中華 状元への道

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2006年 02月 26日

中国農民アパルトヘイト

昨日の中国語教室で差別の話になりました。

トリノで荒川さんが金メダルをとりましたが、
中国人のなんとかさんもエアリアルとか言う競技で金をとりました。

冬季オリンピックなんてものは
欧州人のためにあるようなものでアジア人が強いとすぐ欧州人に有利な
規則改定が行われます。

スキージャンプがそうでした。板の長さを身長とを比例させる方式に改定。
つまり小さい人は損なんです。
複合の荻原が強かったらジャンプが強く、クロスカントリーが弱い荻原に対し
ジャンプの点数の比率を下げる改定を行いました。

私がこんな話をすると先生は言いました。
それはしょうがない。
フランス人は英国人をバカにするし
英国人はアメリカ人をバカにする。
日本人は中国人を馬鹿にする。
こうしたものは変えられないからいくら言っても仕方が無いと。

わたくし答えて曰く、北京人が外地人(田舎物)をバカにするのはちょっと度が過ぎるのでは?

「それも仕方ない。北京には農民と結婚するような人はいません。
あなたもそうでしょ。
もしあなたの好きになった人が村姑(cungu)だったら結婚するか?」

中国には城市戸口(都市戸籍)と農民戸口(農村戸籍)が存在し明確に
区別されていますが実際日本には農村と都市の差があまりないので

私はそんなことは別にかまわないと答えました。
田舎出でマナーがわからず、知識がないなら教育すればいいと。

 そこで私は別の北京出身の留学生の話をしました。

「先生の思想は問題がある。しかも旧いのではないか?
いまの学生はそれほどの意識をもっていないと思いますよ。

事実私の知っている留学生は北京人の女性ですが
相手が農村出身でも結婚すると言ってました。
愛があれば出身家庭は関係ないと。
ただし学歴は必要ですって。同じ北京大学なら問題はないんだって。」

「そこが問題の核心だ。」と先生は言いました。

つまり農村出身の農民戸口を持つ人も
いったん大学に入れば城市戸口をもらえるとのこと。

その都市戸籍をもらうためだけに大学に入る人も多いとのこと。
しかも卒業後も絶対田舎には帰らない。

また彼女が女性だったことも重要であった。
中国では夫婦別姓であるが子供は父親の姓を名乗る。
しかし戸口は母親のものを継がなくてはならないそうだ。

つまり農村の女の子と結婚したら農民戸口になってしまう。

じゃあなんでそんなに農民戸口がいやなのか?
農村は貧しい。収入が無い。でも税金は取られる。
都市に出ようとしても移動の自由がない。
仮に都市に出られても職が無い。あっても短期工がいいところ。
子供がいても子供は教育を受けられない。

中国式‘种族隔离’:农民户籍(中国式アパルトヘイト:農民戸籍)参照。
中国80年代放松限制人口流动,农民有了更多的自由,可以到城里打工,但还是摆脱不了户口制的锁链。佛利德曼说,政府仍旧设法把农民禁锢在农村。农民打工要有当地政府的证明,他们拿不到城市户口,子女也无法在城里入学。中国的户籍制度就像是南非的种族隔离制度。在南非推翻种族隔离制度之前,黑人可以到城里打工,妻子儿女却要留在黑人聚居区。

中国では80年代以降人口の流動を制限を緩和して農民は自由になり
都市で出稼ぎができるようになった。
しかし戸籍制度の鎖から抜け出せない。
フォーリダーマンは言った、政府は旧来の法で農民を農村に監禁した。
農民は出稼ぎのとき当地の政府の証明が必要になるが、都市戸籍を取れないと
子供は都市の学校に入れない。
中国の戸籍制度は南アのアパルトヘイトと同じだ。
南アではアパルトヘイトが廃止される前、黒人は都市で出稼ぎができたが
妻子は黒人居住区に留め置かれた。

どこに行っても農民戸籍がついて周り、まともな生活が
送れない。でも農村にいてもつらい生活が待っているので
都市に来る。

ここ20年で一億2千万人が農村から流動したとのこと。
北京がもっとも多く、2004年現在で300万人を超えているという。
でもまだ9億人くらい農民がいます。

要するに北京人が外地人を差別するのは
その個人固有の問題ではなく、社会全体の普遍的な問題なのです。

先生の言動を非難したところで始まらない。
問題はもっと奥深いのです。
人類皆兄弟、差別はいけませんなどといったところで現実の解決にはならない。
実際農民戸籍になっちゃったらえらいことです。
私は無知を恥じました。
北京の若い女子はそんな状況を知ってて
同じ大学ならokと言ったのでしょう。

じゃあなぜこんな制度があるのだ?
中国は人口大国ですが食糧は自給するというのが前提にあるそうです。
食糧を自給するためにその生産者である農民を農村に縛り付ける。

農民出身の毛沢東が考えたんでしょうか?
農民ゲリラで都市を包囲して人民を解放したまではよかったが
統治するためにはやっぱり農村に戻って畑耕して頂戴ってかんじかな。

でも最近はこの制度は矛盾が多いので
撤廃している地域もあるそうです。
でもそれはそれで問題、農村からの人の洪水が都市に押し寄せてくる。
政治って大変です。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-26 16:10 | 時事 | Comments(5)
2006年 02月 23日

アラブの石油王と飲んじゃった。

おととい生まれて初めてカタール人と飲みました。
これまでドーハの悲劇の舞台としてしか知らなかった国に急接近しました。

その日は大阪からきたお客さんと焼き鳥屋に行きました。
そのお客さん曰く、今日はカタールから来たアブドラくんを世話せなあかんとのこと。
なんでもカタールのお客さんから突然電話があり
自分の会社の副会長が日本に出張してるので面倒みて欲しいと依頼があったそうな。

そこで夜9時過ぎに銀座のクラブで合流しました。
来る前から話題はアブドラくん一色。
アラブの石油王(実際は鉄鋼加工業)だからうまく気に入られれば
第二のデビに成れるかも。東洋の黒真珠やぁなどと期待は膨らむ。

でも実は誰も会ったこともないし、顔も知らないのです。
そこで想像は逞しくなり、ターバンは巻いているのか?
酒の席に連れ出していいのか?
女性がいても大丈夫か?などなど。

そこで待望のアブドラくん登場。
想像とは全く違う、背が高い若き色男でした。
しかも名前もアブドラじゃない。アラブ人の名前は覚えられないので
仮に呼んどっただけやと。

容姿は長髪で口ひげあり。
レオナルド・ディ・カプリオにアントニオ・バンデラスを足して
ディエゴ・マラドーナをちょっと加えたようなベビーフェイス。

ファッションはジーンズにブランド物のバックルの大きなベルトに前を開けたシャツに
レザージャケット。
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彼一杯目はオレンジジュースを頼みました。
さすが敬虔なイスラム教徒。
と思いきや、
「昨日飲み過ぎたから。」
なんだそりゃ。

英語は結構うまい。
それもそのはず、彼はカタール人ですがロンドン生まれで
昨年まではNYで暮らしてたそうです。

今はある会社を買収して副会長のポストになりカタール在住。
34歳。若い。私は35歳。係長しかも代理。うー悲しい。

彼曰くカタールは世界で一番豊かな国なのだと。
税金ただ、水ただ、住宅もただ。
彼の家はただの家にはあきたらず、なんと驚きの3000平米。
私の家は105平米3階建て。この差はなんなんだ。

また奥さんは二人いるそうです。私は1人。まっいっか。
子供は1人。これは勝った。こっちは二人だ。

アラブ諸国は法的には4人まで奥さんもらえるそうです。
離婚も自由なので結婚したければいくらでもok。
同時に5人はダメよってこと。
でも男と女の数のバランスはどうなっちゃうんでしょうか?
あぶれる男もいるんでしょうねきっと。

二人を養うのはきついこともまた大変なのだと。
NYに行っていたときは当然ながら連れてゆくのは一人だけ。
彼女には愛を上げたのだが金がかかったのはカタールの奥さん。
留守の間にクレジットカード使い放題で大変だったとのこと。

調べて見ると医療も教育もタダだそうです。
1人あたりのGDPも$39,607(2005)で日本以上です。
何でもタダなんですからこの数字以上に裕福なのは間違いないです。
イスラムですから酒場もそうたくさんはないでしょうから飲み代もいらない。

こんな国住んでたら誰も働く気がなくなっちゃうでしょう。
案の定カタールの労働階級はほとんどが外国人。
自国民労働者の比率はわずかに5%ですと。
ちなみに彼の会社のワーカーはインド人、韓国人が多いとのこと。

石油が天然ガスが出ると人口75万人がみんなリッチになっちゃうんです。
これもアッラーのおかげか。
今日からメッカに向かって拝礼しようかな。
私は風刺画書きませんから穏便に。

また中国と関係ないこと書いちゃいました。
でも無理やりつなげます。

アズドラくんの隣についた女の子は英語のしゃべれる青島からの留学生でした。
彼女は中国語を少し話せる私の第二夫人ではなく
中国をまったく話せないアブドラくんの第三婦人候補に立候補していました。
世の中不公平だ。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-23 22:55 | 生活 | Comments(2)
2006年 02月 19日

となりの三国人 中国語初級レッスン

昨日子供を連れて実家に食事に行きました。
前日にドイツ人夫婦を連れ鎌倉散策に行ってきたそうです。

その方二度目の訪日だったそうですが日本文化にも造詣が深いそうです。
来日前にどこに行きたいか尋ねたところ、芭蕉の足跡を辿りたいと希望してきたとのこと。
さすがにこの時期に奥の細道はハードだし、時間もないので鎌倉にしたそうです。
Minamoto familiyがbuiltしたold capital cityだとか言って案内したそうです。
外国人に日本文化を語るのってほんとにしんどいですよね。
外国語を学ぶ身としては日本文化を知らねばならぬとは思いつつ
中国ばかりに興味がいってしまう。

このドイツ人の方は語学のセンスをお持ちだそうで
ドイツ語、フランス語、英語がぺらぺらだそうで、また
漢字などにも興味があり、すぐに覚えちゃうそうです。
ヨーロッパのインテリってのはなんか深さを感じます。

そんなこんなの話を聞いていると語学の話に転じ、
最後には中国語の話になりました。

「中国語で 知らない ってなんていうんだ?」
「不知道 buzhidao だよ」
「プニンペじゃないのか?」
「はぁ?」

「チンテンってのは今日ってことだろ?」
「そうだけどなんで?正確にはjingtianチンティエンだけど。」
(チン、テンを4声、軽声で発音するのでちょっと奇妙でしたがそれはおいておきます。)

「こどもの頃教えられたんだ。戦後間もない頃、街には三国人が多かった。
正業につけない中国人がよく家に押し売りに来たんだ。
留守番してる時の断わり文句として教えてもらった。」

「ちょっと続けて言ってみてよ」

チンテン ムチン メイザイチャ ヤオプヤオ ウォ プニンペ

なんじゃそれは?

意味は次のとおりだと。
家に来た押し売りに対して留守番の子供が言う言葉で

「今日はお母さんがいませんからその品物が必要かわかりません」

そこから解読が始まった。

チンテン  =今天jingtian(今日)
ムチン   = 母亲muqing(母親)
メイザイチャ=没在家meizaijia→不在家の間違いでしょう。(家にいない)
ヤオプヤオ =要不要 yaobuyao(いるかいならないか?)
ウォ     =我(私)

ここまではすぐ辿りついたがプニンペがわからない。

家に帰っても気になってしょうがない。
ネットで中国語入門みたいなのを見つけひらめいた。

プニンペ=ブミンバイだぁ!!不明白bumingbai(わからない)

ってなわけで完成しました。

今天母亲不在家,要不要我不明白。
(今日は母親がいないので、必要かどうかわかりません。)

おそらくこんな言葉、満州帰りの人に教えてもらったんでしょう。
でも60年も前の言葉よく覚えてるな、よほど怖かったのでしょう。

でももっと気になったのは三国人なんていう、この間、石原都知事が使うまで
は馴染みのなかった言葉が登場し、その存在が戦後の東京都下でも身近に感じられる
存在だったということです。しかも日本で中国語をしゃべらなくてはならないとは。

三国人とは主に戦後まもなく日本にいた朝鮮人、台湾人、中国人を指し
戦勝国人でもなく敗戦国人でもない第三の存在として名付けられたとのこと。

ちょっとネットで見てみると、
それまで抑圧されていた存在が日本の敗戦により鎖からとき放たれ
それはそれはやりたい放題であったとのこと。
いまでもその時期に不正占拠された土地がそのままになっていることもあるそうです。
詳しくは下記サイト参照してください。
三国人の不法行為
名前の由来だけ引用します。
土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された
(中略)
最後の頼みの綱は聯合國軍であったが、遂には其憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った

 其で流石に米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担當してゐた米第八軍司令官アイケルバーガー中將が、關東と言はず關西と言はず、はたまた北九州と言はず、不逞鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機關銃を構へて不逞鮮人共にピタリと狙ひをつけ、漸く鎮圧した 我々は其火器の煌めきを間近に見た 

 此時、聯合國軍總司令官ダグラス・マックアーサー元帥の發した布告が、「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」 


こんな事態であったとはいやはやびっくりです。

事実かどうかは私には検証しようが無いので
気を悪くされた方は悪しからず。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-19 17:40 | 文化、歴史 | Comments(10)
2006年 02月 18日

国有企業をねらえ 富豪への道

 先日中国駐在の方と話をしていましたら株の話題になりました。
最近中国株が日本でも流行っていますが、絶対やらないほうがいいとのこと。

 曰くほとんどがインサイダー情報で株価が操作され、インサイダーでないとなんで
上げ下げしてるのか全然わからないとのこと。

国有企業も上場してますがこれもひどいと。
株が上がってくると国が大量に持ち株を放出して売り抜ける。
ホリエモンもびっくりです。

 以前「問題富豪」という中国語の本ももらい、興味のあるところだけ拾い読みしましたが
中に出てくる大富豪は十中八九は株か土地を不正に安く手に入れ高く売り抜けて
巨万の富を得る。要は一部の不正な投資資金に一般株主は踊らされてしまうんです。
インサイダー情報があれば別でしょうけど。

 ある中国のお客さんは上場している大企業ですが昨年史上空前の利益を上げました。
しかし業界でささやかれている噂では、その企業は大量の製品在庫と原料在庫を
簿外に隠したといわれています。こんなこと一般株主は絶対わからない。
ここも国有企業です。

 また国有企業を使った儲けの方法で近年多いのが民営化=私有化にともなうものだそうです。
在一些地方的一些“有权人”和一些“有钱人”正在“合谋算计” 地方国有企业出售,他们相互勾结起来结合成了“利益共同体”,于是一些“有权人”就拼命贱卖,一些“有钱人”就拼命地贱买(甚至“零成本”),于是“一小批”地方一级的“新富豪”为此而迅速产生

ある地方のある権力者がある金持ちと結託して地方の国有企業を売りに出す。
彼らはぐるになって利益共同体を形成する。そして権力者は出来るだけ安く売ろうとし、
金持ちはできるだけ安く買おうとする。(ほとんどコストゼロで)そして少数のローカルの
第一級の富豪がこうして誕生する。


 権力者はつまり地方政府の高官です。それが外部の金持ちとつるんで
国有企業の資産を極端に安く査定し売却してしまう。
もちろん高官にもリベートがたっぷり入ります。
買った金持ちは激安で大きな資産を手に入れるわけですから
事業の失敗なんてありえない。上場でもすれば巨万の富が転がり込む。

 これを中国では国企改革と呼び、国の不良資産を払い下げ民間の経営能力で
再生する事業として称えられる。こまったものです。

 日本だと竹中さんが新生銀行を外資に安く売り飛ばしたと言われていますが
大衆の目前でやっていますのでなかなか私利を貪るのは難しいでしょうが
そこは中国、国がでかいですから地方で何やっても全部は捕捉できない。
しかも社会主義ですから国有企業なんて腐るほどあるわけですから
儲けの種には事欠かない。

 ロシアの金持ちもみんなそうですね。ソ連崩壊後のエリツィン体制で
エリツィンの取り巻き達が国有財産を安く買い叩き一躍大富豪になっちゃいました。
そうつらも一応ソ連時代は共産主義を信じていたことになっていた。
最近プーチンに痛めつけられている石油会社ユコスの元社長も同じです。

 ユコスの件なんかは日本の報道見ていると、民間優良企業を国家権力が
脱税という罪をおっかぶせて陥れ、プーチンが将来の政敵をつぶしたといったものが多いです。
しかし昨年中国で元記者の先生によれば、「国家資産を不正に取得し巨利を上げ、
しかも税金を払わずのさばっているやつらを制裁するのは当然だ」との意見。
なるほどねそういう見方もできるのかと妙に納得しました。

 まあそんな他の国のことばかり書いて日本はどうなんだといわれると、
ファミリー企業をつかってセコイ金を稼ぐひもじい根性をした奴らはおおいですけど、
国有企業に関しては今はほとんどないですから売却で私有化なんてのはないでしょう。

 でも明治まで遡ればいっぱいある。明治の元勲なんて元はみんな下級武士ですから
そんな先進的に洗練されてないですから私利私欲のかたまりです。
山田風太郎の明治ものに登場する元勲達なんか極悪人ですね。
官有地払い下げなんてのは正に国有企業売却とにたような話です。

 明治政府役人がコネを使ってある都市の開発をはじめる。成功すると安く買い上げる。
金持ちになる。こんな感じです。

 たとえばこんな話があります。
首都移転の話がでるといつも栃木の那須が候補に上がります。
なぜか?地権者が少数だから。つまり明治元勲が国から払い下げを受け
いまでもその子孫が地権者なんですって。
ああうらやましい。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-18 22:27 | 時事 | Comments(0)
2006年 02月 15日

うれし はずかし バレンタイン(中文)

昨天晚上回了家,五岁的女儿就跑过来,像大人一样告诉我“这是我和妈妈的小意思”。
那是小小的一盒巧克力,昨天是情人节。她还说“对不起你,爸爸,这不是亲手做的”
“没关系,爸爸很高兴,谢谢你”

我换了衣服,上去食堂,就闻着甜蜜的味道,发现她和妈妈一起做巧克力。
她说“亲手做的是给我喜欢的人--托儿所的同学,阿德”
他比女儿大一岁,托儿所里的最受欢迎的男同学。
我伤心了,也有点儿嫉妒了。

她们把做完的巧克力装入在非常漂亮的盒子里,盒子上面贴可爱的贴纸了。
那不像她给我的那么简单,而像百货商店卖的高级品。

然后我和女儿一起把巧克力送到阿德的家了。
捺电铃后上去了 四层,他的妈妈和两个姐姐都接我们。
两个姐姐非常有兴趣的样子。
她们的面前女儿一点儿也没有犹豫地告诉他“这是我和妈妈给你做的巧克力”
含着 害羞笑着 高兴地说“谢谢你”
两个人都挺高兴的样子。
这会话虽然很简单但这一句纯洁的会话感动我了。
女儿给他就跑了过去。
从一层的大门口出去的时候,“拜拜”的声音响了。
阿德从四层大声地挥手告别了。
女儿高兴地说了“拜拜”跑过去。

我想起初中时的情人节。但不是美好的回忆而是不好意思地回忆。
那是初中一年级的三月十四号的事,不是二月十四号。
我上课时在我的桌子里发现一袋巧克力。
我大声说“这是什么呀?今天不是情人节,而是三月十四号的,
男性给女性礼物的一天,谁给我的?”没有人回答。
然后把那个好几个足球形的巧克力分配男同学们了。

午休时一个女同学过来告诉我“你和我一起过来”
她带我去学校的屋顶了。我就发现我的班里的所有的女同学们聚在一起。
她们所有的目光都盯着我看。
同学们的后边一个女同学坐着地上哭着。
一个像领导的女同学批评我早上做的事情。
据说哭的同学情人节时没有勇气给我巧克力,今天才给我了。
但是我不关心她的心情,把巧克力分给男同学。
领导说她非常伤心地想自杀。
领导女人严厉地对我说“你批评自己,跪地想她道歉!”
所有的女同学也批评我,这好像文革时代的批评大会。
我当然马上跪地道歉了。

然后我被拉到街上,戴上三角帽,丧气地走了走…。开玩笑。
道歉以后我被解放了。
这是我的不想想起的回忆。

高中的时候我街上看见那时哭的女同学,
初中时很瘦的她变为身材很好 性感。
我感到很遗憾了。



*添削大歓迎です。

(日訳)

昨夜家に帰ると5歳の娘は走ってきて、大人びた口ぶりで言いました。
「これ、ママと私からの気持ちです。」それはチョコレートでした。昨日はバレンタインデーでした。また娘は「パパ、ごめんね、手作りじゃないんだ。」
「そんなのはいいよ、パパはうれしいよ。ありがとう。」

服を着替えてダイニングに上がると、甘いににおいがします。
娘と妻がいっしょにチョコレートをつくっていました。
「手作りチョコは好きな人に上げるんだ。保育園の徳くん。」
私は傷つき、嫉妬心まで芽生えました。

その後出来上がったチョコを綺麗な箱につめ、かわいいシールを貼っていました。
私にくれたような簡単なものでなく、デパートの高級品のようでした。

それから徳くんの家にチョコを届けに行きました。
呼びリンをならし、4階にあがると徳くんのお母さんと二人のお姉さんが迎えてくれました。
二人のお姉さんは興味津津の様子でした。
彼女たちの前で娘は躊躇なく彼に言いました。
「ママといっしょに作ったチョコです。」
彼は恥ずかしげに、「ありがとう。」
ふたりともとても嬉しそうでした。
簡単な会話でしたがこの純粋さに心を打たれました。

娘はチョコを上げるとすぐ走りさりました。
一回の門を出るとき、「バイバイ」という声が聞こえました。
彼が4階から手を振って見送ってくれていました。
娘は嬉しそうに「バイバイ」といって走って去ってゆきました。

私も中学校のときのバレンタインの話を思い出しました。
すばらしい思い出というより気まずい思い出です。
それは中一の3月14日でした。2月14日ではありません。
登校すると机の中にチョコが一袋はいっていました。
私は大声で言いました。
「なんだこれ?今日はバレンタインじゃないだろ、ホワイトデーだろ、
男があげる日じゃねえか、誰がいれたんだよぉ?」
誰も答えなかった。そこで私は男の友達にそのサッカーボールの
形をしたチョコを配ってしまいました。

昼休みある女の子が一緒に来てくれといいました。
彼女は私を屋上まで連れて行きました。
屋上にはクラスの女子が全員集まっていました。
女子たちの目線が私を突き刺していた。
その後ろで一人の女子が座って泣いていました。
ひとりのリーダー格の女子が私の朝の行為を
非難しました。
彼女曰くバレンタインにはその子はチョコを上げる勇気が出ずに
やっとその日になってやっと渡せたのだと。
それなのに私は彼女の気持ちに無関心でチョコを配ってしまった。
リーダー格は言った。
「彼女、自殺したいって」
そして厳粛に言った。「あんた反省して土下座して謝んなさいよ!」
女子全員が私を非難します。
それはまるで文革時の批判大会のようでした。
当然すぐに土下座して謝りました。

それから私は街に引きずりだされ、三角帽をかぶらせられ、打ちのめされて
下を向き通りを歩き…。ってのは冗談です。
私は謝った後に解放されました。
以上思い出したくない思い出でした。

高校に入ったあと街であのとき泣いていた子を
見つけました。当時痩せぎすだった彼女はスタイル抜群に
変身しており、とてもセクシーでした。
惜しいことをしたと悔やみました。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-15 23:40 | 中文練習 | Comments(5)
2006年 02月 13日

ルワンダ 100万人虐殺 

 本来なら本日はスキーに行っているはずでしたが4日前に息子がインフルエンザにかかって
しまい断念。休暇を取っていたので妻と買い物にでもと思っていたら、昨夜妻の働く病院から出勤
要請があり、なんのための休みかわからなくなってしまいました。子供たちは園児祭の練習のため保育園に連れてゆき、
わたしは一人で映画を見ました。

 やっぱり中国関連で、「単騎、千里を走る」か「PROMISE」はたまた「天空の草原のナンサ」か?散々迷ったあげく結局「ホテル・ルワンダ」にしました。世界平和を願ってますから。

 アフリカ、ルワンダの民族紛争の話です。100日で100万人を虐殺してしまうこの世のこと
とは思えないお話です。迫力の大スクリーンで見ましたが客がなんともすくない。
20人くらいかな?やっぱこういうのは客が入らないのかな?それとも休日には来るかな?

 フツ族とツチ族が混在し、歴史的にはツチ族が高貴な民族とされ、権力と富を握ってきた。
しかし物語の当時は独立後、多数派フツ族が権力を奪取した。

そこで今度はツチ族の反乱軍が蜂起する。そしてフツ族大統領が何者かに暗殺されたこと
からフツ族によるツチ族の大虐殺が始まる。

この物語はフツ族でありながらツチ族の妻を持つのホテル支配人が1280人の
ツチ族難民を匿い、フツ族の虐殺から保護する話。

当時は国連平和維持軍も駐在していながら虐殺が進行し、
その間に国連軍は撤退したのです。ダイヤモンドでも埋まっていれば別なんでしょうけど。
詳しくは公式サイトをご覧下さい。このサイト勉強になります。

 この映画の深く考えさせられてしまうのは
勧善懲悪で善と悪がすっぱり割り切れないもどかしさ。
というかそれこそが真実の姿なのでしょう。

ツチとフツという区別自体もベルギーの植民地支配の時に強められたといいます。
要は支配階層としてツチをバックアップした。
しかしベルギーはツチが言うことを聞かなくなるとフツに鞍替えした。

フツのツチに対する恨みはツチ支配階層にいた時に培われたのです。
虐殺する側フツの方がもとは非抑圧民族だったのです。

映画ではツチが弱い立場で善のイメージで描かれていますが
そうとも言い切れない。金持ちなのはツチなんです。

 主人公のフツ人も欧米系ホテルの支配人として働き、いわば特権階級です。
このホテル自体も欧米の力がバックにあるので民兵も容易に近づけない。
特権階級にいるフツ人が特権階級のツチを守っただけです。
しかもバック欧米の力で。これぞ植民地主義の面目躍如。
自国民だけでは解決できないように仕向ける。それぞれの事大主義が跋扈します。

 映画では国連が撤退したことが非難されていますが、
そもそもいること自体が逆にことを複雑にさせる。
内戦は貧困からの脱出を目指して行われるのですから
維持軍がいたってどうしようもないのです。
いなければ神の見えざる手がはたらくでしょう。
実際国連が再介入したあとは今度はフツ族が難民化して大変です。

 日本はいろいろ問題はありますが食べ物は困らないし、服も捨てるほどある。
家の近所の浮浪者なんて布団も炊事用具も自転車もなんでもそろってます。
こんな国は内戦も起きないし民族紛争も起こらないでしょう。
武力で政府転覆を志している集団なんかないでしょう。

 でも世界には貧困地域は数多く存在し、紛争も後を絶ちません。
わたしが訪れたことのあるところでも問題があります。

 たとえばケニア。
1997年、結婚前の最後の一人旅でケニアに行きましたが
当時は大統領選挙の年でした。冷戦後各国の経済援助が減少し景気が悪化していた
ケニアは民族対立が顕在化してました。

 わたしはのんきにサファリツアーに行ったのですが出発前にに少しアフリカのお勉強を
と思い現代史をちょこっと読みました。それは独立、内戦、介入、内戦の繰り返し。
行く前にどっと疲れました。

 モンバサの海岸近くの高級ホテルは鉄条網で囲われ、周りを銃を手にした警備兵が
巡回してるんです。その中は別世界のパラダイス。昼間はダイビングに出かけ、
夜はプールサイドでカクテルです。わたしは一人さびしくでしたが。
塀の向こうとのこのギャップは凄まじい。
滞在する少し前に別のドイツ系ホテルが襲撃されて何人か観光客が死にました。

 もう一つはメキシコ。
大学2年生の時行ったSan Christobal de las Casasという街があります。
そこは大変美しい街ですが周囲にマヤ系の少数民族の村が散在しています。
民族衣装などが鮮やかで今でも文明に染まらずに生きています。

その村のいくつかに行ってみました。行く前に一つ忠告されていました。
写真はとってはいけないと。撮ると魂を抜かれると思っているからと。
訪問した殺風景な村々は土着的な雰囲気とそれぞれ異なる民族衣装が
印象に残りました。ただ村人たちの目が冷たく、怖いものでした。

数年後、その街で民族解放軍が武装蜂起し何十人も殺されました。
なにも知らずに美しいところなどと思っていたアホな学生でした。

さて、このままだと中国とまったく関係なくなってしまう。
映画にも一場面、中国が登場してきました。
民兵たちが使った鉈は中国製で一本10セントで仕入れたそうです。
金のない民兵でもこれなら戦えます。

これはまだかわいいほうですがフツ族正規軍はフランスのバックアップを受けている
そうです。結局、欧米の金儲けの犠牲になっているだけです。
正義ずらして裏で儲ける死の商人。
日本も武器輸出が解禁されればこの片棒担ぎか?

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-13 22:07 | 中国関連DVD、本 | Comments(4)
2006年 02月 12日

トマトタンメン

 昨日の記事の冒頭で少し触れましたが家の近くの中華料理店に「白龍」というのがありまして、
そこの「トマトタンメン」がめちゃめちゃうまいんです。
ウンチのお話で通りすぎるのはもったいないのでご紹介します。
ここ(新江古田のお店)は子供が出来てからは頻度がへりましたがもう何年も通ってます。

 わたしはトマトが特別好きなわけではないのですがここのトマトは最高うまい。

以前からこの店の存在に気づいてはいたが特に気にせずとおりすぎていたのですが
ある時読んでいた花村萬月の「ぢん・ぢん・ぢん」という小説にトマトタンメンの話が出てきました。ぢん・ぢん・ぢん
花村 萬月 / 祥伝社

そこで主人公がトマトタンメンを食べる時の描写があまりにうまそうだったので行ってみました。
(ちなみに小説に出てくるのは新宿のお店なのでこっちのほう。白龍館
でも元の店からリニューアルしたと書いてあります。)
新江古田のほうも名前は同じなんですから関係があるんでしょう。

 わたしがいかにうまいか説明するよりも小説を抜粋するほうがよいと思います。
席についてしばらくすると、注文も
しないのに、澄んだスープに丸のままのトマトが浮いたタンメンが二つ出てきた。

中略

レンゲでスープをすくい、口に運ぶ。
 セロリの香りが口いっぱいに拡がった。なんだか眩暈さえ起きそうな鮮やかな緑色の
匂いだった。
 顔をあげる。松代姉さんと視線があう。松代姉さんが頷いた。イクオも頷きかえした。
「凄い」

中略

 淡白さの背後には緑の匂いやら、鳥のだしのエッセンスやらが絡みあい、溶けあって、
浮かんでいるトマトを噛めば鮮やかな酸味が口いっぱいに拡がる。この複雑な複合ぶり
からすると、スープの色彩があまりにも地味で、透明で、現実味に欠ける。


どうです。舌のわきからじわっとしてきて、食べたくなってきたでしょう。
さすが小説家。こんな描写ができたら素晴らしい。
中国語に訳そうかと思いましたがちょっと実力が足りないため断念いたします。
だれか翻訳トライしてみてください。

 お近くの方は一度ご賞味あれ。
どのメニューもいけてますよ。
昨日初めて食べたトマトと明太子とピータンのお粥もサイコーでした。

もっと詳しく店のことを知りたい方はこちらブログ参照。東京ウエスト My way 白龍

新宿のお店も是非トライしてみたいものです。

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-12 20:51 | | Comments(2)
2006年 02月 11日

世界でウンチ

 今日、家族で近くの中華料理店でトマトタン麺などを食べた後、近所の公園に行きました。
しばらく経つと腹が痛くなってきました。一昨日から東北出張(ドンべイでなくトウホクのほうです)
でしたがずっとお腹の調子が悪かった。

 公園のトイレは汚くて躊躇しますが仕方がないので障害者用の広いところに入りました。
防犯用で上部が外とつながって開放されており、冬の外気のもと、お尻り丸出しでふんばるのはなんともさびしい思いがいたします。

 わたくし昔から食べると直行型で腸のバッファー機能が働かず、便の方では苦労をしています。
特に海外ではいいトイレを確保するのが大変です。トイレにこだわりがあるのでいろいろ記憶に残っています。ホテルでもレストランでも飲み屋でも清潔で広いトイレがあるとホントに嬉しいです。その点は日本は世界に誇れるトイレ天国だと思う。

 まずは中国
中国北京の胡同ではインフラの未整備から公衆便所よくあります。
わたしも何度か使ったことがあります。

ある時使ったのは外から中に入っている人が見えるタイプのものでした。
通りからみるとおっちゃんが二人用をたしてました。
わたしは大をしたかったのですが、人と一緒ではいやなので
その二人が出るのを待ちました。
そして満を持してトイレに駆け込むと、
なんともう一人オヤジが大便をかましてました。
じっと目が合ってしまいました。
そいつは座っていたので外から見えなかったのです。

中国の便所は前後についたてが無く、左右に低い柵があるだけで
人が通るほうを向いて用をたす。慣れないとはずかしいものです。
目が合うのがいやなので後ろ向こうかなとも思いましたが
後ろを向くとあまりにも無防備なので前を向いてしてます。

そういえば北京で初めて火鍋を食べたときもひどかった。

「辛いものお好きですか?お口に合いますか?」
「大好きです。おいしいです。」

翌日、下のお口に合わなかったようでコウの門さんがヒリヒリで大変でした。
何度トイレに足を運んだか。最後はほとんどでないのですが
痛さは格別でじっと目を閉じて座って耐えてました。

 お隣、韓国ソウルでは、
いつも焼肉、昼も夜も別のお客さんと焼肉、食事の後は激しい飲み。
朝もキムチちげ。
こんな感じですから腹にきます。
ある時、高級車に乗せられソウル市内を走っているとすごい渋滞にはまりました。
ビシッとスーツで決めた私はお腹ちゃんが苦しがるのを聞きました。
きついよ~。食いすぎ飲みすぎです。
そこでベルトをこっそりゆるめ、ズボンのボタンもはずしました。
しかし渋滞は解消しない。
とうとう我慢ならず、「止めてください。トイレに行きたい」
でも渋滞だし付近にホテルなどもない。
そこで路肩に寄せてもらい高級オフィスビルに飛び込みました。
そして青い顔で受付のお姉さんに聞きました。
「ファジャンシル オディエヨ?」(トイレどこですか?」
「あちらでございます。」とちょっとなまった日本語で答えました。
うー俺の流暢なハングルがぁ。日本人ってもろばれだぁ。
でもそんなことはすぐ忘れ、トイレに駆け込みました。ちゃんちゃん。

 次はアメリカ。
随分前ですが90年アメリカ上陸した際はアメリカは不景気で治安が悪かった。
なるべく人気のいないところには行きたくないがトイレはしゃあない。

当時のロスのダウンタウンのグレイハウンドバスのターミナルのトイレは
防犯上でしょうか個室の上部は開放され下の部分も随分高いところまでドアがなかった。
西部劇にでてくる酒場の扉みたいなドアでした。しかも鍵が大体破壊されている。
これも防犯上取り外したのか?

また便座が高い。私176cmで日本人としては高いほうですが背伸びしないと脚が届かない。
高い便座にすわり、かぎが無いので手で扉を抑え、ウンチしてると外を歩いている男の脚が
見える。これが怖いんです。めちゃめちゃ情けない姿でびびっていた19歳でした。

 その後メキシコに上陸。
メキシコは水が汚く、絶対に腹をこわすと忠告されていましたが案の定ピーピーに。
これが尋常じゃない。少しでも何か口に含むと即反応が。
①パクッ②チョロッって感じです。

 ある時街中で腹が痛くて我慢できなくなった時は困った。
トイレがない。ホテルもレストランも見当たらないし、でも街頭でウンはまずい。
しょうがなく工場に入っていき、
’’エル バーニョ ポルファボール’’(トイレ プリーズ)と叫び何とか用がたせました。

 アジア初上陸はタイ
バンコクに着いたのが午前4時くらい。そのまま安宿街のカオサンロードに行き
食堂でビールを飲みつつ朝を待つ。

さっそくもよおして、トイレへ。
コンクリート打ちっぱなしの床に穴と足場がついている。
向く方向がわからなかったがとりあえずウンは出た。

しかし困った。流し方がわからない。レバーがない。
旅の恥は掻き捨てとはいうものの日本男児として流さないのはいかがなものかと思い、
勇気をだしてトイレをでて、店の兄ちゃんを連れてきて身振り手振りで流せないことを
説明した。いやいやながら教えてくれた。トイレのはじに水を貯める漕があり、ひしゃくで
すくって流すとのこと。

 やってみたが拭いたティッシュが詰まってしまって流れない。
本来紙を使わず、水で尻を洗うべきところ、文明国からやってきた私は
紙で拭いてしまった。水は流れずあふれてきた。さあ大変。
旅の恥は掻き捨てということで、そそくさとトイレを出て店から逃げ去りました。

 その後、タイ北部のチェンマイということろに行き、トレッキングツアーに参加しました。
夜は山小屋でとまるのですがトイレがない。当然外で土に返して上げるのです。

 私は一晩ウンを我慢することなど出来ませんからちゃんとしましたよ。
でも夜といいながら小屋の近くでするのは憚られるので少し山を登り、
小道の脇の草むらでポトン。ティッシュで拭き拭き。

 翌朝早く起き、朝食を食べ山のぼりへ再出発。
すると昨夜の現場へガイドが登って行くではありませんか。
ああ~、そっち行っちゃダメーと思ってみたところで運命は変えられない。
一行はわたしのウンのすぐ脇の小道を登っていきました。

 そのウンにを意識していたのはわたしだけと信じておりますが
そのウンは上にティッシュがのっているのが妙に醜悪で自然に溶け込まず
わたしの羞恥心を大いに刺激してくれました。

 そしてインド。中国以上の歴史大国のインド人は便なんかに羞恥心は
感じません。布を羽織ったおっさんが道脇でウンしてます。
私はさすがに道では出来ず、トイレでちゃんとしてました。
ただ入乡随俗(郷に入っては郷に従え)というわけで、尻は水を使って手で洗うことにしました。
ただしこればかりは指導してもらうわけにも行かず、自己流で習得するしかない。

 インドでは必ず、不浄の手、左手で尻を洗わなくてはならない。でも右利きのわたしは
なかなか左手がうまく使えない。水を汲んで左手でピシャピシャッとやるのですが
最後に右手も少し使っちゃう。でもこれは問題なんです。

 なぜなら飯は右手で手で食べるからです。しかもマサーラばっかりですから。
お尻をさわった手でカレーを食べたら、
手についてるのがカレーかウンだかそのうちわかんなくなっちゃう。
だから不浄の左手なのです。

でも私にとっては尻を拭いた手でカレーを食うのもいやだけど、
カレーを食べた手で尻を拭くのもこれまたつらい。
宗教の規則にも科学的理由があるものです。常にヒリヒリじゃ困りますから。

いいかげん下の話も食傷気味でしょうからこの辺で。
皆様にもウン(運)がつきますように。 

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-11 22:24 | 生活 | Comments(0)
2006年 02月 05日

中国 ぐちゃぐちゃ人間関係 腐敗の闇  

 昨日の官僚天国の話である电视剧(テレビドラマ)を思い出しました。《黑洞》(ブラックホール)といいます。
このドラマはある架空都市、天都市を舞台にした官僚腐敗の物語。背筋が凍る恐ろしさともった故事です。
 
 昨年はじめに語学研修で北京に行ったとき、語言大学のそばのDVDショップで買いました。
店のお姉ちゃんに、中国の現代社会の矛盾について描いた面白いドラマを紹介してくれと尋ねて
紹介してもらったものです。税関物と薬物ものを紹介されましたが前者を選びました。

天都市龙腾集团董事长、副市长聂大海之子聂明宇是一个全省闻名的青年企业家,但是暗地里,
他却操纵着天都市最大的地下黑社会活动。他设立赌场,有计划有预谋地拉拢腐蚀天都市的干部队伍,
并利用父亲的市长背景,大肆收买海关各级人员,走私贩私,牟取暴利。

天都市龙腾グループの会長は副市長、聂(nie)大海の子聂明宇で全省にその名がとどろく
青年実業家だが、
裏では天都市の最大の裏社会を牛耳っている。彼は賭場を開いたり、計画的に
市の幹部たちを丸め込んで、父の威光を背景に、税関の各階層を買収し、密輸販売し暴利を貪っている。


 法律はあってなしの如くで、副市長の息子ということでやりたい放題、副市長さんは
古くからの党員で真面目一本やりで精錬潔白なのですが取り巻き悪い、息子の賄賂攻撃
で仲間に入り、市の情報をみんなばらしちゃう。

 あるとき投書が警察に送られ捜査が始まるのですが警察内部も抱きこまれてますから
捜査情報はもろばれで事前に手を打てる。

 税関で密輸をするのにも高級幹部にもちゃんと分け前が行きますのでOK。
でもなにも知らない新任検査官が見つけちゃったからさあ大変。
この堅物検査官はなかなか陥落しない。すると脚の悪い一人娘を有名な学校に入れてやる。
教育会もグルなのです。学校への入学の場面も現地テレビで放映させ既成事実にしてしまう。
マスコミもちゃんと抑えてます。

 警察で捜査を指揮するのがこのドラマの主人公ですが、
彼はこの市長の息子の幼馴染、市長とは親子ほどの間がら。
もちろんだから彼が抜擢されたのです。追求するはずがないと思われて。

 でもこの主人公、中国の何よりも人間関係を大事にする風土に悩まされながら
市長の息子は絶対悪くないと信じつつ、段々と巨悪を追い詰めていく。

 追い詰められると今度は主人公は捜査からはずされて挙句は暴行容疑で逮捕されてしまう。
もちろん裁判所もグルですから有罪。

 市政府の党員も大体グルですからどうしようもないんです。
はむかう奴はどんどん殺されていきます。
ただ悪党のだめなとこは仲間割れ、これが疑心暗鬼を産み、崩壊してゆく。

最後は市の外の省の力を借りて巨悪退治となります。
市レベルの狭い世界では解決できない闇なのです。

このドラマのテーマは腐敗ですが、サブテーマは人間関係と現代と言ったところでしょうか。

とにかくこのドラマ怖いのです。
私も中国ビジネスにわずかながら関わるものとして
こんなブラックホールにまき込まれたら大変だなと。
でもなんかの弾みに落ち込んじゃう可能性だってなきにしもあらず。ああコワっ。
下の写真が悪党ですが怖いでしょ?中国ドラマの俳優はうますぎ。
d0018375_21404431.jpg

 このドラマ、フィクションとは言え、中国の現代矛盾を鋭く突いているとして放映されたときは
轰动全国(全国にセンセーションを巻き起こし),話題騒然だったらしく、毎日このドラマの話で持ちきりだった学校の先生も言ってました。

 私はこれを見て中国も表現の自由が出てきたんだなと感心しました。
あまりにもリアルなんですもの。でもちょっと人が死にすぎ。そこで質を落としてる。
わざとフィクションぽくしているのかも知れませんが。
でもこうしたリアルに問題を突くドラマも最近は規制が厳しくてだめだとか。

ホリエモンちゃんも裏社会が絡んでると噂されてますが
捜査情報を前もってキャッチするぐらい深く警察にも浸透してないとだめですね。甘い甘い。
マスコミも政治も抑えないと。

関税の腐敗は中国ではどこでも行われているとのことですが
たまに事件になります。以前アモイでは10何人か死刑になりましたよね。
でも首謀者は海外逃亡して暴露本なんかを出してます。
巨悪はつかまらないんです。闇は深いのです。
ブラックホールですから。

ある中国の学者の書いた本に書いてありました。中国で腐敗はなくならないと。
なくす方法はタダ一つ。規制を一切なくすこと。
規制の裏には特権があります。
密輸だって自由貿易なら意味をなさない。
もちろん日本にもあてはまりますけど。


以上
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by zhuangyuan | 2006-02-05 21:44 | 中国関連DVD、本 | Comments(11)
2006年 02月 04日

北京 ウハウハ官僚天国

 防衛施設庁談合事件とやらで騒がしいですがこれで逮捕された官僚さんはかわいそう。
日本ではあらゆるところで談合がはびこっているし、それも官製談合。天下り受け入れの人数の多さで発注が決まるなんてのは誰もが知ってる慣習です。
特殊法人だけでなく一部上場企業でも天下りを受け入れているところはごまんとあります。

 誰もが知っているし悪いと知っているけれど淡々と行われる。だけどたまに政治権力争いがからんで問題として出てくる。
だいたいいつもつかまるのはノンキャリア。一番おいしいのは実務レベルでなくもっと上にいるでのでしょう。でもちょっと経つとみんな忘れてる。

 日本もひとの国のことは言えませんがここは中国を知るためのブログですので先週聞いた話をひとつ。

 語学教室の先生(留学生 24歳 北京出身)が言いました。
「上海が発展していて、北京がちょっと遅れたように見えるのはなぜだか知ってますか?」
「なんでなの?」
「上海は民間企業が多くて、北京は官員(guanyuan)=官僚が多いからです。」

なんだそんなことかよ。つまらん。と思いきや続きがありました。

実は北京の官員が一番金を持っているそうです。
でも党員ですから質素に暮らしてるフリをしなければいけない。
たとえば官員の家は外観は一見質素、でも中にに入るときらびやかですごいそうです。
私脱いだらすごいんです。ってやつです。(ちょっと違うかな)

じゃあなんで金持っているか?
もちろん給料も高い。
でも一番は袖の下。これがすごいらしい。

中国は社会主義ですから経済は政府主導で政府の規制の上で経済が回る。
その規制を決めるのは官員。そこで法整備がなされていれば問題ありませんが
そこは人治国家中国,:“老大说了算”(ボスが言ったら全て決まり!!)

当然ボスにはどんどん金が集まってきます。でも絶対見つからない。
というか見つけない。なぜならそこは人际关系(人間関係)第一の国、
関係者は全部巻き込んで賄賂攻めです。当然隠し口座をもつ銀行幹部も警察も。
赤信号みんなで渡れば怖くない。

こんな具合でガッポガッポ。
做到多高位置,就多少钱。(官僚の位の高さで、金持ち度が決まる)

 でも北京でこうした位置につけるのは極わずか。
ただ他にも方法がある。課長クラスは地方に派遣される。北京の課長は地方で市長クラスだそうです。これがまたおいしい。地方の王様としてガッポガッポですって。

 最近の一番おいしいの金のなる木は外資投資。
外資を呼び込むことが出来た担当官員は投資額の5%をボーナスとしてもらえるそうです。
これはオフィシャルにもらえるとのこと。

 でも外資と国内民間企業が競合した場合はだいたい国内企業が選ばれるとのこと。
なぜか?それは中国のシステムを知っているから。
たとえ外資企業と組む方が利益が出ることがわかったとしても選ばない。
中国企業は利益より売上を優先するそうです。売上の一部が官員にキックバックされるんですって。なるほどぉ。

 また普段の生活もいいことがたくさんあるそうです。
たとえば高級レストランがタダ。国家、省、市、県それぞれのクラスにあった賓館が
どこでもあってそこで食事するのは基本的にタダだそうです。もちろん家族も。
官員はクレジットカードを持っていて限度いっぱいまで自由に使えるそうです。

 教育についても人民大学には高級官員の子息だけのためのクラスがあり
子息なら誰でもokなんですと。

 このように金の入る道は沢山ある。しかし問題がある。質素に装わなくてはならない。
そこでどうするか?
海外に遊びに行く。

日本には最近中国からの観光客が激増していますが彼らのほとんどは官員とその家族だと。
海外に行くときはたんまり金を持って買い物三昧。
一人平均15万人民元(210万円)くらい持っていくそうです。
確かにみんな良く買い物してる。デジタルビデオカメラとかブランド服などなど。
パリのビトンでも最近日本の独身OLが中国観光客におされ気味だとか。

海外に行くは行くでビザを取るのが大変。
そのために官員は子息を海外に留学させるそうです。
そうすれば家族は簡単にビザが取得できる。
そして定年を迎え、官員の道を離れ、海外に移住し貯めた金を放蕩する。
すごい遠大な計画。

あんまり書くと反体制陰謀ブログとして中国からのアクセスが出来なくなったら
友好ブログとしていやなのでこの辺でやめときます。

ところでこんな話を聞きながら思った。
いったいなんで24歳の女の子がこんなこと知ってるんだ?

「なんでこんなこと知ってるの?」
「北京人なら誰でも知ってる。」
「へぇ、でところでご両親は何してる人?」
「二人とも官員。」

以上
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by zhuangyuan | 2006-02-04 17:18 | 時事 | Comments(6)