中華 状元への道

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2007年 12月 30日

ノースワースト

先日会社の忘年会で同席した顧問からこんな話を聞きました。
ノースウェスト航空はホントにひどい会社だと。

ノースウェストはNorth West でなくNorth Worst とかNotorious Worstだとか
よく言われていますが私自身はどんなものか経験したことがありません。

なんでもGWに家族でグアムに行った際に帰りの便がオーバーブッキングで
乗れなかったそうです。
ここまではありそうな話ですが問題はそれに対する応対。

係員に文句を言うと
返ってきた答えはこんなもの。

「我々は連邦で定められた法律でオーバーブッキングする権利があります。
お客様はいつも突然キャンセルされますのでそれに備えた措置です。」

カチンと来て問い詰めると
「私どもは法律で守られています。」

まあ確かに本当にそういう法律あるんでしょうけど。
そのまま言っちゃだめですよね。

さらに激高すると、
「今晩はオーシャンビューのお部屋をこちらで用意します。
ルームサービスもつけます。」
と態度を軟化させたとのこと。

怒りおさまらないまま、そのホテルへ。
するとそのホテルは確かに海辺にはあるが小汚いビジネスホテル風なものだったと。
そしてルームサービスはなんとピザハットだったのです。

これぞノースワースト。さすがです。
よくこれでサービス業が勤まります。

なんでこんな会社なんだろうか?
そんなヒントがこのあいだ読んだ本にありました。
「変見自在 サダムフセインは偉かった」(高山正之 新潮社)

フラグキャリアの落日 と題する部分にこうあります。
空の権益はすごい金になるため利害関係国が禿げたかのように狙い、
台湾の国際線利権は蒋介石に恩を売った米義勇飛行隊フライング・タイガーの隊員が
ノースウェスト航空を作って飛ばした。

ではこのアメリカの義勇飛行隊はどうやって恩を売ったのか?
ちょっと検索してみますとこれが面白い。

アメリカ義勇部隊 American Volunteer Group

蒋介石の軍事顧問になったシェンノートとかいう退役軍人が抗日戦に備えるため
アメリカにわたりボランティアをつのり最新飛行機とパイロットを連れて帰って
抗日戦に義勇兵として参加したことになっています。

この義勇兵ってのがあやしくて
時のルーズベルトも承認して予算をつけた秘密作戦でパイロットも米軍から
出ていたということです。

つまり真珠湾の前から日本と交戦していたわけです。

この時代のアメリカで何が楽しくてはるか遠くの中国でボランティア戦わなくては
ならないか?戦闘機沢山持っていって義勇軍ってのはないでしょ。

しかも日本爆撃まで考えていたんですって。1941年・幻の東京空爆計画

太平洋の島々を日本本土防衛の最後の砦として奮戦していたときに
後ろから飛んできた可能性もあるわけです。
太平洋が落ちなかったらそうなったんでしょう。

謀略とはおそろしい。

そのフライング・タイガーがノースウェストをつくったとしたら
態度がいいわけありません。
そもそも日本をたたくための軍人たちが
なんで日本人観光客にサービスしなきゃなんないの。
ひとり一人の係員はどうか知りませんけど。
会社の本質って染み付いて離れないものなんでしょう。

以上
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by zhuangyuan | 2007-12-30 21:48 | 文化、歴史 | Comments(5)
2007年 12月 26日

お正月がこわくなる

今週はクリスマスでもうすぐお正月ですが
子供も大きくなってきて、親戚にも子供が増えてきてお年玉やらなにやらで入用になるわけですが
中国の春節はこれまた大変らしいです。

お年玉(压岁钱)なんてのはたいしたことはないらしいのですが
大変なのは上司に対する贈り物だそうです。

日本でもお歳暮なんかがありますがレベルが違うそうです。
なんと月給の半分だったり一か月分の給料そのまんまの価値があるものを贈る場合も
あるそうです。

都市部ではこうした習慣が薄れているらしいのですが
田舎はまだまだ残っているそうで、しかもここ数年はエスカレートしているとのこと。

贈られる方ももらったものの金額の多寡で自分への重視度を測るそうで、おそろしいことです。
田舎ですから給料も低いのですが
一ヶ月1000元の職員が领导に500元分、上司には200元などと贈り物をして
春節の時期には給料もボーナスもすっからかんになるそうです。

具体的には何あげたんですか?と問うと。
現金です。との答え。それが一番喜ばれると。
生々しいです。

上司からはもらえないそうです。
そして上司はもらえないと怒っちゃうそうです。
すごいシステムです。
まさに支配の構図。お代官様お願いでござる。これでなんとか。といった世界である。

しかもそれが春節だけじゃないそうです。
上司の誕生日だったり、上司の子供の入学祝だったり
中秋節だったり。ことあるごとに贈り物。山田洋行状態です。

中間管理職あたりが一番つらいそうです。
なぜなら人間関係もひろがり、领导も直接しってるし、お世話になった人も沢山。
これからお世話してもらいたい人も沢山。

もちろん企業のボスも官僚だったり政府だったりの上層部に対してはそうした贈り物
をするそうです。どんどん上まで上がってゆく。
一番トップに一番お金があつまる。

こんな世界はつらいですねえ。私は生きてゆけません。
実際日本に来ている留学生も春節に里帰りするのはちょっと怖くて避ける場合が多いとのこと。

友達が多ければ多いほどたかられる。
日本で給料いいんでしょう?
稼いだんでしょうねえ?

しかも金額の多寡で友情も測られるなんて。

以上
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by zhuangyuan | 2007-12-26 23:11 | 文化、歴史 | Comments(0)
2007年 12月 23日

激動の香港

北京の帰りの飛行機で香港映画を見ました。
香港映画といってもアクションやマフィアものではなく市井のひとびとの
歴史に翻弄される姿を描いたものでした。
歴史といっても今我々が見ている目の前の歴史なので感慨深いものでした。

【老港正伝】といいます。
内陸から香港に移民してきた主人公は共産主義に共鳴し、いつの日か中国に帰り
天安門に立ってみたいと夢見ているマジメ一本の映画技師です。

彼と彼の家族や友人たちが70年代から今日に至る激動の歴史の荒波のなかで
それぞれの人生を生きてゆく。

中国の文革、香港の大発展、香港回帰、中国急成長。

イメージからすると香港で常に最先端で時代をリードして
中国からしたら憧れの存在。

でも中で住む人々は結構大変。
狭いバラックのようなビルに大勢の家族が集まり暮らしている。
香港の市井の人々は懸命にそして大胆にただなにか軽やかに歴史に乗り自らの姿を変えてゆく。
株でもうけたり、アメリカに移民したり、中国に乗り込んでビジネスしたり。
変わらなければいき抜けない。

香港ってところはあんなちっちゃなところですから
それだけでは存在し得ない。常に外部との関わりが必要です。
イギリスだったりアメリカだったり中国だったり。
住む人々はいやおうなしに外部と接触し翻弄される。

ただ主人公だけはひたすら同じ道を生き、常に自己犠牲で人を助け、
来る日も来る日も変わらずに映画をまわし続ける。
そして北京を思い続ける。
激動の中、一人静かに変わらないのです。

(この時代の香港に北京を思い続けていた人がいたとは想像のほかでした。
でもたぶんいたんでしょう。)

一人息子は根っからの香港人。
父親とは全然違います。父親の頑固さの被害者でもあります。
ただ彼は軽い。何でもチャレンジする。でも全部失敗する。木っ端微塵です。
悲劇もたくさんあります。
でもくじけない。明るい。なぜか楽しげ。
これぞ香港人ってかんじ。
歴史の大変動を楽しんでる。
でも楽しまなきゃやっていられないのかもしれません。辛すぎて。

彼のチャレンジとオヤジさんのひたむきさの絡み合いが
胸を打ちました。飛行機で見る映画は気圧が引くいせいでぐっと来ます。
ちょっと潤んでしまいました。

私もそんな香港人の友達がいました。
オーストラリアにワーキングホリデーに行っていた時
私は夏休み中帰省した学生で空きが出た大学の寮を借りていました。
そこに香港からの留学生がいました。彼は休み中も帰国しません。

やっぱりアジア人の親近感から彼と一番親しくなりました。
彼はスポーツは全然だめ。香港はおそらく体育の授業で球技がないのでしょう。
なんにもできません。でもなんでもチャレンジしてすごく楽しそう。
遠出のトレッキングなんかも息を切らしつつも必ず参加します。

彼は建築家を目指していていました。
留学費用を聞くと大変高いものでしたので香港の金持ちかとおもいきや
家はビルの一室で6畳一間くらいの部屋に8人が一緒に寝てるそうです。
そして親戚中がお金集めて彼を送り出してくれたそうです。
また友達が皆で餞別にくれた一眼レフを大事そうにいつも持っていました。

一家や友人の期待を一身に集めて送り出されてきたのです。
でも重荷を背負ったような様子は全くなく淡々としています。
大きなチャレンジを軽く生きてゆく。なんかいいかんじ。

彼はこの激動をどう生きているのでしょうか?
あれから会っていませんせんが探してみたくなりました。
オーストラリアかな?香港?それとも大陸?
きっとどこでも爽快に生きていることでしょう。

この屈託のなさが香港の成長を支えてきたんでしょうね。
これからも特別な場所であり続けるでしょう。

以上
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by zhuangyuan | 2007-12-23 23:21 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2007年 12月 22日

中国語の神様

今年一年いろんなところに出張に行きましたが
中国は行っていません。

中国との商売がほとんどなくなり、出張もなし。
本物の中国語を磨く場が極端に少なくなった一年でした。

その代わり英語を使うケースがかなり増えました。
大半がアジア人との会話ですが最近はインド圏の方との接触も多くなりました。
インド人は発音は訛りがありますがさすがに公用語だけあって
語彙は豊富だし言い回しなんかもかっこいい。
特に文章なんかは非常に丁寧で格調あるものを書いてきます。

それに引き換え私の語彙はプアであります。
相手が使う語彙はほとんど理解できますが
こちらが使う場合には、引き出しには入っているのですが取り出せない。
つまり知識を使いこなせない。

いつも使う言葉はワンパターン。
シンプル。
用は足りますが何か物足りない。
適切な語彙をビシッと選択するほどの実力がないのです。

そこで英会話教室に通うことにいたしました。
この5年間の中国語人生からちょっと浮気いたします。
英会話教室に行くのは大学4年時にオーストラリアワーキングホリデイに行っていた
時以来です。

時間の融通の利くマンツーマン方式にいたしました。

まだ一回しか行ってませんが最初のレッスンから
講師が遅刻し、臨時講師にレッスン受けました。
最初はオススメの講師から授業を受けてくれと頼まれて日付を指定されたにも
関わらずこの事態。

二回目は先週でしたが
今度はこちらの理由でドタキャン。
父が入院し、手術することになり、医師の説明を聞く日でした。
6時に終わるはずが、急患が入ったとかでえんえん待たされ9時までかかりました。
よってキャンセル。
中国語の神様が私のレッスンを邪魔しているのかも知れません。
ちなみにその日は英会話の後に中国語学校も予約してましたので
こちらもドタキャンしたんですけど。

じつは中国語の神様は他にもいたずらをしてくれたのでした。
状元よ英語もいいけど中国語もしっかりやりなさいと。

なんと先週今年初めての中国出張が入ったのです。
しかも前の週の木曜の夜に急に決まった出張でした。

本来は別の国に行く予定でスケジュール調整を終えていましたが
突如変更で中国へ。

上海、北京と回ってきました。
やっぱり中国のパワーはすごい。
とまらない勢いを感じました。

中国語もまたねじ巻きなおして頑張らねばと思いを新たにしました。

以上
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by zhuangyuan | 2007-12-22 23:00 | 学習 | Comments(0)
2007年 12月 09日

誤植

中国の盗版のCDの歌詞カードなんかは誤植や印刷不良なんかが
あたりまえのようにありますが
以前瀋陽で見せてもらった日本語会話教本はめちめちゃひどいものでした。
カタカナひらがながごちゃ混ぜだったり「レ」が「し」になってたり
「ル」が「ノ」と「レ」に分かれてたりで日本人が日本語を読んでも理解するのに苦労するものでした。

私は古本屋でよく本を買いますがたまに誤植を見つけます。
新しい本がすぐに古本屋に流れてくるのは
こうした誤植があったために回収された本が二級品として処分売りされているのでは
ないかと疑っています。

先日は「中原の虹 第二巻」(浅田次郎)でちょっと面白い誤植を見つけました。
中国語を勉強してないと誤植に気づかないところです。

P363にこんな台詞があります。

「不要緊(ブウヤオジン)。大丈夫だ、君ならできる。嘘などつく必要はないんだ。
正義在乾我方(チョンイツァイガンウォファン)

蒼穹の昴も中原の虹もたまに台詞に中国語がまじり
しかも普通語の読みをカタカナで振り仮名をふってあります。
これがなかなか味があってよいのですが
カタカナにするのは無理がある音がすこし気になります。

まあそんなことは別にして
先ほどの最後の台詞はパッとみてよく意味が理解できませんでした。

正義在乾我方

この「乾」は何を意味するのか?

これはおそらく間違いでしょう。

「乾gan」は簡体字で「干gan」ですが
ほんとは「干gan」ではなく「于yu」と書いてあったんでしょう。
したを伸ばすかはねるのかの違いしかありません。


正义在于我方(正義は我が方にあり)

これを日本語に直すときに誰かが間違えた。


ここでわかるのは浅田次郎は原稿を書くとき簡体字を使って書いたということ。
そして活字に落とした人は中国語をしらなかった。
一字一字日本漢字に直したんでしょう。
そしてその言葉に振り仮名を振った。
その人は中国語の音を知っているはずだが
一字一字頼まれたのかもしれない。
分業体制の弊害です。

また別の推測はこれ、ただ単に浅田次郎は「干」と「于」を混同している。

正解はどちらでしょう?
もしかして私が違ってたりして?

以上
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by zhuangyuan | 2007-12-09 22:02 | 学習 | Comments(7)