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2006年 05月 27日

米中密約 日本非核化!

中国の「核」が世界を制す
伊藤 貫 / PHP研究所
読了。

題名だけを見たら絶対に読む気のしない本です。
なんか中国脅威を煽るプロパガンダ的な本を想像させる書名です。
じゃあなんで買ったのか?
西村眞悟がメルマガで絶賛していたからです。
絶賛するだけのことはあり、歴史観があり、大局的で
しかもデータに基づく骨太な内容でした。

彼は最近弁護士名義貸しで民主党を離党した国会議員ですが
筋の通った憂国の志士です。
防衛副長官をしていたときに「日本も核武装せよ」などと過激な発言をして
くびになったこともあります。

で、本の中身はというと
中国の核がどうのということよりも
日本が核武装せよということに主眼を置いています。

なぜ核武装か?
それはアメリカはいざという時には日本を守らないから。

日本は中国、ロシア、北朝鮮の核ミサイルの標的になっていますが
アメリカの核の傘で守られているからOKというのが定説。
しかしもし中国が日本に核ミサイルを発射すると威嚇してきた場合、
アメリカは本国が核ミサイルの標的になる危険を冒してまで日本を助けるか?
著者いわく答えはノー。

核がない限り国際政治において発言力はゼロだと。
だから核武装せよとくる。

著者いわく中国も1960年代毛沢東時代にそのことを理解し
極貧国でありながら核開発に総力で取り組み、今の地位を得たとのこと。
「たとえ百年かかってもズボンを穿かなくても核兵器をつくってみせる。」
外交部長陳毅が発言したそうです。

ちょっとネットで調べるとこんな発言でした。
脱裤子当当,也要把原子弹、导弹搞出来。

ズボンを質に入れても、原子爆弾とミサイルを手に入れてやる。

そして毛沢東のokが出て研究がすすめられた。
その時中国はどんな状態だったか?
在中国几亿人濒临死亡边缘的时候,耗费巨大的核工程不停反而加速运转,在中国经济形势仍非常困难的一九六二年底,在毛泽东的指示下,中共成立加强协调指挥核武工程的专门委员会,周恩来任主任,提出的口号是一切为核工程开绿灯,「要人给人,要物给物,要钱给钱,一路顺风。」完全不顾人民死活,犹如给饥饿的中国老百姓雪上加霜,伤口上洒盐。

中国で何億人が(貧困で)死のふちを彷徨っているとき、
核プロジェクトをやめないだけでなく、更に加速させ、
中国の経済情勢が非常に困難な1962年末、毛沢東の指示のもと
共産党は核プロジェクトを指揮し強化する専門委員会を成立させ
周恩来が主任をつとめ
「人が必要なら人を、物なら物を、金なら金を出す、順風満帆」
というスローガンでゴーをかけ、
人民の生死は完全に無視し、飢餓状態の中国の民衆には泣きっ面に蜂、
傷口に塩をぬるが如くであった。


まさに今の北朝鮮といっしょ。
でもここまでして国家戦力を明確にして遂行する中国には恐れ入ります。

本に戻りますが
著者いわく日本に米軍がいるのは日本を核武装させないためであり
そのことは1972にニクソンと周恩来が国交回復時に密約したことであると述べています。
ニクソンの手書きメモが残っているそうです。

で私は中国のサイトを検索してみました。
そして下記文章を見つけました。便利な世の中です。1972の米中会談での話です。
中国人提出了据称美国正在重新武装日本的问题,并说它对中国是一种威胁。对此,基辛格回答说,日本重新武装是针对苏联在这个地区大大增强军事力量所作出的反应,并不威胁中国;美国军事力量在日本的存在起稳定的作用和制止日本军国主义的复活。再者,由于人们对广岛和长崎两地原子弹爆炸之事记忆犹新,日本这个国家无论如何是强烈地反对核武器的。美国的核保护伞可以用来遏制日本,不让它发展自己的核力量。

中国側は米国が日本を再武装している問題を提出し、このことが中国の脅威になっている
と述べた。これに対しキッシンジャーは日本の再武装はソ連がこの地区で軍事力を増強していることに対抗するもので中国を脅かすものでない。
米軍の日本での存在が安定化をもたらし、日本軍国主義の復活を抑える作用をしている。
その上、彼らは広島、長崎の原爆の記憶が未だに鮮明で、日本という国家も何が何でも核兵器に強烈に反対する。
米国の核の傘が日本を抑え、自分たちの核能力の発展を許さない。


日本の主権もへったくれももありゃしません。
日本の今日の経済発展もただのラッキーなんでしょうか?
そのうち本当に米中どちらかに併合されちゃいうかも。

で著者曰く
このまま行くと中国は2020年ごろアメリカと並び世界最大の軍事大国かつ経済大国になり
極東地区のバランスがくずれ、中国の覇権主義が顔をだし、
米国も米国大陸に引っ込むかもしれないとのこと。

またその時期までにアメリカは中国をたたくこともあると。

その時、独立国として存在するためには核を持てということです。

話が壮大すぎて私にはコメントする能力がございません。
まあその時までに中国語をマスターしときましょう。
ついでに孫子の兵法も身につけて、
リアリスト的な平和の使徒になれたらなあ。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-27 22:43 | 中国関連DVD、本 | Comments(6)
2006年 05月 27日

「西太后」と現代中国

西太后―大清帝国最後の光芒
加藤 徹 / 中央公論新社
読了。

先日ご紹介した「漢文力」の著者、加藤徹氏の近著です。
中国の本って結構見かたに偏りがありがちで褒め称えたり、バッシングしたりいろいろですが
この方の本はバランスがとれてて読んでて気持ちがいい。
いろんなエピソードや風説も交えて読んでてあきさせません。
さらに学者さんにありがちな、まどろっこしさがなく、
ざっくばらんに話してくれるような感覚があります。

西太后といえば現代中国においては
近代中国100年の屈辱の歴史を作った諸悪の根源で評価は最悪です。
まあ彼女自身がどんな人物だったかはともかく
なぜ1人の女性が48年もの長いあいだ、衰退しつつあったとはいえ
まだ超大国であった大清帝国随一の権力者足りえたのか?
やはり歴史的に皇帝が君臨した中国は皇帝がカリスマ足り得ない時にも
カリスマを必要としてそれにたまたま選ばれたのが西太后だったんでしょう。

だって最初に権力を握ったとされるのが27歳ですって。
夫の咸豊帝が死んで実子の同治帝が即位したときです。
27歳っていったら数え年でしょうから、
この前千葉の選挙で勝った民主党のキャバクラ議員と一緒ですよ。
いくらなんでも自分の力では権力とれないでしょ。
周りで利用した奴らがたくさんいたはずです。

それにしても西太后、後宮に入ったのも選秀女というオーディションあがりなんです。
満州族のなかから美女、才女が集められて皇帝のお后探しです。
まさにシンデレラストーリー。当時18歳。
ミスコンで一位になったみたいなものです。
でも厳密には第4位当選。子供を産んで2位まで上昇。皇后はただ1人です。(東太后)
(ちなみに中国では西より東の方が上です。東の横綱が正横綱であるのと同じ論理です。)

27歳で権力を握ってから48年間ずっと大清帝国の中心でありつづけるのです。
今みたいにネットで情報が得られるわけでもないのですから
いったいどうやって統治したんでしょう。

まあ彼女の能力がどうあれ彼女がトップだった時期はほんとに激動の時代でした。
著者の話で面白いのはこの時期の大きな出来事は現代中国に投射されているんですって。
曰く西太后時代は現代中国のパイロットプラント。

洋務運動は今の経済発展、義和団の乱は文化大革命、変法新政は改革開放の
パイロットプラントだと。

特に洋務運動についての記述は面白かった。
阿片戦争に負けたあと1860年代から西洋文明を取り入れ急速に発展します。
そのスピードは明治維新をしのぐほどだったと。
キャッチフレーズは和魂洋才ならぬ中体西用。
“中学为体,西学为用”,希望利用先进的技术维护封建统治,改革不触动封建制度,被认为是失败的根本原因。(中文wikipedia)

「中国の伝統的な学術を基礎として西洋の学問を用いる」つまり先進技術を利用して封建体制を
維持し、封建制度の改革には手を触れない。このことが失敗の原因とみなされている。

権力維持のために西洋技術を取り入れたのです。明治の日本は旧幕府は倒れたjoあとで
新政府はなんのためらいもなく西洋技術を受け入れたが清国はそうではなかった。
日清戦争の時の清国海軍はセーラー服に辮髪だったんですって。
悪趣味な三つ編みお下げの女子高校生に扮したオカマチャンのようです。

この封建制度のところを社会主義と入れ替えるとなんか現代と符合します。
社会主義市場経済。
社会主義を基礎として市場経済を推し進める。

この洋務運動は約30年で終わりました。
いまの改革開放は1978に始まりました。もうすぐ30年。
北京五輪の後かな?

洋務運動の終わりは日清戦争でした。
こんどは米中かな?

いやいやこんな不謹慎なことを言ってはいけません。

ともかくこの本は面白かった。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-27 00:26 | 中国関連DVD、本 | Comments(6)
2006年 05月 21日

韓国料理でチョンガキムチ

今週終盤の日中酒対決で酔っ払い頭がボケてしまい
週のはじめの出来事を忘れていました。
そういえば月曜日は韓国人の社長とキムチ対決だったのです。

大使館員も御用達だという赤坂の韓国料理店で二人で食事しました。
韓国料理店で食事をする機会は結構多いですが、その日は韓国の方と二人だったので
いろいろ料理の説明をしてくれたので楽しかった。

「状元さんは辛いもの大丈夫ですか?」
「大好きです。」(ほんとに好きなのですが、食べた後の下の口がちょっと心配。)

言葉の如く辛い物三昧で、お通し小皿も当然辛く、キムチ豆腐炒め、水キムチと続き、
次にめずらしいキムチが登場。
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チョンガキムチというそうです。
チョンガとは日本語でも使うように「独身」の意味です。

じゃあなんで独身キムチなのかと問うと。
この材料が大根であり、その大根がチョンガ大根というらしい。
そしてその形が独身男の「ナニ」にそっくりで元気いっぱいに見えるから
その名がついたとのこと。

私たちは切ってから食べたのでなんてことはなかったのですが
この大根の収穫の時期、畑では農家に嫁いだ若いお嫁さんたちが
農作業の合間にみんなで井戸端会議をしながら
このチョンガ大根に生でかぶりつくのだそうです。
エネルギーたっぷりな壮観な光景だそうです。アッハッハ。

そして肉を沢山食べて
真露をストレートで飲みました。
いわく日本の真露は水割りがうまいが韓国の本場真露はストレートでなくては
うまくないとのことで。ストレートに決定。キュウリは入れませんでした。

最後は味噌チゲとシッケとかいう韓国甘酒(アルコールなし)を一杯。
これが消化を助けてくれてお腹にいいらしい。

食事の後は「ちょっと顔だけだして行きましょう」と社長さんに連れられ韓国クラブへ。
これが悲劇の始まり。

例の如く、ショットグラスでウィスキーを一気をせよと、
ボトルを開けさせるノルマに熱心なホステスたちがどんどんすすめてくる。

しばらくすると、チョンガキムチの祟りか?案の定、腹の具合おかしくなる。
トイレへgo!
やっぱりゲーリークーパーです。
その後頻繁にファジャンシル(トイレ)へ駆け込む。
そのうち飲ませることに熱心なホステスも異常に気付く。

「大丈夫ですか?薬のみますか?」
おおやっと気付いたか、
いままでご馳走をしてくれたお客さんの前で下痢だといえず黙っていました。

正露丸(征露丸)をもらう。韓国製でした。
名前の由来(日露戦争の時に日本軍が使ったこと)を説明してあげました。
漢字で書けるか?と問うと「正老丸」と書いた。ハングル文字使用の悪影響です。
まあゲリ男に言われたくはないとおもいますけど。

その後も腹の調子がおさまらず
心配してくれたホステスは朝鮮人参ジュースを持ってきてくれた。
その次は柚子ジュース。いずれも温かくて腹によさそう。
最近ニンジンりんごジュースダイエットに取り組んでいる私は
ニンジンの効用を信じています。清の皇帝も毎朝ニンジンジュースを飲んでたらしいし。
ありがたいありがたい。

しかししばらく経つとまたウィスキーのショットグラスで
ストレートの一気飲みを強要してくる。
なんだこいつは?
俺は腹壊してるの知ってんだろ!
ただすすめられて飲まないのもお客の手前まずかろうと思いグッと一飲み。
トイレへゴー。

しかし韓国クラブの女衆のノルマ達成への執念には恐れ入ります。
正露丸やニンジンジュースで飲める体を回復させて更に飲ませる。
すごい!!
逆に感心してしまいましたよ。
この点は中国クラブの方が馬馬虎虎なホステスが多いので
こっちのペースが保てて楽ですね。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-21 16:17 | 生活 | Comments(8)
2006年 05月 20日

飲んで飲んで中国ジャンケン

おととい、中国のお客さんと飲む機会がありました。

本来は日本で会社をされている中国の社長二人と私で3人でのむ予定でしたが
1人の社長のところに中国から急にお客さんが来られ
みんなで飲むことになりました。

日本人2名、中国人6名。
急に来られたお客さんは重慶の大きな会社の総経理さんでなんと社員一万人以上とのこと。
中国の会社って見た目だけで誰が社長かすぐわかります。
社長さんは腹がでてて顔がでかい。先日の社長さんも風格たっぷりのおっちゃんでした。
ただ服装はほんとにラフ。ポロシャツにチノパン。

書いててふと思う。チノパンてもしかしてchino(スペイン語の中国)pant?
やっぱりそうでした。昔フィリピン駐留米軍が軍服の材料を中国から輸入しその生地をチノ(chino)
と呼んだんですって。チノパン

閑話休題。
飲み会はまずビールからスタート。
そこで恒例の喫煙。
中国の方はまず最初に煙草をくれますね。

この煙草は初めて見ました。
黄色い箱に龍の図柄。
その名も「天子」
要するに皇帝ってことです。

これは中国で一番高い煙草や!!
最近まで非売品で一般人は吸えないんだよ!
と社長。一箱200元くらいするらしい。(2800円くらい)

中国ではこうした貴賓用煙草、贈答用煙草がよくあり
金持ちはいつもいい煙草吸ってます。
またよくお土産でくれたりします。
でもこれが結構困ります。
中国にいる時はいっぱいもらうので仕方なく吸いますが
日本ではあまり吸わない。それに強すぎるのでちょっときつい。
しかも日本人で煙草が好きな人ももらってくれない。
私の会社のデスクの中には一年前にもらった高級煙草「中華」がワンカートン眠ってます。

この「天子」という名前、共産主義なのにいいのかよと思っていると
やはり数年前に当時の朱鎔基総理に注意を受けたそうです。封建的だと。

その後は日本酒をデカンタでもってきてもらっていましたが
そのうちボトルでも持って来い!というムードに突入し乾杯合戦に!!
多勢に無勢の日本代表はしたたかに酔っ払いふらふらに。

すると今度は中国式ジャンケン対決になり、負けたほうが乾杯。
(中国の乾杯は杯を空にすることで一気のみの意味です。)

老虎,杆子,鸡!
laohu、ganzi、ji(虎、棒、鶏)

虎と棒と鶏と、更に虫子(chongzi 虫)があり
まず最初の三つを二人で同時に叫び、4つの選択肢から一つ選んで叫ぶ。

A:老虎,杆子,鸡..老虎!!
B:老虎,杆子,鸡..杆子!!

って感じで勝ち負けはどうするかというと

虎は棒で叩かれるから棒の勝ち。この場合はBの勝ち。
虎は鶏を食べるから虎の勝ち。
鶏は虫を食べるから鶏の勝ち。
虫は棒の材料の木を食べるから虫の勝ち。
虎と虫、棒と鶏はアイコ。

非常に単純。ただ酒が入っていくとエスカレートしていきどんどん飲む羽目に。
私の酒は自爆タイプ。弱くはないですがどんどんいっちゃうので大変です。

ほんとによく飲んだ。二次会は1人のお客さんと二人で行ったのですが
あまりに眠くておそらく20分くらいで店をでてタクシーに乗り込みバタンキューでした。

昨日は会社で半日ボーっとしてました。

でも昨日も飲みでした。
イギリス帰りの中国人の友人とそのまた友人と、
知り合いの経営する山西菜の店で一杯。
その後中国クラブへ行き、店を出たのが午前一時。
いまだに頭が冴えません。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-20 21:39 | 生活 | Comments(5)
2006年 05月 14日

詩人 毛沢東

岩波文庫「中国名詩選」をめくっていましたら最後の最後に毛沢東の詞がありました。
詩じゃなくて詞です。日本語だと同じ「シ」という音なので後者を「ツー」といいます。

以前北京で語学教師に毛沢東は詞の天才だという話を聞いたことがあり
気になっていました。
詞は詩と違って全ての句が同数ではなくいろんなパターンがあるそうです。
韻の踏み方も複雑な決まりがあってとても難しいそうです。

その本に載っていたものはとてもわかりやすく面白いのでご紹介します。
一九三六年二月に作られたものです。
沁园春《雪》

北国风光,
千里冰封,
万里雪飘。
望长城内外,
惟馀莽莽;
大河上下,
顿失滔滔。
山舞银蛇,
原驰蜡象,
欲与天公试比高。
须晴日,
看红妆素裹,
分外妖娆。


北国の風光は千里までく氷に閉ざされ
万里に雪が舞い
長城の内外を眺めれば
果てしなく広がっており
大河は全て
滔滔とした流れを失い
山には銀の蛇が舞うようであり
野原には蝋燭の象が駆けるようであり
天と高さを競っているようだ
晴れた日を待ち
紅く染められ白に包まれた様を見れば
あまりにも艶かしい。

江山如此多娇,
引无数英雄竟折腰。
惜秦皇汉武,
略输文采;
唐宗宋祖,
稍逊风骚。
一代天骄,
成吉思汉,
只识弯弓射大雕。
俱往矣,
数风流人物,
还看今朝。


国家の山河がかくも美しく
無数の英雄たちがその前に腰をかがめてきた
惜しいかな秦始皇帝や漢武帝は文才がなく
唐李世民や宋趙匡胤はいささか風流でない
一代の天の驕子チンギスハンは
ただ弓を引き絞って大鷲を射ることしか知らない
皆過去のことである
風流な人物を数えるとするなら
今の世を見よ


詩的センスのない私でも非常にわかりやすい。
広大な自然を躍動感もって描き、しかも悠久な歴史の変遷まで表現してしまう。
素晴らしいですね。

しかも1936ですからまだ長征の最中のことです。
今でこそ長征というと勇ましい響きですが
国民党軍から逃げ回ってただけです。
1949の中華人民共和国の成立まで10年以上前の時代です。
そんな時期に4000年の歴史の偉大なる英雄皇帝を卑下し
己と比べてしまうこの根性がすごい。
今の世を見よ!って「俺を見ろ!」ってことですよね。
完全に天下を狙ってます。というかもう天下が自分のものだと思ってる。

今日本では時期首相候補が何人かいますが
彼らの目標は吉田茂だったり岸伸介だったり福田赳夫だったり
あまりに卑近な目標でスケールが小さい。
誰か天智天皇とか後醍醐天皇が目標だとかいう奴はいないのか?
天皇がまずかったら藤原道長とか源頼朝とか。

毛沢東はこの長征の間、中国歴史を徹底研究してバージョンアップしたとのこと。
Mao 2.0って感じかな。
詩や詞も相当読んだんでしょう。

第二次大戦後、Mao 2.0が共産党トップとして蒋介石と和平交渉を行ったころ
この詞が世の中にも知られるようになったそうです。こちらを参照

そこで毛沢東の詞の才能に嫉妬した蒋介石は国民党随一の文人に
毛沢東の詞の評価を聞きました。それに答えて曰く、
“气度不凡,真有气吞山河如虎之感,是当今诗词中难得的精品啊!”
(非凡な風格があり、正に山河を呑みこむこと虎の如し、当代の詩詞では得がたい絶品です!)
と素直に答えました。

蒋介石は更に嫉妬心を深くしていまいました。

そこで蒋介石は屁理屈を考え、盛んに宣伝したそうです。
他的词有帝王思想,他想复古,想效法唐宗宋祖,称王称霸。
(彼の詞は帝王思想がある、彼は王制復古を願い、
唐宗宋祖を習い、王と名乗り覇を唱えようとしている。)

当時蒋介石は民衆からは相手にされず、結局毛沢東が勝ちました。

でも今から振り返ると
毛沢東の覇権主義を鋭く見抜いていたとも思えます。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-14 15:53 | 文化、歴史 | Comments(11)
2006年 05月 13日

「シブミ」 上海193?年

シブミ〈上・下〉
トレヴェニアン Trevanian 菊池 光 / 早川書房
読了。

ミュンヘン・オリンピックのイスラエル選手殺害に報復するグループとその報復を阻止しようとする
CIAと石油利権を代表するマザーカンパニー。
そして生き残ったイスラエルテロリストが助けを求める主人公の謎の暗殺者ニコライ。
彼らが複雑に絡み合う冒険小説です。

じゃあなんでここで紹介するわけ?って声が聞こえそうですが
この暗殺者ニコライはロシア語、ドイツ語、英語、フランス語、中国語、日本語、バスク語などを
操れる国籍不詳者なんですが心は日本人なんです。なんかゴルゴを思い出します。
そして、その日本との出会いは戦時中の上海なのです。
彼が少年時代に当時上海を占領していた日本陸軍の将軍と一緒に暮らすことで
日本に感化されてゆくのです。ここで中国が出てくるわけです。

内容はさておき、なぜこの本を手に取ったのか?

こうした冒険物は当たり外れが多いので自分から何も知らずに買うことは
めったにありません。

この「シブミ」(渋み)というわけのわからない題名は
なんか西洋人が日本の伝統をデフォルメして勘違いしたゲテモノ小説チックな響きがあります。
フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリなんてアクセントを強調して読むような
不思議の国ジャポンみたいな、太った白人が化粧して着物着たような違和感を感じる。
ですから本屋で見つけても買わなかったでしょう。

実はこの小説わが社の社長から紹介されたのです。
先日、」社長と天皇家の相続についてはなしていて、
天智天皇がどうの、神武がどうのという流れで
日本とは?という話に転じ
そのうち外国人(西洋人)でも日本を愛し、日本に対する知識が恐ろしく深い知日家がいるという
ネタになりました。

そこでこの「シブミ」が登場。社長は偶然本屋で買ったらしいのですが
そこからこの小説についての話が始まりました。

ミュンヘン五輪から始まり、石油利権、上海の日本軍、戦後の日本での暮らし、軍事裁判、バスクでの暮らしなどなど、ほとんど全ストーリーを語ってしまった。
私は、上海の日本軍との話にビビッと来て是非読んでみたいと思いました。
そこで「私も買って読みますからストーリーは話さないでください。」などと
社長の話の腰を折るこのなど一介の末端社員には出来ず、
とうとう終わりまで行ってしまいました。その間、およそ45分。

ただ私の興味は潰えず、これだけ語るからには相当面白いのだろうと思い、
早速買って読みました。

 で、内容はといいますと期待に違わず読みでのある内容ぎっしりの深みのある小説でした。

その上海での日本軍ですがニコライが一緒に暮らす、岸川将軍は特務部長でした。
現代中国の歴史評価からすると上海の特務長なんていったら暴虐の限りをつくす
悪の権化のような存在でしょう。

しかし、このアメリカ人小説家の描く、岸川将軍は「国家の品格」を自でゆくような人格者なのです。彼のシブミに感動したニコライは生涯「シブミ」の追求を人生の目標としました。

では彼らの暮らした当時の上海とはどんなところか?
傲慢な若い新米ヨーロッパ人が痩せこけた少年のような中国人が
引く人力車の上でふんぞり返っている。
中略
外国の商館に雇われている脂肪のかたまりのように太った買弁が
ヨーロッパ人が自分の国の人間を搾取するのを利用して金を儲け、
西欧風の生活様式や倫理を猿真似している。(P96)


そしてこんな上海に新しい支配者として日本軍が入って来る。
外国資本家は自らの利権を守るべく日中両国軍へ市街地でも戦闘を避けるよう
依頼したが、国民党軍は利権のある外国の介入を誘って、
アメリカ製の戦闘機ノースロップで意図的に市街地を繰り返し誤爆し街を破壊した。
ここでも民衆の犠牲を屁とも思わない蒋介石軍の登場。

その後は日本軍が国民党軍を駆逐した。

将軍のたゆまざる努力によって、上海の街は次第に復旧しはじめた。
公共工事が回復し、工場は修理され、中国人農民がもどりはじめた。
通りの活気と騒音がよみがえって、ときおり笑い声が聞こえるようになった。
中略
中国人労働者の生活状態がヨーロッパ人の支配化にあった頃よりよくなった
ことは確かである。(P106)


繰り返しますがこの小説を書いたのは日本人ではありません。
アメリカ人です。第二次大戦の敵国でしかも蒋介石をバックアップしていたアメリカの国民です。なんとありがたい。

この小説家の知日ぶりはほんとにすごい。
上海の後、主人公は日本で暮らすのですがこのでも桜の描写なんかも
日本人以上に詩的な文章を書きます。もちろん原書は英語ですけど。
ぜひ読んでみてください。

日本ではこれまたシブミのある囲碁の名人に師事するのですが囲碁のことなんかは
私もチンプンカンプン(听不懂,看不懂)です。恐れ入ります。

この小説、暗殺者の冒険ものですが
作者の文化文明批評の書として読んだほうが面白いと思います。
おすすめです。

ニコライ、最後は日本人女性といっしょにバスクに暮らすんですよ。
石油利権にパレスチナ、日本にバスク。
小説家の創造力っていうのは想像を絶しますね。
バスク人はネアンデルラール人だなんて新説というかジョーク?も登場します。
バスクも知ってみたいなあ。

最後にこの小説は1979に書かれたことを知りびっくり
全然古く感じません。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-13 18:32 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)
2006年 05月 07日

蒋介石の大量破壊兵器

最近北朝鮮の核がどうの、米軍再編がどうのと軍事関連ネタが世を騒がしていますが
先日ご紹介した「漢文力」(加藤 徹著 中央公論新社)という本に
春秋時代の大量破壊兵器の話が出てきました。

紀元前の時代に大量破壊兵器?
とお思いでしょうがそれは堤防を決壊させることだったのです。
でもこれは核兵器と同じで壊したら最後敵も味方もありません。みんな被害者です。
ですから冷戦と同じで誰もそれを使用することはなかったそうです。

でもそのとんでもないことをやった男がいます。蒋介石です。
1938年6月9日ついに禁断の兵器を使用したのです。

相手はご想像のとおり日本軍です。
日本軍の進撃の早さに恐れをなした蒋介石は「以水代兵」(水を以って兵となす)という
戦法を考えだし、日本軍の進撃をストップさせるため
黄河の花園口という場所を決壊させたのです。

以前にも蒋介石のこの暴挙については聞いたことがありましたが
あまりの考えに自暴自棄の末の衝動的行動だと思っていたのですが
ちゃんと軍事会議を開いて決定して、工兵を使って計画的に決壊させたのです。
それもそのはず黄河の大堤防は幅が30メートルもあるそうで
衝動的に壊すことなんてできない頑丈な要塞みたいなものでした。

敵をたたくためなら自国を街の一つや二つ水没させてもかまわない。
日本軍を倒すためなら自国の農民がいくら死んでも気にしないという
恐ろしい壮大な構想にビックら仰天しました。比叡山焼き討ちの信長がちっちゃくみえます。

その被害状況がまた凄まじい。そこまで蒋介石が予想していたか知りませんが
想像を絶する規模です。

这次洪灾,河南、安徽、江苏共计44县市被淹,受灾面积29000平方公里,受灾人口1000万以上,冲毁140万民房、淹没近2000万亩耕地。黄水所到之处,房倒屋塌,饥民遍野。这次洪灾,豫、皖、苏三省共有390万人背井离乡,他们一路乞讨,远的一直逃到陕西甘肃等省,从中原到西北,迤俪着一幅长长的饿殍图。因此而死的中国人民,还没计入上述八十九万人之内。兰封战役及花园口事件

今回の洪水災害では河南、安徽、江蘇の合計44県市を水没させ、
被害面積は2万9000平方キロ、被害人口1000万人、140万戸の民間住宅を破壊し、2000万畝の耕地を浸した。水はいたるところにあふれ、家屋は倒壊し、豫(河南)、皖(安徽)、苏(江蘇)三省では合計390万人が故郷を離れ、物乞いしながら遠くは陕西甘肃等省まで逃れ、
中原から西北まで餓死者の群れが続いた。これによって亡くなった中国人民は
上記の89万人の死亡者には入っていない。


堤防を一箇所決壊させて89万人が死亡するまさに大量破壊兵器です。
広島原爆だって14万人ですからすごいです。
でも良く考えたらこれも日本軍に対して行われたんですね。
相当恐れられていたんでしょう。

去年のスマトラ沖地震の津波の恐ろしい映像が記憶に新しいですが
あの凄まじい津波の死者が全世界で20数万人と言われてますから
それを超えるパワーを放出させてしまったのです。
全中国の日本軍を壊滅させるのならわかりますが
たかだた一地域の一部隊の進撃を止めるためにそこまでしますかね。
恐るべし蒋介石。

この蒋介石ただものじゃないところはそこからです。
これだけの大事件を起こしておきながら
この事件の真犯人を日本軍に仕立て上げてしまうのです。
国民党の宣伝部が日本軍が堤防を空爆して破壊したと発表したのです。

由国民党中央通讯社以国家新闻中心的身份对全世界发布黄河大堤被日军炸毁的讯息。”
中略
花园口决堤的消息迅速引起世界各国关注,一时间,无论路透社还是美联社的消息都显示出,世界各国舆论几乎一致谴责日军的这一暴行。


国民党中央通信社が国家ニュースセンターの身分で全世界に黄河の大堤防が
日本軍空爆により破壊されたというニュースを発表した。
中略
花園口堤防決壊のニュースは世界各国の関心の的となり、一時期、
ロイターだけでなくAPも報道し、世界各国世論はほとんど一致して日本軍の暴挙を非難した。


曰く、この謀略ニュースにより中国人民は一致団結して日本軍に対抗したそうです。
日本を倒すための必要悪としてはちとでかすぎる事件です。
この事件もっと有名でもいいような気がします。

でも蒋介石はともかくこれだけのパワーを秘めた黄河を大堤防を築き
人間のコントロール化に置いている中国文明ってたいしたものですね。
4000年も前からこの自然の脅威を制圧しているのですから。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-07 21:33 | 文化、歴史 | Comments(2)
2006年 05月 03日

民族英雄 鄭成功は日本人

 中国の歴史上愛国の英雄はあまたいますが私が気になる存在なのが鄭成功。
なぜなら日本人の血が入っているから。

 彼の父親は鄭芝龍といいまして貿易商というか海賊みたいなものでした。
鄭芝龍が長崎の平戸に住んでいたときに日本人女性を嫁にもらい
鄭成功が生まれました。当時の名前は福松ちゃん。7歳まで日本育ち。

 日本では近松門左衛門の国姓爺合戦で鄭成功が描かれてますので
知ってる人は知っている。(ちなみになぜ国姓爺かというと明の皇帝に皇帝の姓「朱」を授かったからだそうです。
でも恐れ多くて名乗らなかった。)

 平戸では今でも毎年鄭成功祭りをやっているそうです。
鄭成功の弟の子孫も健在だそうです。

 この鄭成功の母親が日本人であることが中国では意外に知られていない。
私の友人知人にこの話をするとほとんどの人が知りません。
民族の英雄がなんで日本人なんだ?という反応が多いです。
母親は芸者なのか?なんてのもありました。

鄭成功がなぜ英雄なのかというとまず明の復興を企てて最後まで
異民族国家清に対抗したから。
もうひとつはオランダに占領されていた台湾を奪回したから。

この台湾を奪回したというのが今の中国政府にとっては非常に重要。
私が持っている本
「影响中国历史进程的100位名人」(中国の歴史発展に影響を与えた100人)
にはこう書いてあります。

收复台湾,维护祖国领土完整,
把台湾同胞从侵略者的铁蹄下解放出来,符合全国人民的利益,也是郑成功的夙愿。


台湾を回復して祖国の領土を完全に保ち、台湾の同胞を侵略者の圧政から
解放することが全国民の利益と一致する。
このことが鄭成功の宿願であった。


ここまで書くと白々しい。政治臭さが感じれます。
実際は清の軍隊に福建で追い詰められて、
その対岸の台湾に抗清の根拠地を築こうとしてオランダから奪い取ったであり、
全国民の利益を考えていたとも思えないし、
祖国の領土をどこからどこまでと認識していたかはわかりません。
だってその祖国自体が清に攻められて風前のともし火だったんですから。
実際領土という地政学的認識より明朝という皇帝に付随する体制を保持するのに
必死だったんでしょう。

でもこの鄭成功は台湾を手にしてすぐに死んでしまう。
すると今度は後を継いだものが腐敗してしまったとのこと。
そして最後は清朝に統一される。
后来政治腐败,人心惶惑,台湾郑氏集团成了祖国统一的严重障碍

その後、政治が腐敗し、人心が惑わされ、台湾の鄭氏集団は祖国統一の重大な障害となった。

1683年清康熙帝最终完成了祖国的统一大业。

1863年清朝康熙帝が最後に祖国統一の大業を成し遂げた。


この辺が中国の歴史のしっくりいかないところ
愛国者鄭成功の宿敵の清がいつのまにか大業を成し遂げる主体になっている。
今度は康熙帝が愛国者です。
易姓革命ってどのへんが変わり目なんでしょうか?

 ある中国人の友人が言いました。
「鄭成功は昔はそんなに英雄視されていなかったんだよ。
台湾が政治問題化してから担がれた英雄なんだ。」

結局歴史は為政者がいじくるものなんですね。
でも現政府からしてみたら母親が日本人というのはちと気にかかることでしょう。

以上
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by zhuangyuan | 2006-05-03 22:39 | 文化、歴史 | Comments(11)