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2007年 04月 30日

ソフトは全部ただの時代

中国では映画でも音楽でもただでダウンロードし放題ですが
昨今、盗盤問題も含めて著作権問題がクローズアップされています。

ただこうしたソフトの問題は著作権だ何だってうるさいこといわず
全部ただで公開しちゃえばいいんだと思います。

北京にいたとき補習をしてくれたある学生は
自称貧乏学生でしたが聴きたい音楽はほとんど聴いて
見たい映画はほとんど見てました。
全部PCでただです。
そのPCも中古部品を組み立てて作った自家製です。
かなりのローコストでいい生活をしていた。
これも一種の民主主義かななんて思いつつうらやましく思いました。

結局著作権保護とかいったってそれは
その歌手なり製作者本人の創造物に対する保護というより
それらを取り巻く業界保護ですよね。
CD一枚3000円弱はあまりにも高いでしょ。
広告宣伝や物流費用がほとんどでしょう。

技術が進歩しちゃってソフトのコピーは容易になってしまったんだから
別の方法で儲ける仕組みをつくらないとやっていけないですよね。

親戚でアメリカの大手レコード会社の役員だった人がいますが
数年前に会ったとき、もうレコード会社はやっていけないといってました。
自分の子どももCDなんて買うことなく全部PCからただでダウンロードしてるっていってました。

トム・ピータースの本にもありましたが
将来著作権なんてものは意味がなくなりソフトはすべてただになると。
でもその分、本物の価値はもっともっと増してゆくと。
ソフトがただだとだれにもでも行き渡りその分人気も増して本物に会える
本物のライブを見れるという希少価値がましてゆくそうです。

前置きがながくなりましたが
中国で映画や音楽がただでダウンロードできるならネットの世界は一つですから
当然日本でも中国のものはただなんです。

その中でも一番ポピュラーなのは「bt下载」とかいう方法だと聞き
試してみました。私は著作権を侵すつもりはないのですが
中国の民主主義研究の一環として試してみたのです。

でも著作権を侵すつもりがなくても
もしかしたら著作権を侵しちゃうかもしれないなあなんて思いながら
ダウンロードしますと、これは未必の故意にあたるのでこれも問題です。

よってこれから書くことはフィクションです。ということにしてください。

btとはbitcometというものでまずこのソフトをダウンロードします。
そしてソフトを公開するウェブサイトから気に入ったソフトをダウンロードします。
コンピュータ的仕組みは全くわかりませんが
とりあえずやってみました。

こうした関連では昨今winnyがずいぶんと流行り、情報流出で問題になったり
逮捕者を出したりしましたが、こっちもウィルスなんかの危険はあるんだろうなと
おもいつつチャイナウォッチャーとしては前に進まなくてはなりません。
自己責任の時代ですからしょうがない。

で映画をダウンロードしてみるとポップアップがガンガン開き怖くなりました。
でも数時間経ってダウンロード完了。

するとウィルスソフトが警告します。
危険なファイルを発見しましたと。

でもアンチウィルスソフトつけてて良かった。
スキャンしてみると8個怪しいのが見つかりました。

で翌日pcをあけると今度は「トロイの木馬」を発見しましたと。
でもまたスキャンしてみるとまたいくつか怪しいファイルが。

それからpcを開くたび木馬ちゃん警告が発せられ
さすがに怖くなり、ソフトをすべて削除しました。

それから平穏な日々が戻ってまいりました。

でbtを紹介してくれた人に聞いてみました。
「それは運が悪い。私はそんな経験したことがない。」
「ところでアンチウイルスソフトいれてる?」
「いいえなんにも」

まあ風邪引いたときも
熱を測って、高熱だとわかると突然気分悪くなることありますし。

コンピュータウイルスだった気にしなければ害はないかも。
私にそんな度胸はありませんが。


以上
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by zhuangyuan | 2007-04-30 22:33 | 時事 | Comments(5)
2007年 04月 28日

落葉帰根

先日PCに中国の今年の贺岁片(お正月映画)をダウンロードして観てみました。
落叶归根(落葉帰根)といいます。
落ち葉が土に帰ることから、人間も最後には生まれ故郷に帰ってくるという意味の成語です。

どんな映画かと申しますと
田舎から都会に出稼ぎに来ていた主人公の打工仲間が死んでしまい
その死んだ仲間を故郷に届けようと死体を運んでいくというとんでもないストーリーです。

この映画をなんで知ったかというと
chinese podのなかの上級教材のなかで取り上げられていたからです。
映画の中で、主人公は死体と共に長距離バスに乗るのですが途中で強盗団に遭遇します。
その強盗団のしゃべることばが河南なまりがあったとのことで
河南人を侮辱しているとしてネット上で問題になったとのこと。

聞くとことによると河南人というのはかなり評判が悪い
出稼ぎで大都会に出ている人が多いせいでしょうが
都会人から見れば悪人の代名詞みたいな存在だそうです。
河南省では強盗事件も多いとか。

私には映画のなかで強盗がしゃべっていたのが河南なまりだなんてことは
全くわかりませんが河南の人にとってみれば真実味があるだけに頭にくるんでしょう。

この映画で主人公が友人の故郷にいたるまで
さまざまな人々と出会い、助けられたり、騙されたりするのですが
その人たちのしゃべる言葉が結構へたくそというか訛りがあります。
もちろん私にはどこの方言かわからないんですが
感じ取れたのはこんなデッカイ中国だけどやっぱり一つなんだなということ。

人づてを頼って故郷を遠く離れ出稼ぎにゆく。
日本みたいに東京一極集中ではありませんから
いろんなところにいろんな出身の人たちが交じり合いながら
遠い故郷を思いながら日々の暮らしを立てている。
こんな人たちの頑張りが今の中国の発展を支えているんでしょう。
いろんな矛盾が沢山あるんですけど
個人個人は日々懸命に生きている。

なんども騙されたり、あっと驚く結末だったりするんですが
なんかあったかい気持ちになるいい映画でした。
もっと方言や地方の特色を知っていたら100倍面白かったんでしょう。
中国は奥が深い。

でもっともびっくりしたのはこの死体を背負って故郷に行く荒唐無稽なストーリーが
実は本当にあった話をもとに作られたということです。
农民李绍为千里背尸还乡(農民李紹為、死体を背負い千里の道を故郷まで)

中国人にとって故郷とはかくも大事なものなのか。

以上
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by zhuangyuan | 2007-04-28 21:43 | 中国関連DVD、本 | Comments(6)
2007年 04月 23日

紛争ダイヤ

 先日バングラデシュである駐在員の方宅にお招きいただいた際
何故だかダイヤモンドの話になりました。
なんでもその方は以前ダイヤモンドの取引をされていたそうで
ご自身も鑑定士の免許を持っているのです。

私にとってのダイヤモンドとは結婚前の一瞬ちょっとやむにやまれず関わりを持った程度
であり、基本的には縁遠い商品です。
それでも指輪を買うときは4C(大きさcarat,透明度clarity,カットcut,色colour)なんかを
ひととおり説明されてわかりもしないのに悩んだ記憶があります。

最近ではその4Cにさらに一つCが加わり5Cといわれてるそうです。
最後のCはconflict=紛争だそうです。
ダイヤ産出国においては利権をめぐって血みどろの戦いが繰り広げられています。

そんな凄まじいダイヤの世界を描いた映画がありますよとご紹介していただきました。
ブラッド・ダイヤモンドといいます。
ディカプリオ主演でアカデミー賞もノミネートされています。

ダイヤをめぐる争いについて興味がわきましたので帰国したら是非見てみたいと思いました。
それが運よくシンガポールからの帰国便の個人テレビで放映されていました。
おかげで夜中のフライトで目が覚めて寝れなくなってしまいました。

90年代のシェラレオネ内戦での政府軍、反政府軍、傭兵部隊がごちゃまぜになり
一つ特大ダイヤをめぐって繰り広げられる冒険活劇です。

こうした地域でとれるダイヤを紛争ダイヤというそうですが
ダイヤを奪いあう人々はわれを失い血みどろになって殺しあうのです。
そして裏ルートで売りさばき、それを資金源にして武器を買ってさらに奪い合いがエスカレート。
皆死んじゃいますから兵士が足りない、ですから子どもまで洗脳し兵士に育て上げる。

こんな構図を映画ではジェニファーコネリー演ずる記者が暴いてゆく。
そして主人公の黒人一家を救う。

最後にはダイヤモンドに魅せられて大金を払う人に警告される。
そのダイヤの背景まで考えて買えと。

つまり紛争ダイヤを買うなと。
こうした批判の声が大きく、
世界中のダイヤモンドの総元締めのデビアスはいまでは紛争ダイヤを仕入れないそうです。

映画ストーリーとアクションは迫力があってよいのですが
なんか鼻につくんですよね。

というのはなんかやっぱり人種差別偏見があって
未開の黒人たちを救ってやる白人の優越感がぷんぷんする。
黒人の争いを利用する白人傭兵も相当の悪ですが
白人の自己批判も芝居がかってて嫌な感じ。

それと紛争ダイヤを買うななんていったところで
この映画をつくっているのはハリウッドで
アカデミー賞なんていうのはユダヤ支配層のコントロール下にあるわけですがら
この映画はデビアスを中心とするダイヤモンド産業を批判しているようですが
うがった味方をすると実はユダヤのデビアスがダイヤの仕入れルートの拡散を
防ぐためにこんな映画作らせてんじゃないのなんて思ってしまいます。
供給ルートをおさえるのが支配の決め手ですから。
新興勢力の台頭を許さない。

私のこれも陰謀史観に影響された偏見かもしれませんが。

以上
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by zhuangyuan | 2007-04-23 22:38 | 中国関連DVD、本 | Comments(5)
2007年 04月 22日

中国語は世界語

今回出張でシンガポールに行きましたが嬉しかったのはどこへ行ってもも中国語が通じたこと。
シンガポールは人口430万人のうち75%が華人といわれます。

訪問したお客さんもすべて中国系。
普段は福建方言で話しているのですが皆さん普通語も話せます。
まあ発音は結構へたくそで俺のほうがきれいかななんて思ってました。

要はみんな華僑なんですが言語環境は結構複雑です。
福建語で話てたかと思うと時折普通語がまじり、いつの間にか英語になっていたりします。
同じ福建出身の人がですよ。

さらに複雑なのは国語はマレー語だということ。
中国人の国ですけどマレー半島に位置してマレーシアから独立してますから
気を使っているんでしょう。
でもマレー語が話されることはあまりないそうです。

タクシーの運ちゃんに中文が話せるか聞いてみると
俺たちは華人なんだから話せない訳ないでしょと。
彼らは自分たちの言葉を華語と呼んでました。
中文とどう違うんだと問うと、中文は中華人民共和国の言葉だろと。
じゃあ國語とは呼ばないの?と聞くと
俺たちの国語はマレー語だといってました。でもマレー語は話せないと。
じゃあリークアンユー元首相はマレー語を話せるのかと聞くと
彼は知っているとのこと。
でも国会はすべて英語で行われているそうです。
複雑でわけわかりません。
この国のひとたちは物を考えるときは何語で考えるんでしょうか?

この運転手さんは父親が1910年ごろ汕头から渡ってきたそうです。
当時は戦乱の世の中で中国には食い物がなく食べ物を求めて
イギリス植民地であったこの地に苦力としてやってきたそうです。
家では中国語か英語を話し、子どもは福建語を話せないといっておりました。

ある晩、お客さんと潮州料理を食べに行きました。
潮州は広東省ですが文化圏としては福建に属するとのこと。

そこにはミャンマー人の家族がジョインしていました。
こどもの夏休みの旅行で遊びに来ているとのこと。
ミャンマーは軍事政権で自由がないとのイメージがありましたのびっくりしました。

彼らと話すことばもやっぱり普通語なのです。
ミャンマー人の彼のしゃべる中国語はかなり自然で違和感がない。
それもそのはず彼も華人で雲南省出身。
国民党一派として解放まえにミャンマーに逃げたそうです。

最近でミャンマーでも町には中国製品があふれかえっているそうです。
このビジネスは貿易性が薄く、侵略性のつよいものだと嘆いていました。
自分も中国系なのに。

中国語ができるとぐっと世界が広がったような気がしました。
でも実力はまだまだですので話が全部わかったかというとそうでもないので
もっと勉強していきたいと思います。

以上
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by zhuangyuan | 2007-04-22 23:57 | 文化、歴史 | Comments(4)
2007年 04月 15日

バングラデシュで死ぬかと思った 

8日間の出張から今朝戻りました。
UAE、Bangladesh、Singaporeとまわりましたが
バングラ国内の飛行機でさんざんな目に会いましたのでご紹介します。

その日は夜中のフライトでドバイからダッカに入りました。
朝8時半に着くのですが機中でほとんど寝れませんでした。

というのも真っ暗な機内で多く人がうろついているのです。
私も寝るのをあきらめ、シートを起こすとバングラ人のおっちゃんがパスポートを
こちらに寄こしなんか言っています。
どうやら字がかけないらしく入国カードを書いてくれということらしい。
でもベンガル語なんで何を言っているか全然わかりません。

困惑してると隣のビジネスマン風のバングラ人が俺が書いてやると言い
すべて書いてあげました。するとさっきからうろついていた人たちが
続々とこちらへやってきて彼にパスポートを渡します。

5,6人分書いたくらいで彼も困って、トイレに逃げていきました。
時もかけない人が多数中東に出稼ぎに出かけているのです。
身なりがそれなりだったのは故郷に凱旋するかっこだったからなんです。

到着が30分遅れ、荷物を待っていると全然自分のバッグが出てこない。
というのもあの出稼ぎの人たちの荷物が異常に多い。一人ひとりがすごい量持っています。

でそこで45分ロス。
国内便への乗り継ぎが迫っておりはらはらしましたが
運よく国内便も遅れており間に合いました。

国内便は一時間遅れのはずが結局二時間遅れて出発。
待たされている乗客は航空会社のスタッフに詰め寄り遅れに抗議してました。
皆血相変えて抗議します。何言っているかはまったくわかりませんが
そんな抗議したって遅れるものは遅れるでしょ。
でも予定のアポは変更しなくてはなりません。

やっと出発。ちっちゃい飛行機なのでちょっと不安になりました。
何しろ最貧国の飛行機ですからたぶん中古です。

実は航空会社の選択にもひと悶着あって
最初は国営航空会社を予約していたのですが
たまたまバングラから来られたかたに日本でお会いした際に
国営航空会社はよく落ちるからやめたほうがいいとアドバイスされ民営会社に変更してたのです。何しろ安全ランキングで200位以下だとのこと。

旅行代理店に文句を言うと
状元さまはスケジュール優先で組み立てましたとかぬかしてしてました。
予定通りにすすんだって堕ちたらもともこもないだろ!

でその民間のちっちゃい飛行機にのって第二の都市チッタゴンへ。
離陸直後に眠りに落ちました。眠りからさめると現地人の同行者がいいました。

「Mr.状元、チッタゴンの天候が悪くてダッカに引き返すことになりました。」
「Really?」
「はっはっは、It's joke!」

なんだよつまんねえジョーク言うなよ疲れてるときにと思っていたら
ほんとに乱気流でタービュランスがひどくなりガンガンゆれます。

もしかしてホントに着陸できないかも。

揺れに対して私は最初余裕をかましていたのですが
隣の同行者が前のシートにしがみつき、頭を下にしてスチュワーデスに何か怒鳴っています。
そのうち後方の女性が大声で神に祈りだしました。

さすがにビビッて来て、シートベルトを締めなおし、
前のシートをしっかりつかみました。

揺れながらの旋回を繰り返した挙句、結局着陸できずに別の小さな空港に降り立ちました。

そこで缶詰3時間。
その間も乗客はスタッフに押しより大声で抗議。
意味ないでしょ。と私は冷めてました。

サングラスをかけた若いパイロットがやってきて
きちっと背筋を伸ばし、自信を持って乗客に状況を説明しました。
その信頼できそうな立派な立ち振る舞いに乗客もおとなしくなりました。

で再度の出発がやってきました。
パイロットが言います。

「悪天候は去りました。100%の自信があります。でもお客様にはオプションがあります。
バスで行ってもいいですよ。バスなら3時間、飛行機は25分。」

100% confidenceと言われては信じるしかない。
で、ゴーしました。

20分後、今度は先ほどよりさらにひどいタービュランス。しかも長い時間。
祈りの叫びのなか、これはホントにやばいかなと思いました。
人生ってあっけないなあ、こんな終わり方かよと。

するとアナウンスがありました。あのパイロットです。
「悪天候により、ダッカに引き返します。」この一言。おいおいそれだけかよ。
それから高度を急上昇させ、機体は安定した飛行に戻りました。

なんだったんだこの一日は。でも死ぬよりはいいね。
パイロットに感謝です。判断はともかく、操縦技術は良かった。
祈りの叫びと皆の動揺のなか常に笑顔で対応していたスチュワーデスにも救われました。
彼女の笑顔がなかったらもっと不安になっていたでしょう。

乗客のだれもがこんな経験は初めてで二度と忘れられないと語り合っていました。

以上
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by zhuangyuan | 2007-04-15 22:44 | 時事 | Comments(12)
2007年 04月 01日

流転の王妃

日曜日子どもを連れて和田堀公園というところに桜を見に行きました。
善福寺川にそって公園があり、その川のほとりに桜が並び見事なものでした。

歩いていると郷土博物館はこちらという看板があり
何か吸い寄せられるように立ち寄ってみました。

あまり人気がなく開館しているか不安でしたが
木で作った古くて立派な門をくぐり入ってみました。
中では雛人形展が開催されており、旧華族の家に保存されていた古くて味わいのある
人形が展示されていました。

中にいたのは私と子どもたちだけで
折り紙で雛人形を作るコーナーがあり、そこでお内裏さまを折っていると
そこにまた看板があり、「古民家あり」とあります。

博物館の裏に回るとそこには立派な古民家がありひっそりと残されていました。
縁側から畳にあがり、囲炉裏を囲みハイポーズ。

庭には一本木が植えてあり、その前には説明書きがありました。

「愛新覚羅(嵯峨)浩ゆかりの白雲木」

愛新覚羅浩は流転の王妃としてドラマにもなった方で
ラストエンペラー溥儀の弟溥傑に嵯峨家から嫁いで満州に渡る際
大正天皇の貞明皇后から贈られた種が嵯峨家に伝わり、その木から分けられたものだそうです。
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私が中学のころ曾祖母の家で曾祖母が子どものころ溥傑と撮ったセピア色の写真を見たことがあります。
曾祖母の父が親しかったとのこと。

桜満開の春の公園を歩き、必然のように吸い寄せられこの木の前に立ったのでした。

私はその白雲木を見て遠い記憶を呼び戻されたような思いでしばし時を忘れました。
私の鼓動が音をたて始めました。ヌルハチの血が動き出したのです。

この物語は以前も書きましたので繰り返しません。出生の秘密参照。

以上
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by zhuangyuan | 2007-04-01 22:15 | 生活 | Comments(8)