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2006年 09月 30日

中国 超大国への道

次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた〈上〉技術・諜報篇
ヴィクター ソーン Victor Thorn 副島 隆彦 / 徳間書店

上下巻読んでみました。
世の中すべては国際資本が牛耳ってるんだといういわゆる陰謀本ですね。
題名に惹かれて手に取ったのですが、副島隆彦氏が翻訳編集ということで買ってみました。
副島隆彦氏は私の好きな小室直樹氏の弟子ということになっているので
たまに読んでます。だいたい世の中の動きはある勢力の意図によって動かされてるといった類のものが多いです。
ばかばかしいとも思いつつ、気になってしまうのです。
でもこんあ世界の裏をしったところで私の生活にはなんの変化もないのが現実なのですが…。
副島氏いわく、この本を読めば現在の最高の知性が得られると。ほんまかいな。
私は読みましたよ。

こうした陰謀物では広瀬隆もおりますがこちらも私は結構好きで以前はよく読みました。
こっちはロックフェラーじゃなくてロスチャイルドが世界をコントロールしてることになってます。
因みに副島氏は広瀬氏の著作に対し参考文献を明示しないとして批判してます。

本の内容はチョー簡単にいうと
歴史的に見て、世界はロックフェラーを中心とした国際資本の意図で動いており
そのロックフェラーがすでにアメリカに見切りをつけ、
中国を次の超大国にすることに決め、どんどん支援していることをいろんな文献を
参考にして解説してます。

ただ中国の名が題名にあるからこそ買ったのですが
中国のことについて触れられているところはほとんどないんです。
大半はアメリカ政治の歴史と現在に費やされています。
原題も「The new world order exposed」(=暴かれた世界新秩序)
というものなのでChinaなんてどこにも出てきません。
編集者が中国の名をつけたほうが売れると考えたんでしょう。
これを持ってしても現在の日本での中国に対する関心の深さがわかります。
私もそれに見事にはまったわけです。

この本によると近代歴史の大潮流はすべてロックフェラーが仕組んだことなのですが
主なものを記します。

ロシア革命
ヒトラー台頭
真珠湾
原爆
戦後の日本高度成長
ベトナム戦争
ケネディ暗殺
エイズ流行
9.11

どうです?なんでもかんでもみんな~♪ ロックフェラーって感じです。

あんまりネタばらしするといけませんので詳しくは本をお読みください。
なかなか面白いですよ。ありえるありえるって感じ。

でもちょっとだけチラリズムをしますと
エイズ流行は世界の人口爆発に危機感を抱いた支配者が
(彼らの選ぶ)優生種だけ生き残るよう意図し
人工的に開発されたウイルスをばら撒いたとのこと。
彼らとは白人ですから。今アフリカでは…。
中国も人口に悩み、今は…。

エイズ以外については、じゃあなんでそんなことのことを引き起こすかといいますと
戦争を起こすため。一番儲かるのが戦争で、どこかが強くなりすぎると対抗相手を作り出す。
国際資本にとって国なんてどうでもいいそうです。

で今はアメリカが強すぎるから中国を対抗相手にということです。
で米中の主戦場は日本だそうです。

よし。今のうち中国語を磨いていれば併合されたときでも生き延びられそうです。

副島氏いわく
中国はオリンピックのあとも万博のあとも大方の予想を裏切り
発展し続けるとのこと。
なぜならロックフェラーが決めたから。


以上
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by zhuangyuan | 2006-09-30 22:34 | 中国関連DVD、本 | Comments(2)
2006年 09月 27日

本当の三国志とは

三国志 きらめく群像
高島 俊男 / 筑摩書房
を読みました。
この方ははっきりって中国歴史オタクですね。中国の歴史書にいちゃもんつけさせたらナンバーワンじゃないでしょうか。

この本もオタクの真骨頂のような本で細かい年号や用語の言い回し、歴史書の矛盾点などを
どんどん衝いてゆく。これで私も三国志オタクになれます。
著者自身が文庫あとがきで
「中国の史書についてこれだけわかりやすく、かつ興味深く書いたものはなかなかないんじゃないか、
もしかしたらオレが書いた本で一番面白いかもしれない。」などと自画自賛しています。

面白いのですが真実をばらしすぎて、興ざめしちゃう感もあります。
これもそのあとがきにあるのですがある出版社の人に言われたらしい。
「事実は本のとおりなんでしょうけど、三国志ファンには受けませんよ。」と。

普通一般の日本人は三国志といえば、小説三国演義のことですが
その物語なんて完全否定しちゃいます。

諸葛亮のところに劉備が尋ねて行く有名な「三顧の礼」なんてボロクソいってます。
そもそもなんど職もない諸葛亮に三回も出向くなんてありえないし
この「三」は何度もという意味であって多くても二回しか行ってないはずだとかいいます。

また二回いったとしてもそれは劉備がたいしたことのない馬の骨だからで
たとえていうなら
中小企業の親父が大学出たものの就職先のないぶらぶらしている青年のうちに来て
うちの会社で事務でもやらないかと誘った程度のことだとかいいいます。

小説では埋もれている将来の大参謀と将来の皇帝との運命的出会いが
著者にかかるとこんな感じになっちゃいます。

また、魏呉蜀の三国時代といったって後世では対等なイメージがあるが
圧倒的に魏が強くて勢力が大きく呉や蜀なんて海南島やチベットあたりの辺境の地で
中央に従わない連中が勝手に皇帝を名乗っているだけだ。
そもそも魏の民衆は呉や蜀の存在すら知らなかったとかいうことになっちゃうんです。

群雄割拠で英雄たちがそれぞれの国のため三つ巴で戦う男の活劇がなんか冷めたものになっちゃいます。

やっぱりお決まりのストーリーが気持ちいいですよね。
諸葛亮は天才じゃなきゃつまらないし、曹操は悪人。これのほうがすっきりします。

水戸黄門が出てきて印籠だしたらみんなで「ははぁー」っていうのがいいですよ。
巨人も強くなきゃ野球はつまらないし、横綱大関がみんな負けてたら面白くない。

でも結局歴史なんて真実は著者のいったとおりで
私たちが歴史だと思っているのは後世の人が恣意的に作り上げた虚像なのかもしれません。

でも三国演義ってのはすごいですよね誰もが小説だって知ってるのに
それが歴史になって人々に多大な影響をおよぼしてるんですから。

とはいいつつ私は三国演義をまだ読んでません。
こどものころ岩波少年文庫で読んだだけです。
吉川英治のは買ってありますがまだ未読。
でもこれも著者に言わせれば半日本みたいな変な小説だとのこと。
でもいつかは読んでみたい。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-27 23:11 | 中国関連DVD、本 | Comments(14)
2006年 09月 24日

すごい偶然 町でばったりあの人と

今日は息子(もうすぐ三歳)と留守番だったため、近くに住む祖母(息子にとっては曾祖母)の
家に遊びに行きました。

祖母は以前にもご紹介しましたが絵が得意なんですが最近は書道に凝っています。
その祖母が古い巻紙を出してきて得意そうに見せてくれました。

「私は昔から書道が得意で女学校のときに先生に褒められて学校で飾ってもらったのよ。
最近それが出てきたの。」

確かにうまい。でもその字の内容がいかにも戦前と言った感じで苦笑してしましました。

一寸赤心惟報国

その後は最近、祖母の義理のいとこ(祖父のいとこ)の葬儀の話になり
そこでもらった故人の略歴を見ました。

その方も満州にいらしたそうでご自身は満鉄調査部勤務。父親は陸軍少将。
少将の方はシベリアで獄死したとありました。
また故人の妹は阿波丸に乗っていたそうでそこでなくなったそうです。

こんな話ばかりしていたため息子がつまらなそうにしていたため
曾祖母と一緒に公園に行きました。

昼は曾祖母と別れ、息子を連れて、はじめて行く台湾料理屋に行きました。
先日ネットで見つけて気になっていたところでした。
台湾風焼きそばセット680円。安い。味は一般的。
メニューをみると魅力的なものが沢山ありましたが昼はランチメニューだけ。
うまいといわれる中華料理屋でもランチメニューはどこも同じなのが腹立ちます。
ラーメン、チャーハン、酢豚、チンジャオロースーなど。

その店から家に帰る途中、病院の前を通り過ぎました。
その病院の向かい側のベンチには入院患者が点滴を持ちつつ陽に当たり休んでいました。

「あれ?どうこかでみたような。」

そうだ奥村さんに違いない。
そうなんです先日観たドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」の主人公、奥村和一さんでした。

といっても知らない人はまったく知らない方ですが映画を見た人は
かなり印象が強いのではないでしょうか。
私の周りには映画を見た人はまったくいませんのでこの驚きを共有できません。

そのまま数十メートル通り過ぎて、信号で止まり、そこでしばし逡巡したのですが
意を決して戻り、声をかけてみました。

「奥村さんですよね。映画観ましたよ。」
「ああそうですかありがとう。」

なんでも映画のキャンペーンなどに忙しくて
体調をくずし、栄養剤を打ちに病院に入院されているそうです。

「でもまた今度は北海道にも映画の仕事で行くんですよ。
また中国にも行かなければならないし
今度また裁判もあるし。」

映画によると山西省残留日本人に関する裁判では最高裁に棄却されたはず。

「また訴訟されるんですか?」

「やります。こんな理不尽はまかり通ることは許せません。
でもそれには証拠集めをしなくてはならない。」

いわく
最近、旧ソ連の資料が出てきて、
戦後に大本営が残留日本人はできる限り現地に残留せよという命令書が出てきたそうです。
日本人権益の残存を図りその際の国籍問題は現地に任せるといった内容だとのこと。
戦後すぐに引き揚げて来られてもそれを養う国力が残っていなかったというのも理由のひとつだと。

またこうした残留日本軍に関しての資料は北京公文書館にあることはわかっているが
現在は調査の許可が得られないそうです。
というのも折りしも小泉参拝以来、日中関係がギクシャクしていますので
このタイミングで日に油を注ぐような資料が出ても困るという中国政府の遠慮もあるそうです。

また昨今、中国共産党と国民党(台湾)は歴史的和解に向けて関係が改善していますので
解放戦争時の国民党の汚点をさらけ出すような文書もでてほしくないといったような
中台関係への配慮もあるそうです。

こうしら政治の複雑な影響力がはたらいて資料探しがうまく進まないと嘆いておられました。

そこでちょっと聞いてみました。
「奥村さんは公文書館で資料を探しておられますが中国語はお出来になるんですか?」

「僕の時代は英語は敵性言語だったから学生時代に中国語を習いましたよ」
と笑って答えていただきました。

80歳の高齢で入院しているにも関わらず、強い意志を保ち
更にそれを行動に移している。かつて赤心報国を誓った祖国に裏切られ
それに向かって戦いを挑んでひるむことなく進んでいる立派な方です。
話をしていても淡々として飾るところがなく魅力的でした。

自転車に乗ったままかなり長く話してしまい、後ろに乗せたままの息子の存在を
しばし忘れそうになりました。
息子は早くからバイバイなどといって帰りたがっていましたが
最後には寝に入りそうになっていました。

息子が寝入りそうになって自転車では危険なのでおいとまいたしました。

「しずかなお利口な坊やだねえ、ごめんねお父さん取っちゃって」
と気遣いのお言葉も頂きました。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-24 22:09 | 生活 | Comments(18)
2006年 09月 23日

いざHSK

昨日HSK(汉语水平考试)の申し込み書を投函しました。
これが三回目のチャレンジになります。

目標は8級ですが過去二回とも7級。一回目は8級まであと一点。二回目は8級まであと3点。
いずれも聴力、とくに短文の中の口語がだめで目標に届かず。

ゆえに今回は聴力を中心に勉強してテストに望むぞ!
と前回の試験結果が届いたときに強く思ったものです。
しかしいまいち気が乗らず5月のテストはスキップ。

そして10月を迎えたわけです。
今回もはっきり言って気合が足りない。よって申し込みがこんなに遅くなってしまった。
ただ今回受験しないとますます、勉強しなくなってしまうと思い鼓舞するつもりで
申し込みました。

先週申込書を語学教室に取りに行くとそこにはなかった。
締め切りまであと9日しかなかったので、申し込めないかと少し焦りました。
一方、心の中では、申し込み間に合わなかったことを自分への言い訳にしようかななどと
せこい気持ちがよぎりました。
しかし気を取り直して通っていない語学学校に申込書をもらいに行き
その足で証明写真を撮って申し込みました。

あと一ヶ月、頑張ります。
ちなみに勉強の気合は足りないのですが中国語への意欲がうせたわけではけっして
ありません。ただテストのため反復練習が退屈なので気がのらないのです。

で聴力のために何をしたかというと
やっぱりHSKのテキストを反復するしかないのですが
CDを聞くのは時間と環境を作るのが大変なので週一時間の教室で
先生に問題を朗読してもらい練習しました。

しかしその貴重な一時間も聴力練習に当てず
ただの会話練習(おしゃべり)で終わってしまうことが多かった。
平均すると50分おしゃべり、練習10分。
よって一年間経ったのですがテキストが半分も進んでいない。
これからねじ巻きなおします。

でもよく考えたら高校でも大学でも期末試験の勉強なんてものは
一週間前からはじめてたんですからまだ一ヶ月もありますから
まだ学力向上の余地はあるでしょう。

でも平日は仕事。
休日は子供の世話。

ちなみに10月22日(日)までの週末には
家族の予定がぎっしり詰め込まれていて私に時間は与えられていない。

栗拾い、ぶどう狩り
娘模試
バレエ教室
保育参観日
母誕生会
運動会
小学校受験抽選
などなど。

まあ女々しい言い訳に過ぎないんですけど。
だいたいこんな文章書いている暇があったら勉強しろ!といわれそうですが
今日は栗拾い、ぶどう狩り、バーベキューでへとへと。
まった勉強する気になれません。

明日から明日から。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-23 20:33 | 学習 | Comments(11)
2006年 09月 18日

「蟻の兵隊」 鑑賞

一年以上前に蟻の兵隊という映画が撮影されているという記事を書きましたがやっと見てまいりました。公式hpはこちら

行かなきゃ行かなきゃと思いつつもなかなか時間が見つけられずにいたのですが
もうそろそろ公開が終わっちゃいますので会社の後行ってきました。
渋谷のイメージフォーラムという小さな映画館での単館(東京では)上映です。
お客さんの入りもいいようで上映を延長しています。

これは中国山西省に残留した日本軍の元兵士(80歳)を追ったドキュメンタリーです。
日本は1945年に敗戦しますが、日本軍現地司令官が当時山西を牛耳っていた閻錫山と
密約し兵力を引き揚げずに残留させ、閻錫山と共に戦わせました。

日本軍にとっては兵力の中国での温存、閻錫山にとっては解放軍との内戦に勝利すること
が目的ですが、問題は残留した兵士は軍の命令で残ったのか、自ら志願して残ったのか。
結局、1954年に帰国したあとに国家は彼らは志願して残留したと認定し、恩給を与えなかった。

彼らは軍の命令で残ったと主張し国を訴えます。
その彼らの奮闘を追ったものです。

主人公は80歳ですが20歳の初年兵で終戦を迎え、そのまま残留、
解放後は収容所を経て29歳で帰国。天皇のために戦ってきたはずが
閻錫山のために勝手に志願して戦ったとされ、しかもその閻錫山さえも
共産党に破れて台湾に逃げてしまう。

彼らは80歳を過ぎてまでなぜそこまで執拗に国を訴えるのか。
それはやはり自分生きてきた意義をしっかり意味づけしたいのだと思います。
自分の青春を天皇に捧げて命も省みずに戦い
しかも戦争中とはいえ人を殺し、紆余曲折を経てやっとの思いで帰国すると
国からはまったく認めてもらえない。

どこで読んだか忘れましたが、ないか心理学の本でこんなことが書いてありました。
人が何か行動をするときに理由なんてものはない。理由は後から自分でつけているものだと。
当時は運命として徴兵され中国で戦って人を殺した。
でもやっぱり理由が必要だし、その背景を知りたい。自分の行動を意義付けしたい。
しかし当時は無我夢中で何もわからず、帰国したらすべてを否定される。
人間の欲のうちで一番強いものは評価されたい欲望らしいのでこれは何にも勝るショックなのでしょう。

こうした訴えを国が認めるとうことはポツダム宣言違反を認めるようなものなので
勝ち目はまったくないのでしょうけどこれに打ち勝とうとする
主人公の奥村氏の淡々としたキャラクターと
内に秘めた闘志に感銘を受けました。古きよき一本気な日本人を見た気がしました。

映画自体の編集にはステレオタイプの善悪論が鼻につく場面もありましたが
この主人公のひたむきさと実直さがその安易さをカバーしてヒットにつながったと思います。

余談ですが冒頭にあげた前に書いた記事の中にこんな引用をしました。
これらの両手が中国人民の鮮血で染まった日本軍の捕虜に対し、解放軍は人道精神を発揮し、彼らを大同云冈一带の炭鉱に送り、労働改造を行い、特別に安全な場所で鉱石運びをさせた。そして食べ物と衣服を保証し、彼らの思想改造を手伝ってあげた。これらの捕虜は解放軍の配慮や温かさに心から感動し、日本返還後も中日友好に積極的に奔走し、またある人は中国に残り、日本軍国主義が中国人民に犯した甚だしい罪を自ら行動することによって補っている。

この映画でもこの思想改造の一角を垣間見たような場面がありました。
山西省検察院の資料館には残留日本兵全員の自己懺悔文は保管されているのです。
そこで兵士は自らを鬼として描き反省していました。
きれいな字で一字一字びっしり記された原稿用紙から冷やりとするものが伝わりました。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-18 23:17 | 文化、歴史 | Comments(0)
2006年 09月 16日

ドタキャンの真相

昨年の今頃日中カラオケというのを見に行った記事を書きましたが今年は10月23日に開催されるそうです。第9回 日中カラオケコンクール決勝大会

今年は行く予定がないのですが今年のゲストは陳坤というアイドル。
この方、去年もゲスト参加するはずでした。それが当日のドタキャン。
当日の会場でゲストが紹介される際に、キャンセルが伝えられました。

私は男のアイドルなんてどうでもよかったんですが
会場の華流おっかけお姉さんからはブーイング。

私が見に行ったのは通っている中国語教室の先生が参加したからですが
彼女はその陳坤ちゃんのファンで、
彼がゲスト出演することを知って参加を決意したそうです。

そして当日まで彼が来ないことを知らず
お化粧しながら出番を待っていると
ゲストさまご一行が到着。

サインをねだりにいきました。
でもそこに陳坤ちゃんはいないのですが
勢い余ってもうひとりのゲストであるアンブロウズ・シュー君に近づき
「陳坤さん!サインください!」とやってしまったそうです。
そうしますと威張りくさった女マネージャーに
「名前も知らないでサインねだるな!」と一蹴されたそうです。

その後すぐに陳坤ちゃんがその日の出演をキャンセルしたことを知ったそうです。

私はキャンセル自体についてはどうでもよかったのですが
中国とのビジネスの難しさを再認識し、段取りがいい加減でいかんなあなどと思っておりました。ファンたちはチケット代返してもらえるのかな?などとも。

しかしそこには大きな日中の溝が潜んでいようとは思いもよりませんでした。
カラオケ大会が開催されたのは2005年9月17日。
陳坤ちゃんは16日に来日予定で空港に到着したそうです。
そこでいつものように記者たちに囲まれ声をかけられる。

「陳坤さん今日ははどちらへご出発ですか?」
「日本で日中カラオケ大会にゲスト出演します」

そこで記者たちはブーイング。
「何?日本?! あんたは9月18日が何の日か知ってるのか?
そんな日に日本にいるなんて何事か!」

9月18日が何の日かご存知でしょうか?
満州事変のことを中国では「九一八事変」と呼びます。
その原因となった柳条湖事件が1931年9月18日に発生したのです。

それを機に満州国独立につながっていくわけです。
そしてこの9/18を中国では国恥日を呼びます。

別に今は平和な世の中で訪日するくらいいいでしょと思いますが
とかくマスコミは事件を探して煽りますからこんなことになっちゃいます。
かわいそうに陳坤ちゃん。

その後彼は予定を変えて9/21に来日したそうです。
陳坤☆13億の中の1つの星

中国では事件によく日にちをそのまま使います。七七事件とが五四運動とか。
でもいちいちそれで行動が拘束されてたらなにもできません。
だって中国は4000年の歴史があるんですから。
365日全部埋まっちゃうでしょ。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-16 22:21 | 時事 | Comments(11)
2006年 09月 14日

ブラジル移民の町

先日、群馬県の太田というところに行きました。
東武伊勢崎線を降りると、「Banco do Brasil」という看板が目に入りました?

タクシーの運転士さんに聞きました。
「なんでこんなところにブラジル銀行があるんですか?ブラジル人多いんですか?」

「太田よりも大泉町ってとこには沢山いますよ。人口の10%超えてるんだから。
あの辺りの三洋電機の下請けなんかはブラジル人ばっかりですよ。
でもいろいろ問題も多くてねえ、サンバカーニバルも中止になっちゃったし。」

なんかすごく気になって調べてみました。

群馬県太田市・大泉町についてというページで見てみると

人口4万強の町に4千人のブラジル人を含む6千人の外国人が住んでいるそうです。
80年代にバブル期に人手不足に悩み、外国人労働力に依存したが
ほとんどが違法滞在であり、その問題を解決するため
日系ブラジル移民を合法的に受け入れることにしたそうです。

日系とはいえ外国で育った方たちですので
地元民との軋轢も多いらしく
まるでブラジルの植民地だなどと嘆く人も出てきているようです。
そこで移民受け入れ推進派町長が落選し、町長が代わったとたんに
サンバカーニバルが中止になったそうです。
デカセギ=全国のモデルケース=大泉町の最新事情(3)=反発する地元商店主ら=「ここはブラジルの植民地」

ブラジルに限らないですがこの移民問題は個人レベルでの悲哀と苦しみではない。
一人の人生なんてものは大海に漂う木の葉一枚のごとく、歴史の潮流には逆らえない。
夢と希望を持って狭い日本を離れて憧れの大地ブラジルにわたったが
いつの間にやら祖国日本の方が豊かになってしまう。なんともやりきれない。
小泉さんの言うがごとく自己責任といえばそれまでだが
子孫はどう考えればいいのでしょうか。
先日はドミニカ移民については謝罪しておりましたけど。今頃言われてもって感じは否めない。

私はなぜだか小さなころからブラジルに憧れていました。
サッカーをやっていたせいもあるでしょうが、アマゾンのジャングルなんかにも
すごく興味がありました。仮面ライダーもアマゾンが一番好きですし。
移民ってのにも興味がありました。
でもある時、北杜夫の「輝ける碧き空の下で」という本を読んで現実の厳しさを認識しました。
移民とは戦いです。

私の曽祖父は教育者だったんですが生涯の夢はブラジルに日系人のための
学校を建てることだったそうです。
かれは昭和2年にカナダに教育状況を視察に出かけた帰りに
船を間違えたといって貨物船に乗りブラジルに行ってしまいそこで移民たちの奮闘に感銘を受けたそうです。
wikipediaによると最初の大量移民がブラジルに行ったのは1908年ということですから
まだ移民一世の時代だったわけです。
ただブラジルから帰った三年後には若くして亡くなってしまったので夢は果たせませんでした。

そんな時代から日本もブラジルもそれぞれ大きな浮き沈みを経て現在に至っています。
でも最近はブラジルも資源高騰などの影響を受け、BRICsなどと称され経済絶好調です。
またブラジルの時代が来るかもしれません。


以上
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by zhuangyuan | 2006-09-14 22:28 | 時事 | Comments(4)
2006年 09月 10日

モンゴルが世界を創る

世界史の誕生
岡田 英弘 / 筑摩書房
を読みました。この著者の本は何冊か読みましたがどれも斬新な角度から中国の成り立ちを
分析しており大変面白い。

今度の本は副題に「モンゴルの発展と伝統」とあります。
そして帯には「歴史はモンゴル帝国から始まった!」と太字で書いてあります。
いわく、モンゴル帝国以前は世界は同一の歴史はなく、
中国を中心とする世界と地中海を中心とする世界が別々に存在しており
その歴史の考え方もばらばらであった。
モンゴルの世界帝国で初めて世界がつながり現代へと続いていくそうです。

中国の歴史を普通に眺めるとモンゴル帝国たる元は勢力範囲は最大であるものの
中国歴代王朝のなかではごく短い間、君臨しただけと考えがちです。
しかし著者の見方からすると元というのはそもそもモンゴル帝国のごく一部であり
中国を植民地化し、いくつもある植民地のうち中国部分を元と呼んでいたに過ぎないと。

そして明に破れて中国を失ったあとも消滅せずに各地で残ってゆく。
また中国を取った明でさえも行政方法などは元時代のものをそのまま活用したとのこと。

明のあとの清はモンゴルの継承国家であり、元朝の持っていた玉璽を引き継いでいたらしい。
そして清にとっても中国は植民地の一つに過ぎないと。
ゆえに清朝や元朝時代に勢力範囲となっていたチベットを現在の中華人民共和国が
領有権を主張するのは理屈が合わないとのこと。なぜならチベットは中国人の中国に
支配されたことは一度もないから。
それを主張するならモンゴルこそが正統国家になってしまうと。

中国以外にもモンゴル継承国家がいくつもあるそうです。
中国語教室でそんな話題をしていますと先生が言いました。
「ロシアとかインドとか、あとヨーロッパの匈牙利」

ロシアについては以前、エリツィンがチンギス・ハーンに似ていると触れたことがありますが
何百年もタタールのくびきに繋がれてたのですがから影響がないほうがおかしい。

でもインドはないだろ、顔も違うし、ヒンドゥー教の世界はまったくちがうでしょ。
と思いきやインドも継承国家なんです。
ムガール帝国って聞いたことがあると思いますがこれはモンゴルがなまってムガールなったんですって。
モンゴル継承のティムール帝国が南下して立てたのがムガール朝だとのこと。

で最後の匈牙利(xiongyali)とはどこなんでしょう。
ハンガリーでした。
そういえば以前聞いたことがあるハンガリーとはフン族の国だと。
フン族とは東方の遊牧民である。
一説によるとそれはモンゴル帝国を形成した遊牧民の起源の匈奴だとのこと。
表意文字中国語の面目躍如で匈の字をつけちゃいました。
でも外来語は表音文字で貫いてもらわないとさっぱりわかりませんでした。

フン族とは東方からやってきてゲルマン人の大移動を引き起こした。
ここでもモンゴル=遊牧民が世界史を作ったんです。

でもハンガリー=フン族説ってのは最近の学説では否定されていると
wikipedeliaに書いてありました。

日本は海に隔てられていますので元寇にもやられることなく
良かれ悪しかれ日本であり続けました。
でも日本の国技はモンゴルに乗っ取られましたね。
朝青龍は今日も強かった。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-10 22:37 | 中国関連DVD、本 | Comments(8)
2006年 09月 10日

小説と言えば 金庸!?

中国語を勉強し始めて以来、気になって気になって仕方がないのですが
未だにその真髄に触れられない作家がいます。
それは金庸です。

中華圏で絶大な人気を誇る香港の武侠小説家です。
1955年から72年に15の小説を書き、一世を風靡し、未だに人気が衰えません。

前に北京のでかい本屋に行ったときのことです。
その本屋では誰もが気軽に立ち読みしています。
私は金庸の小説を探していたのですがやっとその棚を探しあててびっくりしました。
その棚の周りだけやけに人が多く、中高生とみられる少年が何人か座り込んで
金庸の小説に熱中していました。
おおさすがすごい人気だと、私も本を手に取ろうとしてまたびっくり。
本がボロボロなんです。皆が熱中して読みふけるもんだから手垢がついて破けていました。
改めて金庸のすごさに驚きました。

先日も中国語教室の先生(女子留学生)も言ってました。
小学校のころから金庸が大好きで実家には全部揃っていて何度読み返したかわからないと。
彼女いわく、中国人で金庸を読んだ事がない人はいないんじゃないか。
日本で言ったらチャンバラ小説なんでしょうけど女性にまで人気があるらしい。

先日も中国でもっとも人気のある小説家で魯迅や巴金、老舎を抑えて一位を獲得してました。中国人最爱看小说 金庸成最受欢迎作家

在りし日の鄧小平も金庸のファンだったらしく全巻読んだとのこと。邓小平会见金庸的台前幕后
文革後復活した鄧小平は初めて金庸に会ったときこういったそうです。
“欢迎查先生。我们已是老朋友了。你的小说我读过,我这是第三次重出江湖啊!你书中的主角大多历经磨难才成大事,这是人生规律。”

「ようこそ査先生(金庸の本名)、我々は古い友人ですよね。
あなたの小説は全部読みましたよ。私は世間に出てくるのがこれで三度目ですよ!
あなたの小説の主人公多くは苦難の末、大事を成し遂げましたよね、これは人生の法則です。」


私も中国通になるためには金庸を読まなくてはと常々思ってます。
実は日本語訳は買ったことがあります。
まず初めに買ったのは「侠心行」という本です。
何でも願いがかなうという鉄片をめぐっていろんな人が戦うのですが全然面白くない。
全三巻のうち二巻の途中でギブアップ。

中国人の方に聞くとこの「侠心行」が金庸のなかで一番つまらないということなので
私の運のなさをのろいつつ、では一番面白いものは何かと問いました。
「射雕英雄伝」だとのこと。
これもブックオフで見つけて買いました。
全5巻のうち4冊が揃っていました。最後の巻は面白かったら買うことにします。

これも現在までに2巻目までは読み終わりましたが
なんか乗らないんですよね。なんかしっくりこない。
モンゴルと金と宋が絡み合い、
面白いといえばそうかも知れないんですが熱中して読みふけるなんてほどでは全然ない。

で私が現在のところ下している判断はといいますと訳が悪い。
まずもって武侠小説なんてジャンルは想像上のものと歴史上のもののミックスで
言葉なんかも歴史の知識がないと理解できないものが多いのでしょう。
これを外国語に訳すのは至難の業でしょう。
もうひとつ訳者が女性であること。
ほとんどが岡崎由美というひとが絡んでいます。版権抑えているんでしょう。
男性に訳してもらいたい。北方謙三あたりはどうか?
(なんていいつつ実はわたしは北方の本を読んだ事がありません。)
武侠小説でありながら力強さ男臭さがまるで感じられないのはこれが原因ではないか?
いずれにせよ中文版を読んでいないのでなんともいえないのですが
勝手にそう思ってます。

だから今度は中国語でトライしてみます。
でも問題はどれもこれもみんなチョー長い。みんな5冊以上です。
どれから行くかは悩みどこですが先日の金庸を全部持ってる留学生がお薦めなのは
最後の小説「鹿鼎記」だと言ってました。康煕帝の時代の話だそうです。
いまDVDで「康煕大帝」を見てますので時代背景がわかっていいかもしれません。
いつかはトライしなくは。

中国では高校の教科書にも金庸が採用されたとのことですので
中国を知るにはやはり金庸を読まなくてはと強くおもうのでした。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-10 13:52 | 文化、歴史 | Comments(4)
2006年 09月 04日

中国のお菓子

今日は会社に北京からのお客さんが来ました。
その方はすでに引退されているのですが来日されたついでに寄ってくれました。

そしてお土産のお菓子をくださいました。
「あんた仿膳(fangshan)って知ってるか?北海公園の。
国家の賓客が行くところです。そこの有名なお菓子です。」

残念ながら私は聞いたことがありませんでしたが
聞いただけで食べたくなりました。

お帰りになってから開封させていただき部署の皆で頂きました。
お決まりの赤い箱に入った、お菓子の詰め合わせでした。
普段はお客さんから頂くお菓子はあまり食べないほうですが
今日は興味から二つもとってしまいました。

色とりどりでいろんな形をしたお菓子が沢山詰まっていまして目移りしました。
結局私はあんこをパイ生地で包んだようなお菓子と胡桃を模したような形のお菓子を選びました。

「これは中国の高級菓子だからみんなも食べてみてよ。」

などといいつつ早速一口。

「ん? 味がしない。」

ほんと味がしない。歯ごたえだけ。甘くも辛くもない。

そしてもうひとつも。やっぱり味がしない。

やっぱりあきらめきれずに、OLさんにもう一つ所望し
味のありそうなクッキーにブドウがついたものを選び、口に運ぶ。

やっぱり同じでした。
期待が大きかっただけに失望が大きかった。

同僚が言いました。「これは日本的基準から言ったらマズイというのではないか?」
中国贔屓のわたくしも二の句が接げませんでした。

でも良く考えたら中国でこの手の焼き菓子を食べたことは何度もありますが
おいしかったためしがありません。
まあいつもの感じなんです。ぱさぱさしてぽろぽろこぼれて味があまりしない。
でも中国に限らず外国のお菓子ってうまいのがあまりありませんね。
アメリカも最悪です。やっぱ日本がいい。洋菓子も和菓子も。パンの系統もそうですね。

前にコリアンクラブのホステスが言ってました。
日本でパン学校に通ってるって。
何で日本なの?パリじゃないの?と聞くと、何でもパンの世界では
日本はフランスとならぶ技術大国なんですって。
確かにおいしいパン屋さんが多い。

悔しいので帰ってから仿膳をネットで調べて見ました。

やっぱりすごいとこみたいです。満漢全席なんかもやってるみたい。
为了不断挖掘开发宫廷名菜,仿膳多次前往故宫博物院,在浩繁的清宫御膳档案中整理出乾隆、光绪年间的数百种菜肴,并拒此研制出“燕尾桃花虾”、“一品豆腐”、“海红鱼翅”、“金鱼鸭掌”等菜肴。

宮廷料理を絶えず探り出し開発するために、仿膳は何度も故宮博物館に通い、
おびただしい量の清朝宮廷メニューから乾隆、光绪年間の数百種類の料理を
整理して、“燕尾桃花虾”、“一品豆腐”、“海红鱼翅”、“金鱼鸭掌”といった料理を開発した。


どんな料理かはさっぱりわかりませんが漢字をみると豪華でおいしそうです。
一品豆腐ってのはその辺の居酒屋でもありそうですけど。
ぜひ機会があれば行ってみたいものです。

ニクソンや角栄も来たみたい。

でもなんで中国料理はあんなにおいしいのにスイーツはいいのがないんでしょうか。

以上
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by zhuangyuan | 2006-09-04 22:11 | | Comments(20)