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2006年 01月 31日

政治の世界 裏と表

 先日、大宮の台湾料理屋で今は会社を経営する元上司と呑みました。
プリプリしたイカがうまかった。

 その方の娘さんは現在ロンドン大学留学中。
入学時はアジア人が数名いたそうですが3年生の今はみんな
ドロップアウトしてとうとう一人になってしまったとのこと。
英国人は基本的にアジア人を見下していますから最初は相手にされませんでしたが
今はここまで外国人としてついて来れていることでやっと認められたとのこと。

 周りは金持ちエリートばかりでそのエリートのほとんどが教会関係出身らしい。
無宗教日本では考えられないことです。

 先日その娘さんが彼氏を連れて一時帰国したそうです。
その日本とポーランドのハーフの彼氏は突然聞いてきたそうです。

「日本人は日本が第二次世界大戦で無条件降伏したと信じているって本当ですか?
ポツダム宣言を受諾しましたがそこには日本の無条件降伏は要求されていませんよ。
無条件降伏したと信じているのは日本人がだまされているのです。
そんなのは欧米で歴史を学ぶものの常識です。」

そんなの全く知りませんでした。

 そこで原文を読んでみると確かに日本国の無条件降伏は要求されてません。
日本軍の無条件降伏を政府が保証しろと言ってます。
吾等ハ、日本国政府ガ直ニ全日本軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ、且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付(つき)、適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス。右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス


ついでですから中国語も書いときます。ポツダム宣言はトルーマン、チャーチル、蒋介石ですから中国語もあるんですね。
吾人通告日本政府立即宣布所有日本武装部队无条件投降,并对此种行动诚意实行予以适当之各项保证,除此一途,日本即将迅速完全毁灭。


 ポツダムに集まった各国首脳は日本が無条件降伏するなんてまさか考えられなかったので
要求から削除したそうです。ところがマッカーサーが行ってみると日本人は従順そのもので
作戦変更して無条件降伏したみたいに政府の上にGHQが君臨して
一切条件をつけさせなかったんですって。

 でもマッカーサーでほんと良かったいい人で。いい人ぶりについては浅田次郎「日輪の遺産」
を参照してください。小説の中の話ですが...。

 それにしても政治っていやらしくていやですね。
先日紹介した増田俊男さんの講演に2年前も参加しました。
その時知った話。
日本は日米安保条約で在日米軍に守られてるって信じられていますが条約の中には
そんなこと書いていないとのこと。
米軍は在日米軍が攻められれば出動しますが他の日本が攻められても別に守らなくても
よいんだそうです。

これも原文をみると
ARTICLE NO.5
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.

第5条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。


日本語と英語で微妙に違う。against either Partyへのアタックを自国の憲法に基づいて
行動するっていうのですから日本とその中の米軍を別個のものとして別の憲法に基づいて
行動するんです。もちろん米国憲法に日本を守れなんて書いてません。
詳しくはwikipedia記事参照

 更に先週の講演会ではこうも言ってました。
沖縄返還時に核抜き本土なみ返還が行われて、非核三原則も佐藤栄作が打ち出したが
実は裏交渉で返還の条件として核兵器を装備した世界最強核部隊を沖縄に駐留させることが
合意されたと。今も核兵器がありますよと。交渉に関わった京都産業大学若泉氏が数年前に
暴露本を出したそうです。「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(絶版)

それで佐藤栄作はノーベル平和賞。これほど胡散臭い賞はありません。

このあまりにも白々しいウソがまかり通る政治ってホントわけわかりません。

ウソは堂々とつかなければいけない。
姑息に隠そうとしてチョコチョコごまかしてはいけない。
大きいウソの方が信じやすい。
浮気の現場に踏み込まれてもベッドで裸でも堂々と
何もしていない、お前を愛してるといえるくらいの玉でないと大政治家になれません。
小泉さんもよく日中友好論者ですって言ってますよね。

小さい頃、こども番組の合間に
「火の用心! 一日一善!!」とやさしそうなオジサンが微笑むCMがよく流れていました。

あるとき父親にそのおじさん笹川良一が日本の裏の世界のドンだと聞かされた時は
表と裏の怖さにぞっとしました。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-31 22:12 | 文化、歴史 | Comments(8)
2006年 01月 29日

新年好 狗年 ワンワンワン

今日は旧暦の正月、春節です。
皆様明けましておめでとうございます。
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これは上海のお客さんから頂いた年賀状です。
頂いたのは西暦の正月のときでしたけど。

今年は狗年。ワンワン!ということで、旺 旺 旺wang wang wang。
食欲旺盛の旺です。なんかハッピーに成れそうな気がしてきます。
中国でも犬はワンワンなんですね。

私は実は狗年。年男です。

中国語で狗に関する言葉となると罵る言葉ばかりでいやんなっちゃいますが
こういう縁起がいいのもあるんですね。

他のお客さんに頂いたカレンダーには「狗来福」とありました。
いぬが福を呼んでくれるんですかね。

でも一般的に言ってやっぱり狗はいい言葉は少ないみたい。
每到年关将至的时候,商家都会为市场上各类新春礼品如何围绕属相动足脑筋,可是即将到来的狗年,却让商家遭遇了尴尬。猴年、鸡年的礼品,他们都能很轻松地起上一个好听吉祥的名字,像灵猴献瑞、雄鸡报春等,但是狗年除了狗的叫声“汪”谐音为“旺”以外,很难与“吉祥”沾上边。

毎年年の瀬がせまると、商店主はみんな新春の縁起物をどうやって縁起ものと結びつけるかに
頭を悩ます。しかし狗年がやってくるとき、商店主はがっかりする。申年や酉年の縁起物は
彼らは簡単に灵猴献瑞(賢い猿が幸運を呼ぶ)、雄鸡报春(雄鶏が春を告げる)など聞き心地の
良い名前をすぐに思いつく。しかし狗年は狗の鳴き声の汪wangの音とと
旺wangを結びつける以外は、吉祥と結びつけるのに苦労する。

要怪这也只能怪咱老祖宗,似乎生生地和狗有仇似的。翻一翻成语词典,与狗相关的成语倒还真不少,可大都是狗眼看人、狗急跳墙、狼心狗肺、犬马声色、狗屁不通、狐朋狗友之类,就是民间的俚语,也差不多都是“狗肉上不了正席”什么的,商家能拿这个来贺岁促销吗?

我々の祖先が狗に対して恨みがあるとしか思えない。
成語辞典をめくると狗に関するものがとても多い。
しかしそれは狗眼看人、狗急跳墙、狼心狗肺、犬马声色、狗屁不通、狐朋狗友といったスラングで狗肉上不了正席などといったものと変わらず、こんなものでもって新春大売出しの販売促進につながるのか?


犬马声色=退廃した道楽。犬を飼って、馬にのって、音楽聴いて、色にはしる。
狐朋狗友=悪友
狗肉上不了正席=犬の肉は正式の場所では出てこない。
            レベルの低いものは出てくる場合ではない。
他の言葉は以前の記事を参照してください。

ところで中国では携帯ショートメールで新年の挨拶をすることが盛んに行われてます。
もしかしたら日本でもそうかも知れませんが私の携帯には来ない。

 昨年中国にいたときは随分いろんなメールいただきました。
皆さんネットでいい言葉を捜して引用して送ってくるんです。
女性なんかに詩のような文章をメールされるとクラッときちゃいます。

昨年正月に頂いたメールで面白いものを一つ紹介します。
これは男性にもらったもの。
愿好运像地雷一样,时常给你踩到;厄运像流星雨一样,永远淋你不到;财富像垃圾一样,随处可以捡到;幸福伴你一生像苍蝇一样盯着你不放!新年快乐!

幸運は地雷のように時々あなたに踏まれますように、厄災は流れ星のように永遠にあなたに届かないように、富はゴミと同じようにいたるところで拾えますように、幸福は蝿と同じように一生あなたにまとわりついて放さないように願います。新年おめでとう!!


まあ何はともあれ今年もいい年でありますように。

以上
 
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by zhuangyuan | 2006-01-29 20:54 | 時事 | Comments(5)
2006年 01月 28日

日本株バブルと米中戦争!?

 今日はめずらしく講演会を聴きに行ってきました。
「増田俊男の目からウロコの会 新春スペシャル」(内容は国際政治や投資について)
前から行きたかったものでしたが今週はいろいろあっていけるかなとヤキモキしてました。

 というのも火曜日から娘が熱を出し、水曜朝にも具合が良くならないため、医者につれていくと
インフルエンザA型でした。娘は医者に入る前に車の中で思いっきりモドしました。車の汚れがおそろしく私はゲロを手で受け止めましたが間に合わず車も手もゲロゲロ。

 よって私も感染がおそろしくなりました。翌日水曜日は息子も発熱。私は木曜、金曜は宴会で遅く体力も消耗。おまけに土曜日は保育園の父母会。

 これだけ続いたので土曜日を留守にするのは気が憚られたので前売りチケットを買うのは
やめにしました。

 そして今日、子供たちは回復したようだし、父母会は欠席連絡をしたとのことで
妻には申し訳ないけど行ってきちゃいました。

 この増田俊男というおじさんは何冊も本出してますのでご存知の方も多いと思いますが
国際政治スペシャリストとして政治の流れを読み、投資指南などをします。9.11も事前に
予言してました。為替も読みなんかも的確です。

 私は結構このオジサンを信奉していまして株投資の指針としています。

曰く、日経平均は5万円になる!!

 そこまで行く過程とその理由に中国が大きく関わってくるのです。
というか中国がキーポイントなんですって。

 あんまり詳しく書くと営業妨害になっしゃいますのでエッセンスだけを書きます。

世界の運命はアメリカが握っている。
アメリカの21世紀の目標は台頭する中国を支配しドル圏にいれること。

はたしてその戦略は?

日本の金余りを利用して中国にバブルを引き起こす。
そしてバブルが崩壊。→社会不安→アメリカは中国を挑発→軍事衝突
そしてアメリカが勝ち、中国が完全な自由主義市場経済となり
アメリカのために13億の民が働き金を生み出すようになる。

中国経済は北京五輪でピークを迎え、上海万博以降下降線をたどり、
やがて軍事衝突につながるんだって。

バブルを引き起こすために日経平均を5万くらいまで引き上げて資金を創出する
必要があるとのこと。これはアメリカの意思だと。
そのために小泉さんは郵政民営化を行い、郵貯を株式市場へ誘導する。

 アメリカは冷戦時には日本を利用し物工業化でソ連を倒し
金あまりの今は金の力で中国共産党を崩壊させる戦略らしい。

 荒唐無稽のようですが面白いしよくあたるんです。
株は人気投票と同じとよく言われますが、みんながこうした話を信じて
買えばどんどん上がるんですからもしかしたら...。
でも問題はいつ降りるかですね。

3時間の講演の中ではそのほかにもいろいろ言っていましたがこのくらいにしときます。

詳しくは本を買ってくださいとのこと。
わたしも買っちゃいました。
「日本大復活」増田俊男 PHP研究所
2月には書店に並ぶと言ってました。

この人は実に商売がうまい。講演会は3500円ですが本が1500円。
で具体的に株投資について聞きたい人はこの後の懇親会へどうぞ。と
会費は一万円ですぅ。

 まあこの記事見てすぐに株買う人はいないと思いますが一つ注意を。
ライブドア後また急上昇してますがまた一時下がるらしいですよ。
詳しい内容は懇親会出てないので知りません。
悪しからず。
 
 強気一辺倒だといけませんのでもう一つ教訓を。
おととい飲み会で聞いた話です。
バブル絶頂期、利益を内部留保し運用していなかった私の会社の社長室に
某大手証券会社の副社長がやってきたとのこと。
運用のすすめに対し、本業重視を強調し首を縦に振らない社長に対し
その副社長は部屋を出るとき、吐き捨てるように言ったそうだ。

「今の相場の流れに乗らず、証券で資金運用しないのは背任行為に匹敵する!
日経平均は7万円まで行くんだよ~!!」

(その場にいた方に聞きました。)

 その後の株式市場の推移は皆様も知ってのとおり、失われた10年に突入し
7000円代まで落ちていきます。桁間違えたのかな?副社長さん。
ちなみにバブル時最高値は39000円くらいです。

その道のプロもわからないんですよね。この道は。
信じる道はひとそれぞれ、あとは自己責任。
でもお金も儲けたい。どうすればいいんだぁ?うぅ~くるしいぃ。

 閑話休題、中国バブルは今でもなんか崩壊しかかかっているように感じますが
これから2008年に向かってまだガンガンいくのでしょうか?

米中戦争が起きたら日本も参加せざるを得ないんでしょうね。
そのための準備で憲法改正か?
そんなに遠い未来の話じゃないですね。
その時までもっと言葉を上達しておこう。
平和の使徒になれるかな。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-28 22:13 | 時事 | Comments(1)
2006年 01月 25日

文房四宝 これって水墨画?

 文房四宝といって昔から書斎に備えるものとして筆、墨、紙、硯があります。
恥ずかしながら、私の部屋には一つもありません。

 ところが先日、中国のお客さんに硯をもらってしまいました。苴却砚といって四川省のもので
、この硯について書かれた記事を集めた分厚い冊子までついていました。曰く、清朝末期にはパナマの博覧会に出展され、また2004年は全国文房四宝芸術博覧会で金賞を受賞しているとのこと。
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龍の彫り物がしてあっていかにも高級そうです。

ただ残念ながら墨も筆もない私には宝の持ち腐れになってしまう。
観賞用でもいいのでしょうがなんとももったいない。
私は飾りたいのですが我が家のボスが家の雰囲気に合わないということで
中国系のものは全て却下されます。
ブログ写真「福」の字の切り紙も机の上で静かにしてます。

そこで祖母にあげることにしました。
祖母は83歳にしてなおも前向きにいろいろチャレンジしてまして、
最近まで水墨画を習っていました。今は書に変えたらしいです。

 そこで以前も北京の琉璃厂で筆のセットをお土産に買ってあげました。
狼毛(イタチの毛)で出来た筆が最高級だと店のあんちゃんに薦められ買っちゃいました。
なかなか腰が利いていて書きやすいとの評価をもらいました。

 筆があるのだから硯もと思いプレゼントしました。
ちょうど少し前に高級な墨も買ったばかりだったそうで喜んでくれました。

 普段は100円ショップで買った墨を使っていたらしいのですが、良い墨を試したくなり
一万円もだして購入したそうです。

 二つの墨でそれぞれ同じ水墨画を書いて比べたものを見せてくれました。
一万円の墨で15分ですったものは紙がぴたっとまっ平ら。
100円ので一時間くらいですったのは同じ黒く塗りつぶした部分がぼこぼこになっていました。

 水墨画というのは山水画と勝手に思い込んでいた私は祖母の絵をみて
度肝を抜かれました。
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うますぎる。黒いところも全て自分で塗ったらしい。
東大寺にある広目天立像という仏像の写真を小さな模写したそうです。
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 せっかくならった水墨画をなんでやめたのか聞くと、草花ばかり模写してつまらなかったと。
書きたいものを書かせてもらえなかったらしい。でも自分では続けるとのこと。

 テーブルの横には鳥の羽がありました。
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 これを使って水墨画を書くと筆では表現できない線が描けるとのたまっていました。
こうした独創心はすごい。

 祖母は油絵なんかも結構いけていまして区長賞なんかを地元でもらってましたが、自分の独創性のなさを感じて壁にぶつかっているそうです。わたしのような凡人には到底感じることの出来ない世界です。

 最近は書をやっているのですがこれも様になっていました。
テキストは唐詩を筆で書いたものですが、意味をたずねるとしらないとのこと。
そこで唐詩を書くなら意味をしらないとイカンと唐詩300選をすすめました。

 するとすぐに古本屋でゲットしてきて読んでいました。
昨年は高齢者センターで卓球を習い始めたそうです。
老いてなお矍鑠(カクシャク)。

でもあまり無理せずにお願いしたいものです。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-25 22:22 | 文化、歴史 | Comments(10)
2006年 01月 22日

追悼 仰木監督 回想 10.19(中文) 添削付き版

①添削前
今天报纸上看到了追悼仰木彬监督仪式昨天举行的消息。
我感觉到棒球界的一个时代过去了。我从小是一个球迷,特别喜欢的是近铁水牛队。
他以前当过那队的监督。

近铁队前年年底因为母公司的财务情况不好,突然消灭了。虽然活力门愿意收买球队,但不被联盟认定。
我25年来热爱的对象一下子失去了。
于是去年年底我最佩服的棒球人仰木彬先生也去世了。

我作为老球迷最难忘的一天是1988年10月19日。棒球历史上也很有名的一天。

那年年初仰木彬就任80年获得太平洋联盟冠军以后一直在不好成绩的近铁队的监督。
那年近铁队突然变强了,到最后一比赛迫近冠军的西武队。

如果连续胜利10月19号和罗德的两个比赛,他们能获得冠军。但是最后的比赛不分胜负,近铁队赶不上了。
胜利比率比冠军的西武队差仅仅0.02。

当时我在高中3年级正在准备大学入学考试的时期。
但每天关心近铁队比赛的情况,坐立不安,集中不了学习。
10月19号也拿收音机上学了。上课的时候也偷偷地听听第一比赛的实况广播。

放学时两个球队同分儿,还不明白比赛怎么结束,
但决定了和四个朋友们一起去川崎球場向近铁队声援。
一个半小时的电车里也一直听着收音机,不关心周围人的麻烦大声地声援。
比赛的最后一局面近铁队碰到最大的危机,那时收音机的电池没了,听不到声音了。
车站里买到电池后换电池再开始听广播时,第一比赛胜利已经决定了。
我们欢欣雀跃地往前走。

我们达到了川崎球場,发现很多人在球场外等着呢。除了我们以外很多人也想出亲自看看令人瞩目的最后一战的主意来聚集了球场。兴奋的我们毫无想象没有门票。因为平时太平洋联盟的比赛不受欢迎。竟然入场门已经关上了,门票也卖完了。我的天呢。那么远的地方来却卖不到门票,觉得很糟糕。

第二比赛已经开始了,我们焦急了。于是我们走过去球场的背面,发现了围着球场的铁低些的部分,攀过去球场内了。

球场内的气氛非常热闹,支持近铁的球迷们像一家人一样一起声援运动员。
我们都相信用出乎意料的作战使复苏近铁水牛队的所谓仰木魔术,相信最后我们的近铁队达到胜利。但是比赛不分胜败了。
这意味着达不到冠军。周围的人哭了起来。我陶醉在比赛的兴奋发呆了几分钟。

那年虽然仰木监督达不到目标,但是他给全国的球迷一个梦想了。
球迷们都热情的支持他,爱他,感着幸福感。谢谢仰木监督。

第二年他打倒西武队,获得冠军了。
我在大学一年级,电视上看到那个场面了。
梦想终于达成了。

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添削歓迎です。请批改一下。

10.19決戦

tianshu様に添削していただいたコメントを再録します。

文法的なミスは置いといて、表現に注目します。
わたしの平板なのっぺりした文章がいきいきと躍動的に生まれ変わりました。
中国語を勉強している方は是非読み比べてください。
下線部特に注目。

②添削後
今天在报纸上看到了一个消息--昨天举行了仰木彬监督的追悼会。

我感觉到棒球界的一个时代过去了。我从小是一个球迷,特别喜欢的是近铁水牛队。
仰木彬以前当过那队的监督。

近铁队前年年底因为总公司的财务情况不好,突然解散了。虽然活力门愿意收买球队,但没有受到联盟承认。
我25年来热爱的对象一下子消失了。
而且,去年年底,我最佩服的棒球人仰木彬先生也去世了。


我作为老球迷最难忘的一天是1988年10月19日。那在棒球史上也是很有名的一天。
那年年初仰木彬就任在80年获得太平洋联盟冠军以后一直处于劣势的近铁队的监督。
那年近铁队突然变强了,到最后一场比赛比分几乎迫近冠军的西武队。

如果能连续赢得10月19号和罗德的两个比赛,他们能获得冠军。但是最后的比赛不分胜负,近铁队没有赢。
胜利比率比冠军的西武队仅仅差0.02。

当时我在高中3年级,正在准备大学入学考试。
但每天因为关心近铁队比赛的情况,坐立不安,集中不了精力学习。
10月19号我带着收音机上学,上课的时候也偷偷地听第一比赛的实况广播。

放学时两个球队同分儿,还不明白比赛怎么结束,
但我决定和四个朋友们一起去川崎球場为近铁队声援。
一个半小时的行程,我们在电车里也一直听着收音机,大声地声援。坐在电车里的人一定很不舒服,但是我们管不了那么多。
最后一局比赛近铁队碰到了最大的危机,但是那时收音机的电池刚巧没了,听不到声音了!
车站里买到电池后再开始听广播时,比赛的结果已经决定了。
我们欢欣雀跃地往前走。
我们到达了川崎球場,发现很多人在球场外等着。不仅仅是我们,还有别的很多人也想出亲自看看令人瞩目的最后一战。所以大家都聚集到球场周围。兴奋的我们毫无思想准备--竟然卖不到门票了!
因为平时太平洋联盟的比赛不受欢迎。入场的门已经关上了,门票也卖完了。我的天!从那么远的地方来了却买不到门票,太糟糕了!

第二局比赛已经开始了,我们焦急起来。我们走到球场的背面,发现了围着球场的铁栅栏有的地方并不太高,于是我们攀过去进到球场内。

球场内的气氛非常热闹,支持近铁的球迷们像一家人一样一起声援运动员。
我们都相信用出人意料的战术能使近铁水牛队的所谓仰木魔术复苏,相信最后我们的近铁队会达到胜利的顶峰。但是结果比赛不分胜败。
这意味着达不到冠军。周围的人哭了起来。我陶醉在比赛的兴奋中发了几分钟呆。

那年虽然仰木监督没有达到目标,但是他给了全国的球迷一个梦想。
球迷们都热情的支持他,爱他,并感受着幸福。谢谢仰木监督。

第二年他的球队终于打倒了西武队,获得了冠军!
那时候我在大学一年级,从电视上看到那个场面--梦想终于达成了。



(和訳)

今朝新聞で仰木監督お別れ会のニュースを見ました。
野球界の一つの時代が過ぎていったと感じました。
わたしは幼いころから野球ファンで特に近鉄バッファローズが好きでした。
彼は以前近鉄の監督でした。

 近鉄は一昨年末親会社の財務問題で突然なくなってしまいました。
ホリエモンが買収しようと名乗りをあげましたがリーグがそれを認めませんでした。
私の25年来の熱愛の対象があっというまに消え去ったのです。
そして昨年末私がもっとも尊敬する野球人仰木彬さんが亡くなったのです。

 私が古くからの野球ファンとして最も忘れられないのは1988年10月19日です。
野球史においても有名な一日です。

 その年の初め仰木彬さんは80年の優勝以来パ・リーグでずっと低迷していた近鉄の監督に
就任しました。そして近鉄は突如強くなり、最後の一戦までチャンピオンの西武に迫りました。

 もし10月19日のダブルヘッダーでロッテに連勝すれば優勝できたのです。
しかし最後の一戦は引き分けとなり近鉄は追いつけませんでした。
勝率の差はわずかに0.02でした。

 その時私は高3で受験の準備をしていました。しかし毎日近鉄の試合状況が気になり
いても立ってもいられず、勉強に集中できませんでした。
10月19日も学校にラジオを持っていき、授業中もこっそり第一試合の実況中継を聞いていました。

下校時間の時も両者同点で試合結果はどうなるかわかりませんでした。
しかし友達4人と川崎球球場に行き声援を送ることにしました。
一時間半の電車の中もずっとラジオを聞き、周りの目は気にしませんでした。
試合の最後の場面で近鉄は最大のピンチを迎えましたが、その時電池が切れ、音が聞こえなく
なりました。駅で電池を買い交換すると、第一試合は勝ちが決まっていました。
私たちは飛び跳ねて喜び道を急ぎました。

 川崎球場に着くと沢山のひとが球場の外で待っていました。私たち以外にもこの世紀の一戦を
この目でみようと考えた人が球場に集まっていたのです。興奮していた私たちは切符がないことなど
考えもしませんでした。なぜならパ・リーグのいつもの試合は全く人気がなかったからです。
ところが入場門はすでに閉じられ、切符も完売でした。オーマイゴッド。こんなに遠くから来て
チケットが買えないとは最悪だとおもいました。

 第二試合はすでに始まっており、焦ってきました。そこで球場の裏に回りこみ鉄柵の低いところを
登って中に入りました。

 球場内の熱気むんむんで、近鉄を応援するファンたちは家族のように一体となり選手たちを応援
しました。私たちは所謂仰木マジックを信じてたし、最後に近鉄が勝利すると信じていました。
しかし試合は引き分けでした。これは優勝できないことを意味します。周囲の人は泣きはじめました。
私は興奮さめやらず数分ボーっとしていました。

 その年仰木監督は目標に届きませんでしたが全国の野球ファンに夢を与えてくれました。
ファンたちは熱心に彼を応援し、そして愛し、幸福を感じていました。ありがとう仰木監督。

 翌年彼は西武を倒し優勝しました。
私は大学一年でテレビでその場面を見ました。
夢がかなったのです。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-22 20:54 | 中文練習 | Comments(10)
2006年 01月 21日

株価大暴落 私の失敗(中文)

这个星期,日经平均股指暴跌了。日本经济复苏的象征活力门公司被涉嫌违反股票交易法。
最近流行的在家用电脑交易股票的个人投资者不仅失去了希望之星,而且失去了很多钱。
这次事态会让年轻没有工作的投资者了解股票就是这样含有风险的。他们得到了很好的教训。

我也以前经历过以股票亏大损的事了。我给刚刚开始买股票的人介绍我的失败。

90年代末我买了在美国NASDAQ上市的一家IT企业的股票。
那时美国的经济情况非常好,因特网技术引起效率革命,股指也每天上升了。那样的情况下我也想着买美国股票。正好证券公司工作的朋友介绍在美国发展中优良企业,我就买了股票。我投资了大概一百万日元。其实我本人没有那么多的剩余资金,我支付一半,其它我借爱人的钱购买了。

那公司的股价马上暴涨了。每天每天重新达到新高价了。更好的事股票三分割了。
我非常高兴了。
但是不卖了。因为随着计算上的资产膨胀,我的梦想也没有根据地膨胀了。
周围的买卖股票的人们拿到的钱比我多,我感到羡慕。我当时觉得我也许能以股票拿到巨款。
我选择了长期投资的办法,决定了三年之间不卖。

结果呢?众所周知IT泡沫破坏了。股价最高时270万日元。但以后一点一点降下了。
我那时也不卖。我等待再上涨了。但是股价再也没有上升了。一直跌下去了。然后无法想象的事情发生了。那家公司发表了将股票的数量减少到11分之1。我的已经稍稍的资产又大减少了。有人告诉我:“投资的初学者跟猫一样,能爬到很高的地方,但下不了”。
股价开始下降,不能卖的意思。套利卖就是最重要。

之后五年不卖,去年才卖了。卖的价格谁都不相信,我也不想告诉别人。
是令人吃惊的7,000日元。100万日元上升到270万日元,却下降到7000日元。
这个价格比户头管理费还低。股票风险太大了。

但是人轻易过去的教训,我看看这一年的股票市场的情况又感到对股票投资很乐观。
这个星期发生的暴跌让我想起以前的失败,以后我能冷静地,以史为鉴地对待股票投资。



*添削大歓迎です。

このライブドアを表す活力門(huolimen)という中国語は言い得て妙。
中国の外来語中訳センスの良さに脱帽です。
元気のある扉でライブドアlivedoorを表し、さらにhuolimenフオリメンでホリエモンまで
表現してしまう。ほんとうまい。


(和訳)

今週日経平均が大暴落しました。日本経済復活の象徴といえるライブドアが証券取引法違反容疑をかけられた。
最近流行している在宅デイトレーダーは希望の星を失ったばかりでなく、大金も失った。
今回の事態は若い無職の投資家たちに株投資とはこんなにもリスクがともなうということを理解させた。彼らには良い教訓となった。

わたしも以前株で大損しています。株をはじめたばかりの方々に私の失敗を紹介します。

90年代末、私はNASDAQのIT企業の株を買いました。
その時アメリカ経済は絶好調で、
インターネット技術で効率革命が起き、株価指数も毎日上がっていた。
そんな状況下わたしも米国株を買いたいをおもっていた。ちょうど良く証券会社の友人が成長中の優良企業を紹介してくれて、すぐに株を買いました。大体100万円を投資しました。
実は私自身はそんなに余剰資金がなかったので半分は妻に借りました。

その会社の株はすぐに暴騰しました。毎日新高値を更新し、さらに良いことに三分割しました。
私はとても嬉しかった。しかし売りませんでした。なぜなら資産が膨らむに連れ、根拠のない夢も膨らんでいったからです。
周囲の株売買をしている人も私よりずっと儲けていました。私はとてもうらやましかった。
当時私は思った。もしかしたら私も巨万の富を手に入れられるかもしれないと。
私は長期投資を選択しました。そして3年売らないと決心しました。

結果は?皆さんご存知のとおり、ITバブル崩壊です。株価は最高で270万円でした。
しかしそれから段々下がっていきました。それでも売らずに再上昇を待っていました。
しかし株価は二度と上がらずずっと下がりつづけました。その後信じられないことが起きました。
その会社が株数を11分の一に減少させると発表したのです。すでに少なかった資産が更に減少しました。
ある人はいいました。投資の初心者は猫といっしょだ。高いところに上がることは出来ても降りられない。下がりだしたら売れなくなるという意味です。利食い千人力がもっとも重要ですね。

その後5年間売らず、去年やっと売りました。売った価格はみんな信じないほどです。
わたしも言いたくありません。驚きの7000円です。100万が270万、そして7000円。
これでは口座管理料より低い価格です。株はリスクが大きいですね。

しかし人間は簡単に過去の教訓を忘れる。私は近頃の株価動向を見ていて、またとても楽観的になってました。
でも今週の暴落で過去の失敗を思い出しました。今後私は冷静に歴史を鑑として投資にあたることが出来ます。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-21 22:20 | 中文練習 | Comments(6)
2006年 01月 19日

ピンポン外交 福原愛

 月曜日にアンテナ22とかいう番組で卓球愛ちゃん 素顔の17歳というのをついつい見ちゃいました。ほんとファンになっちゃいましたよ。ちっちゃなころからマスコミの寵児となったにも関わらず、奢れることなくひたむきに練習しオリンピック選手にまでなった。しかもめちゃめちゃ素直。さらに中国語がぺらぺら。

 彼女の発音中国人みたいです。中国のブログを見てましたらこんなふうに誉めてました。
现在福原爱的中文可以说是非常流利了。虽然有的时候在个别单词的掌握上还有欠准确的地方,但交流起来一点问题没有。

 現在の福原愛の中国語はとても流暢だと言っていいでしょう、たまに個別の単語の把握において正確さを欠く時がありますが交流するには全く問題ない。


 小さな時から中国のコーチに教わり、沈阳にもしょっちゅう行って修行してたんです。今プロリーグで活躍してますが回りの選手はみんな幼馴染みたいなものみたい。

 ただ別のブロガーは彼女の発音には東北味があると言ってます。
ダニエル・カールみたいなもんでしょうか?

リーグでは待遇は最高。世界チャンピオンの王楠とダブルス組ませてもらってます。
でもこんな懸念もある。
有人担心,这样的配合训练是否会使福原爱对我国的乒乓球技术和打法格外熟悉,而会在今后的国际比赛中对中国选手形成威胁。

ある人は心配する。こんな組み合わせでは福原愛が我が国の卓球技術や打法を熟知して
しまい、今後中国選手の脅威になるのでは


まあ北京五輪のための選手養成は国家命題ですからそこに日本人をいれるのは
まずいんちゃんの?というのは理解できます。

東京五輪のバレー東洋の魔女の中にソ連の選手いれませんよね。

でもまあ、あの3歳のお嬢ちゃんがよくぞここまで。うぅー。

 この番組にもでてましたが去年この語学力を活かして中国の全国ネットインタビュー番組「面対面」に通訳なしで出演したそうです。

チャンピオンのこと「楠姐」とか呼んでました。
 
番組内で愛ちゃんはきつい質問されて泣いちゃいました。
记者:日本报纸还说你爸爸妈妈为你把工作都辞了,有媒体说你现在要养活你一家人,这个对你有压力吗?是这样的吗?

ご両親は仕事をやめられたそうですが、マスコミが言うには今はあなたが家族を養わなければいけないらしいですね。このことはプレッシャーにならないですか?

福原爱:别问我那么难的事行吗?(哭)
 
福原愛:そんな難しいこと聞かないで下さい。(泣く)

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17歳にそんなこと聞くなよ。俺だってないちゃいうよ。

そんな愛ちゃん中国語ぺらぺらですが漢字は書けないみたい。
毎日夜、コーチに漢字教わっているんですって。
日テレの番組ではこんな場面がありました。

トマトは中国語でなんて書く?「西...アカだよねアカ?ちょっと待ってね。うーん。西紅柿!」
筆記ならオジサンも勝てるかも。

この愛ちゃん最近の日中の冷めた関係においてはほんとに大事な役割に担ってます。
日本人は中国の卓球に興味を持ち、全国ネットが報道することなんて今まで
ありえなかったし、彼女のがんばる姿と素直な受け答えを見てたら反日憤青君たちも
日本に対するイメージが変化するんじゃないでしょうか?

こうなりゃ第二次ピンポン外交だ。
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1972年に日本で開かれた卓球世界選手権でアメリカと中国の選手が戦後初めて交流し
米中国交回復につながったのですが当時は文革時代で中国人はアメリカ人と話しただけで
スパイとみなされたとのこと。

そんな2カ国が卓球で結ばれる。じゃあ日本も。

以上

愛ちゃん記事こっちもどうぞ。
愛ちゃん 初恋?
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by zhuangyuan | 2006-01-19 23:52 | 時事 | Comments(9)
2006年 01月 15日

中華 ゲテモノ食い

中国では何でも食す。
たとえて曰く、空飛ぶものは飛行機以外、4本足のものは椅子以外、2本足のものは両親以外
何でも食べちゃうとか。
2本足の話はグロすぎるので置いといてとにかくゲテモノなんでもござれ。

 私はゲテモノはそんなに苦手ではありません。
中国では蛇、鰐、亀、ケニアでは牛の血の入った牛乳も平気でした。
でも虫だけはちょっと勘弁してもらいたい。長野の蜂の子なんかも大きらいです。
魚も家畜もいない貧困地域で動物性タンパクを採るため仕方なく食べるならまだしも
この飽食の時代になんで好き好んで食べなきゃなんないの。

「丰乳肥臀」のなかの一文。
我们家没有一粒粮食。前来求医问卜的人,根据鸟的习性,贡献给我们家一些蚂炸、蚕蛹、豆虫、金龟子、萤火虫之类的荤食儿,・・・。我们当然把这些贡品首先喂给三姐,三姐吃剩的,母亲和姐姐们和司马家的小东西分而食之。

うちには一粒の穀物もなかった。医者を求め、占いを聞きに来た人は、鳥の習性を考慮し、うちにイナゴ、蚕のサナギ、豆虫(?)、コガネムシ、蛍などの動物タンパク食料をくれた、・・・。私たちはそれらの貢物をはじめに三姐にあげて、残りを母親と司馬家のチビと分け合った。

鳥の神様に取り付かれた三番目の姉さんに各地から信者が供物を持ってやってくる。
それが虫なんです。食べ物がないですから皆で食べる。

 以前中国に出張していたとき、夕食時に炒めたゲンゴロウ=龙虱(longshi)が皿に山盛りになって出てきました。
その日は昼にもかなり飲まされており、グロッキーでした。まず見た目でアウト。
まあゴキブリと同じですよ。
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 これも経験だからと一つ食べて見ました。味は別になんてことはない。でも少し油が嫌でした。
ただ歯ざわりが虫って感じ。なんか足とかが歯に詰まりそう。

何が一番にイヤかって、人が食っているのを見ること。オケツのムニュっとしたとこだけ食べるのですが、食べてるときは口からゲンゴロウが半分出てる。これがグロテスク。
食い終わった腹のなし羽根つきの殻が皿に積まれていくのもホント気持ち悪い。
その日の体調のせいだけではないでしょう。

邱永漢氏の「食は広州に在り」(中公文庫)にそれを食べる妻の様子が出てくる。
彼もきらいらしく、ゲンゴロウを食べる奴とはキスしないと宣言したが、
キスより龍蝨ロンサツの方がおいしいとばかりにボリボリやりはじめた。源五郎の脚と羽をむしり、腸を出したあとを口にほおり込むのである。

気持ちわるいでしょ。
でも私は食べ方間違えたかな。腸も食べてたような。

この本には中国の食に関することがたくさん出ていますが、うまく食べるためには何でもする
というのがよく出てくる。こんな感じ。
家鴨の水かきを食べるときには鉄板を熱くした上に家鴨の大群を追い込む。
家鴨の水かきが充血してきたところで、脚を切っておとし、肉のほうは下僕にくれてやり、自分のほうは水かきのほうだけ食べる。

そんな残酷な。

これは聞いた話ですが、猿の脳みその食べ方の話。
インディ・ジョーンズでも食べてましたよね。
でももっとすごい。

まずテーブルに穴を開ける。
その穴から生きた猿の頭を出す。
鉄の棒で猿の頭を何度も小突く。
猿が怒って真っ赤になったのを見計らい、鉄で頭を バーンとたたく。
死んだ猿の頭をインディ・ジョーンズ風に切断し、
グレープフルーツを食べるようにスプーンで脳みそをすする。

ああ恐ろしい。
その話をしてくれたひとも食べたことがあるわけではないそうです。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-15 22:12 | | Comments(14)
2006年 01月 14日

メイド イン ジャパン by チャイニーズ

 昨日は会社の同僚と新橋重慶府という店で四川料理に舌鼓。
ここの麻婆豆腐はホントうまい。辛さだけでなく、ちゃんと麻(しびれる)の味が出ている。

 そのうちの一人の奥さんの実家が倉敷の児島でジーンズ工場を営んでいる。そこでの工員はほとんどが中国の実習生だとのこと。

 この児島という街は知るひとぞ知るジーンズの街、国産ジーンズの65%をここで作っているとこのこと。労働集約的な繊維産業はプラザ合意以後、国内生産の競争力が落ち、いち早く海外生産に切り替えていきましたがこの児島のジーンズはブランドとして生き残っている。あのユニクロでさえジーンズはメイドイン児島。

 ただ高級ジーンズはとどまっているものの一般的なものは大部分がやはり中国生産になっているとのこと。ジーンズ発祥の地のアメリカでさえリーバイスが最後の国内工場を閉鎖したとかニュースで見ました。その先輩の実家も一本何万円もするジーンズを作っているそうです。
ベスト・ジーニストの皆様とかがはいているんでしょうね。でも氷川きよしが受賞者とは驚きです。キヨシッ♪

 その国産ジーンズのメッカでさえ工員は中国の方だというのですからわけわかりません。
中国にあたらしい工場を作り、中国人を雇用して作るより、既存の国内設備で中国人実習生を呼んで作るほうが安い場合があるとのこと。
 
 また最近は中国経済発展の影響での提携工場も日本企業向けより中国国内向けの仕事を優先するようになり、中国生産している大企業が日本回帰し児島のメーカーに生産を依頼してくるケースも出てきているそうです。

 前にも実習生実習生②で書きましたがコストは一人13万円くらいで半分が派遣元の自治体に払い、半分が実習生にいくらしい。

 でもいくら寮があっても6,7万じゃろくに貯金も出来ないだろと一人が問うと。
「いや彼らはほんと逞しい。どっかに空き地を見つけて野菜をつくって、その辺の川で魚釣って食べてるから食費はかからない」と。生きるためのエネルギーがすごいです。

 また最近の傾向として実習生の質が落ちているそうです。以前の実習生は勤務態度はまじめそのもので、技術習得への熱意があり、仕事に打ち込んで、技術レベルもすぐ向上したとのこと。また将来地元に帰り、成功するために努力していたそうです。 

 それが近頃はちょっと訳ありの実習生が多いとのこと。たとえば大陸で借金で首が回らず日本に目先の金欲しさに実習生にくるようなのもいるそうです。そういうのに限って勤務態度怠慢、実習生賃金が低いことを知ると、夜の町に繰り出し、第二の職業にいそしむとのこと。ダブルヘッダーですから昼間の仕事は力が入りません。経済が発展すると余計な邪念が出てきていけません。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-14 22:35 | 時事 | Comments(7)
2006年 01月 12日

始皇帝の奇跡 兵馬俑

 昨日の話で思い出しましたが12月に始皇帝関連で2つのテレビ番組を見ました。
シルクロード 遥かなり長安ザ・ファースト・エンペラー始皇帝の真実
シルクロードの方は1980年に放映されたものの再放送で後者は最近のものですがどちらも陳舜臣さんが出ていました。NHKの文化番組は腰が座っていて良い。民放は視聴者に媚びるしデフォルメしすぎ。

 両方とも兵馬俑について多く時間を割いていましたがホントに奇跡と呼ぶにふさわしい偉大な遺跡ですね。現在までに発掘されているのは3号俑までで実物大兵士の像が8000体あるらしいのですがそれは180箇所あるうちのわずか3つに過ぎないとのこと。死後の世界の始皇帝を守る兵士らしいのですが墓を造るのに70万人を使ったというのですから桁はずれです。

 2200年前のものが1960年代に発見されたのですが、その発見自体も幸運であった。そこで脚光を浴びなければ更に2000年埋まっていたかもしれない。

 ネットで面白い文章を発見したのでご紹介します。地下的秦帝国一点一点浮出地面(地下秦帝国が少しづつ姿を現した)
電話でへんな石ころがあると通報を受けてピンと来た博物館員が現場に駆けつけると
こんな状況でした。
一个“瓦盆爷”的头被放在树杈上,几个老乡正对着它烧香磕头,在当时正在进行的“文化大革命”中,如此“迷信”的举动可是大大有违“革命”原则;田地里也立着一个陶俑,它被利用来惊吓鸟儿,以代替传统的草人儿;几个小孩正在用陶俑的残片相互对砸取乐。赵康民立刻向当地干部和老乡解释了其重要性。

一つの“瓦盆爷”(現地ではたまに出土する兵士像をこう呼んでいた)の頭が木のまたの部分に置かれ、何人かの農民がそれに向かって御香を焚き、頭の地面にすりつけ拝んでいた。
当時はちょうど文化大革命の最中でそんな迷信的な行為は革命原則に違反してた。
田んぼには一体の像が立っており、伝統的な案山子のかわりに鳥を驚かすのに使われていた。また子供たちはその像の破片を投げて戦いごっこをしていた。
赵康民はすぐ当地の幹部と農民たちにその重要性を説明した。

たまたま重要性に気づく人がいたからよかったですけど。
それが遅れれば...。ああ恐ろしい。

また文革の時代ですからいろいろ難しかったようです。
旧いものは破壊しろという時代ですから。
革命の原則に違反すると大変な災いがふりかかる。
そんななかこの発見を報道しようとした。
でもここでもラッキーが。

时正在进行的一场运动叫作“评法批儒”,大概意思是重新评价先秦时期法家和儒家的学术之争,当时的主流思想导向是以法家自比“文化大革命”的严刑峻法,同时批判儒家的德治仁政是骗人的把戏。

時あたかも所謂“评法批儒”運動が進行中であった。
おおよその意味は秦の時代の法家を改めて評価し直し、儒家を批判する学術論争であり、当時の主流思想は法家の思想を文革の厳しい法律と刑罰になぞらえるというものであり、同時に徳と仁をもって治めるという儒家のごまかしを批判するものだった。

こんな世相を反映し記事を載せることにしたとのこと。
一歩間違えば大破壊が待っていたかも。

でもともかく発見されて発掘が続いているこの時代に生きていることを幸せに思ったほうが
いいですね。2200年ぶりに日の目をみた奇跡と出会えるのですから。

いつか行ってみたい。

以上
 

 
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by zhuangyuan | 2006-01-12 22:33 | 文化、歴史 | Comments(3)