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2005年 06月 30日

日中問題?

’’我曾经跟日本朋友谈过。他们说,很对不起,日本皇军侵略了中国。我说∶不!没有你们皇军侵略大半个中国,中国人民就不能团结起来对付你们,中国...就夺取不了政权!"wikiquote

「私は日本の友達と話したことがあるんだよ。’’彼らは本当に申し訳ない、日本皇軍は中国に侵略しました’’と言ったんだよ。私はこう答えたよ。’’そんなことはない。君たちの皇軍が中国の大半を侵略しなければ、中国人民は団結して君たちに対抗することはなかったし、中国(共産党)は政権を奪取することはできなかったよ’’と」

これは1964年に日本社会党訪中代表団に毛沢東が語った言葉です。
さすが歴史につよい毛沢東。ストレートですね。
でもこのまえの孔子じゃないですけど小泉さんが引用したらおこられるでしょうね。

私は中国も日本も好きですので歴史問題も避けて通れません。
南京平和記念博物館も盧溝橋抗日記念館、北京軍事博物館も訪問済みですが
賛否はともかく最近なんとなくわかってきたのは
抗日は中国団結のキーワードなんだということ。
清朝末期以来諸外国にいいようにされ、国内も群雄割拠のやりたい放題、まさに内憂外患。
でもそこに皆で団結して戦う敵が現れた。
それが日本だったんです。

私はちょっと右寄りです。(日本に誇りを持っているという意味)
ちなみに中国に詳しい右寄り論客の宮崎正弘氏のメールマガジンによると日本のブロガーの90%は右なんですって。
でも最近の日中両国の報道はちょっと行き過ぎに思えます。

知己知彼,百战不贻
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

とはいいますがまず彼を知る前にバイアスがかかってたらだめですね。どちらも。

以上
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by zhuangyuan | 2005-06-30 22:27 | 文化、歴史 | Comments(0)
2005年 06月 29日

古本屋

今日は会社に有休をもらい、息子を病院へ連れて行き検査を受けました。
その帰り道、早稲田の古本屋街をとおりかかったので車をとめ、しばし散策。

息子(一歳半)を抱いたまま(息子爆睡→汗だくだく→腕しびれのなか)、一時間弱気の向くままに眺めてまわりました。
そこでゲットしたのがこの2冊。(¥500X2)

本と中国と日本人と
高島 俊男 / 筑摩書房
この人の本ははずれがない。知性を感じます。
こういう題名を見ると「部屋とYシャツと私」を思い出すのは私だけではないでしょう。
現代人の論語
呉 智英 / 文藝春秋
この偏屈なオジサンの本も結構すきです。論語の朗読やっているっていってたな。寺子屋復活とか言って。



私は暇さえあれば本屋に行きます。
(本屋に行くとトイレに行きたくなる派でもあります。)
どんどん買ってしまうので積読が多いです。
人の気持ちは移ろいやすく時が経つと興味がなくなり
読まないでブックオフへなんてことも。

歴史物、ミステリー、ノンフィクション、経済もの、経営ものジャンル問わずの乱読です。
でも最近中国語を勉強するようになって中国物に偏ってしまってだめです。
また通勤途中に中国語の本読んでるんでなかなか進まないため
読む本の数も以前から半減しています。

今日読み終わった本は故事成句でたどる楽しい中国史
井波 律子 / 岩波書店
楽しかった。晋や南北朝、宋の時代の人物はほとんどしらない人でした。もっと勉強しないと。
「馬鹿」も中国故事からきてるという説があるらしい。
秦の時代、傀儡皇帝に丞相が鹿を献上し「これは馬であるといった」
皇帝はこれは鹿だといって周囲のものに尋ねた。
すると周囲の人間は鹿だというものも馬だというものもあった。
丞相はこれを見て、鹿だと言ったものを抹殺したそうです。
そこから「鹿を指して馬と為す」との言葉がでたそうな。(P91)

私の俗っぽい目標。
会社社長として年頭のインタビューを求められた時に
中国故事に基づいて訓話すること。

でも政治家の人とかよく故事をもとに発言しますけど
ほんとに知っているのでしょうか?

そういえば宇野宗佑が愛人3万円事件による首相辞任会見で言ってました。
「明鏡止水」の心境なんて。(ちょっと古いですね)
この言葉はそれで覚えました。

以上

宇野宗佑
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by zhuangyuan | 2005-06-29 20:45 | 中国関連DVD、本 | Comments(1)
2005年 06月 28日

TIME

表紙に惹かれて買ってしまいました。
まだ読んでません。
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このビトンの人民服(中山装)は模倣品じゃないよね?

中国はコピー商品であふれていますが以前空港で荷物検査にに並んでいると
前にかっこいいいイケメン兄ちゃんがルイビトンのでかいバッグを肩に下げていました。
さすが中国の金持ちはすごいなどと思っていると、バッグに皮製のロゴがついており
そこには’’DUNHILL’’とありました。さすが中国発想が大胆です。

北京の語言大学のそばに五道口市場という服装市場があります。
そのには世界各国のブランドもどきがそろっています。
私は機能性重視というわけで薦められるままD&Cとかいうブランドの防寒パンツを買いました。
ただ70%は偽物だというので先生に本物かどうか聞いてみました。

すると先生は
「そんなことは気にするな。本物も偽物も品質は変わらないよ。
でも安心しなさい100%偽物だから。そう思うと気が楽でしょ。」と
私は妙になっとく。

でもそのズボン二日後に内ポケットが破けました。
頭にきた私は新品と交換してもらいました。
以上
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by zhuangyuan | 2005-06-28 22:09 | 時事 | Comments(0)
2005年 06月 27日

ダム

日曜日に子供たちと後楽園のおもちゃ王国とやらに行きました。妻の友達家族も一緒でしたが
だんなさんは午後仕事があると帰られました。

なんでもダムの設計をしているとかで締め切りが迫っているそうです。
ダムといえば四川省の都江堰が有名です。とは言っても私も2月に観光するまで名前しかしりませんでした。
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これは今でも使われているダムですが建設されたのはなんと紀元前256年。
2000年以上使われているのです。中国の悠久の歴史を感じるとともにその偉大な事跡にあたまが下がります。

これを作ったのは当時秦からこの地方(蜀)に派遣されていた李冰という人でその息子と共に二郎神と呼ばれています。私が中国で買った「中国の歴史発展過程に影響を与えた100人」という本にも孔子や諸葛亮などとともに選ばれていました。私は全くしりませんでしたけど。
中国では相当有名なんでしょう。

彼のおかげで四川省では水害がほとんど起きてないそうです。そして“天府之国”とよばれています。四川料理がうまいのは彼のおかげですかね。

以上
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by zhuangyuan | 2005-06-27 21:56 | 文化、歴史 | Comments(1)
2005年 06月 26日

孫文

孫文は中国では孫中山と呼ばれています。
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最初だれのこと?って思いましたが孫文といっても通じません。

彼の生まれ故郷(広東)はこの中山という名前をとって香山市から中山市に改められました。

中山なんて変な名前なんて思っていましたがこの名前日本でつけられたそうです。
「中国 謎の秘密結社」に下記の話が載っていました

孫文は中国革命勢力の領袖として日本に潜伏していたとき、日本人民間志士、平山周という人と会いました。平山氏は投宿する際に怪しまれないように孫文を日本人に見せかけるよう、
宿帳に「中山」と記載されました。

その後孫文はその中山という名前を終生使いつづけた。
なんで中山かというと平山氏が孫文と会う前、中山侯爵邸をとおりかかったため、
ふと思い出したそうです。

そんな名前が市の名前になってしまいました。
ちなみに人民服は中国で中山装といわれます。
孫文が日本の学生服を見て考案したそうです。

孫文はその後辛亥革命(1911)を成功させ清朝を倒して4000年の帝政を終わらせます。
中国ではその1911以後を現代とよびます。

1949(共産党政権)以降を当代といいます。よって現代は今のことではない。

1911より前は1840(阿片戦争)までが古代、それ以後が近代。

古代 ~1939
近代   1940~
現代   1911~
当代   1949~

以上
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by zhuangyuan | 2005-06-26 20:39 | 文化、歴史 | Comments(0)
2005年 06月 25日

农民工

先日古本屋で
「歴史読本 臨時増刊 特集中国 謎の秘密結社」1988年3月
という怪しげな本を購入しました。

その中に1987年の第13回中国共産党人民代表大会の重要人物リストが載ってました。
その大会で趙紫陽が総書記になるのですが、それに関する記事では彼は鄧小平の信頼があり
敵をつくらないため10年は安泰だろうなどという記事が出ていました。

わずか2年後の天安門事件で失脚するとは。
そういえば今年亡くなりました。

ところでそのリストを見ると現国務院総理、温家宝の名が書記候補として載ってます。
45歳の最年少です。
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この人は今中国の老百姓(一般庶民)に大変人気があります。
悪をくじき、弱きを助ける庶民派総理です。

以前こんなことがありました。
地方視察の時、地方政府幹部はそこのいいところしか見せたがりません。
ただ彼は本当の庶民(農民)生活が知りたい。

そこで視察途中、急に乗っている車を停止するよう命じ、側近とともに
村の奥へいってしまいました。用水路をいくつも越え、ミカン園や竹林をとおり抜け
一軒の家に入りました。

そこでびっくりした村人は温总理到我们村子里来了!温総理が村に来たぞー」とさけび
農作業していた人たちも続々集まってきました。

総理は言いました“乡亲们,快都坐下,咱们一起聊聊!我很想知道你们村子里的情况。”
村の皆さん、一緒に座って話しましょう。我々は村の状況が知りたいんです。

そこで一人の女性は総理に訴えました。
だんなさんが出稼ぎで県中心広場建設で労働をしているが2000元(3万円弱)の給料が一年未払いになっています。
(この村の平均年収が5-6000元ですから2000元は4ヶ月分の給与大きい金額です。)

総理は言った。私が県知事に言いましょう。必ず払わせます。

彼女はその日の内に未払いの給与は支払われたとのこと。
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ここから全国に広がる建設労働者の給与未払い問題がクローズアップされ解決されていった。
中国は急速発展でどこもかしこも建設ラッシュですがそれを支えているのはほとんどが農民の出稼ぎ(农民工)。ただ悪徳業者やいいかげんな自治体が多く給料が払われていないケースが多い。

元の記事はこちら

拖欠农民工工资问题(農民労働者給与不払い)を取り上げた記事によると
2003年末までに全未払いのうち215億元=2800億円(68%)が賠償されたとのこと。

合計不払いは316億元になりますので一人2000元不払いだとしたら1580万人が被害に遭ったことになる。凄い金額が未払いであきれてしまいます。

以上
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by zhuangyuan | 2005-06-25 13:38 | 時事 | Comments(3)
2005年 06月 25日

四面楚歌

四面楚歌という成語は有名ですが故事の中の状況は私が想像していたものと違いました。

成語の意味は周りは敵ばかりと言う意味ですが、
楚国の敵が戦いの時に楚に囲まれて、周りに楚の歌ばかり聞こえて、ああ楚軍に囲まれているんだなと感じたのだと思ってました。

実際は項羽と劉邦でおなじみの項羽(楚)が劉邦(漢)に囲まれた際、
周りから楚の歌ばかり聞こえてくるので、
漢軍の中にも楚国出身の人がこんなにも多いのかと思い、負けを悟ったとのこと。
楚の歌を歌っていたのは漢軍でした。

ところで一つクイズを

 劉邦(漢の始祖)が喜び、劉備(三国志の蜀の始祖)が悲しむ宝石はなんでしょう?

このクイズは北京のお客さんが日本訪問された際に出された問題です。
ヒント、漢字一文字。

答えは下参照。

答え
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by zhuangyuan | 2005-06-25 00:27 | 言葉 | Comments(0)
2005年 06月 24日

扣帽子

今日先生に幼少のころの文革の思い出を聞かせてもらいました。

小学校にあがる前、北京にいた彼女は今でも文革のころを鮮明に覚えているとのこと。
社会が乱七八糟(めちゃくちゃ)で三角帽子をかぶった資産家や知識分子が首からプラカードを下げさせられ市中を引き回されていた。当時わけもわからず面白かったので皆と一緒に投石したりしていたとのこと。

それもほどなく彼女の家にも影響が出てきたと。
彼女の母親は苏联大使館(ソ連)のために翻訳などをしていたが大字报(壁新聞)で政策批判した内容が問題ありとして右派とレッテルを貼られた。

そこで紅衛兵が自宅にやって来て抄家(家財没収)され外国紙幣、宝石、株券など破壊、没収されたとのこと。また母親はソ連の特务(スパイ)だとして一週間牢屋にぶち込まれたそうな。

母親に特に問題があったわけではないが母親の父親が国民党出身で資産階級であり、ロシア語に堪能なことから扣帽子(罪をなすりつけ)され釈放以後も職業剥奪され、公衆の面前を堂々とあるけなくなり外出時には顔をスカーフで覆っていたとのこと。

中国は革命当初は親ソ連で苏联老大哥(ソ連兄貴)と慕い、技術指導などを受けていたが、
文革時は仲たがいしておりそのことも大きく影響したらしい。

彼女自身も父母有问题として学校でも紅衛兵小学生版红小兵になれずにいじめられたとのこと。

ただし彼女の家はまだましなほうで他にもっと酷いめにあったひとは大勢いるとのこと。
国家主席の劉少奇でさえつるし上げあれるんですから国全体が狂っていたんでしょう。

そのご彼女の一家は親戚をたより香港に移住したとのこと。

そして文革後十数年たったある日、母親に一通の手紙が北京政府から届いた。
「あなたを右派としたのは誤りであった」と。
母親はこの十数年を返せと嘆いたがもちろん時間は帰ってきません。

政治はホントにおそろしい。ワイルドスワンを地で行く話でした。
ワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン Jung Chang 土屋 京子 / 講談社


そういえばユン チアンは欧米で毛沢東についての暴露本を出して
かなり話題になってるそうです。アメリカで10月に発売されるみたい。
イギリスはでてるみたい。



以上
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by zhuangyuan | 2005-06-24 00:08 | 文化、歴史 | Comments(0)
2005年 06月 22日

百薬の長

昨日、今日と連日お酒をのみグロッキーです。
昨日はアイリッシュ・ウィスキー、今日はビール、焼酎、日本酒。

私は酒量は人並みですが、勢いがつくととまらなくなり自爆するケースがよくありました。
酒のなかでは中国の白酒が好きです。
アルコール度数が高く、においがきつく最初は慣れませんがなれるとくせになります。

 好酒一条线,坏酒一大片。
 (良い酒は一本の線のように胃に流れていき、悪い酒はのどに膜のように貼り付く)

五粮液などはまさに上記の如く、胃に一直線に流れ落ちていくのを感じられます。
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あと良い点は二日酔いにならない。

古代中国では酒はあまりにうまいため国を滅ぼす可能性があるとして否定され、
その後、快楽で飲むのではなく薬として飲むという方便が編み出され、
薬酒として発展してきたとのこと。
よって中国の酒は百薬の長と言われるが如く、体にいい。

一方ヨーロッパで発展した酒は快楽のため、酔うための酒である。
口当たりをよくし、酒の弱いひとでもたくさん飲めるよう開発がすすんだため、
健康は関係なしで味だけと追及した。
ゆえにアル中や二日酔いが生じるとのこと。

確かに白酒は北方ではよく飲まされますが飲んでるときはヘベレケでも
翌日はOK。

でも中国の宴席は中国の酒ばかりでないところが困ったものです。
以前50cmほどの高さのあるブランデーボトルが出てきて、
腕に抱えて飲ませるお客さんがいましたがこれはホントにまいりました。
宴席にはたくさん列席者がおり、ひとりひとりと乾杯、乾杯。
当然その場で撃沈。昼です。
その後、移動があり、ハイヤー3時間、飛行機3時間、タクシー2時間
と乗り継ぐ間、何回吐いたかわかりません。いまでも思い出すと恐ろしい。

なんでそんなにデカイボトルが存在するかというと
昔どこかの国で酒類の免税範囲がボトル一本という規定があったそうな。
規定内でできるだけ多い酒を持ち込むために開発されたとのこと。
余計なことをしてくれたものです。

以上
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by zhuangyuan | 2005-06-22 23:38 | 文化、歴史 | Comments(6)
2005年 06月 20日

Mandarin

英語で中国語の普通語のことをMandalin(マンダリン)といいます。
なんでだろうと思い聞いてみると満大人(mandaren)からきているとのこと。

清の時代は満州族が支配していたわけですが彼らは自らの言葉を捨て漢化し、
その官僚が喋る言葉を北京官話をいいます。
彼らは官僚として全国に派遣されこの北京官話を話したそうな。

そこで彼らの言語の名前を英語に訳す際、満大人=満州族の偉い人が話すことばがmandarinとなったらしい。

中国ではご存知のように各地で方言があり相互意思疎通が難しいですが
昔はこの北京官話が普通語のような役目を果たしたとのこと。

1936年西安事件が起こると軍閥張学良(東北)、国民党蒋介石(浙江)、共産党周恩来(江苏)らが一同に会したのですが皆で共通に通じる言葉がなく、宋美齢(蒋介石婦人)が英語で通訳したとのこと。(でもこの話、北京で授業中に先生に聞いたらありえないと一笑に付されました)

いずれにしろ以前の中国では各地の方言のギャップがひどかった。その意味で毛沢東が普通語を広めたことはホントに偉大な事跡だと思います。テレビと学校は全て普通語で若い人はほとんど喋れますからね。毛沢東は真の意味で中国を初めて統一したと思います。(語言大学でこの話をしたら先生に中国を初統一したのは秦の始皇帝です。と真顔で答えられました。知っとるちゅうに。)

でもオジサンは普通語だめですね。広州で広東人の老板が喋る言葉を聞いたときは、普通語とわからず自分の実力のなさにショックを受けました。広東なまりがすごい。

北京人の間にも広東人の普通語ヘタさを揶揄するこんな言葉があります。
天不怕,地不怕,就怕广东人说的普通话

天も恐れず、地獄も恐れず、ただただ広東人の喋る普通語が恐ろしい。

こんなのもあるそうです。
天不怕,地不怕,就怕日本人说的英语话
ショック..。

西安事件
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by zhuangyuan | 2005-06-20 21:26 | 言葉 | Comments(5)