中華 状元への道

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2005年 11月 29日

中国語学習 温故知新

先日の「白求恩精神」の記事にコメントいただきました中国語学習の大先輩、かめ様、dashi様に触発されまして毛沢東の言葉「为人民服务(人民に奉仕する)」を読んでみました。

お二方とも今でも暗誦できるというほど繰り返し読んだという名文をご紹介します。

为人民服务(人民に奉仕する)
(一九四四年九月八日)
毛泽东

  我们的共产党和共产党所领导的八路军、新四军,是革命的队伍。我们这个队伍完全是为着解放人民的,是彻底地为人民的利益工作的。张思德同志就是我们这个队伍中的一个同志。

我々共産党とそれが率いる八路軍、新四軍は革命部隊である。我々の部隊は完全に人民を解放するためにあり、徹底的に人民の利益のために働くのだ。张思德同志は我々の部隊の同志だ。

  人总是要死的,但死的意义有不同。中国古时候有个文学家叫做司马迁的说过:“人固有一死,或重于泰山,或轻于鸿毛。”为人民利益而死,就比泰山还重;替法西斯卖力,替剥削人民和压迫人民的人去死,就比鸿毛还轻。张思德同志是为人民利益而死的,他的死是比泰山还要重的。

人は必ず死ぬ、しかしその死の意義は同じではない。中国古代の文学者の司馬遷は言った「人には必ず死が訪れる、泰山のように重い死か、鴻の毛のように軽い死か。」人民のために死ぬことは泰山より更に重い;ファシストのために働き、人民を搾取し圧迫して死ぬのならその死は鴻の毛よりまだ軽い。张思德同志は人民のために死んだのであって彼の死は泰山より重いに違いない。

因为我们是为人民服务的,所以,我们如果有缺点,就不怕别人批评指出。不管是什么人,谁向我们指出都行。只要你说得对,我们就改正。你说的办法对人民有好处,我们就照你的办。

我々は人民に奉仕するのだから、我々はもし欠点があるならば、他人から批判されるのを恐れない。どんな人であっても誰でも我々に対して指摘してもよい。あなたの言っているのが正しいなら我々は直ちに改めます。あなたの人民に対する方法によいところがあれば、我々はあなたに従います。

中略

 中国人民正在受难,我们有责任解救他们,我们要努力奋斗。要奋斗就会有牺牲,死人的事是经常发生的。但是我们想到人民的利益,想到大多数人民的痛苦,我们为人民而死,就是死得其所。不过,我们应当尽量地减少那些不必要的牺牲。我们的干部要关心每一个战士,一切革命队伍的人都要互相关心,互相爱护,互相帮助。

中国人民は今受難の時であり、我々は彼らを開放する責任があり、奮闘努力すべきである。奮闘するには犠牲や死人もでることも少なくない。しかし、我々は人民の利益を想い、大多数の人民の苦しみを想い、我々は人民のために死ぬ、それは死すべきところである。我々はそれらの不必要な犠牲をできる限り少なくしなければならない。我々の幹部は一人一人の戦士に関心を払い、全ての革命戦士はお互いに関心を持ち、お互い愛し保護し、お互いに助け合わなくてはならない。

以下略
  


 非の打ち所のない言葉です。正しいことばかりです。この言葉が日本軍にやられ、更に国民党軍に搾取された人民を励まし、天下統一まで突き進んだのでしょう。

 ただその後天下を取ると毛沢東も疑心暗鬼になっちゃって仲間が信用できなくなっちゃった。
只要你说得对,我们就改正(あなたが正しければ、私が改めます)なんて言葉を信じて
批判してしまった人は憂き目に会うことに...。

 それはともかくこういった政治性の強い言葉を語学学習の過程で暗誦するとはほんと時代を感じますね。かめ様もdashi様も文章を拝見するに革命戦士には思えませんので語学は語学として学ぶだけすんだのでしょう。

 内容はともかく暗誦という方法は語学学習には効果があると思います。
私は第二外国語はスペイン語でしたが当時暗誦したのをやはり覚えています。
ただ内容がないつまらない文章でした。

A las cinco de la tarde esta abrido....
(夕方5時にすることがなく…)

 高校でやった古文の助動詞の活用なんかも何の意味があるかわからないけれどいまだに覚えています。
過去の助動詞「き」の活用=せ 〇 き し しか 〇
なんだっけこれって感じですけどスラスラ出てくる。

 中国の小学校は漢詩の暗誦など結構やるらしくそれがかなり厳しくて
もうそのころに戻りたくないなどと言う人がいますが
でも勉強は繰り返しですから小さいころからたたき込んでおかないとダメですね。
私のような30過ぎて中国語組は中国のかたのように漢詩や成語が体に染み付いていないので
同じようにしゃべれるようにはならないでしょう。

中国の小学校に留学したいと密かに思っています。
毛語録までは身につかなくてもいいですけど。
  
以上
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by zhuangyuan | 2005-11-29 22:48 | 学習 | Comments(4)
2005年 11月 27日

中国農村 貧困と教育

先日ある中国語の先生に言われました。
「あなたのブログは良く書けていることもあるがなぜ中国の遅れた一面ばかり書くのか?
あなたは中国によく行くのだし中国の友人も多いのでしょ。もっと中国のすばらしい(美好)一面を書くべきだ。あなたは中国が好きではないでしょ。」と。

私は中国が好きです。かなりはまってます。ただいろんな側面を知りたいのです。

そんなことから昨日と連続して貧困関連の記事を書くのは憚れますが思い切って書きます。
なぜなら書きたいときに書くのが一番だから。

先日読んだ軽いビジネス本「2分以内で仕事は決断しなさい」吉越浩一郎著(この人天使のブラのトリンプの社長です。)にも書いてあった。

曰く「仕事は発生した時が一番面白い。先延ばしにすると次第に興味が薄れ、主体的な仕事がやらなくてはならない仕事に変わる」

ほんとにそうだと思う。
気に入ったのでノートに書いちゃいました。

ブログでも書きたいと思った時に書かないと興味が薄れ
義務感だけが残る。

というわけで本日の話題。

ショッキングな記事を読みましたのでご紹介します。
西部農村地区の代用教員の話です。
代课教师艰辛执着震动人心(代用教員の苦しみの中の執着に心が震える。)

代用教員というと张艺谋の一个也不能少(邦題 あの子を探して)のあの女の子を思い出しますが農村の学校はおそらく今もあのような感じでしょう。

甘肃省のある県には代用教員が600人いるとのことですが彼らうちの70%の月給が
なんと40元(560円)。時給じゃないですよひと月ですよ。私がはじめてアルバイトした高校時代1986年当時デニーズの調理補助でさえ時給550円でした。

なぜこんなことになるかというと基本的に存在が許されていないから。
1985年开始,教育部为提高基础教育的师资质量,在全国一刀切不允许再出现民办教师。但不少农村因贫困招不到公办老师或公办老师不愿去,所以这些空缺仍需临时教师来填补,他们转而被称为“代课教师”。

1985年から教育部は基礎教育の教師水準の向上のため、全国で民営教師を出現させないことにした。しかし多くの農村では貧困ゆえに公認の教師を呼べず、また公認の教師が来たがらないために欠員を臨時教師で埋めている。彼らを代用教師と呼ぶ。


公認教師は1800元(約25000円)くらいもらうらしい。これも安いですけど。それはさておき。
“走进任何一个村子,假如村子里有代课教师,那他准是村子里最穷的人。”どの村に行っても、もし代用教員がいるならその彼は村で最も貧しい人だ。


ただ彼らは真面目に働き、自らの仕事にも誇りを持っている。
しかしその月給では凄まじい貧困生活しか送れない。
娘に服喪買ってあげられない。
“已经十多年没有给两个孩子买过哪怕是一件新衣了。”李建新含着泪说。他记得只在女儿5岁时花5元给她买过一条裙子,在儿子6岁时花3元给他买过一顶军帽,此后他们的衣服都是希望工程捐助的旧衣服

もう10年も二人の子供に服の一枚も買ってあげられない。李建は涙をためて語った。彼は娘が五歳の時5元でスカートを買い、息子が六歳の時3元で軍帽を買ったのを覚えているだけだ。その後は希望プロジェクトの寄付の古着で過ごしている。


不少青年代课教师,连老婆也讨不起。多くの青年代用教師は結婚もできない。
結婚時の結納金が払えないのです。

こんな現状が何で放っておかれるのかというと
やはり貧困なのです。
甘肃有些贫困县的教育经费支出已占到财政总支出的80%。就是说,这类县只要给老师发发工资,其他所有的公共事业就都将做不了。

甘肃のこれらの貧困の県は教育費支出が財政支出の80%を占める。要するにこれらの県では教師に給料を払ったら、他の公共事業はなにも出来ない。


ゆえに正規の教師を減らし、代用教員を利用する。

それにしても安すぎる。それでも何十年も勤めてしまう。
知識とはなんなのか。

やはり国が援助すべきでしょう。
8000億ドル近くも外貨準備があるのですから有効に使わないと。
義務教育の普及も大切ですがその急速発展による歪み出ています。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-27 22:54 | 時事 | Comments(6)
2005年 11月 26日

貧困と人身売買

今読んでる莫言《丰乳肥臀》(中文)という本はホント凄まじい小説です。
日中戦争のころからはじまる物語で東北の小さな村の一家の激動の歴史を描いたものです。
600ページの分厚い本でまだ150ページくらいまでしか読んでませんが一ページ一ページがほんと重い。言葉の力に圧倒されます。

こんな場面が出てきます。

马车驰上官道,很快消逝在树林背后。但七姐的哭声、马铃铎的叮咚声、伯爵夫人乳房的香气,永远鲜活地保存在我的记忆里。

馬車は公道を走ってゆき、まもなく林の後ろに消えていった。しかし七姉さんの泣き声、馬の鈴のカランコロンという音、伯爵夫人の乳房の香り、それらは私の記憶の中に鮮やかにそして永遠に刻みこまれた。


どんな場面かといいますと。
子供を売っちゃったんです。

厳冬の極寒の最中、9人の子供を抱え貧困に苦しむ母親は街まで出てゆき
寒空のもと買主を待ちます。そこには同じ境遇のほかの家族もいましたので
市場みたいなものでしょう。

そこに現れたロシア人の伯爵夫人に娘を売ってしまいます。
生々しい貧困の描写に胸を締め付けられます。

でもこれは戦前の昔の話。日本も貧困から子供を売ったりすることもあったでしょう。

そういえば中国映画の《我的兄弟姐妹》(邦題 再見)にも親を失った4人兄弟が貧困から養父母を求めて家々を訪ねバラバラになっていく話でした。

今はどうなのというと少し毛色が異なりますがこんなグロテスクな記事がありました。
云南:艰难反击贩童黑帮  雲南:苦難に満ちた闇の幼児人身売買組織への反撃

これは幼児誘拐と人身売買組織についての記事ですが
問題はそんなに単純ではない。

ちょっと編集して引用します。

从卖自家孩子最后演变成人贩子。有的“专业户”每年都会生一个孩子来卖,最多可达十二三个。“反正我们自己也养不活,还不如卖给别人,既可以满足别人对小孩的需求,自己还能得点钱。”
公认的一个原因是贫穷。

自分の子を売ることが転じて人身売買業者になる。専業家は毎年一人子を産んで売る。最も多いもので12,3人である。「どうせ自分たちでは養えないのだから、他人に売るしかない。他人が子供を欲しがる需要も満たせるし、自分も金が入る。」
公認された原因は貧困である。


更にこんなことも書いてあります。

昭通等地历史上就有这样的风俗:一些老太将弃婴以及无家可归的幼童洗洗干净送人收养,收养人照例会送一些报酬,称之为“冷水钱”,这风俗在有些地方沿袭至今,对村民的意识有一定的影响。
这些地方经济落后,实施拐卖妇女、儿童犯罪的成本低廉。
所以这些地方成为拐卖妇女、儿童犯罪分子的首选目标之一。

昭通などの地域の歴史にはこんな習俗があります。あるおばあさんが捨て子や帰る家のない幼児をきれいに洗い人に送り、養ってもらう。養う人は報酬を出す。いわゆる冷水銭である。こうした風習が今まで踏襲され、村民の意識に影響を与えている。
これらの地方では経済的に遅れており、婦女や子供を誘拐し売る犯罪のコストは安い。
ゆえにこれらの地方は誘拐販売犯罪分子の目標地となってしまう。


ある村では子供を売ったことのある家が全体の80%にまで達したそうです。

なんか凄すぎて疲れてきます。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-26 22:11 | 時事 | Comments(6)
2005年 11月 22日

白求恩精神

王敏氏の「中国人の愛国心」(PHP新書)の中に愛国者のパターンというのがありました。
その中で唯一外人として登場していたのがカナダ人白求恩(Norman Bethune)です。

そんな人いたんだなどと特に気にもせず読み飛ばしていました。
ところが先日、「風水と朝鮮総督府」のところでリンクした満州国務院後の保存についての文章のなかに国務院跡は白求恩医科大学に使われたていたと出ていました。
おおこの人かと思いましたが特に気にならず。

今度は昨日「激情燃烧的岁月 」(激情が燃え盛る年月)という凄い名前のついたドラマのDVDを見ていましたらまたもや登場しました。
主人公の娘が足をくじき病院に行くのですがその病棟の中に大きく「白求恩精神」と書かれていました。

いったいどんな人なんだといことで調べますと
この方はカナダ共産党から派遣された医師で抗日戦争時に前線で多くの傷病軍人の命を救った。
そして前線において病原菌に感染し命を落とした。
毛沢東もその献身的な精神を絶賛した。 纪念白求恩

こんな文章もありましたので少し引用します。弘扬白求恩精神 做新时期合格的共产党员(白求恩精神を発揚し新時期合格の共産党員たれ)
要做新时期合格的共产党员,我们还需要向白求恩那样,做到毫不利己,专门利人,无私奉献。

白求恩来到前线后,为抢救伤员,夜以继日,不肯休息;也不顾自己年老体弱,当伤员急需用血时,他毫不犹豫伸出胳膊,说:“我的血是O型”,用自己的鲜血挽救了战士的生命。毛泽东同志亲自致电为白求恩每月增加100元津贴时,被婉言谢绝,他说:“我到这儿不是来享福的,我是来支援中国民族解放的,我要钱做什么?要想穿的好,吃的好,我不如留在加拿大”。在加拿大他月薪至少600美元,而在这里他的津贴只有1元,就是这一元,他也大多用于了伤员。

新時期合格の共産党員たるには我々は白求恩のように己を利さず、専ら人のために無私の心で献身しなくてはならない。

白求恩は前線に来たとき、傷病兵を救うため昼夜かまわず休みなく、自らの老体を顧みることなく、傷病兵が献血を必要としたとき、全く躊躇せず腕を出し言った。「私はO型だ」自らの鮮血で戦死の生命を救った。毛沢東同志が自ら電報を打ち毎月の給与を100元増加させようとしたとき婉曲に断わって言った。「私は楽しく暮らすためにここに来たのではない。中国民族の解放のために来たのだ。お金をもらって何をするというのだ。いい服を着て、いいものを食べるのなら、そのままカナダにいます。」彼はカナダでの月給は600元であったがここでは1元であった。その一元でさえも彼は多くの場合傷病兵のために使った。


神様のような人です。
小学校でも中学校でも教科書に載っているそうです。

中国ではこうした英雄が多いですね。
スローガンとかによく登場するような。雷锋とか。

日本ってそういう人いないですよね。
名前言ってすぐイメージが湧くような人。
二宮金次郎くらいでしょうか?
忠犬ハチ公もかな。
あとは赤穂浪士でしょうか。

それともGHQに全部消されちゃったかな?

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-22 21:43 | 文化、歴史 | Comments(5)
2005年 11月 20日

創業秘話 韓国と米軍(中文版)

先日韓国の方に面白い話を聞きましたのでご紹介します。
中国に関係ないので中文で書きます。
最近HSKの試験以来勉強らしい勉強をしていなかったのでちょうどよかった。

添削歓迎です。 ⇒下記添削していただきました。


前几天我和韩国的客户聊天的时候,
我听到他以前工作的韩国大公司董事长的秘史。
这是创业故事。

那董事长年轻的时候在美国读大学。
当时在美国他总是考虑将来怎样赚钱最好,怎样能成为富豪。
终于他想出来
好主意,就决定了创办建设公司。

回国以后,在当时做韩国国会议员的爸爸支持下,拿到资本就开始建设公司了。
创业初期利用他爸爸的人际关系容易地获得在韩国美军军事设施的建设订货。
开办以后很顺利成长了。

几年后他的公司获得非常难得的好机会。
那是美军在沙特阿拉伯建设军人宿舍的投标。
他又利用人际关系抓到了参加投标的资格
但他公司还没有国际工作的经历,资金也不足,所以没有国际信用。
因此投标的时候韩国政府担保。

那投标在意大利举行了。结果是他中标。他非常当然高兴了。他觉得他成为富豪的梦想几乎实现了。
但是他发现中标的款额比其它的企业的款额少的厉害。差额几千万美元。
那时他明白估计错了费用。他的脸色忽然苍白了。他想这下完蛋了。

他们显然做不了那项目。
但违约金也非常大。那时候的韩国国家还没发展,所以赔违约金的话肯定会陷入财政危机。

他每天考虑怎么解决这个问题,不过想不出办法来。
怀着苦恼愁眉不展逛街,了一家酒吧。
喝多酒以后醉着喝醉之后决定了自杀,就去比萨斜塔打算楼自杀。
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上到最高的地方,看眼下的街道想想。
这里意大利自杀的话,死后的世界里的邻居一定是意大利人。
他不懂意大利语,那么死后世界怎么生活呢?
那时他害怕死后在意大利人之间的生活,就放弃了自杀的计划。

第二天、人世什么也不怕的他去了美军事务所道歉,
拜托美军再进行投标。美军勉勉强强答应了。
第二次投标也他中标了。

但又遇到困难了。
开始建设的时候发现了那地方的地下有很厚很坚硬的岩盘。
这一次他已经成为什么也不怕的人。
他去美军批评美军投标的时候没有公开那个岩盘的存在,
让美军增加破坏岩盘的预算。

后来他连续获得建设美军在中东的活动设施的机会。
于是终于他的公司达到成功,他也成为大富豪了。



わたくし「了」の用法がいまだによくわかりません。
本日の収穫「愁眉不展」
今度使ってみよう。


以上

日本語訳
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by zhuangyuan | 2005-11-20 22:27 | 中文練習 | Comments(0)
2005年 11月 19日

風水と朝鮮総督府

先日、あるお客さんと食事をしていますとこんな話を聞かせてくれました。
その方は最近、奥様とソウルを旅行してきました。

「おい、昔の朝鮮総督府って景福宮の中にあったって知っとるか?
しかも、その京福宮の配置は風水でいうと完璧で宮殿から門まで一直線にならんどる。
だけどその中に建てられた総督府は意図的にちょっとずらして建てられたんや。」

彼はもう還暦を過ぎてますが韓国は初めて。
長年貿易に携わっていましたので韓国にも友人が多いとのことですが
あえて友人に案内をお願いせず、現地のガイドに案内してもらったそうです。

「やっぱこういう話は友人では気い使ってせえへんやろ。」

確かに私も出張で2度ソウルに行ったことがありますが全然知りませんでした。

ちょっと調べるとこんな文章がありました。
保存か撤去か揺れる韓国世論

1996年までは国立博物館として旧朝鮮総督府は利用されていたのですが屈辱の象徴として
取り壊されたそうです。

ちょっと引用すると
景福宮の立地は、山を背にし、川を前に抱いて、風を塞ぎ水を得るような地に王都を築けば国運が長く続くとされる「風水説」に基づいたもので、北漢山を背に、前面(南)には漢江の流れを臨む場所に建っている。

 「風水説」は「風水思想」とも言われ、中国や朝鮮半島に深く根づいた地理思想で、大地の中をエネルギーの源である「気」が流れているとするものである。その「気」の流れを断ち切るように、王宮前に朝鮮総督府は建てられたのであった。韓国では一般の民家や墓の立地も風水師が占って決めるほどで、人々の感情を傷つけてあまりあるものとして受け留められた。大統領の言葉の「精気を回復」というのは、ここに由来している。

張楊模(チャンヤンモ)国立中央博物館長はこう語る。

 「その国の文化の象徴とも言うべき王宮を破壊し、総督府のようなものを建てた例は、古今東西の歴史において日本だけです」。総督府は王宮の中軸線に対し、かなり傾いた形で建てられている。これは明らかに日本が朝鮮王朝の権威を否定した現れであるとも語る。また、この総督府庁舎に合わせてその後の道路が建設されたため、総督府が撤去された場合、今度は宮殿に対して道路が斜めに走るという景観上のアンバランスが生まれてくるという。



興味深い話です。
GHQが皇居に本部ビルを建てるようなものです。

日本は朝鮮統治時代にかなり風水を研究したらしいのですが
その動機はちょっと傲慢。

朝鮮総督府の朝鮮研究者村山智順について記した文章にこうあります。
日本と朝鮮は同一系統の文化の上にあるにもかかわらず、片や陋習にまみれて劣っている朝鮮、片や開化し躍進する日本という基軸があり、こうした前提に立ちつつ、朝鮮を旧弊から解き放ち、やがて内地の日本人が違和感を感じないような水準にまで善導していくという構図が潜んでいたのだ。


じゃあ満州では旧日本軍に関わる建物はどうなっているのかと調べると
やはり長春の旧満州国務院(中国風に言うと偽満州国務院)の建物が保存か再利用かで
論争されているそうです。是文物,还是民族耻辱象征物? (文化財産か?それとも民族恥辱の象徴か?

話は風水に戻りますが私は風水なんかは今まで全く気にしたことはないのですが
結構あたるのかも?という出来事がありました。

一昨年、ある中国企業の総経理が私の会社を訪問されました。
当時会社の事務所が新しいビルに移転したばかりでした。

私は総経理さんを私の会社の社長室にお連れしました。
すると総経理さんは社長室から外を眺めながら言いました。

「社長さん、この部屋は最高ですね。ここから道路が一直線に出ていて向こうまで言っているでしょう。良い気がファーッと流れ込んできて、沢山お金が入ってきますよ!」

いいこと言うなあと思っていましたがその後忘れていました。
しかしその一年、会社はバブル後の低業績から一転して過去最高収益をあげました。

そして思い出しました。風水あなどれず。

また朝鮮総督府関係ではこんな過激な話をサイトで見ました。
景福宮に朝鮮総督府を建て、気を断ち切ったご利益で日本は戦後朝鮮戦争の恩恵をうけ
復興したのだと。

そんな不謹慎な。でもちょっと気になります。

すこし余談を
日本でも平安京などは風水上完璧な地に建てられたということですが
そもそも平安京に遷都した理由はそもそも平城京で疫病などが発生し
その後の長岡京でも親王の祟りで建設が中止になったことにあります。

でも風水を凝らした平安京建設の本当の理由は
東大寺の大仏建設時に大仏を金メッキする際に
水銀アマルガム法が使用され大量の水銀により死亡者が続出したためだと言われています。
(水銀アマルガム法=金と水銀の合金を銅にメッキするとあとで水銀だけが蒸発し
金メッキができる。)

実はこの大仏のメッキの話こんな本に載ってました。
「鉄と鉄鋼がわかる本(新日本製鉄編)」
鉄鋼業以外の人もこの本読むと鉄に興味が湧くと思います。

祟りや風水といったものにも背景には科学がありそうです。
以上
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by zhuangyuan | 2005-11-19 15:53 | 文化、歴史 | Comments(0)
2005年 11月 17日

騾馬 驢馬

いま読んでる丰乳肥臀にこんな場面が出てきます。

家にいるロバ(驴)が難産で苦しみ、お産を手伝ってもらうべく人を呼びます。
男性が駆けつけた場面です。

他扔下肩上牛皮兜子,弯下腰去,摸摸驴耳朵,拍拍驴

肚皮,又转到驴后,拽拽那条从产道里伸出来的骡腿。他直起腰,沮丧地摇着头,

说:“晚了,完了。去年你儿子牵驴来配种时,我就对他说,你家这头蚂蚱驴,最

好用驴配,他不听我劝,非要用马配的。

彼は肩の袋を下ろし、腰をかがめ、ロバの耳を撫で、ロバの腹をはたき、またロバの背後に回り産道から伸びだしている騾馬の足を曳きました。彼は腰を伸ばし、落ち込んだ様子で首を振り言った。「もう遅い。終わったよ。去年あんたの息子がロバを引いてきて種つけする時、俺は彼に言ったんだ。お前のイナゴロバはロバの種をつけろと。あいつは言うことを聞かず、馬の種をつけるんだと。」


こうしてメスロバにオス馬の種をつけて難産に至ります。

私は騾馬っていうものがなんなのかよくわかりませんでしたので辞書を引くと
広辞苑曰く
雄ロバと雌馬の雑種。繁殖不能。馬より小型で、強健で耐久力が強く粗食に耐え労役に使われる。
雌ロバと雄馬の雑種はケッテイと言う。騾馬ほど役に立たない。


上の小説の引用部の内容は雄馬に雌ロバだからケッテイじゃないですか。
農民の知識不足か?それともそれを作家は演出したのか?

念のため中文のwikipediaを見てみると。
骡子是马和驴的杂交种。公马和母驴的基因更容易结合,所以大部分骡都是这样杂交的。

騾馬は馬とロバの雑種。雄馬と雌ロバの遺伝子はより容易に結合するので大部分の騾馬はこうして雑交される。


今度は雄馬&メスロバって書いてあります。
はっきり言ってわけがわからなくなってきました。

要は雄ロバ&雌馬の方が役に立つけど
雄馬&雌ロバの方がつくり易い。

日本版のwikipediaにはアジアでは特に中国に多いと書いてあったので
実はケッテイの方が多いのでしょうか?

しかしいずれにせよ不妊で繁殖能力がなくなるそうなので
人間は罪深き動物です。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-17 22:40 | 文化、歴史 | Comments(0)
2005年 11月 13日

持続可能な発展

今中国で盛んに唱えられているスローガン(口号)に「可持续发展」があります。

近年の急速な経済発展により世界の資源が急騰し、船運賃も高騰、その運ぶための港も足りない
道路も足りない。その解消のため開発、開発、また開発。挙句は環境破壊が著しく、最近はこのままではいつか大変なことになるということで提唱されているのが「可持续发展」。

とくに石炭の乱開発はすごい。
なぜなら儲かるから。
今年鉄鋼用石炭の価格は2倍以上に跳ね上がりました。
当然のことながら炭鉱のオーナーは大金持ちになる。

突然大金持ちになった暴冨は金の使い方を知らない。そんな彼らを憂う文章を見つけました。
中国富人 你们消费还是斗富?(中国のリッチマン あんたらは消費してんのか財産競争をしてるのか?)
建设资源节约型社会,必然要求在消费领域大力倡导健康文明、节约资源的消费模式,在全社会形成崇尚节俭、合理适度消费的理念。

資源節約型社会を建設するためには消費分野において次のことが協力に提唱されるべきである。
それは健全で文明的で資源節約型の消費モデルであり、また社会全体で節約倹約を尊ぶ合理的な消費理念である。

しかし現実はかくあらず
存在着以炫耀财富追求自我满足的心态。你买别墅,我就入住豪宅;你开名车,我就驾驶"宝马"......在奢侈品上一掷千金,相互攀比、相互炫耀,有些人的豪气比起晋时的王恺与石崇来也毫不逊色

財産を見せびらかして自己満足する心境が存在する。あんたが別荘買うなら俺は豪華な家に住むぞ、お前が名車に乗るなら、俺はBMWや。豪華な品物に千金を投じ、比べ合い、見せびらかし合う。一部の人の使いっぷりは晋の時代の王恺と石崇に比べても遜色ない。


王恺と石崇って誰なの?
と思い調べて見ました。石崇与王恺

晋は三国時代の次に続く王朝ですが魏を簒奪して成立しました。
この時代は皇帝からして国土開発にお金を使うより豪華に暮らすことを追求していたそうな。

石崇さんはこの時代の超お金持ち。
金持ちになった理由がすごい。
荆州の州长だった時、治安部隊を率いてお金持ちを襲い、金品を収奪したとのこと。

その後もどんどん財産を増やし超有名になっていた。
それを妬んだ男がいた。
その名は王恺。皇帝司馬炎の舅。

そこで斗冨(財産くらべ)が始まった。
王恺用麦芽糖涮锅,石崇用蜡烛当柴烧;然后赌到了路上:王恺在四十里的路面用绸缎作帷幕,石崇针缝相对地把五十里道路围成锦绣长廊;最后又回到房子上赌:王恺用花椒面泥房子,石崇则用赤石脂作涂料

王恺は麦芽糖で鍋を洗い、石崇はろうそくを薪の代わりとした。その後、王恺は40里の路面に
絹織物で幕を敷き、石崇は対抗して50里の道を美しい長い廊下にした。最後に部屋にもどり王恺は花椒で壁をかため部屋をつくり、石崇は赤石脂を塗料とした。


何かわけわかりませんがすごい競争です。

負けそうになった王恺は皇帝に頼み力を借ります。
皇帝は彼のために西域の国の贈呈品である2尺大の珊瑚礁を上げます。

それを持って石崇のところに見せに行くと
石崇は棒でたたいて割ってしまいました。
嫉妬によって割ってしまったのだろうと思っていると
石崇は弁償するといいながら3,4尺もある珊瑚礁を出してきましたとさ。おしまい。

これでは持続可能な発展は無理ですね。

ここで一つ思い出した話があります。
北京の先生に聞いた話。

東北で急に大金持ちになった農民が現金を大量に抱えて
ベンツを買いに行きました。
ディーラーに行くと全て売り切れで店舗にあるベンツももう予約済み。
あきらめきれない金持ち農民は商談室を出ると
ショールームにあるベンツの窓ガラスをたたき割ってしまったそうです。
そこで一言
「これは俺が壊してしまったからこの金で買い取ってやる。」

すごーい。

こんな成金がいっぱいですから車も売れるわけです。
でも地球のため、持続可能な発展のため、
ハイブリッドカーを買って欲しいものです。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-13 22:28 | 文化、歴史 | Comments(4)
2005年 11月 12日

中国語と狗(イヌ)

「逃亡作法 Turd on the run」(東山彰良 宝島社文庫)を読みました。

このミス大賞受賞ということで手にとり、背表紙を見ると「モラルなき悪党たちが近未来の刑務所を駆けずり回る脱獄活劇」とある。あんまり面白くないかなと棚に戻そうとする前に、作者紹介を読みました。

東山彰良 ひがしやま あきら
1968年台湾生まれ。西南学院大学卒業後、中国吉林大学経済管理学院博士課程にすすむがドロップアウト。


作者の経歴に惹かれて読んでみました。

ストーリーはともかく登場人物はなんとも魅力的。
台湾と日本のハーフが主人公。
仲間は中国系マレーシア人。
それに在日韓国人や日本人の変態殺人者などが入り乱れて脱獄する。

こんな会話が繰り広げられる。

「我要你断手断脚,死在水沟里。日语怎么说?」
(てめえ手と足切り取ってドブに沈めるぞって日本語でなんていうの?)

「ばらばらにしてドブに捨てるぞ」

「太长。背不了。」
(長過ぎておぼえられねえよ)

「ぼこぼこにするぞ」


こんなのもあります。
他妈的,那只死狗 くそ、あのくそイヌ!
被咬了?かまれたのか?
我今天把那蓄生杀了不可 今日こそぶっ殺したる。

混血の主人公を見つけると近所のひょろひょろ右翼オヤジが飼い犬をけしかけて
噛み付かせる。その時の会話。
でもその後、主人公たちはそのイヌを香肉火锅(イヌ鍋)にして食べてしまう。

イヌといえばこんな表現も出ていました。
狗改不了吃屎(イヌは糞尿を食べるのをやめられない=悪い癖がなおらない)

中国語の口語表現の汚い言葉、下ネタのオンパレードで楽しかった。

中国語にはイヌ(狗)に関わる言葉がめちゃめちゃ多い。それもほとんど悪い意味です。

小説 狼图腾にはそれを機関銃のように紹介してくれてます。


汉人有几十种骂狗的话:狼心狗肺,猪狗不如,狗屁不通,狗娘养的,狗仗人势,狗急跳墙,鸡狗升天,狗眼看人低,狗腿子,痛打落水狗,狗坐轿子不识抬举,狗嘴里吐不出象牙,狗拿耗子多管闲事,肉包子打狗有去无回……到现在又成了政治口号,全国都在 “砸烂刘少奇的狗头”、“打倒刘少狗”

狼心狗肺  :狼のこころ、狗の肺=残忍非道な心
猪狗不如  :豚とイヌは似てない=最も合わない ⇒狗や豚にも及ばない最低な奴(xia様 ご指摘)
狗屁不通  :イヌの屁もとおらない=でたらめで全然だめ
狗娘养的  :イヌの母親が育てた=お前のかあちゃんでべそくらいの意味か?
狗仗人势  :狗が人の勢いをかさにいじめる=虎の威をかる狐
狗急跳墙  :狗が追い詰められると塀を越える=窮鼠猫を噛む
鸡狗升天  :ある一人が高い地位につくと彼と関係のある人(狗や鶏も)が全て勢いつく。
狗眼看人低     :狗の目には人間が低く見える=自分が低級な人間のくせに人よりすぐれていると思い上がる。
狗腿子        :狗の足=悪人の手先
痛打落水狗     :水に落ちた犬をたたく=窮地に陥ったひとを更に非難する。
狗坐轿子不识抬举 :イヌが ⇒輿(かめ様 ご指摘)の上に座るイコールつけあがる。
狗嘴里吐不出象牙 :狗の口から象牙はでない=悪人の口からいい話はでない
狗拿耗子多管闲事 :狗がネズミをとるイコール余計なことだ。
肉包子打狗有去无回:肉まんを投げて犬を打つイコール行ったきり返らない。
“砸烂刘少奇的狗头”:狗野郎劉少奇を叩き潰せ!(国家主席に向かってこれはないでしょ。)
“打倒刘少狗     ”:打倒くず狗劉少奇

こんだけ言われまくるとイヌも気の毒に思います。

でもなんでイヌはこんなに言われるかというと
何でも孔子がいう人間の礼儀にことごとく反するからだそうです。
漢人はイヌでも漢化しないと許せないとか。

そういえば私は戌年でした。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-12 13:36 | 中国関連DVD、本 | Comments(6)
2005年 11月 09日

英雄と漢奸

以前、このブログで岳飛の仇敵秦桧を知らないと書きました。
その後、いろいろな本を読むうち、秦桧をしらないと中国を知ったことにはならないなと思うようになりました。

この人は中国歴史上の売国奴ナンバーワンとして嫌われまくっています。

12世紀ごろ漢族の王朝宋は女真族の王朝金の勢力に押され中原を追われ
今の江蘇省あたりまで逃げてきます。当時の皇帝徽宗,钦宗まで人質にとられる始末。
そんな時、南宋では救国の英雄たちが金に対抗し立ち上がった。
その代表格が岳飛。岳飛は飛ぶ鳥を落とす勢いで金軍を打ち破り、
河南省あたりまで取り戻します。

ここで登場するのが秦桧。かれは金と和平を結びたい和平派。言い換えると投降派。
皇帝の高宗をそそのかし、岳飛を勝利目前に撤退させてしまう。

あげくの果ては岳飛が謀反を企てたとデッチ上げ高宗にチクリ、罪を着せ殺してしまう。
岳飛を何の罪で罰したかを問われた秦桧は「莫须有」(moxuyou)と答えた。
これは也许有(yexuyou)=もしかしたらあるかも という意味です。
そんないいかげんな。
てゆうか えっと もしかしたら 謀反なのかなっていう。

その後、宋は金と和平を結び、屈辱的な領土割譲と朝貢を約束してしまう。

秦桧は徽宗,钦宗とともに金にいたことがあり、
それ以来金の傀儡で金から指示されていたという話もある。
卖国贼秦桧

それ以来現在にいたるまで岳飛は愛国者で英雄として称えられ、
秦桧は遗臭万年の売国奴としてののしられている。

杭州の岳王庙には岳飛像が立っています。、
その前には秦桧夫婦が跪いた像もありまして、そこを訪れる観光客は
その像につばを吐きかけるそうです。
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最近読んだ「中国人の愛国心 王敏著」(PHP新書)によると
900年前の売国奴をを今でも許せない中国人にとって
つい60年前の出来事はとても忘れられないとのこと。

本書によると中国人には愛国者のパターンがあり
一番人気があるのは侵略者に対する徹底抗戦。
それに岳飛がぴったりだと。

敵国と妥協して政治的解決を図ろうとでもしたら
それが国民のためになったとしてもNGで売国奴にされる。
李鴻章がその典型だそうです。

とすると吉田茂なんて最悪ですね。
東条さんは?

また同書では次のことも触れられています。
最近今度は岳飛の母の像の前にも秦桧のひざまずく像を建てようという話が持ち上がり、秦桧の子孫が反対したが押し切られたとあります。ほんと恨み骨髄ですね。秦桧后人反对秦桧跪岳母

また(影响中国历史进程的100位名人」という本にはこんなおもしろい逸話もあります。

秦桧の跪く像は明代に作られたそうですが、
清代にこれまた秦桧の子孫がその像を見て面子がないとおもい
夜中にこっそり西湖に像を沈めてしまったそうです。

すると翌日西湖の水が赤色に変わってしまって人々は秦桧像のたたりだといったそうです。
その子孫はしらばっくれてたそうですが疑いをかけられた。
彼がおもいがけず西湖のほとりに行ったところ水中から秦桧像が飛び出てきたとのこと。
彼は恐ろしくなって像をもとの位置に戻したそうです。

ああおそろしい。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-09 23:16 | 文化、歴史 | Comments(2)