中華 状元への道

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2006年 04月 29日

ラビットのように走る男

 以前、国民性(必読です)という記事のなかで魯迅と指摘した辛辣な文章を紹介しました。


 そのなかで挙げられた中国人の国民性に「専制者と奴才(奴隷)」というのがありました。
つまり歴史的に皇帝の専制のもと文化が形成されてきたので
目上のものには滅法弱く、下のものにはメチャメチャ強いというのです。

 これは儒教思想に基づいているのですがその考え方が現代中国で
どうなっているかは私の経験からはわかりません。

 ただ韓国では随分のこっているような気がします。
私は仕事上韓国の企業と関わることがありますが、ここでの上下関係はすごい。

 たとえばある韓国企業の社長と部下と私と上司で食事をしたときのこと。
部下の方はまったく口を利かないで黙っている。しかも飲まない食わない。
すこし経って社長さんが「食べなさい」といってはじめて少し口をつける。
ああこわい。

 中国で韓国貿易会社を訪問したとき、私は社長室で応接テーブルで社長と向かい合い
商談をしていました。そこに私と同年代でいつも電話で話している担当者が入ってきました。
でも彼はソファーに座りません。社長の横で膝をついてしゃがむのです。
こっちがなんか気まずくなっちゃいます。

 こんな話も聞きました。
ある韓国船会社の社長さんと常務さんが日本に来てクラブで大酒を飲んでいました。
ただ常務さんは一滴も飲まない。
それもそのはずその常務さんは糖尿病で余命一年。
元来酒の飲めない常務さんは出世のために常に酒好きの社長にお供して
挙句の果てに命を削ることに。
その日はインシュリン点滴をつけたままでクラブに来ていたそうです。

 また昨日逮捕された鄭夢九、現代自動車会長、彼の専制君主ぶりはとても有名です。
言うことを聞かない部下は即クビ。だから出来ないことでも皆イエスッサー!。
彼は思いつくと行動に移さないといられないそうで、夜中でも何か思いつくと
寝れなくなるそうです。そして部下たちを恐れさせるのが夜中の工場訪問。
夜中、突然秘書に電話して「これから工場行くぞー!!」となるらしい。
もちろん誰も逆らえませんから、みんないっしょにゴー。

 まあ日本にもそういうどうしようもない、社長さんはいますけど。
昨日聞いたのはある大企業の元社長の話。
彼のわがままぶりはチョー有名で海外でアテンドする商社員を恐れさせていたそうです。
たとえば海外の風光明媚な美しい場所を訪問するとこんなことを言い出す。
「こんな美しい青空のもと鮨を食べれたらなあ!」
でも彼のそんな性癖はみんな知ってますからすぐに鮨が出てくるように段取りしてあるんですって。そしてその鮨を出した気の利く商社マンはめでたく大出世。ああ嫌な世の中。

 大学の先輩が勤める会社の話。彼は工場の総務として勤務。
ある日、ワンマン社長が工場を訪問することになりました。
その日を迎えるにあたり、総務はおおわらわ。特に掃除が大変で床もピカピカに。
そして当日前代未聞の大事件が発生したそうです。
なんと工場にある社長専用便所にウン〇をした奴がいて、しかも流さなかった。
まさに皇帝と奴隷のような感覚。

 日本も企業文化では上に媚びる輩は多いですが
私が特にいやなのは外資企業につとめて、外人(欧米人)上司にへつらうやつら。
ある外資歴30年の方は外人と対等にわたりあうことで彼らの尊敬を勝ち取ってきましたが
あるとき、来日した米国本社の役員に別の日本人社員にくらべて傲慢だとなじられたそうです。
いわく「タナカ(仮名)はタクシーを拾うとき、ラビットのように走るのに、お前の態度はなんなんだ?」
ラビットですよラビット。でもいますよそういう奴。

私もオーストラリアにワーキングホリデーに行ったときに危うくラビットになりかけました。
21歳の私は大不況シドニーでやっと職にありつきました。
レバノン人の社長が経営するレザージャケットショップです。
私は歩合がいやだったので時給プラス歩合の給料にしてもらいました。

そこの社長がメチャメチャ人使いが荒い。時間みっちり働かされる。
昼食の時間ももらえない。はじめは外に食べに行ってましたが後には
店の奥でサンドイッチ。外に日本人観光客がいると「ヘイ、ユー、ゴー!)
って感じでまったく猟犬のようでした。
しかも給料を遅配する。

初めから一ヶ月でやめると決めてましたがやめると言ったら
給料をもらえないと思うぐらい腹黒そうな社長でした。
そこで最後の日。給料くださいと頼むと、案の定、明日にしろと。
金が必要だから絶対今日じゃなくちゃだめだ!と言い張りやっとこさもらいました。

そこで言いました。「俺は今日でやめる。サンキュー」
その社長メチャメチャ怒りました。私は給料分よりずっと働いて店に貢献しましたから。
「なんでだあ?給料安いなら上げてやるから残れ!」
だったら最初からくれよって感じです。でも私も主張してませんでしたからしょうがない。

 ラビットにならずにすんで
翌日から貯めたお金でオーストラリア半周旅行に出かけました。

 さて私、現在も企業に勤めるサラリーマンですが
その仕事上、ラビットや奴才になっているかどうかは最高機密に属することなので
口外できません。悪しからず。

「状元!コピーとって来い!!」
「ワン!」

以上
 
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by zhuangyuan | 2006-04-29 17:39 | 文化、歴史 | Comments(11)
2006年 04月 26日

はじめてのお使い 台湾出張篇(中文)

前天我和台湾的客户一起吃饭。
那时我想起9年前出差到台湾的事来了。

那是我的第一次去海外出差的经历。
我大学时经常去外国旅游而希望进入公司以后也和外国贸易。
我进入公司四年的时候,盼望很久的机会终于来了。

其实我想去的不是台湾而是欧美,因为那时我为了工作上的需要尽力学习英文。
对中文来说一句话都听不懂。
并且出差的目的是解决质量不好引起的赔偿问题。大家谁也不想去。
虽然有点儿不放心,但我非常兴奋地等待出发的那天。
因为贸易公司的女老板当翻译,而且会安排所有的事情,所以我能放心了。

那天我约定和那老板在羽田飞机场的登机口见面。
我等待她的时候,我听到场内的广播上有我的名字。
往台北的状元先生,有电话找你,请来到登机口”
不祥的预感。
果然电话上那老板告诉我;“状元先生,非常抱歉,我已经在机场,
但是我的护照的有效期限不够,所以海关的职员不让我出国。
请您一个人去,我将在日本用电话好好安排安排。”

我的天哪!!
这是第一次去海外出差,而且负责的任务也不简单。
我没有见过客户们,不会说中文,怎么办!?
我不得不出发,因为一个技术员从大阪已经出发了。

到台北接到技术员后,我从到达出口出去。
我容易看到举着写着状元先生的牌子的人接我们。
他不修边幅,而且不会说英文,指手画脚地说中文。
我认为他是客户派的司机。所以我不给名片。

他带我去的不是办公室而是餐厅。
在那儿他给我他的名片了,我才知道就是老板。
我感到非常尴尬了。但我不会说中文,“对不起”也不知道。

几乎没有会话的午饭结束后,
我们一起向他的公司去了。
路上我非常着急,
我一直想着“这样不能用语言交流的情况下怎么解决技术的问题呢?”
再想也想不出好办法来。

到了那公司后,在办公室我紧张地坐下。
心里喊叫,上帝哦!!求命啊!
于是一个像基督似的男人从外面进来了。
他就是救世主。
他从德国来的技术员,而且老板的妹妹的丈夫。
他不仅会说英文,也能谈技术问题。

遇到这样意外的幸运,我做完那时的任务。
我要感谢上帝。




添削大歓迎です!!

日本語訳
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by zhuangyuan | 2006-04-26 23:57 | 中文練習 | Comments(6)
2006年 04月 23日

日本は中国なり!?

先日
中国人名前あれこれ
という記事を書き、イザヤ・ベンダサンについて触れました。
そこで以前買って読んでいなかった本を思い出し読んでみました。

「日本人と中国人」(イザヤ・ベンダサン著、山本七平訳、祥伝社)です。
1972年の日中共同宣言当時に雑誌に連載されたものの単行本化したものです。

こんな題名ですが中国人のことは全く書いてありません。
日本人の歴史のなかの中国感について書かれています。

副題として「なぜ、あの国とまともに付き合えないのか」とあります。

簡単に答えをいうと
歴史的に日本は中国文化の影響を強く受けており
中国が理想の国であるとの観念を持ってきたが
実際に中国大陸を支配している現実の中国とのギャップが大きく
失望してしまうからです。清朝でも蒋介石国民党でも共産党でも同じこと。

日本の江戸末期から明治にかけての尊皇思想まで中国の影響だといいます。
つまり現実の中国に失望し、理想の中国像を日本の天皇に投射してあがめるのだそうです。

吉田松蔭にも影響を与えた山鹿素行も「中朝事実」で
中国のことを研究し尽くした挙句に日本こそが中国であることを発見しました。
いにしえの中国の理想をつきつめてゆくとそれに合致するのは日本しかないと。

尊皇で有名な楠正成なんかも中国の歴史上の愛国者の焼き直しとして
作られたイメージが大きくなって一人歩きしたそうです。

一番びっくりしちゃったのは明朝と戦争しようとして朝鮮に攻め込んだ豊臣秀吉までもが
中国従属意識にとらわれていたとのこと。
「箱根文書」というものの中に中国全土を占領したのちには天皇を北京に送る計画が
載っているそうです。日本は皇太子が治め、秀吉自身は寧波に行って日中両方を
睥睨(へいげい)する予定だったとか。
正に中原をねらう夷荻の感覚ですね。

日本は歴史上常に中国の影響化にあり、
中国を崇めるか、もしくは、その理想像を日本に求めつつもその思想自体は中国外来の
ものだったとのこと。

理想化も極端なら、幻滅したときの反応も極端です。

では理想から

中国人天孫論
中国の人は士庶才を以って分かつ。故に支那は四海の中国にして百姓皆天孫たるに依る。
日本は東夷にして他の姓と天神の姓との両方あり。故に士庶を分かつ。

つまり中国は全員天孫であるから、支配者と庶民を分けるのは才能であるが
日本は天皇だけが天孫=中国人であるから、初めから支配者と庶民が分かれている。

確かに中国は百姓でも皇帝になれるが日本は天皇家以外は無理。

反対に中国の現実が理想に反していることを知ったとき、
今度は中国犬猿論になるんですって。
代々相殺し、相奪ひ、王統少しも定まらず。
強き賢きもの王となる。・・中略、唐国のさまを見んと思はば犬の群集するを見よ。


いずれにしろ中国の思想の影響は免れないないとのこと。
今でもマスコミの論調見てるとどっちかに分かれますね。
産経も朝日も視点は違うけど中国が気になって気になって仕方がない。
中国はこんなにひでえ国だあ!だったり、
中国様そんなお姿ではいけませぬ!(爺や風)
私は中庸を行きたいですね。

でもこの江戸時代までの日本人の心の中国が明治以降、西欧になってしまい
戦後はアメリカになっちゃうんですって。

私の中国はさてどちら?

以上
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by zhuangyuan | 2006-04-23 22:10 | 中国関連DVD、本 | Comments(4)
2006年 04月 22日

今日の中国

中国語学習をはじめて以来、中国に関するものに関心を持ってますが
普通に生活しててもほんとによく中国に関連するものに触れます。

勉強を除いても一日一回は何かしら中国と触れている気がします。
昔プロ野球ニュースで今日のホームランというのをやってましたが
「今日の中国」ってコーナー作ってもけっこう続くんじゃないかなとおもいます。

ということで「今日の中国」やってみましょう。

①池袋サンシャインで出会ったビルマホシガメ。
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ミャンマー北部と中国南部に生息。
絶滅したと思われていた幻の亀だそうです。
今日は妻と娘が保育園の父母会で2歳の息子を水族館に連れて行きいました。
その中で私が一番気に入ったものです。

中国は国土が広いだけに動物の何でもいそうですね。
海の亀は食べたことあるけど、リクガメはないですね。

②池袋北口「永利」で昼食。

ここは以前雑誌で中国人が選ぶうまい店特集みたいなのに載っていて
以前から行きたかったのです。
お家帰るー!という息子を肩車して連れていっちゃいました。

お客さんの大半が中国人でした。

どんな店かはこちらを参照。政冷食熱 永利@池袋

池袋は知るひとぞ知るリトルチャイナ。
本場系の店がたくさんあります。
私が通う中国語教室も池袋にあります。
池袋の外国人は中国がダントツトップ。

以前先生に紹介してもらった本格四川料理「知音食堂」に1人で入りました。
水煮肉を頼み、あまりの辛さに撃沈。
さっさと店をでて前ののコンビ二でアイスクリーム買っちゃいました。

今日は2歳の息子を一緒だったので辛くないものを。

青蛤炒面:青ネギとアサリの焼きそば
牛肉烧土:牛肉とジャガイモ煮
花卷:はなまき

美味かったがあまりの多さに食べきれず、
包んで帯走(持ち帰り)しました。
帯走は初体験でした。これをするだけで中国人に近づいた気がします。
中国では金持ちも高級レストランでも余ったら持ち帰る場合が多いです。

②妹が台湾の映画ジャンプ!ボーイズを宣伝中。

こちらは妹がやってる宣伝ブログ7人の少年たちが金メダルを目指して大奮闘!!!
d0018375_21571698.jpg

夕食を食べに実家にいくと妹も遊びに来てました。
外国映画の宣伝の仕事をしてますが今はこの映画をやってるとのこと。

台湾の子供たちが体操で金メダルをとるために頑張るお話だそうです。
台湾で大ヒットしたそうです。
ご興味のあるかたは見てあげてください。

外国の映画は国を問わないのですが中国映画も結構やってるらしいのです。
先日はアンディ・ラウと一日一緒にいたと自慢してました。

ただ兄が中国語学習者であることを知りながら
未だに中国女優を紹介してくれません。


今日の中国はこんな感じでした。

以上
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by zhuangyuan | 2006-04-22 22:07 | 生活 | Comments(6)
2006年 04月 20日

中国歴史教育とちょっと行き過ぎ愛国心

 最近、日本の新聞で中国の言論統制についての記事が多く見られます。
なかでも雑誌「冰点」をとりまく事情を各紙が頻繁に取り上げてます。
その雑誌が歴史教育を批判する論文を掲載したことで編集長が解任され
その論文を書いた大学教授が批判への反論をするのしないのと問題になってます。
中国指導部 学術論争も封じ込め

そこで原文を読んでみました。
便利な世の中で簡単にネットで探せました。
冰点 现代化与历史教科书(現代化と歴史教科書)

 そこで教授は
中国の歴史教科書が歴史的事象を冷静に分析をせず
やみくもに愛国心をあおるだけで真実を青少年に伝えていないということを批判している。

たとえばこんな文章が中学校の教科書にあるそうです。

炮弹准确地落在侵略军的军舰上,打沉了四艘,打坏了六艘,其余三艘挂起白旗逃跑了。在炮战的同时,侵略军900人企图登陆,也被打退。侵略军死伤几百人。大沽一带人民冒着枪林弹雨,给战士送饼送面,表现了高度的爱国热情。

砲弾は侵略軍(英仏軍)の軍艦に命中し、4隻撃沈し、6隻破壊し、残り3隻は白旗を揚げて
逃げていった。砲船と同時に侵略軍900人は上陸を試み、また撃退された。
侵略軍は数百人死傷し、大沽一帯の人民は砲弾の雨のなか、戦士に餅や麺を送り
高度な愛国の情熱を表現した。


おもいっきり感情に訴える文章です。
事象の背景の分析でなく感情に訴え愛国心をあおる。
教授はこれを批判している。至極ごもっとも。

教授によると中国教科書記述はこんな風な考え方に基づいている。
1.现有的中华文化至高无上。
2.外来文化的邪恶,侵蚀了现有文化的纯洁。
3.应该或可以用政权或暴民专制的暴力去清除思想文化领域的邪恶。

1.現有の中華文化が最高のものである。
2.外来文化の邪悪さが現有文化の純潔を汚す。
3.政権や暴民の専制的暴力を使ってでも思想文化領域の邪悪を取り除くべし。


なんか恐ろしくなってきました。
教授曰く
我们的青少年还在继续吃狼奶!
我々の青少年はまだ狼の乳を飲みつづけている!


こんな教科書毎日読まされてたら誰でも排他的暴力的になっちゃいます。
まあ建国当初に半植民地から解放された人民の自信を回復するために
作ったんでしょうがもういいんじゃないですかね。
随分発展したし。これだけビッグになると軋轢も大きくなります。
そろそろ大国の風格をとりもどしたほうがよいのでは。

これは歴史を学習するためのものでなくて
愛国者を育てるためのもので歴史とは別のものですね。
ですから歴史的正確さを議論しても仕方ないように思います。

一方、論文のなかでは中国のものを批判してばかりでは
まずいとおもったのかちゃっかり日本も批判してます。

一部右翼势力编纂的历史教科书掩盖历史真相,否认日本政府犯下的侵略罪行

中略

日本人缺乏忏悔意识。人们还进一步追问:为什么会出现这样死不认罪的现象?这是不是大和民族特有的缺陷?

一部右翼勢力が編纂した歴史教科書は歴史の真実を隠蔽し
日本政府が犯した罪を否認した。

中略

日本人は懺悔の意識が欠落している。
人々はまた問い掛ける:どうして死んでも罪を認めないという現象がでてくるのか?
これは大和民族特有の欠陥なのか?


こういうことを書いておくと政府への受けがいいんですかね?

いずれにせよこの歴史教科書問題はとうてい解決しそうにありません。
今、日中韓でいっしょに歴史教科書をつくろうなんて運動がありますが
無意味で徒労に終わるからやめたほうがよいでしょう。
溝がうまるわけないですから。
できたとしたら平板な機械の説明書みたいなのしかできないでしょう。

以上





 
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by zhuangyuan | 2006-04-20 22:11 | 文化、歴史 | Comments(4)
2006年 04月 16日

世界を読み解く先人の知恵 「漢文」

去年の7月にbook batonを頂いた際、最後に買った本として
ご紹介した「漢文力」(加藤徹 中央公論新社)を読み終わりました。
漢文力

7月からほっておいた訳ではなく、常にデスクの上にありました。
すこしずつ読み進め、先週出張中に一気に読みました。

漢文の知識を蓄えて、薀蓄を傾けたいなどとせこい気持ちから購入したものですが
期待を大幅に超える内容ぎっしりの本でした。

人間の心理、哲学、生と死、宇宙、環境問題、はたまた大量破壊兵器まで登場します。
現代社会の諸問題、現代のメンタルな悩みなども漢文の世界では
とっくに経験済みのことですって。

この筆者のすごいところは、日本語がうまくて読みやすい。
ともすると堅苦しくなりがちな漢文を卑近な具体例をあげて説明してくれる。
難しいことを簡単に説明する能力のある人を私は尊敬します。

まず原文が挙げられ、そして書き下し文、最後に著者の現代語訳。

原文から読むとすごく時間がかかりますが
現代語から読むとすらすらいけます。

本屋で一ページ立ち読みするのもいいかも
きっと買いたくなりますよ。

この方さぞかし経験を積んだ学者なんだろうと著者紹介を見ると
1963年生まれでした。若い。私と大して変わらない。
また尊敬の念を深くしました。

こんな先生に漢文習ってたら興味がもてただろうなとちょっと悔しい。
そうすれば今ごろすでに状元になってたかも。

でも実際は中学、高校と漢文には全く興味なし。
大学受験も漢文が出ないところを選びました。

自分が興味がなかったのに言うのはなんですが
最近はどんどん漢文離れが進んでいるそうです。
日本語の重要な構成要素が抜け落ちて
浅薄なカタカナ語にとって代わられるのはほんと惜しいことです。

戦前は日本人の漢文への知識量は中国大陸の知識人を凌駕していた
とどこかにかいてありました。せめて自分だけでも今から勉強するかと
気持ちだけははやっています。

そこで先日、湯島天神で行われている漢文講座のパンフレットだけは
取り寄せたのですが、これ以上週末に勝手な行動をすると家族に
相手にされなくなるのでまだ申し込んでません。

そこで本書から漢文の一つを引用します。
杨子曰,“见陆路而哭之。为其可以南可以北。
墨子见练丝而泣之。为其可以黄,可以黑。”


(著者の現代語訳)

学者の楊子は、道がいくつもの方向にわかれているところを見て、声をあげて泣いた。
そこから南にも行けるし、北にも行けるが、どちらに踏み出しても、選択肢の
幅は減るからである。

思想家の墨子は、真っ白な練り絹の糸束を見て涙を流した。
これから黄色にも染められるし、黒にも染められるが、どちらの色に染めても
将来の可能性を切り捨てることになるからである。


人生は選択の連続で、生きれば生きるほどその選択の幅が狭まってくる。
こどもの頃が一番可能性があり大人になるにしたがって可能性が少なくなる。
私もいまとなってはJリーガーにはなれない。

でも私は30才過ぎにして新たな白いキャンバスを見つけたのです。
中国語のお勉強です。まだ一歩踏み出しただけですので
前途洋洋、可能性が広がっています。
皆様も気持ちは同じでしょう。
白いキャンバスをゆっくり少しずつ塗っていきましょう。

漢文も今からゆっくりと。

以上
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by zhuangyuan | 2006-04-16 15:54 | 中国関連DVD、本 | Comments(14)
2006年 04月 16日

大騒動てんやわんや

今週、恐ろしいことがありました。
ちょっと皆様に告白するのも憚られることなのですが
勇気をもってお話します。

オフィスで会議をしている時でした。
会議室にOLさんが入ってきて言いました。
「状元さん、上着の中で携帯が鳴ってますよ。」

私は部屋をでて席に戻るともうすでに電話は切れていました。
相手通知を見ると妻からでした。
嫌な予感。
仕事中にメールはあっても電話があることはめったにないのです。

コールバックするとやはり大変なことが起こってました。
「保育園で虱(しらみ)が発生して家の子にもうつったらしいので今から迎えに行く!」
長女のクラスで発生し、クラスの大部分にうつっているとのこと。

そんなバカな!
現代の文明社会に虱なんてまだ存在すんのかよ!?
どうすりゃいいのよ。

まず思い浮かんだのは
戦後のGHQの検疫官に白い粉末を振りかけられる
ランニングとパンツ姿の少年少女たち。
DDTですよ。
あまりに強烈な効果のためプロレス技にまでなっちゃった農薬DDT。
あんなのかけられたら大変。

まあ丸坊主にされるのは間違いないだろうな。
難民収容所状態だ。
坊主じゃバレエ教室ももういけないな。

家はどうなっちゃうのか?
保健所が来て薬品振りまくのかなあ?
通った場所も全部消毒が必要かな?
まさか隔離されちゃうんじゃ?
SARS騒動を思い出しました。

だいたい自分は大丈夫なのかよ。
娘とプロレスごっことかしてるし、うつってんじゃないの?
と考えるとなんだか頭が痒く感じられてきました。
人間はホントにメンタルな動物です。

とそんなこんなで夜9時ごろ帰宅すると。
娘はまだ長い髪のままでした。

保育園である子が頭が痒いと言い出して調べてみると
虱発見。他の子も念のためとしらべると、次々に発見されたとのこと。

皮膚科にかかり対処方法を聞くと最近はいい薬があり
ただシャンプーするだけで治るとのこと。

ネットで検索してみるとこの現代においても
保育園、幼稚園では結構発生してるらしい。

妻の同僚の娘の保育園でノートの毎日の生活を記録するページに
虱の有無をチェックする欄まであるそうです。

まあ他にも事例があるということで少しは安心しましたが
娘の布団だとか敷物だとか全て夜から洗濯して
雨の中、近くのコインランドリーに行って乾燥させたり、てんてこまいな一日でした。

3日ごとに薬品シャンプーをして7日で完治するらしいです。
運良く4月から娘はおねしょトレーニングのためひとりで別の部屋で寝ており、
他の家族はいまのところセーフでした。

私は元来、虫が大嫌い。
自然の脅威のうちで虫の脅威が一番おそろしく思えます。

以前読んだ「炎熱商人」(深田祐介)にこんな話がありました。
フィリピンで木材がを買い付ける商社マンが森の小屋で寝ている時
蟻が耳から入ってしまってのたうち回って苦しむのです。

開高健の本でもアマゾンのジャングルで耳に虫が入る話があったような。

北杜夫の「輝ける碧き空の下」はブラジル移民の苦難の歴史を描いた傑作ですが
そこでは農作業をする移民たちの手の爪のなかにノミかなんかが入り込み
苦労する話が出てきます。
またマラリア蚊にさされて高熱と寒気を繰り返し衰弱死する移民も出てきます。

わたしもケニアのモンバサに行った時、
1人でモンバサに旅立つ私にナイロビのガイドが言いました。
「強盗とマラリアに気をつけて」
この一言でリゾート地が恐怖の街に変わりました。
強盗はいいんですがマラリア蚊は見えない。
常に蚊の羽音が気になってよく眠れませんでした。
やはり人間はメンタルな動物なんです。
知らなければまったく怖くないのに気になるともうだめ。

ただめったに経験できないし経験したくないことですが
もうぶつかっちゃったわけですから
転んでもただでは起きない状元としてはこれを機会に虱(しらみ)に関する
成語でも覚えておきましょう。

虱多不痒(しらみが多いと痒くない)

债欠多了反而不忧愁。比喻困难成堆,认为反正一时解除不了,也就不去愁它了。
(借金が多すぎると憂鬱でなくなる。
困難があまりに多すぎると、どうせ解決できないと考え、気にならなくなることのたとえ。)

扪虱而言
(虱をつまみながらしゃべる)

一面用手捉虱子,一面谈话。形容不拘细节,随便谈话。
(一方でしらみをつまみ、一方で話す。細かいことにこだわらず、きままに話すこと。)
以上
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by zhuangyuan | 2006-04-16 00:31 | 生活 | Comments(9)
2006年 04月 11日

中国人名前あれこれ

中文小説「丰乳肥臀」を読んでいましたら「进财」(進財)という言葉が出てきまして
読んでいて意味がわかりませんでした。ただ何度も出てくるので益々わからなくなりました。

最後にわかりました。人の名前だったんです。
中国語の文章を読んでいてやっかいなのが人の名前です。
李さんとか王さんならすぐ名前だってわかるんですが
めずらしい名前で意味のある漢字だと惑わされます。

この「进财」(進財)という方は財宝が入るという意味の名前でいながら
共産党員だというのが笑っちゃいます。

私の知っている中国の方にも結構変な名前の方がいます。

钱进(銭進)さん。これもストレート。銭が入る。親はどういうつもりでつけるのでしょうか。
あまりに品がない。

张乒亚さん。 乒乓球(pingpangqiu)=ピンポン の乒に亜細亜の亜。
生まれた年に卓球アジア選手権が北京で開催されたそうです。
当時は相当なビッグイベントだったんでしょうね。
日本だったらオリンピックに由来して東京オリコかなんかになるんですかね。

経済学者に胡鞍钢という方がいますがこの鞍钢というのはおそらく鞍山鋼鉄という
中国の大手製鉄メーカーの名前に由来しています。
中国では今でも鉄は国家なりということで製鉄会社は相当なステイタス。
子供に名付けたいほどなんでしょう。
日本だったら鈴木ソニ子とか。

かの有名な孫文、彼の通称、孫中山の中山は日本人の中山さんからきてます。
以前の記事孫文参照

また宝昌さんという方がいます。
名前は普通なんですが実は本名には姓が別にあるとのこと。
仮に王宝昌さんとします。
大学時代学生登録する際に間違って登録されて
訂正できずにパスポートまで苗字なしで登録され
いまでは宝が苗字のようになってます。
両親と違う姓を名乗っているんです。
橋本 龍太郎が登録を間違えて 龍 太郎さんになっちゃったようなものです。

人のことばかり言ってもいけませんので私ごとも。
私ウェブのこちら側リアルワールドでは「岳」(がく)という青年の体を借りています。
彼の父親が山岳部で山好きだったからです。

この名前、外国人でも簡単に呼べるようにシンプルにしたらしいのですが
外国人には意外に発音が難しい。
GAKUがGAKになっちゃう。ガッkって感じ。
Uを意識するとガクゥでアクセントがクにきて唇を突き出す。これも変。
でも中国でYUEになっちゃったときはびっくりしました。

息子は悠飛(ゆうひ)と名付けました。
世の中の些事にとらわれず悠々と飛んでいけと言う意味。コンドルみたいに。
親の名前に由来してるんですがわかりますか?
正解は宋代の愛国の英雄、岳飛の飛をとったのです。。
こっちの岳は苗字ですけどね。

中国では親の名前から子のなまえをつけることはないとのこと。
その代わり兄弟姉妹で漢字を共有する。(例:。宋靄齢、宋慶齢、宋美齢)

名前といえば小学生のころ、サッカーをしていまして初めてジャージをもらったときのこと。
早速試着をして名前の刺繍を見てみると私の名前の部分に「缶」とありました。
まあ似てるっちゃ似てるけど刺繍にまでするなよってかなり悲しかったです。

日本人の名前もけっこう変なのがあります。
私の名刺入れにある中でno.1は
「山田 山」さん。しかも名前の振り仮名に「ヤーマ」って振ってあります。

先輩で二郎さんと二朗さんがいました。
最初の二郎さんは読み方が変。「にろう」さんっていいます。

もう1人は「ジロウ」さんですが由来がすごいです。
この方は長男なんですけど父親を超えないようにって
二朗と名付けられたそうです。
すごいでしょ。

中国の武侠小説作家、金庸さんの本名は査良鏞というそうです。
金庸とは筆名で、鏞の字を偏と旁に分けたものなんですって。

村上春樹は本名ですが最初は龍という筆名を考えてたらしいのですが
村上龍に先を越されたそうです。こちらの本名は龍之介。

筆名で昔関心したのがありました。
山本七平のユダヤ人っぽい筆名、イザヤ・ベンダサン。
これはウマイ!ユダヤ人ぽくって、ふざけてる。
イザヤ・ベンダサン→いざや、便出さん。(さあウンチしよう!)
こんな筆名考えて文壇デビューしたいですね。

最後に日本一ながい名前を世界の皆様にご紹介します。
落語の中で縁起のよいなまえをつけようと名付けたものです。

    寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
やぶら小路の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助

昨日この話の絵本を娘に読まされました。

以上

寿限無 解説wikipediaより
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by zhuangyuan | 2006-04-11 22:11 | 文化、歴史 | Comments(9)
2006年 04月 09日

村上春樹と中国の発展

久しぶりに村上春樹を読みました。
「海辺のカフカ」です。

お客さんに頂いたものです。
お客さんも別の方から薦められたらしいのですが
想像力が追いつかず理解できないので途中で止めたそうです。

私は高校の終わりと大学時代によく読んでました。
初めて読んだのは「ノルウェイの森」。
高3の受験の頃、畳の部屋でたたんだ布団を背にして読んでました。
そのなんというか静かな世界に引き込まれて時間を忘れて読んだ覚えがあります。

わたしの高校時代はサッカーばかりで汗臭い毎日でしたが
大学生になったら思想書を読んだり、ジャズやクラシックを聞きながら暮らし
さわやかな服を着て線が細くてきれいな女性と恋愛してなんて想像しながら
村上ワールドに入り込んでました。

では実際の大学生活はというと。
やっぱりサッカーして、麻雀して、ビール飲んで、植木屋でバイトして、休みに旅行行って
金はないのでデートは公園しかいけず、およそ文化的とはいえないものでした。
ジャズもクラシックも未だわかりません。

当時村上作品は随分沢山読みましたが理解できたのかと問われるとイェスとは
いえません。

そこで15年ぶりくらいに今回読んでみてどうかと言えば
やはり理解できない。でも訳わからないんだけどその世界に没頭できます。
この作家のストーリーテリングは卓越してますね。

普通の人たちが孤独におのおの生活しているのですが
その個人の内的な深い思考や普通な外見からは想像がつかないほどの
鮮烈な経歴がつづられて、孤独な個々が次第にシンクロしてゆく。
静かに深く交差してゆく。うーん、むずかしい。

この村上春樹、中国では最も人気のある外国人作家なのだそうです。
日本人では渡辺淳一と二大巨頭だそうです。

わたし渡辺淳一については「あいるけ」も「失楽園」もよんだことがないので
語れませんが、村上春樹が評価されるのだから、相当程度に都市化が進み
都市の孤独な若者が増えたんでしょう。
だって濃密な人間関係がある農村でどっぷり生活してたら
絶対に意味がわからないはずですから。

村上春树作品在中国的畅销,使他和他的《挪威的森林》成为一种文化符号,看不看村上甚至成为“小资”资格证明的一个硬指标。

村上春樹の作品が中国でベストセラーになり「ノルウェーの森」は一種の文化シンボルになった。村上を読んでいるかどうかがプチブルの資格証明の指標になってすらいる。

在世纪之交,无论是脚踩耐克鞋的中学生,还是在大学校园里抱着吉他的青年人,甚至是从本田汽车上下来、身穿高尔夫球运动服装的中年人,都有可能刚刚看过他的作品。

世紀の変わり目に、ナイキのスニーカーを履いた中学生に限らず、大学のキャンパスで
ギターを抱えた若者や、またホンダ車から出てくるゴルフシャツを着たミドルたちも
彼の作品を読んだばかりかもしれない。


ホンダアコードから出てくるゴルフシャツのオヤジがクールかどうかはさておき
村上春樹を読むことが都会の豊かさの象徴になっているのです。
要は物質的豊かさのシンボルです。

確かに朝はジムで流し、爽快にシャワーを浴びて
夜はスコッチを傾けてジャズを聴くなんて
無産階級独裁とかいってたらありえない。
中国も都市部は大きく変わったということでしょう。

でもホントに村上的個人主義を理解するには
相当程度に個人主義が社会に浸透し、生活とは離れたところで
生きることを楽しむことが出来る文化インフラが蓄積された上でないと
難しいでしょう。

かく言う私も現実は生活に追われていて
村上ワールドにはほど遠い世界に生きております。
会社なんかで働いてますと個人主義なんて存在しませんから。

でもとりあえずはちょっとかじってみたいので
「海辺のカフカ」に出てきたベートーベンの「大公トリオ」のCD買って聴いています。
ベートーベンの自伝も読みたいなあ。

以上
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by zhuangyuan | 2006-04-09 18:59 | 中国関連DVD、本 | Comments(3)
2006年 04月 08日

中国出張てんてこまい

昨日は岡山県まで出張でした。
一泊の予定でしたが急遽日帰りに変更となり、一日10時間くらい電車に乗ってました。
5時半くらいに家を出て帰って来たのが夜11時半。

移動っていうのは何もしていないのにホントに疲れます。
新幹線なんてものが発達したせいで世の中にゆとりがなくなった。
携帯もそうですね。いつでもどこでも落着かない。

ただ新幹線のいいところは時間に正確であること。
これは世界に誇れます。

私が中国に出張している時に一番苦労するのが移動と待ち合わせです。
私が出張する際は誰も段取りしてくれないので自分でやります。
現地の日系企業、中国系企業、はたまたヨーロッパ系のトレーダーだったり
韓国、台湾系もあります。それらと日本で連絡をとり、その場、その場で待ち合わせする。

先方のオフィスにいったり、大都市のホテルで待ち会わせは簡単ですが
はじめて行く街のターミナルや地方のホテルでの待ち合わせは大変。

一番こまるのが時間どおりに進まないこと。
飛行機の遅れは日常茶飯事。
冬に北京から无锡に行った時は、離陸の2時間前にチェックインしました。
この飛行機は北京と无锡を常に往復してますが
離陸時間には无锡の空港が凍ってて、飛行機がまだ无锡に待機してまして
結局5時間ぐらい待たされました。計7時間。この空港での無為の時間がホントイヤです。

またタクシーで移動したときはこんなことがありました。
中国の都市と都市の距離感がなく、どのくらいでつけるかは先方に聞くしかないのですが
その時はタクシーで一時間半だで着くと言われました。
でもホテルリムジンがいいよと。

でもホテルリムジンがめちゃ高かったのでタクシーに乗りました。
一時間半が過ぎたころ、「まだですか?後どのくらい?」と聞くと「わからない」とシャーシャーと
答える。そのうち運転手は車を止め道端の人に道を尋ねる。
なんだこいつ道しらねえのかよ。
すると今度は舗装していない砂利道に迷い込む。
知らない外国の町で1人でタクシーで人気のないところに入ると結構ビビリます。
でもその日は無事に4時間かかって目的地に辿りつきました。不安な4時間でした。

またあるときは上海でお客さんとの夕食をセットしていたことがあります。
でもその夕食会の時間までは米国系商社と一緒でした。
彼らは私を上海郊外一時間半くらいのお客さんに連れて行きました。
私は夕食会の時間を彼らに告げ必ず時間までにそこに連れて行くように
お願いしてました。

しかし案の定帰りに渋滞にはまりました。
夕食会の時間は夕方7時。もうまもなく時間というときに尋ねました?
あとどのくらい?彼ら曰く「快要到了。」(もうすぐつきます。)
でもなかなかつかない。また尋ねると「あと10分」
でもまだ着かない。「もう着いた。」

結局「もうすぐ」といってから2時間、「着いた」と言ってから30分でホントに着きました。
お客さんはカンカンとくに大老板(社長)は「俺は客に待たされたことはねえ」などと
ぷんぷんでした。
それもそのはずその社長はその日夕食のダブルヘッダーを組んでいて
私の遅刻により、別の客さんの接待の時間になってしまい
結局みんな一緒に食事しました。
ちなみにもう一組はわが社のコンペティターでした。

その他乗ってる車が高速道路で急にエンストになったこともありました。
原因は途中のガソリンスタンドで水を入れられたことでした。
そんなアホな!

また乗っていたフェリーのエンジンが止まったこともありました。
しばらく止まったあと、二つのうち一つが大きな音を立てて動きましたが
スピードは半分しか出ずに大遅刻しました。武勇伝、武勇伝、デデンデンデンデデンデン!

でもこんなことあんなことも携帯が救ってくれました。
こんな事態になっちゃって遅れますって連絡できますから。

だから出張先で携帯の電池が切れたときは焦りました。
その時は携帯充電用のコードは持っていったのですが
アダプターを忘れてしまったのです。
よって充電できない。

そこで市場を探しまわり
どこのメーカーの電池でも充電できる充電器を発見し事なきを得ました。
やれやれ。

つくづく思いますが日本の新幹線は偉大です。
世界でこんなに電車が張り巡らされて正確なとこないでしょう。

最後に先日もご紹介した「世界の日本人ジョーク集」からインドの電車ジョークを紹介します。

インドの列車はしょっちゅう遅れる。でもそれはいつものことなので誰も気にしない。
でもある日、列車は時間どおりに到着し出発してしまった!
電車に乗り遅れた人たちは駅員に抗議した。
「どうしてくれるんだ!いつも遅れるくせに、いったいこの責任はどうとるつもりだ!?」
すると駅員はすました顔で答えた。
「ご安心ください。今の列車は昨日のです。今日の列車が来るのはまだまだ先ですから。」

以上
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by zhuangyuan | 2006-04-08 21:46 | 生活 | Comments(4)