるものが。

ガチャガチャ。

中身はゴッホの絵のパズル。

300円。

ガチャガチャなんかを自分でするのはいつ以来でしょうか?
わざわざ千円冊を両替してゲット。

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アルルの寝室なんかは簡単に完成しそうですが
自画像は点ばかりが多くて難しいんじゃないかな?

なんて思いつつ覗いてみると
色とりどりの細かいドットがちりばめられています。
これはヤバイ難しそうだ。

「サン=レミの療養院の庭」でした。

ガチャガチャにある7種類でダントツのむずかしさでしょう。
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家に持って帰ると子どもたちに発見され早くやろうとせかされます。

今朝は息子にパズルをやろうと起されました。

8時開始。

10時半完成。

途中なんどもへこたれそうになりましたが
なんとか完成しました。

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このパズルって試みはかなりいいかも。

こんなにも詳細に絵を観察することなんてないでしょう。

細かい色と色の組み合わせだとか
筆の流れ方だとか
パーツに分けて観察すると彼の天才ぶりがよくわかる。

一つのパーツに何色入っているか息子に数えさせてました。
11色だといってました。

楽しい体験でした。

終わると息子がいいました。

「ブログにアップして!オレ写真とるから。」
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今頃の小1はブログも知っている。

以上

P.S.

午後少し出かけて帰ってみると

完成したはずのパズルがバラバラに壊されていた。

子どもはカオスが好きなんだな。

オレはもったいなくて壊せない。
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by zhuangyuan | 2010-10-17 15:07 | 生活 | Comments(4)
2010年 10月 03日

大日本帝国崩壊 その時満洲では?

「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年 (中公新書)

加藤 聖文 / 中央公論新社



大東亜戦争、太平洋戦争敗戦といいますと1945年8月15日。
ポツダム宣言受諾して、玉音放送。
ミズーリ号で調印してマッカーサー上陸。

ってだけで終わったわけではありません。

当時日本の勢力は広大でありました。

在外軍人300万人。
在外居留民310万人。

満洲、樺太、朝鮮、台湾、東南アジア、南洋群島。

各地での敗戦時の諸相をまとめてくれてます。
ふと忘れがちですが各地にそれぞれの敗戦があり
権力の移譲が行われたわけです。

でも敗戦時に政府は本土防衛ばかりに頭がいっていて
版図の隅まであんまり考えてなかったとのこと。

「居留民は出来うる限り定着の方針を執る」

なんて指示をだして事実上切り捨て。
事実朝鮮半島には1876年日朝修好条規以降定住して二代、三代目が
かなりいたそうです。

台湾人や朝鮮人に対しては、ちょっと前まで帝国臣民とかいってたくせに
負けるとすぐに保護は連合国に丸投げ。

満洲は植民地でなく国であったのですが
事実上日系が重要ポジションを占め
満人は大臣などに名を連ねるものの権限はなかった。

ただここは4000年の歴史中国。
支配者が代わることなんてへっちゃら。
なれたものです。

満系が主導権を握って非常事態にのぞもうとした。

満州事変の時に、張学良側の地方有力者が関東軍に協力したのと同じ行動原理だと。
ソ連侵攻で右往左往する日系を尻目に
すでにポスト日帝を見据えて行動していたと。

さすが中国したたかです。

満州国国務院総理つまりトップの張景恵もなかなかの男です。

もとは張作霖の仲間の馬賊。
その後に張学良につき、国民党に合流。

満州国ができたらすぐ参加して
総理まで上り詰める。

著者いわく

彼にとって満州国の滅亡は自身の滅亡につながるものではなかった。

ここまでいくとカッコいいですね。

まあでも彼はソ連に拘束されちゃって
戦犯として中国でも収容所にいれらちゃった。

でも息子は満洲時代に共産党に入党して新中国で立派に生き残って成功する。

歴史の有為転変をくぐりぬける術をわかっているのです。

そこいくと近代化でちょっとつけあがった青二才の日本が
中国まで出て行くのはちょっと分不相応だったのかもしれません。

あと千年くら歴史をつまないといけませんね。

以上
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by zhuangyuan | 2010-10-03 20:37 | 中国関連DVD、本 | Comments(4)