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2008年 04月 29日

「了」のエッセンス

中国語のエッセンス
遠藤 光暁 / / 白帝社

この本は以前shiraさんが薦めていた知音夢裡尋で紹介され、涙が出るほどの名著と絶賛されていました。

語学の本で涙が出るほどってのはどんなにすごいんだと読んでみました。

まず帯の文章がいい。
「すみずみまで納得した上で学習を進めたい人を手助けする。」とのこと。
魅力的。

感動しましたね。
涙はでませんでしたけど。
著者は中国語おたく呼んでもいいくらい細かいところをついてくる。

どの項目もためになるものばかりでしたが
特に「’’了’’のポイント」の章はホントにいい。
なんか’’了’’が全てわかったような気がします。

これを脳に刷り込むために最近流行りのマインドマップを作ってみました。

中国語学習とマインドマップっていうのも斬新でいいのではないでしょうか?

ソフトを使って書いたのは初めてなのでお見苦しいかもしれませんが
皆様の学習のたしになれば良いなと思いアップします。
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久しぶりに勉強らしい勉強をしたような気がいたします。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-29 22:21 | 学習 | Comments(1)
2008年 04月 20日

中国の時代 言葉も金も

先日韓国から来たトレーダーの方と面談しました。

彼は若い部下を日本語通訳として連れていました。
ただ日本語レベルの問題か専門知識の問題かわかりませんが
なかなかスムーズに会話が進みません。

ということで英語で話しましょうと誘い、通訳なしでの会話になりました。
ただ彼は英語は流暢ですがご自身曰く、最近使っていないのでスムーズではないとのこと。

すると彼から中国語はしゃべれるかと聞かれ
少しならokと答えるとそれからは一時間ずっと中国語会話となりました。
やっと意思疎通できる共通言語を見つけたことで話が弾みました。

彼は1996年に当時在籍した大企業から中国に一年間留学したとのことで
めちゃめちゃうまいのです。
韓国っぽい訛りもなく、接続詞の使い方なんかもスムーズで
きちんとした教育を受けたって感じです。
しかも中国品の輸出がメインの仕事とのことで頻繁に活用しているようであっぱれでした。

それにしても最近の韓国人は中国語をしゃべる人が多い。
先日も韓国の会社に電話したら日本語ができる人がでましたが
なんともたどたどしい。でも中国語になったら結構いける。

なんかアジアの主役が変わりつつあるのを感じます。

言葉だけでなく人民元も東南アジアなんかでは使えるようになったと聞きました。
ハードカレンシー化も近いかもしれません。レートもも一ドル7元を切りました。
資産は元でも持てなんて本までありました。

日本でも最近は中国のデビッドカードが使えます。
銀聯カードといいまして向こうの銀行連盟かなんかのカードで中国に口座をもっていて
残高があればいくらでも使える。
中国銀聯カードが日本で存在感

日本に来たお客さんも秋葉原や銀座なんかで大枚はたいて買い物してます。
現金そんなに持ち出せないだろと思いきや銀聯カードでお買い物なんです。

ちかくのデパートなんかでも中国語のアナウンスも結構流れてます。
中国がどんどん浸透してきてます。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-20 20:15 | 時事 | Comments(4)
2008年 04月 13日

現代に生きる論語 

現代人の論語
呉 智英 / 文藝春秋

この偏屈おじさんの本を久しぶりに読みました。
随分前に買いましたがずっと積読でした。

昨日孔子とドラッカー―ハートフル・マネジメント
一条 真也 / / 三五館
という変わった名前の本を読みまして読んでみたくなりました。

ここで得た雑学を一つ。

英語で儒教をConfucianismといいます。
この言葉は北京滞在中にアメリカ人が使っていたので知っていました。
その語源を知りすっきりしました。

Confuciousとは孔夫子=kongfuziの音訳だそうです。
mandarin=満大人=mandaren以来の発見です。

それはともかく論語ってのは格好いい。
一度知ったかぶって使ってみたいものです。
そのためにもちゃんと意味を捉えておきたいです。

爲政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之、
政を為すに徳を以てせば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星の之に共うがごとし。

道之以政、齊之以刑、民免而無恥
之を道くに政を以てし、之を斉うるに刑を以てすれば、民免れて恥ずること無し。


つまり徳をもって政治をせよ、刑をもってすれば、民は免れる方法ばかり考える。

これを読んで先日読んだ
ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
スティーヴン・レヴィット / / 東洋経済新報社
の一つのエピソードを思い出しました。

ある保育園で子どものお迎え時間に遅刻する親が増えていた。
それを解決すべく経済学者が呼ばれアドバイスした。

そして罰金制度を開始した。
結果は?
遅刻する親がさらに増えちゃった。

つまり道徳的インセンティブが経済的インセンティブに置き換えられたために起こったとのこと。

つまり徳をもってなすべきところを刑をもってなしちゃった結果です。
経済学者でなくて論語に頼ればよかった。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-13 23:23 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2008年 04月 12日

水滸伝は誰が書いた?

水滸伝の世界 (ちくま文庫)
高島 俊男 / / 筑摩書房

水滸伝は中国人はほとんど読んでるし、中国学習者としては必読だとは思いつつ
三国志と同様に岩波少年文庫で中学校か小学校のときに読んだだけです。

ただその世界は触れてみたいので読んでみました。
高島さんは中国オタクで細かいとこまでこだわって研究してますので
これを読んだだけでなんか何でも知ってるつもりになっちゃいます。

水滸伝と一口にいってもいろいろあるそうで
時代時代で編集が加えられて長いもの短いものいろんなバージョンがあるそうです。
しかも文体も部分部分で異なっているそうです。

ただ小説としての全体の出来は歴史上の小説で郡を抜いているそうです。
その点では三国志演義なんて問題にならないそうです。

三国志演義は原書で読もうとしてチャレンジしましたが
淡白な記述でなかなか進みませんで途中で断念しました。
なんか断念した理由が今見つかったような気がします。

ではこの傑作を誰が書いたのかというといまいちはっきりせず
歴史的にずっと論争が続いているそうです。
一般には施耐庵といわれていますがこの人の来歴はまったく知られていないそうです。

著者が取る説によると施耐庵は実在せずに水滸伝を執筆したのは
当時の文士グループが共同作業でこれにあたったとのこと。
民間伝承の物語の多くを集めて一つの物語に編集して生き生きとした文章であらわしたと。

いずれにせよずっと昔のことで資料も限られますから断定なんてできません。

ちょっと話がそれますが古代の歴史ってのは書物をひもといて検証して
真実をもとめてゆくのでしょうけど、いまから500年後に今の世の中を振り返ったら
資料がありすぎて逆に混沌としちゃうでしょうね。デジタル媒体でブログなんてもので
個人個人が好き放題に書きまくってますから何がホントだかさっぱりわからない。
それに検証する資料が膨大すぎていけません。デジタルは劣化しないし。

それはさておき
施耐庵ですが私の持っている本「影响中国历史进程的100位名人」という本には
施耐庵が選ばれています。もちろん個人として。
そこではいろんな論争があるが書いたのは彼に間違いないとしています。
まあ100人に入れているわけですからグループだなんて書けませんが。

作者が誰であれ水滸伝が中国ずっと大人気で
影響を与え続けたことは確かですのでやはり読んでみなくてはならないと思います。

全部はきついから有名な部分を選んで原文で行きたいものです。
文章の躍動感はなかなか翻訳できるものではありませんから。
中文学習者としてまず文化の基本をおさえておかないと。

昨日食事をした韓国のかたは日本に来るにあたり山岡荘八 徳川家康26巻を
読破したそうです。しかも2回読んだそうです。ただし韓国語で。

素晴らしい。尊敬できます。趣味は剣道だそうです。
状元さんの趣味は何ですか?
と問われ
中国語です。と答えました。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-12 22:17 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2008年 04月 10日

アイルランドと朝鮮

最近英語教室も行っていますが個人レッスンなので
いろんな講師と話ができて楽しいものですが
自分がヨーロッパのことについてはほとんど知識がないことをあらためて認識します。

ある先生はスコットランドから来ていますが
よくアイルランドの話をします。またアイルランドクイズなんてのも宿題でくれたりして
妖精がいるだとか、自国には400万人しかいないのにアメリカにはアイリッシュ系が
4000万人いるだとか面白いことを教えてくれます。

なぜアイルランドが好きか問うと。
同じ民族だからとのこと。
いまやアングロサクソンのイングランドに併合されていますが
彼らはケルト人だそうです。

アイルランドというと
なんか田舎でイギリス人に馬鹿にされているイメージと
北アイルランド解放機構のテロイメージ、それとギネスビールくらいしか知りませんでした。

私がオーストラリアにいたときの大学寮の寮長はアイルランド人で
すごく温かいいつも笑ってるいい人でしたがいつも回りの学生からからかわれていました。
そして彼の英語は訛っててまったく聞き取れませんでした。

ということで読んでみました。
アイルランド歴史紀行
高橋 哲雄 / / 筑摩書房

いろんな魅力のある国です。いってみたくなりました。
もっと知りたくなります。
美しく平和な田舎の村って感じ。純朴。

日本でも昔愛着を感じていた時期もあったらしいのです。
要はイギリスにいいようにやられていることでの愛着、明治の日本はイギリスにいいように
されそうになっていた。

またもうひとつは朝鮮との関係。
朝鮮統治をするにあたりイギリスに統治されたアイルランドを研究したとのこと。
調査の結果は異民族の支配・同化は不可能だというものだったとか。

著者の別の本ではイギリスのアイルランド人は在日朝鮮人と同じ立場だとのお話もあるとのとで
ビートルズも在日朝鮮人の立場だったと。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-10 22:27 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2008年 04月 06日

新羅復活

最近韓国のビジネスマンは明るい。
大統領が変わって景気の先行きに期待しているからです。

先日韓国の方と食事をしていましたらお客さんが
李明博大統領は新羅ですから親日ですよと言います。

日本人は古代の時代に百済と日本が仲良くしていたので
百済が親日だと思っていますが今は新羅が親日です。
物の考え方も新羅の人は日本人とそっくりです。

新羅だ百済だって何の話と思いきや
慶尚道が新羅で、全羅道が百済であり、新大統領は慶尚道出身だとのこと。

ここ二代の大統領は金大中、ノムヒョンと全羅道出身が続き、確かに反日的でした。
政党で言いますとハンナラ党が新羅で、ウリ党が百済だそうです。

曰く北朝鮮は高句麗だそうで、民族も考え方も全く違うし、話方を聞けばすぐわかるとのこと。

そして金大中以降、太陽政策で北朝鮮と融和的だったのも
古代史にさかのぼれるとのこと。

百済はそもそも高句麗の王族が建国した国だそうです。
つまり同じ民族だから仲が良いのだとのこと。

そういう見方をしてみると面白い。
新羅政権のときは全羅道は発展せずに全斗煥の時には光州事件なんてもの起こった。
そして金大中百済政権になると光州が大発展した。

韓国三国時代は唐との関係がキーでありましたが
今の時代、中国はどうからむのでしょうか?

唐と新羅連合軍に高句麗、百済は破れたのですが
最近は中国、北朝鮮の緊張関係も指摘され中朝戦争の可能性まで一部では
言われていますが
今回の新羅復活で現代版唐、新羅連合が高句麗を倒すかも。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-06 22:22 | 文化、歴史 | Comments(0)
2008年 04月 04日

鬼嫁 呂后

漢文の話
吉川 幸次郎 / / 筑摩書房

吉川氏の本は初めて読んでみました。1962年に初めて出だ本だそうです。
中国の大家であるとは知りつつとっつきにくそうなので読んでませんでした。
ただこの本は漢文に興味のある一般人向けの入門書ということで楽しく読めました。

文章語としての歴史や、叙述の種類や訓読などについて易しく解説してくれます。

その内容はさておき、解説に用いられる例文が面白い。というか凄い。
中国の歴史は奥深い。

歴史書の文章の解説として司馬遷の史記の記述があげられています。

例えば漢祖劉邦の奥さん呂后がいかに残虐であったかという話。

晩年の劉邦は呂后には興味なくめかけの戚夫人ばかり可愛がる。
そして劉邦の死後に制裁を加える。

太后遂断戚夫人手足,去眼,煇耳,饮瘖药,使居厕中,命曰‘人彘’
太后遂に戚夫人の手足を断ち,眼を去り,耳をふすべ,瘖药を飲ましめて,厕中にい居らしめ,命じて‘人彘’(じんてい)と曰う


手足を切り離して、目をえぐって、耳を塞いで、唖になる薬を飲ませて
便所にぶち込み、人間豚と名づけた。

書いていても吐き気がしてくるほど残虐。
さらに戚夫人の子どもを連れてくるまで生きながらえさせてそれを見せたというから
恐ろしくなります。手足を切られても死なない秘薬までつかったとか。

こんな記述が歴史書に載っているってのが凄い。

ところでこの話を中国人のお客さんにしました。
呂后ってのはどんでもない女だと。

するとお客さんはいいました。
いわく呂后はホントはいい人だった。
それが劉邦のせいで悪い女になった。
劉邦こそ人間とは思えないほどひどい男だと。

まだ劉邦が項羽と戦っていたころ
項羽に負けて、馬車で逃げた劉邦は追いつかれそうになり
馬車を軽くするために二人の子どもを投げ捨てたそうです。
そこで部下であり後の大物夏侯婴はあまりのことにびっくりして
拾いにいって王子たちを馬車に戻す。すると再度劉邦は投げ捨てる。
なんどか繰り返しているうち劉邦はぷちっと切れて今度は
夏侯婴を殺すぞと脅したそうです。

呂后はこんな夫を見てたのです。自分の子を捨てることもいとわないトンでもオヤジ劉邦。
そして呂后は崩れていったそうです。

のぼりつめる奴はとんでもない奴ばかりです。

以上
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by zhuangyuan | 2008-04-04 21:53 | 文化、歴史 | Comments(3)