中華 状元への道

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2007年 08月 23日

チャイナ・フリー

先日NY帰りのお客さんと食事をしていましたら彼女が言いました。

「最近アメリカで面白い本が流行っていますよ。
中国製の製品を使わないで生活したらどうなるかって本です。」

曰く、こんな感じ。
ある家族が昨今のメイド・イン・チャイナの洪水に抗して
中国製製品を使わないことに決めました。

まず子どもの靴を捜しました。
いつもは$10で買っている中国製スニーカーにたいして
見つけたイタリア製のものはなんと$60。
ほかに選択肢がないので購入。

今度は子ども服を買いに行きました。
どこもかしこもメイド・イン・チャイナばかりで他の国のものがみつかりません。
そこで母親は決意して自分で作ることにしました。

ところが布も糸もはたまた針までもが中国製でにっちもさっちもいかない。
結局生活費が暴騰してしまった。

そこでその中国製なしの生活を本にすることにした。
その本の値段はなんと一冊$2000。
そのくらいで売らないとその家族は生活していけないそうです。

でもその本が結構売れてるんですって。

ということでちょっと調べてみました。
A Year Without
Sara Bongiorni / / John Wiley & Sons Inc

価格は3000円弱でした。でも$2000ってのもジョークとして面白い。


記事もありました。
A year without 'Made in China'

読んでみますとちょっと内容は違うが面白い。

あるクリスマスの日に、クリスマスプレゼントを中国製とその他世界とにしわけしたところ
25対14で中国の勝ちで、休日まで中国製なんだと思い、
夫も誘って一年間のチャイナフリーの生活に入ります。

それはそれは大変な生活で結局子どもたちが我慢できません。

お気に入りの靴はないし、おもちゃはデンマーク製のlegoしか買えない。

In the spring, our 4-year-old son launched a countercampaign in support of "China things."

春になると4歳の息子が、中国製品指示のカウンターキャンペーンを始めました。

そしてしばらくすると
In the bathtub one evening he told me how happy he was that "the China season" was coming soon.

お風呂の中で母親に言います、「中国の季節が早く来たらいいのになあ」

"When we can buy China things again, let's never stop," he said.
「中国のものをまた買うようになったら、もう止めるのはよそうね」


こうまで言わせるくらい我々世界のひとびとはメイド・イン・チャイナに
支配されているのです。

アメリカではチャイナ・フリーなんてキャンペーンもあるそうですが
自分がそれを始めたらと思うととても無理ですね。

先日西友で買い物をしていると
にんにくがありました。

中国産 5個 100円
日本産 1個 298円

これはやりすぎでしょ。いくら日本産でも。
わたしは当然中国産を購入しました。


以上
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by zhuangyuan | 2007-08-23 22:35 | 時事 | Comments(4)
2007年 08月 15日

御用新聞

昨日は大阪の妻の実家に遊びに行っていた家族を迎えに東京駅に行きました。
荷物を持ってやり丸の内線に乗り込みます。
終点で降りるとき、息子がぐずっており、肩車してくれとせがみます。
電車を降りてから肩車してやり、さらに乗り換えのため移動しました。
改札をくぐりホームまで来ると、何か違和感を感じます。
ああ~!地下鉄にバッグ忘れたー!

急いで走って地下鉄に戻ります。
止まっている電車をひととおり探しますが見当たりません。
駅員さんに尋ねると既に発車した電車に捜索をかけてくれるとのこと。

事務室で待ちます。

どんなカバンですか?
白の肩掛けカバンで紫の花模様です。

何が入っていますか?
わかりません。

なんか言ってて、怪しまれるのではないかと思い
聞かれてもないのに説明します。

いや私のではなくて妻ので旅行に行っていたのを迎えにいったんです。

なんていいつつ待ちますが全然見つかりません。

結局一時間後、終着駅で見つかりました。
中身があっているかチェックしてください。と駅員さん。
「麦わら帽子、飲みかけのコーラ、お菓子..。」
ああありえますね。

なんか中身を聞いて捜索がばからしくなりました。
でもせっかく見つかったんですから終着駅まで取りに行きました。

真夏の地下鉄で汗をかきながらの捜索でしたが
かなり待たされたので、読みかけの本がずいぶんと進みました。
先日買った「毛沢東暗殺」(伴野朗)です。

かなり満足しました。
この作者は新聞社の中国駐在だっただけあって相当の中国通。
コネタも満載で面白かった。

毛沢東暗殺という題名ですが基本的には林彪の話です。
公式には毛沢東の後継者と定義された林彪が毛沢東を暗殺しようとして、
クーデター未遂に終わり飛行機で逃走途中に墜落して死亡。でもその真実は?

史実とフィクションの境がどこかわからないのですが妙に真実味がありました。
ミステリーってことで歴史の証人が出てきますがここはちょっとわざとらしいのですが
それも逆に真実をフィクションに見せるために配置してるだけなのかと疑ってしまうくらい
ありえそうで怖いお話でした。
ミステリーですからネタばらしはいけませんので書きません。

林彪の事件に関しては今でも謎が多いらしいのですが
当時は文革中の中国ですしインターネットもないのですから徹底した報道管制がしかれています。
そんな時主人公は林彪失脚をスクープします。
といいますかスクープになるべきのネタを仕入れますが没にされます。
それで新聞社をやめるのです。

その時の描写が面白い。
作者は朝日新聞出身ですので朝日新聞をさしているのでしょうが
当時は各新聞社特派員が続々と国外追放になっていた時期で
その主人公のいた中央日報は中国政府の意思に反するものは書かないと徹底していたそうです。
なんでも「われられは歴史の証人を確保する。そのためには中国を刺激する記事を書かないことだ!」との方針です。

ちょっとネットで調べると
この話は本当だったみたいで当時記者の伴野朗氏が林彪失脚を記事にしようとして
ボツにされたそうです。

朝日新聞は今でも変わりませんが傲慢な態度ですね。
歴史の証人を確保するっていったって報道しないんではただのジコマンで
存在意義がありません。
中国にいつづけたい気持ちはわかりますが偏向報道は害悪でしかありません。
wikipediaによると文革中にどんどん他社がいなくなって朝日一社しかなかった時期もあるそうです。
林彪事件に対する朝日新聞の当時の態度は今でもかなり批判されているようです。
「歴史の証人」は何を報道したか

主人公はここでいやになってやめちゃうんですが
作者の伴野氏は89年に辞めてます。
結局その時はやめれずに小説に書いて鬱憤を晴らしてるんでしょうかね。
89年は天安門ですからその時にまたなんかあったんですかねえ。
そのへんも小説にしてるのかな。また読んでみよう。

以上
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by zhuangyuan | 2007-08-15 22:11 | 文化、歴史 | Comments(6)
2007年 08月 12日

長い一日

本日は家族が妻の実家に帰っており久しぶりに一人の自由時間。

めったに行かないゴルフの打ちっぱなしに行き、改めてセンスのなさを感じ、
その後はスポーツ用品店で競泳用水着を購入し区民プールで汗を流し、
昼飯は行きつけの台湾人が経営するアジア料理店で三種類の肉がのったスペシャル丼を食べました。うまかった。

そして一日は長いので
古本屋で二冊購入。
伴野朗「毛沢東暗殺」
檜山良昭「スターリン暗殺」

で夜は中国語翻訳をしてみました。
ご指導願います。
原文はこちら。
中国“商人”来啦!

中国“商人”が来たぞ!
二月河

もし道行く人に「中国で最初の商売人とは誰でしょう?」と尋ねれば、ほとんどの人が“范蠡”と答えるでしょう。范蠡は呉越春秋時代のもっとも有名な政治家であり経済学者です。彼は楚国から転じて越国の大夫となり、文種とともに勾践を補佐し、敗北の危機から繁栄に向かわせ諸侯の覇者呉王不差を打ち破りました。功をなした後、身を退き、西施を船に乗せて五湖に浮かびつつ、商売を始め、財を成し“陶朱公”となりました。「臥薪嘗胆」「 十年力を蓄え、十年で報復する」 「君子復讐するに十年遅からず」と聞けば電光石火のごとく彼の名前を思い出すでしょう。

范蠡の親友は文種といい、彼ら二人はともに南陽を出て呉越で激動の政治の大波をくぐってきたのです。
もし文種にかわって范蠡に「商祖とは誰ぞや?」と問えば、「王亥である」と答えるでしょう。王亥とはどこの人でしょうと再び問えば、躊躇なくこう答えます。「商丘の人です。」そこは商国といい、そこに住む人は商人、よってそこは商と呼ばれ、王亥は商祖なのです…。こんな歴史の沿革は誰もが知っているわけではないでしょう。

いったい商国が先なのか、「商い」が先なのか?こんな話は少し哲学がかっていて、鶏が先か卵が先かということに答えるようで、禅問答になってしまいます。

人類のすべての種族は神話の中から始まります。商人の始祖は玄鳥です。いわゆる「玄鳥生鳥」の故事は四千年前の春の日に生まれるのです。皇帝喾の妃、简狄が河で沐浴をしつつ燕の卵を食べたがゆえに懐妊し、契を生みます。王亥は契の子孫です。詩経のなかの「商颂・玄鳥」 にこの家族の起源が語られています。もし興味があり現代の商丘に分け入り、最も栄え、最も生き生きとしたところに行ってみると、二つの巨大な彫像が目に入ります。一つは「商」の字をかたどった鼎です。もうひとつは玄鳥の卵から火焔があがり、上には地球抱き、さらにその上には、飛翔する燕を馬が踏み、空に昇るような勇姿を見せており、すべてが紅蓮の炎に舞い上がっているようです。商丘は元来豪快な土地柄で、このようなシンボルを造り上げ、見るものを真に興奮させます。

商人の行商は王亥に始まったわけではありませんが、王亥は商丘の地を爆発的に発展させました。当時、中原の商品交易は馬に頼り車を引いていました。しかし馬というものは中原ではうまく飼育できませんので、主に西域からつれて来ていました。馬が少ないと商売交易は出来ないのです。王亥のもっとも大きな貢献は牛を飼いならして車を引かせたことです。牛の鼻を通し牛を指揮しました。速度は馬ほどではありませんが力や忍耐力は馬よりもすこしよいくらいです。彼は運搬の問題をクリアし、商品の運輸能力を革命的に高めました。これが王亥をして商祖たらしめている主な理由でしょう。例えば、肩に荷を担いで村を回っていたのが、突然大きな車で街から街へ地方から地方へと荷物を引いていったとしたら、効率の変化は言うまでもありません。このように諸侯の国々の間、部落から部落へと大規模な商業活動が広く発展していったのです。王亥が牛車隊で荷物をひいて列国を周遊すると人々は遠くからその壮観な隊伍を見て、続々と門をとびだしてきて、喜んで呼びかけます。「商人が来たぞ!商人が来たぞ!」
これはどんな効果があるでしょうか?こうした交流は原始封建的生活の中での文化交流といえるでしょう。売買両者はただ単に金銭や物品の交易にとどまらず、このような形で情報を伝えたり、商国の先進的な生産方法を伝え広めたりしました。また他国の生産方法もこうしてすばやく商国に流入し、各国の友好関係を促進させ、各国の経済発展を加速させ、さらには民衆の生活水準を改善させ、各国人民の知恵を労働の結晶を伝播させることができました。

牛というものはそもそも飼いならすのが難しい動物でしたが、現在牛が従順なのは、王亥が四千年かけて飼いならした結果なのです。しかしながら、もし牧童のように牛の背にのって笛を吹きたいなら、よほどよく訓練しないといけません。牛の鼻を引かずして牛を動かすのは、どのみち無理な話です。王亥の牛を馴らしたという功績はたいしたものなのです。安陽の殷の廃墟から出土した甲骨文字にもこのことが記載されています。《竹书记年》、《山海经》、《史记》、《楚辞》、《吕氏春秋》、《管子》といった輝かしい歴史書にも絶えることなく記されているのです。

しかしながら王亥の知名度は范蠡にはるかに劣ります。范蠡は聖であり、王亥は神祖といいますが一般人には知られていません。それは私たちが長く「農を重んじ、商を軽んず」 という治国理念を持ってきたからです。「士農工商」でも商人は四民のもっとも末席に位置しているのです。渔、樵、耕、読は雅やかであり、琴、棋、書、画もしかりである。雅やかなことに「商い」は入らないのです。范蠡が有名なのは彼がお金儲けをしたからでなく、呉越春秋の時代に輝かしい政治履歴を残したからなのです。資料の中でこういっています。旧時代は商号で年を越すときは門前にこう掲げたと、「商売を賤しむことなかれ、范蠡は嘗て越の大夫なり」これを読むたびにいるも笑ってしまいます。私はこう思うのです。商人はカウンターの上で銭を数えます。風流な人は蒲団を被って銭を数えます。どちらも違いはないではありませんか。

今年六月、本当に暑い日が続きましたが、現在商人の書記をしている友人の劉満倉は私をさそって彼らの華商文化広場を見に行きました。ここには、5,6階のビルの高さの王亥の銅像が広場の中心にそびえたっています。また数万の異なる書体で記された「商」の字のブロックが広場を埋め尽くし、真ん中に道が通っています。それは歴代王朝で使われた貨幣で出来ています。広場に入ると6メートルの高さの魏国安陽銅で鋳込んだ大きな布幣が二枚見られます。「商い」と「銭」が広場の雰囲気を満たしています。2006年国際商文化節はここで開催され、数千人の国内外の商人がオークションを開きました。王亥が竹筒を抱き、ゆっくりと一歩一歩進み、足を止め、彼が創造した無限の輝きを見つめています。

「銭」は決して銅臭さを意味するのではありません。本質的な意味からいうと、「泉」を表すのです。つまり万物精霊を潤す源であり、生命の張力の流れであり、文明開化の触媒の役目を果たしているのです。
以上

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by zhuangyuan | 2007-08-12 22:41 | 学習 | Comments(6)
2007年 08月 11日

爆殺事件

最近、忙しくて中国語学習がおろそかになっており
今週一ヶ月半ぶりに教室に行くと簡単な言葉もすっと出てこない。
またねじを巻き直さないといけません。

本日は土曜日の教室に出ますと
中国語の文章を日本語に訳す協力者を募集しているとのこと。
そこで学習のために登録してみようかと思いましたが
まずは何か訳して持っていくとよいとのこと。

人民日報を訳したらどうかと渡されましたが
なんか面白そうな記事がないので逡巡していました。

家でメールをチェックしていますと
お気に入りの「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」というメルマガに面白い記事がありました。
山東省済南の高官が愛人を爆殺したというのです。
この記事はもちろん日本語なのですがネットでこの事件の記事さがし翻訳の練習をしてみましょう。
ネットには爆破された車の写真やその他恐ろしい写真が見つかりましたが
あまり見ないほうがいいでしょう。

济南贪腐高官妄为涉爆炸谋杀情妇(なんと济南腐敗高官愛人爆殺容疑)


*汽车炸弹杀情妇*

自動車爆弾で愛人を爆殺

今年7月9号,山东济南市区发生汽车炸弹爆炸事件,爆炸汽车的车主柳海平身体被炸成四处飞散的碎片。这起爆炸事件受到中国当局的特别关注。

今年7月9日、山東省済南市において自動車爆弾爆発事件が発生し、爆発した車の持ち主柳海平
の体は爆発で周囲に飛び散った。
この事件は中国当局の特別な関心を受けることとなった。


媒体日前报导说,山东高级人民法院已经指定淄博市中级人民法院审理段义和涉嫌爆炸杀人案。报导说:“淄博市人民检察院指控,原济南市人大常委会主任、党组书记段义和,指使侄女婿陈志与济南利达汽修厂业主陈常兵于2007年7月9日在济南市建设路以爆炸方法将济南市国土资源局工作人员柳海平炸死,并致伤两名行人。”

このところのメディアの報道によると
山東省高級人民法院はすでに段义和が容疑をかけられた爆殺事件を審理するよう淄博市中级人民法院を指定した。
報道によると淄博市人民検察院は、元济南市人民大会常務委員会主任、党書記段义和を、
姪の夫、陈志と济南利達自動車修理工場主、陈常兵を指嗾し、7/9济南市建設道路において
爆弾という手段で济南市国土资源局職員柳海平を爆殺し、また二名の通行人を負傷させた疑いで告訴した。


来自中国其他方面的消息说,柳海平是段义和的情妇,因为要跟他分手,并表示要举报段的贪污受贿的情况,段义和于是决定杀人灭口。

中国のその他の方面の情報によると、柳海平は段义和の愛人で
彼と別れるために、段氏の汚職、収賄の状況を告発する意思を示した。
結果として段义和は殺して口を塞ぐことを決定した。


どうでしょうか?翻訳は?
内容がショッキングすぎて訳し方なんかどうでもよくなります。

安っぽいドラマでさえここまではしないでしょう。
いくらなんでも爆殺したらすぐばれるでしょ。

以前「黑洞」という税関汚職の連続ドラマを見ましたが
リアリティがあって面白いものでしたが
人がどんどん殺されることで、安っぽくなっていました。
でも実はこれが真実だったとは。

こんな記事を訳して持ってたら怒られそうなのでやめときます。

以上
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by zhuangyuan | 2007-08-11 23:02 | 学習 | Comments(3)
2007年 08月 05日

激烈権力闘争

先日インドへ出張の際、三冊本を持っていきました。
移動が多かったせいですべて読み終わりました。

一つはインドですから少し勉強すべしと思い「インド世界を読む」(創成社新書)。
出版社名すら知りませんでしたがコンパクトに文化、歴史、政治経済などが詰まっており有用でした。

二冊目は「翳りゆく夏」(講談社文庫)。疲れる旅は息抜きも必要と思い、ミステリー。
20年前の誘拐事件事件の謎を追及するお話。
意表をつく展開で面白いんですが皆が不幸を背負いすぎてあと味が悪い。
私はハッピーエンドが好きなんです。

最後は「北京烈烈―文化大革命とは何であったか (講談社学術文庫)
中嶋 嶺雄 / / 講談社
ISBN : 4061595474
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インドで中国本はどうかと思いましたが、以前から本棚に眠っており
硬い本は時間があるときでないと読めませんので携帯しました。
おかげでモンスーンのインドですっかり文革の世界に浸かってしまいました。

インドも他民族国家ですから外国勢力も絡まって激しい権力闘争があるんでしょうけど
名前がカタカナになると歴史ものを読んでもすっと頭のなかに吸収されず興味が薄れます。
中国になると俄然興味が沸いてくる。インドの空港で硬いベンチに座りつつ
壊した腹の調子とひりひり痛むお尻を気にしつつ文革の激闘に没頭しました。

文革は結局権力闘争だったわけですが
人間の権力欲とはかくも強いものなのかと関心してしまいます。

文革発動時、毛沢東は70歳を過ぎていたのですが、国家主席を劉少奇に譲り
権力移行が進んでいたんですから、名誉ある革命の第一人者として余生を送ればいいものの
権力を奪われると思いきや北京を脱出し体勢を立て直して民衆を扇動して
大逆転攻勢に転じる。
たぶん中国では余生をゆっくり過ごした権力者なんて歴史に存在しなかったんでしょう。
一度権力を失うと徹底的にたたかれる。

劉少奇なんて国家主席なんですからそれが何で学生につるし上げられて
そのまま復活できないのか全く理解できません。
民衆も権力者も時の流れ、天命に敏感で、流れの方向に一緒に流れるしかないんでしょう。
黄河の氾濫に対する農民の無抵抗な諦観と同じようなものでしょうか?

権力奪取は大変な困難を伴うのでしょうが失うのは一瞬です。
毛沢東はその辺をずっと歴史で学んでますから誰も信じなかったんでしょう。
林彪なんて自分で接班人(後継者)に指名しておいて、権力を移りそうになると追い落とす。
時の国家トップが軍用機で他国に脱出しようとして撃ち落されるなんて想像もできない世界です。
日本で小泉独裁とかいったってホント可愛いもんです。安倍さんが小泉暗殺失敗して
北朝鮮に逃げ込むなんてありえない。刺客を送るっていっても小池百合子ですから迫力ないです。

江青なんて権力失ったら即死刑です。恐ろしすぎる。
大体女優上がりのオバちゃんが権力握れるってのもよくわからない。

華国鋒はただの温厚なとりえのないアンパイで跡継ぎになったのかと思えば
秘密警察のトップでしかも毛沢東の隠し子説まであるそうで全くおそろしいものです。

そんな権力闘争を何度も失脚しながら復活し今日の発展の基礎を築いた鄧小平
はやっぱりすごい。第二次天安門で学生を木っ端微塵にしたのも
それまでの権力闘争を振り返るとよく理解できます。
その力は再び失ったら二度と取り戻せないと思ったんでしょう。
当然学生のバックには何か巨大な勢力があると考えたのでしょう。
歴史に学んでますから。

でもこの大激闘で最後まで失脚することなく生き延びたのは周恩来。
毛沢東の絶対服従者だとして昨今批判本も多いですが
周恩来がいなかったらもっとめちゃくちゃになっていたことは間違いない。
人間、大きな歴史の潮流には逆らえませんし、歴史的巨人のそばにいては
逆らったら勝てませんから、流れに身をゆだねつつ、最善の道をとる。
これが唯一の生きる道だったんでしょう。

私と同年齢の知人は周恩来が死んだ日を今でも覚えているそうです。
幼稚園に行くと、何かただならぬことが起こったことが感じられたそうです。
先生たちや大人たちが皆、深刻な表情で暗く沈んでおり、沈鬱な雰囲気が街を包んだそうです。そして皆が敬愛する周恩来同志が亡くなったことを知ったそうです。

天安門も自然と献花であふれたとこの本にもあります。
この時代の激動の中国において彼は民衆の心のオアシスだったんでしょう。
こうした人物がいることで救われますね。

以上
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by zhuangyuan | 2007-08-05 16:52 | 中国関連DVD、本 | Comments(13)