中華 状元への道

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2009年 02月 26日

100年に一度?

先日、台湾に出張中のお客さんから電話がありました。

「台湾は経済は全然だめだよ~。でも前向きだよ。乾杯カンパーイってのも大復活だ!」

近頃はお客さんも洗練されてきて酒のまないとビジネスできないなんて風潮は
ずいぶんなくなったといいますが、この大不況のさなか俄然元気がでてきてカンパーイと
やっているそうです。

すると今度は台湾人の社長から電話がありました。
そこで聞いてみました。

「なんか最近みんな良く飲むらしいね?」

「そうだよ。 No businessだからな。
昨日もlunch timeからmidnightまで飲みっぱなしだぜ。」

台湾人は明るい。いつも前向きポジティブだから元気をもらえます。

そこいくと日本はペシミスティックでいけません。
この先どうなるんだ?
昨日も倒産、今日も倒産。
100年に一度の経済危機だ。
などなど。

そんな話を別の席でしていますと
いっしょに食事していた大先輩はいいました。

「状元くん、100年に一度の危機だなんて、バカいっちゃいけないよ。
オレが子どものころは大阪は空襲で焼け野原だった。

今は大阪城公園ゆうとるけど、あそこは砲兵工廠ゆうて兵器つくとった。
それが空襲で廃墟や。そこを毎日とおって学校いっとった。

あのころに比べたら何が危機やとおもうわ!」

確かに!

戦争からまだ100年もたっていないですよね。
あんときにくらべたら危機でもなんでもない。

中国だってそうですよね。
文革だってそんな昔じゃない。
何千万人死んだんですから。

今日あったベトナムのえらいさんも云っていた。

「わが社の第一工場は1959年に建設されたが
ベトナム戦争ですべてdestoryされた。」

これもかれらにとってはとんでもない危機です。

こんなのにくらべたら今の日本なんて幸福そのもの。

もっと気楽にいかなきゃいけませんね。


以上
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by zhuangyuan | 2009-02-26 22:02 | 時事 | Comments(0)
2009年 02月 25日

春の訪れ

相変わらず寒いですね。
どんよりとした空からうっとうしい雨が続きます。

でも確実に春は近づいているのです。

保育園に通う息子の連絡ノートにクラスの先生がこんなことを書いてくれてます。

今日は久しぶりにN公園に行ってきました。

Nくんと探検したり、Hくんたちと木登りしていました。

’’見て!! 来て!!’’と呼ばれ、

行ってみると

一つだけ花が咲いていました。

’’キレイだよ~ もう春が来てるんじゃない?

いい匂いだよ’’

と言っていました。

053.gif型の葉を見つけてくれました!!



天気とはうらはらに気持ちが晴れてまいりました。

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-25 21:34 | 生活 | Comments(2)
2009年 02月 21日

中国のうがい薬

先日、中国語教室で先生の机のうえに、なんだかやけにでかい飲み物がおいてありました。
中国の方はでかいマイお茶を結構持ち歩きますがそれとは様子がちがいます。

たずねてみると、ハチミツだそうです。
のどが痛いのでハチミツをねめるんだそうです。
なめるというか飲むんでしょう。750mlくらい入りそうな入れ物です。

よくのどを痛めるそうで、何かノドの風邪を予防するいい方法はないかと聞かれました。

「それなら絶対うがい薬ですよ。イソジン・ガーグル」
イソジンは高いので同じ成分の安いジェネリック薬品で十分だと教えてあげました。

先生は20年近く日本に住んでいますがイソジンのうがい薬を知りませんでした。

それもそのはず中国にはこうしたうがい薬がない。
すくなくともわたしの知る限り。

私は出張にいくとき必ずイソジンのうがい薬をもっていきます。
乾燥した空気でもうがいしてれば大丈夫。

以前少しながく北京にいたときは
大きなイソジンを持っていきましたがさすがに使い尽くしてしまい
薬局に買いに出かけました。

「有没有漱口液?」
うがい薬ありますか?

通じない。
歯磨き液みたいなものをもってこられたので
風邪を引いたときに使うのだと説明すると
やっと持ってきた。

宿舎で説明書をよく読んでみると
それは口臭予防液みたいなものでした。

うがい薬ってないんですね。

うがいは漱口という言葉であらわされますが
これは主に口をゆすぐことです。
いわゆるうがいと区別がない。

日本語ではwikiによると
ゆすぐことは「ブクブクうがい」
うがいは「ガラガラうがい」と区別するそうです。

wikiついでに書いておくと
うがいの語源が載っていました。

「うがい」の語源は「鵜飼」。
鵜が魚をとってきて、吐き出すことからきているそうです。
びっくり。

そんなかんじでうがいの意味が先生に通じているか心配になり聞いてみました。
「ところで先生うがいの仕方知ってる?」

さいわい知っていました。
先生には小学生の息子さんがいます。

学校で指導されるそうです。
家に帰ったら石鹸で顔と手をあらって、必ずうがいをする。
日本の衛生管理に感心していました。

これが結局いちばんですよね。
イソジンが効くといいのですが。

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-21 17:59 | 生活 | Comments(0)
2009年 02月 15日

豪華な塗り絵

5歳になった息子の一番の楽しみはぬりえ。

いつもはうるさくて手をつけられませんが
ぬりえを与えておくと一心不乱に熱中します。

これはいいものができた。
静かにさせたいときはこれに限る。

でも困ったことは
普通の塗り絵にあきてしまい
私にぬる対象の絵を描くことをせがみます。

最初は各国の国旗を描いてやっていたのですが
最近はトランプの王様を描いてくれだとか
恐竜をかいてくれなど
こっちの絵の能力を超えるものを要求してきます。

こまった私はこんな本でトレーニングしています。

スケッチは3分 (光文社新書)

山田 雅夫 / 光文社


えんぴつ1本ではじめる イラスト手習い帖

兎本 幸子 / MdN



今度来た要求はこれ。

「龍と虎がたたかっているとこかいて!」

ちょっとこれは無理。

で絵のうまい祖母に頼みました。(息子にとっては曾祖母)
さっそく昨日届けてくれました。

期待以上にすごいものをくれました。
水墨画です。
d0018375_21461138.gif

龍もすごいものでした。

ただ息子にとっては不満だったらしいのです。
「たたかってないじゃん。オレたたかってるのがいいんだよ!」

まあともかく傑作をもらっちゃったんで楽しまなくてはいけません。

祖母に聞きました。
「色ぬっていい?」
「どうぞ、どうぞ」

やっちゃいました。
d0018375_21463326.gif



以上
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by zhuangyuan | 2009-02-15 21:59 | 生活 | Comments(6)
2009年 02月 14日

タカハヤブサ サイドクロス

「ねえパパァ、タカ ハヤブサ サイドクロス できる?」

なんじゃそりゃ?

縄跳びだそうです。

小2の娘はいま縄跳びに夢中で休みには必ず二重とびの練習をしています。
パパもいっしょにやろうと誘われますが
実は私、二重とびができません。
コツがわからない。
大きなジャンプでハアハア言ってやっと三回くらいしかできない。

縄跳びは私の三大苦手種目のひとつ。

縄跳び、鉄棒、マット運動。

球技や走る、跳ぶはそこそこできましたが
これはホントだめだった。

でもそんなこともいってられないので
娘の縄跳びを借りてやってみた。

やっぱり三回が精一杯。

「パパそんなにジャンプしなくていいんだよ。」
なんていわれちゃいました。

「よし決めた!次にやるときには10回やる!」
と娘に宣言しました。

10回はできたことがないのですが
あんまり頑張って練習した記憶もないので
練習すればなんとかなるかなと。

今の時代はネットでコツを調べてから望もう。
二重跳び完成までの17ステップ

なんかできるような気がしてきた。

すると今朝、娘が嬉しそうに縄跳びカードをもってきました。

「二重とび 10回できたよ!
縄跳びリーダーになれた!」

うっすごい。
上達が早い。

「今日いっしょに練習しよう!」
もうあとには引けません。

娘はというと前とは見違えるように軽く跳んでいる。
こどもはすごい。

こちらはどうか?
何度か同じように失敗しましたが
試行錯誤を繰り返します。

ジャンプはおさえめ。
リズムを重視。
ヒザのばねでとんで。

マジ疲れる。
縄跳びくらいで息があがります。

でもなんかできそう。
ということで場所を近くの公園にかえて仕切りなおし。

意外にすんなり10回クリアできました。
本日の記録は19回。

娘は最高記録14回。
かろうじて面目を保ちました。
「パパは大人なんだから倍はできないと負けだよ!」

おっしゃるとおりです。
でも私はほんとに嬉しいのです。
二重とびができるようになったのが。

今度大人用の縄跳び買っちゃおう!

ところで娘の小学校の縄跳び教育方法は
なかなか良い。
今はどこでもそうかもしれませんが
到達可能な目標をたくさん設定し、ひとつずつクリアさせる。
しかもどこからはじめても良い。

最近ビジネス書なんかで書いてある目標設定のためのSMART
が実践されています。


* Specific ― テーマは具体的か?
* Measurable ― 定量的に測定できるか?
* Achievable ― 達成可能なものか?
* Result-based ― 「成果」に基づいているか?
* Time-oriented ― タイム・フレームは意識されているか?


前述の縄跳びリーダーとは何かというと
友達の縄跳び検定の試験官になれるそうです。

リーダーの次はマスター。
マスターは学年に一人しかいないそうです。
その子が一番仲のよい子ででいい刺激を受けています。

このマスターに至る道に

「たか+はやぶさ+サイドクロス」のあわせ技があるのです。
なわとびしよう!

わたくしにはちょっとしんどいかな?

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-14 18:06 | 生活 | Comments(3)
2009年 02月 08日

ボーイングスキー ロシア人の名前?

野口悠紀雄さんの超「超」整理法を読んでいましたら
リバースエンジニアリングの話がでていました。

ある製品を開発しようというときに
既存の製品を分解して、作り方を学んじゃおうというものです。

旧ソ連はこれが大得意だったとのことで
第二次世界大戦では不時着したB-29を分解して
そっくりな飛行機をつくっちゃったそうです。B-29?いいえ違います。

それをアメリカン人は皮肉をこめてボーイングスキーと呼んでいたとのこと。

航空機会社のボーイングをロシア人ぽい名前にしてボーイングスキー。
コンコルドのパクリ、コンコルドスキーってのもあるそうです。

でもその〇〇スキーってのはロシア人の典型的な名前ではないそうです。

先日ロシアに駐在している友人が帰国した際、飲んでる席でたまたま名前の話になりました。

「みんな誤解しているけど、なんとかスキーって名前はロシアにはいないよ。
それはポーランド人の名前だよ。
ロシア人の名前はほとんどが「ン」か「フ」で終わるんだ。」

レーニン、スターリン、ガガーリン、ソルジェニーチェン、エリツィン、プーチン
ブレジネフ、アンドロポフ、ゴルバチョフ、メドジェーエフ....。
ユーリ・アルバチャコフなんてのもいたな。

おおぉすごい!! 本当にそうだ!
こんなにいっぱい「フ」「ン」ばっかりなのになんで気づかなかったんだろうか?

なんでみんなは〇〇スキーだと勘違いしているのでしょうか?

ロシアの大文豪ドストエフスキーの影響だろうか?
そういえばカラマーゾフも「フ」ですね。

もしかしてロシアの大文豪はポーランド人?

ためしにwikipediaで調べてみました。

見つけました!やっぱりそうだ!

Dostoyevsky's paternal ancestors were Polonized nobles (szlachta) of Russian origin

ドストエフスキーの父方の祖先はロシア出身でポーランド化した貴族だ。


皆さんも覚えておきましょう。
〇〇スキーはポーランド人です。

じゃあトロツキーはどうなんだ?スキーじゃないか。

とおもったら彼の本名はレフ・ダヴィドヴィチ・ブロンシュテインといい
トロッキーという苗字は逃亡中に名乗ったもので
監獄にいれられたときの看守の姓からとったそうです。(wikipedia)

おそらくその看守、ポーランド人なんでしょう。

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-08 17:31 | 文化、歴史 | Comments(0)
2009年 02月 07日

10.19 あれから20年

ずっとテレビに釘づけになってしまいました。
テレビ朝日開局50周年「伝説のスポーツ名勝負」

あの10.19の特集をしてました。

あのとかいっても興味のないかたには全然響かないのかもしれませんが
私にとっては人生のスポーツ観戦でもっとも鮮烈な思い出です。
今でもその日一日がかなり鮮明に思い出せます。
追悼 仰木監督 回想 10.19(中文)

1988.10.19 「近鉄vsロッテ ダブルヘッダー」

西武と優勝を争っていた近鉄が猛烈な追い上げをして
その日二連勝すれば奇跡の逆転優勝。

その最後の二試合を追ったものです。
テレ朝は放送予定になかった中継をCMなしでぶっつづけに放送して名を上げました。

それを今日克明に振りかって放送してくれたのです。
テレビの前にクッションおいて
食い入るように見てしまいました。

私は当時18歳、高校三年生。
小学校時代からの熱血近鉄ファンでした。

学校で友人たちと第一試合をラジオ観戦していた私はいてもたってもいられずに
ラジオをもったまま川崎球場に向かいました。

そこから悲劇の幕切れまで細かいことまで記憶に残っています。
でも勝ちがなくなった瞬間の羽田のダブルプレー以降はなぜだかぜんぜん憶えていません。
なんともいえぬ虚脱感だけが思い出されます。

あれから20年もたってしまいました。
そんな昔にはとても思えない。
でも月日は確実に経っているのです。

大好きだった近鉄はもう消えてしまったし
監督の仰木さんも亡くなってしまったし
あの川崎球場ももうないし。
その日引退した梨田選手の当時の年齢より年上になっちゃいました。

また次の20年もあっという間に過ぎてしまいそうですから
日々を大切にしていきましょう。

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-07 22:04 | 生活 | Comments(4)
2009年 02月 04日

釈迦に説法

月曜日は新橋の蕎麦屋で一杯。

午後オフィスに電話がありました。
「おい状元、お前さん今日空いてんのか?」

この人生の大先輩(66歳)はたまにご一緒いたします。

このお方は貿易業務を現役でこなしておりまして
わたくしにとってはお客さんにあたります。

ただお会いしても仕事の話はほとんどいたしません。
この日は読み終わった本を頂けるとのことで誘っていただきました。

頂いたのは

テンペスト 上 若夏の巻

池上 永一 / 角川グループパブリッシング


是非読んでみたかったものです。

容疑者Xの献身 (文春文庫)

東野 圭吾 / 文藝春秋


こちらもついでに。ずいぶん若いのも読まれてます。

この方は人生に対してチョー前向き。
愚痴をいうことは一切なし。
全ての人に感謝するすばらしいお方。
料理を運んできたお姉さんには「ありがと!」「きょうのこれ最高!おいしかったよ」

ただ最近は奥様の具合が良くないため、お世話をしなければならず
家での読書の時間が激減したと嘆いておられました。

そんなことをいいつつも年上の奥さんが最近とても可愛く思えるようになったなどと
おのろけまでしてくれます。

このごろの彼の至福のときは奥様がご就寝された後と翌朝4時からの読書。
まず日記を書き、それから静かなひと時を好きな本を読んで過ごす。
贅沢な時間です。

その彼が少しまえにヒザをいためたといいます。
90キロ以上の巨漢である彼はさぞかしヒザに負担がかかるのでしょう。

私も年末にヒザをいためたことを話し
さらに先日読んだ本を紹介いたしました。
ヒザには何が良いか?

病は脚からといいますよ。
まず脚を鍛えないといけません。
などと自分は棚にあげてアドバイスなどいたしました。

すると彼はいいます。
「状元、オレは毎日運動しているんだよ。腕立てふせとかさ」
「スクワットがいいらしいですよ。」
「スクワットは80回毎日、腕立て40回、腹筋20回。それとラジオ体操。」

すごいすごすぎる。私もできない。しかも毎日とは
おなかが出ているので腹筋だけは控えめですけどとにかくすごい!

これが健康の秘訣なのです。
66歳にしてガンガン日本酒をのみ、たらふく食べる。
この日も一通りおつまみを食べたあと肉葱そばを食べてました。
私はすでに満腹でしたが、まあ旨いから食べなさいとすすめられ
肉ぬきで葱そばをたべました。
なんとせいろが二枚でてきました。

その後おひとりでカラオケを唄いに行くとはりきって別の店にむかっていきました。

大いに刺激をうけた席でした。

以上
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by zhuangyuan | 2009-02-04 21:38 | 生活 | Comments(2)