中華 状元への道

zhuangyuan.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 06月 ( 6 )   > この月の画像一覧


2007年 06月 30日

満州料理

先日、神田の「味坊」という店に行きました。

妹に推薦された店でした。
妹は映画の宣伝かなんかをやっていてしょっちゅう打ち合わせなどで旨いものも
食べてるらしくやたらと店を知っています。美味日和
先日会ったときにいくつか教えてもらったのですがその中で唯一の中華系がこれでした。

何を食ったらいいんだと問い合わせるとこんなメールが。
味坊がおすすめだね。
黒龍江省のチチハル出身の店主で羊料理がとくいなんだって。
人気店だから予約しといたほうがいいよ。

<味坊おすすめ>
酸菜白肉・・・発酵した白菜と豚肉、春雨のスープ。すっぱくてまろやか。
ラムの串焼き・・・クミンと唐辛子がきいてうまい。要予約。
ラムの水餃子・・・焼き餃子より水餃子がおすすめ。そのままで美味しい。
じゃがいもの細切りをクレープみたいので焼いたもの
・・・時間がかかるところもあるけれど。
杏仁豆腐・・・ここのが今まで食べた中で一番おいしい。


なんか旨そう。
で早速友人とともに行ってまいりました。
行く前にネットで検索すると満州料理の店なんて書いてありました。

神田のガード下なんですが地図で見てもよくわからない。
神田駅周辺はなんかごちゃごちゃしてて方向感覚が失われます。
辿りつけないので店に電話しました。

私「そっち向かってるんですけど、神田からどういったらいいですか?」
店員「あのすみません。私日本語わからないよ。」
私「用中文说吧!」

言った私が悪かった。ガガーっとスピードでまくし立てられて全然わからない。
とりあえずどっち口で降りてどっちに向かうかだけ聞きました。
そしてめでたく到着。

店に着くと質素な店だがなんか本場っぽくて期待できそう。
二回に上がると客は女性ばかり。
きちんと化粧しておしゃれな服を着た職業婦人風な人がいっぱい。
女性が集まる店は旨くて安いに違いない。

で注文は?
私は主体性なく妹に推薦されたのをほとんど頼みました。
ラムの串焼きは先日延辺料理で食べたのでやめといて
ラムと葱の炒め物にしました。
これは旨い。

酒はもちろん白酒。
二锅头のグラス。
ロックグラスになみなみ注がれてきたので多さにびっくりしました。
さすが東北人太っ腹。みみっちくないですね。

ほろ酔い加減のころ、さっき道を教えてくれたお姉さんに話かけられました。
「你是南方人吧」(南方の人でしょ)
「我是日本人」(日本人ですよ)

うれしいような悲しいような。
中国語がしゃべれるけど、ちょっと変だから南の出身に違いないということだと思うんですよね。
まっいっか。


旨い料理で満腹になったところで
最後に妹曰く「これまでで最高」だという杏仁豆腐を注文。

「すみません。杏仁豆腐ないです。予約必要です。」

ありえねえ!(高校生風)

杏仁豆腐予約ってそんなの普通じゃない。
次回に期待しましょう。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-30 21:50 | | Comments(5)
2007年 06月 25日

頑張れ張作霖

先日、浅田次郎の「中原の虹」の一、二巻を近所の古本屋で見つけて購入しました。
発行当時からいつか古本屋でゲットしようと思っていましたがなかなか出会えませんでした。

浅田次郎を最初に読んだのは「蒼穹の昴」でした。当時は中国語を始めるまえで
特に興味があったわけではないのですが題名に強く惹かれました。
それまでなんの感情も抱かなかった清朝が様々な色に彩られて見えてきて
急に中国に興味がわいてきました。

それから浅田本にはまり何冊か読みました。
彼の本は登場人物がすごく魅力的。
蒼穹の昴なんかは特に種種多彩なメンバーが登場してきてわくわくしました。
それまでのイメージが一変した西太后や康有為、、譚嗣同、柴五郎なんかもいい味だしてた。
乾隆帝なんかも出てきます。

「日輪の遺産」のマッカーサーもよかった。

そこで今度の「中原の虹」。とりあえず一巻目読みました。
主役は張作霖です。
これはびっくり、意外なお方の登場。
でも浅田さんに書かせると魅力的なヒーローになっちゃいます。

これまでの張作霖のイメージはというと、
馬賊=盗賊あがりで政治的野心むき出しで、
己に利すると考えれば、清朝でもロシアでも日本でも何でもok。
挙句は野心が大きすぎてもてあまされて爆殺されちゃう中途半端な夢想家というもの。

以前に読んだ胡桃沢耕史が日本人馬賊を描いた「闘神 伊達順之助伝」にも張作霖が登場しますがここでも中途半端な人物として描かれていた記憶があります。

満州某重大事件とされた爆殺事件前にはソ連と手を握って日本を追い出そうとしたなんて説もあります。
最近ではその逆でソ連がいうことを聞かなくなった張作霖を煙たく思い暗殺した。
その実行を洗脳された日本人将校が行ったとの説まで出てきました。
張作霖爆殺「ソ連が実行」
いずれにせよずる賢いイメージです。

でも浅田次郎が書くと数億の民の貧困と飢渇を憎み、それと戦うために
馬を駆け、民から圧倒的支持を受け慕われる馬賊の青年リーダーになってしまう。

でも考えてみればあの広大な満州の地を馬に乗った青年が統べるには
相当な人格者でなければ民が着いてくるはずはないのです。
歴史は勝者が書くわけで彼は勝者ではなかった。

先日大陸出身の友達と飲んでいたときに蒋介石の話になり
彼は相当の人格者であり有能な実力者で民に慕われていたと言ってました。
大陸で蒋介石なんて悪の権化のごとき評価なので意外な感じがしましたが
これもまた勝者の歴史。大中国でナンバーワンになるのは徳がないはずはない。

張作霖もそうなんです。
圧倒的な自然の力と悪政の前になすすべなく
「没法子」(どうしようもない)とつぶやき餓死していく民衆を背に民の幸福のために戦う張作霖。

なんか好きになっちゃいそうです。
頑張れ張作霖!
早く次に進みたい。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-25 22:47 | 中国関連DVD、本 | Comments(4)
2007年 06月 16日

五大陸を駆ける 伊藤長七

先週の土曜日、長野県立歴史館で開催された「伊藤長七アーカイブス」記念フォーラムに参加しました。

誰それ?ってかたがほとんどだと思いますが
それもそのはず私の曽祖父です。

大正から昭和初期にかけての教育者でした。
府立五中(現小石川高校)の初代校長です。
権威と伝統を重んじるそれまでの教育観念を打ち破り、立志、開拓、創作を掲げ
世界に羽ばたく日本人を輩出すべく尽力しました。

大正デモクラシーといわれた時代に自由主義教育の黎明期に活躍したそうです。
長野県出身なのですが若いころにはそれまでに教育界の権威主義と相容れず
いくつもの学校から放逐されてます。
ただその活動と実践を重んじた教育が生徒たちを感動させたらしく当時の同級会
がその教育を受けた世代が亡くなった今まで遺族会として継続しています。

破天荒な人生で面白いエピソードが沢山あります。
例を挙げます。
教育視察出張で米国を訪れた際には予定になかった国務卿との面談に成功し
あげくは時の大統領ハーディングにも単独会見してしまうのです。

なんでこんなことができちゃったのかと申しますと
この出張は米国だけでなく欧州も回ったのですが
出発にさいし、真の国際交流を目指し、日本で少年少女から海外の少年少女宛の
英文手紙を募り、なんと一万数千通もの手紙を持参したのです。

アメリカには4千通をもって行き、国際交流につとめたことを国務卿に話すと
その情熱に感動してくれて大統領へつないでくれたそうです。

また別の機会に文部省の命で国際教育会議とやらに出席するためにカナダに10日間の出張に出かけました。
ところがそのまま帰国せず帰国の船を間違えたと称してブラジルに渡ってしまいます。
そしてブラジルの教育事情を視察して3ヶ月後に帰国したのです。
文部省の命で出張してしかも日本で高校の校長という職がありながら勝手に
3ヶ月も飛び回ってしまうのです。ブラジル移民の町

この話は小さいころによく祖父から聞かされたお気に入りの話でした。
曽祖父は日系移民のための学校設立が夢だったようです。
祖父は80歳を過ぎてからブラジルに出かけ父親の足跡をたどりました。
帰国後現地の新聞に載ったぞと嬉しそうに話してくれました。

今回のフォーラムは祖父が大切に保管していた曽祖父に関する資料を
歴史館に納めるにあたり小石川高校同窓会や諏訪清陵高校OB会が中心となり
フォーラムを企画していただきました。
諏訪清陵高校は曽祖父が日本一長いといわれる校歌を作詞した縁があります。

フォーラムでは長七の伝記寒水 伊藤長七伝
/ 鳥影社
を書いていただいた矢崎秀彦氏の対談もありました。

矢崎氏は御歳91歳。今回納められた2000点以上の資料は満足に目を触れることが
出来ずに執筆したとのことで、公開された資料をもとにもう一冊書くぞーとおっしゃっていました。
私の祖父も伝記執筆を志していたようですが果たせずに10年前に92歳でなくなりました。

こちらのご本は2002年に発行された際に頂いておりましたが
恥ずかしながら今回初めて通読いたしました。

本書で私が興味をもったのはやはり中国に関することです。
長七は朝日新聞に連載した「現代教育観」という著作がありますが
本伝記にこんな文章が引用されています。
明治の教育史上特筆すべき一恨事は、隣国支那の学生を待遇せし
吾教育界の態度これなり
支那留学生が折角同文の国の学者教育家を頼ってきたのに
冷淡無方針政府も帝国教育界などの団体も、何等便宜を図らずに不親切で
遂に踝を回らしてドイツに行くにしかずと思わせるに至らしめた。
痛恨事なる哉。


日露戦争後は清国留学生が大挙に日本に留学しますが
当時の日本は受け入れ態勢がならず、国民も馬鹿にしたような態度をとっていたとのこと。
これでは米国の排日思想を批判できないとしています。
以前にもこのような彼の主張を紹介したことがあります。国際人 アジア人

これから戦争の時代を経て現在につながるわけですが
日中のこじれの根はこんなところにもつながっているのでしょう。
明治維新で欧米から多くを学んだ日本にも関わらず
新しく発展を目指す若人を狭隘な精神で迎えたのです。
恥ずかしいことです。
この文章を書いたのは1912年ですから辛亥革命の直後です。
清の変革を目指す熱き若者たちが沢山日本にいたはずです。

彼は満州や朝鮮、台湾、南支那なども教育視察に訪れていますが
こんな手紙も引用されています。
南支那は只今国民党の政府勃興の新舞台になっておりますので
面白きこと、活目すべきこと、感心なこと、滑稽なことなどお話は
くめどもくめども湧き出てまいります。
中略
支那大陸の風雲に没交渉であってはならぬ。

ただこの具体的内容は当伝記にはあまり触れられていません。
国家黎明期の激動の一ページ。気になって仕方がない
私が資料を調べてみようかな。老後に。

歴史上偉人は星の数をほどいますでしょうけど
そのほとんどは資料が残らず現代ではすっかり忘れ去られてしまっているでしょう。

私の曽祖父は立派な教育者であったと信じておりますが
時代の移り変わりと共に直接影響を受けた世代がいなくなり
人物像も影響も風化していくものだと思います。
直系のひ孫である私でさえ祖父の言葉からの知識しかありませんでした。
私が次世代に語るには知識と情熱が足りませんでした。

今回関係の皆様が情熱を持ってこのフォーラムを開催していただき
あらためて曽祖父を知り、再度興味を持つことができました。

歴史に名を残すには言葉を残し、その言葉が資料として保存されなければなりません。
こうして埋もれていた資料を歴史館に納め公開できるということは
次世代の人の目にも触れる可能性が出来たということです。

ご尽力いただいた皆様に感謝いたします。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-16 23:14 | 文化、歴史 | Comments(4)
2007年 06月 10日

中国歴史教

小室直樹の日本人のためのイスラム原論
小室 直樹 / / 集英社インターナショナル
を読みました。
私は小室直樹の本が好きでよく読みます。
古くはソ連本や韓国本、最近では経済もの法律ものなど。
この人京大、東大、ハーバード、MITIを出てる超天才。
何しろ難しいことを平易に書いてくれる。
私はこの人の本に書いてることは無条件に信じてしまうのです。

この本は2002年に出ていますが発売直後に実家にあったものを拝借して
そのまま積読状態でした。

宗教というのは私にとってよくわからぬもので中でもイスラムは全然わからない。
ということで強く興味を持っていたが今になってしまいました。

先日dubaiに行ってアラブにはじめて行ってこれを機会にと読み始めました。
でイスラムが理解できたのかというと、うーんなんとなく。
ユダヤ教、キリスト教、仏教と比較して噛み砕いて説明してあるが
そもそもその比較対象宗教についても知識がとぼしく、あと二三度読まないとだめかも。


印象に残ったのは次のこと。
イスラム教は他の宗教の共存も受け入れる寛容な宗教であること。
ただしイスラムの法を冒涜しない限り。

もうひとつ
イスラム教国家には近代資本主義は生まれない。
イスラムの法を守る限り来世の救済が約束されるから。
今は規範に則って祈ればよいのです。あくせく働かなくても。
詳しくは本書参照。

読むのに時間がかかった本ですが
中国に絡む話が出てくると急にスイスイ進んで吸収できました。
やっぱり中国迷なんだなと改めて認識しました。

儒教は日本では道徳観念としてとらえている人も多いがれっきとした宗教だと。

個人でなく集団救済を目指すもので
儒教の目的は理想の政治を行える聖人を作り出すこと。
よい政治が行われれば豊かになり、文化も成熟し、犯罪も起こらない理想の社会が誕生する。
それゆえ礼を重んじる。

ところで
イスラム教ではイスラム法を踏みにじる行為に対してはジハードで
徹底的に戦い、暗殺も辞さない。
そして敵を暗殺し殉死した戦士は英雄となり、来世の救済が確実となる。

この暗殺者を英雄とする思想がキリスト教社会だと受け入れられないそうです。
ただそれが理解されやすいのが中国だというのです。

司馬遷も刺客列伝を残し、歴史に名を刻んだ暗殺者たちを取り上げたが
中国には歴史教と呼んでもよいくらいの思想があるそうです。
すなわち
死んでも歴史に名を残すことが出来れば、この世の幸福など得られなくてもよい、
命だって惜しくはない。p288

歴史に名を刻むことが救済なのです。
暗殺者たちもそれを意識していたと。

ということは秦の始皇帝の暗殺を試みた荊軻なんかも
それ以前の歴史に名を刻んだ人たちを鑑みて行動したということか。
歴史はどこまでさかのぼるんでしょうか?

この歴史教があってこそ宋末の文天祥のような男があらわれるのだと。
人生古より誰か死なからん、丹心を留守して汗青を照さん
人生自古誰無死,留取丹心照汗青


どうせ皆死ぬのだから、真心を歴史に残すのだ。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-10 23:27 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2007年 06月 07日

香肉って何?

おととい大久保で延辺料理を食べてきました。
延辺料理といったってそんなジャンルあんのかよ?ってかたも多いと思います。

延辺とは中国吉林省の朝鮮族自治州です。
こちらの出身のかたは日本にも多く来ています。
そこの料理のメインは羊肉串。写真が多く載っているページがありましたのでこちらを。ご参照
私がいったのはこちらのお店の大久保店。日本のコリアンタウン大久保ならではです。
異国情緒たっぷりお店で韓国語、中国語が飛び交います。
私は黒龍江省出身の朝鮮族の方といっしょでした。

ビールを頼み、辛くてうまい羊肉串を食べていて
ふとテーブルの端をみるとおススメ料理が書いてあります。

狗皮串(香皮串)オススメ!

うっ 犬か。

でも一度は食べてみたい。でも皮かよ。
なんかグロテスクなものをイメージしてしまいます。

店の服務員を呼んで犬はうまいか?と問うと。
おいしいですよ、栄養もあるしね。
犬肉のサラダもあるよ。こっちもオススメ。

サラダはちょっとイメージできない。
まさか生肉ってことはないよねと思いつつ注文しちゃいました。

これがうまい。
葱や辛い味噌、香菜と混ぜ合わせて食べます。
でもなんか後ろめたいような気が。
犬であることを意識しなければいけてます。

さすがに日本国内では調達できないらしく
全部冷凍物の輸入だといってました。こんなデータも載ってます。

犬肉は初めて食べました。
狡兎死して走狗煮らるって諺があるくらいですから中国では食べます。

フランス人がペットのワンちゃんを連れてレストラン行って
ペットにも餌を与えるよう依頼したところ
何を間違えたかペットちゃんが料理されてテーブルにサーブされたなんて
寒くなるお話もあります。

中国南部は犬料理は有名ですが学生時代に広州を旅行した際にものめずらしさに惹かれて
犬鍋を食べようと店を探しましたが春に行ったため
冬の鍋料理は終わってて結局たべることがありませんでした。
それ以来の急接近でした。

でも犬肉、狗肉っていうのはなんか言葉に出すのも憚られます。
中国では香肉というらしいのですがこの言い方はいいですね。
でも日本語でどう読んだらいいのかは難しい。
広東語では三六香肉というとWIKI中文に書いてありました。
三足す六は九で九と狗の発音が広東語だと同じなんだそうです。
婉曲表現を使うということはちょっと後ろめたいのかな?

でもうまさは格別でWIKIにはこんな諺も載ってました。
“狗肉滚三滚,神仙站不稳”
犬肉がぐつぐつ煮えてくると、仙人だっていてもたってもいられない。

それだけうまいってことです。

ここは朝鮮族の店ですから朝鮮族も食べるんです。
韓国でも結構たべます。
でもソウル五輪のときに欧米諸国から嫌悪されることをきらった韓国政府が
ソウルから犬料理屋を排除したとのこと。
じゃあ今度は北京の犬料理屋が受難かな。

でも韓国では根強い人気で赤ちゃん産んだ産婦には栄養源に最高なんですって。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-07 22:59 | | Comments(6)
2007年 06月 03日

電動自転車

土曜日家のリフォームの工事が入っており一日中家にいました。
妻は仕事で、午後には子どもたちを実家に預け
工事の立会いをしていました。

50過ぎの職人さん曰く
日本の景気はいいらしいが職人の仕事は景気がよくないと。
現場のあるなしで忙しさにばらつきがあり安定しない。

たまに発注会社がつぶれたりして金がもらえないときもあるよ。
さらに世の中には悪い奴がいて現場が終わっても給料払わないで逃げたりする奴もいる。
そういう奴はずるがしこいからなかなかみつかんねえ。

「今中国では都市の工事現場なんかで田舎の人いっぱい連れてきて
お金払わないで逃げる社長がいっぱいいて問題になっていますよ。」というと

「おおそれなら中国も日本とおんなじだなあ!」と職人さん。
「でも日本は狭いからすぐ見つかるでしょう。」
「現場仲間のネットワークでどこそのにいるなんて情報は入るけど
俺たちは毎日はたらかねえと食えねえから、休んで捕まえに行くわけにもいかねえ。」

日本もそんな奴がいるんですねえ。
世間知らずですな私も。

でなぜか中国の話に。

職人さんは一月に中国に初めて行ったそうで
そこでいいビジネスを思いついたんだとのこと。

なんでも電動自転車を輸入したいんだとか。
「中国ですごい流行ってるんだよ。いいよあれは。」

「電動自転車って日本にもありますよね。
そんなの輸入して売れますかねえ。」

「日本のとは全然違う。絶対売れる。とにかくやってみたいんだ。
でも問題がある。俺は中国語がまったくわからねえ。誰か探してるんだよ。
中国語しゃべれる人を。そして輸出してくれる人探すんだ。」

「わたし中国語しゃべれますけど」

「ほんとに!!それはすごい。今度いっしょに行ってくれ。仕事はいつ休み?土日?」

えらい乗り気でしたが私もあまり暇ではありませんので一緒に行くのはお断りしました。

でも職人さんはかなり本気モードですでにJETRO(日本貿易振興会)に行って事情を聞いたとか。
でもジェトロの職員曰く。悪い業者が沢山いるから騙されないよう気をつけること。

私は中国に出張に行くことが多いですが電動自転車の流行には気づかなかった。
ここ十年で大幅市場拡大して5万台市場が2000万台市場にまで爆発しているようです。
形も自転車タイプだけでなく見た目はスクーターのようなものも多いそうです。
かっこいいスクーターに見えてギコギコこいでるのも妙ですけど。
地球にやさしいってのも人気の秘密みたい。

20-30キロくらい出るらしく原チャリとの境が問題になっているようです。
日本では何かと規制がありますから自由に乗れないんでしょう。

この懸念を話すと職人さんは
「いいやもう確認した自転車として扱われます。
とにかくやり始めてみたいんだ。!」

この乗りは中国人の企業家気質ですね。

ご成功を祈ります。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2007-06-03 22:51 | 時事 | Comments(11)