中華 状元への道

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カテゴリ:言葉( 53 )


2008年 02月 02日

論語知らず

昨日はふぐを食べました。
いっしょにたお客さんとふぐ料理屋の主人とは友人で、
主人が書道をたしなむということで墨をプレゼントしてました。
店の中もご自身で書いた書が沢山飾ってあり風情のある店でした。

そのご主人の息子さんは「三省」という名前だそうです。
由来を尋ねると、論語から来たといいます。

吾日に吾が身を三省す。

「論語のソウシの言葉ですよ、お客さん」
「ソウシ?荘子って道教じゃないんですか!?」
「論語にあるのは間違いありません。」

そんな会話があり、教養のない私は孔子の言葉を記した
論語に荘子まで登場するのか、それは驚きだと思い、さっそく調べてみました。

荘子じゃなくて曽子でした。お恥ずかしい。

曾子曰吾日三省其身
为人谋而不忠乎
与朋友交而不信乎
传而不习乎

〔読み下し〕
曽子(そうし)曰(いわ)く、吾(われ)日(ひ)に吾(わ)が身(み)を三省(さんせい)す。
人(ひと)の為(ため)に謀(はか)りて忠(ちゅう)ならざるか。
朋友(ほうゆう)と交(まじ)わりて信(しん)ならざるか。
習(なら)わざるを伝(つた)うるか。


論語に学ぶ会

私も自分の行動を改めて見直さなければなりません。三省せねば。
ちなみに出版社の三省堂もここからきてるそうな。

論語ってやっぱりいいですね。

最近私があらためて読んで感心しているのは次の言葉です。
君子和而不同,小人同而不和
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。


君子のほうになりたいものです。

以上
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by zhuangyuan | 2008-02-02 21:44 | 言葉 | Comments(0)
2007年 09月 07日

暗闇の惨事

本日韓国出張からも戻りました。
台風で一日帰りが延びました。

JALってのは対応が悪くてだめですね。
昨日の19:30発で21時半ごろ羽田に着く便でしたが、
前日からの天気予報で夜に関東直撃とのニュースが繰り返されてましたので
まずだめだろうと思ってました。
しかし予想に反して予定通り離陸しますとのこと。
そしてチェックインし出発を待ちます。

すると出発15分前に機長からアナウンスがありました。

「JAL〇〇便の機長をする予定でありました△△です。
東京地方に台風が接近しており安全に航行することが不可能と判断し欠航といたします。」

早く言えよって感じです。

しかもその後の職員からの説明で
「本日は欠航が相次いでおり、既に欠航が決まっている他社に
ホテルを押さえられており、皆様にホテルを用意できません。
親戚か友人のある方はそちらにおとまりください。
ご自身でホテルを手配した方は10万ウォン負担いたします。」

なんかホテルがとれない言い訳を作るために直前に発表したのかと
疑ってしまいます。

結局ホテルをお客さんに手配してもらい今日帰ってきました。

ついてない私でしたが二日前にはさらに倒霉なできごとがありました。

ある田舎街の街に一つしかない高級ホテルに泊まっていました。
お客さんと食事してお酒を飲んでホテルに帰りました。

夜中にトイレに行きたくなって目が覚めました。
明かりをつけようとしましたが
ライトのスイッチに明かりがなく真っ暗でスイッチが見当たりません。

まあトイレくらい暗くても行けるだろっとおもい
ベッドの端から降り立ち上がり一歩踏み出そうとすると
ガーン!?☆★
後ろにひっくり返りました。
何が起こったかわけがわかりませんが。
額がものすごく痛い。
そして、ポタッ ポタッ と音が聞こえます。

何とか立ち上がり洗面所のライトを探し明かりをつけます。
すると額から血を流しているではありませんか。

部屋の壁の角に激突したのです。

タオルで拭きますがなかなか血がとまらない。

とりあえずホテルフロントに電話し
救急箱を所望します。
しかし救急箱ってなんだっけ?
韓国語わかんないし、英語は?
emergency boxかな?
電子辞書を引くとfirst aid boxとのっていました。

しかしどっちも通じない。
相手が英語もだめなんです。
日本語はどうだと聞くと、「スコシダケ」との答え。

血がでてるというと。
シーツ代えましょうか?とかいう間抜けな返事。

なんとかやっとわかってもらって15分後にやっと救急箱をもってきてもらいました。
しかし持ってきただけですぐに去ってしまいました。

中を見るとすべてハングル。英語表記なし。
さらに怒って電話してI can not read korean!!と人を呼び手当てしてもらいました。

応急処置のあと少し寝て
朝を迎えましたが血がとまりません。

フロントで再度手当てをしてもらっていると
医者に行くべきだとのこと。
お客さんと約束があるからいけないといいましたが結局説得されていきました。

小さなビルの中にある小さな医者でここでも言葉が通じない。

傷口を見てもらうと、そっちの部屋に移ってベッドに寝ろとのこと。
うそっ?手術?
時間がないというと10分で終わるとのこと。
でいきなり寝かされて縫合されました。

短い手術でしたがいろんなことが頭をめぐりました?

衛生環境は大丈夫なのか?
金儲けのためにする必要のない手術するんじゃないの?
だいたい金は足りるのか?
手術の腕はどうなんだ?
傷残るんじゃないの?
でも整形美女の国だから大丈夫かな?
などなど。

でももう遅いのです。始まっているのですから。

ok finish.eight point.

ええ八針かよ!傷口結構開いてたんだと改めて認識。

会計時に、どんな手術をしたか英語でくれといいましたが
全く通じず金だけ払わされたので
receiptくれといっても通じず、最後に漢字の筆談しました。
「領収書」やっと通じました。

今回の経験で言葉の重要性を改めて感じました。
外国での病院経験はオーストラリアとグアムで二回ありましたが
英語なのでok。
そういえば中国でも腰痛で中医にかかりました。
こちらはこっちの説明はできましたが、あちらの説明は半分くらいわからなかった。
でもなんとかなりました。

韓国語もヨン様オバちゃまに混じってはじめなきゃだめかな?

以上
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by zhuangyuan | 2007-09-07 22:09 | 言葉 | Comments(6)
2007年 05月 20日

南蛮

中華思想では中華を取り巻く周りはみんな野蛮人で四夷と呼びました。

今読んでる「世界史のなかの満洲帝国」にその説明がありました。

東夷、西戎、北狄、南蛮。

夷は低いという意味でデルタ地帯で農耕と漁撈をいとなむ人々。
戎は羊毛の意味で西方の遊牧民。
狄は交易の意味で森林に住む狩猟民。
蛮は人の意味で焼畑農民を指すんですって。
そしてそれらに囲まれた城壁の中の都市に住むのが中華の人々とのこと。

というと日本を東夷というのは合っているような気がします。農耕と漁撈ですから。
でもその日本の武士のトップが征夷大将軍ってのはなんか変。
東夷が征夷って誰を撃つのか。日本の朝廷も中華になっちゃったんでしょうか。

四夷の中で日本語で一番なじみがあるのは南蛮かもしれません。
ポルトガル人は南蛮人と呼ばれます。

先日お客さんと食事をしていますと、その南蛮が話題になりました。
うまいと紹介してもらった蕎麦屋が期待はずれであったと言うと
「かも南蛮」食べなきゃだめだよと。

ところで「かも南蛮」の南蛮の意味をしってるかと聞かれました。
ポルトガル人が食べるような変なものって意味ですかねえ?

お客さんが答えて曰く
その南蛮はナンバンでなく本当はナンバなんだ。
大阪の難波。

カモ難波。じゃあどうして難波なのか。
難波とはネギのことで、昔難波はネギの一大産地だったそうで
大阪ではネギのことをナンバともいうらしい。

カモ難波がいつの間にカモ南蛮に転じてしまったらしい。
確かにネギはいってるなあ、鳥南蛮もカモ南蛮も。

そしてこの組み合わせも
「鴨が葱しょってくる」なんて諺にもなっちゃってるぐらいメジャーになったわけです。
でもその南蛮が葱だったなんて全く知りませんでした。

カモネギだなんていうのもカモナンだって言っていいのかも。

以上
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by zhuangyuan | 2007-05-20 22:53 | 言葉 | Comments(5)
2006年 07月 12日

いっちぴ、にひき

今朝、2歳半の息子を保育園に送っていく時のことのことでした。

保育園のとなりには二匹の大きなゴールデンレトリバーがいます。
遠くからその二匹を見た息子が言いました。

息子「パパ、おっきいワンワンこわいねえ」
私「怖くないよ、やさしいよ」

息子「ねえパパァ、えっとえっと、ワンワン二ついることね、二匹ってゆうんだよ」
私「おお、すごいねえ、よく知ってるねえ、お兄さんだね」

気をよくした息子は更に続けます。
上の電線を見て

「チュンチュンも二匹だね」

ここが難しいところ。

私「チュンチュンは二羽って言うんだよ」
息子「へ????」
私「二羽だよ鳥さんは」
息子「??」

大混乱であります。
まだちょっと難しいでしょうね。
とりあえず私も説明を断念しました。

すると今度は
前方から小さな犬を散歩している女性がやってきます。

「パパぁ、ワンワン二匹ってゆうんだよ」
「ん?一匹でしょ一匹。ひとつなんだから?」
「いっちぴ?ちがうよ、二匹ってゆうんだよ」

どうやら二匹の意味を取り違えているようです。
「二匹(にひき)」というのを犬そのものを指す単語だと思っているようです。
保育園の隣には常に二匹の大きな犬がいますので
「二つ」というたびに「二匹」でしょと直されていたんでしょう。

ここではっきりしたのは
中国語歴4年の私の中国語は日本語歴二年半の息子よりまだレベルが高いということです。
私は「两条狗=二匹の犬」「两只小鸟=二羽の小鳥」も区別ができますから。
中国語のややこしい量詞も覚えています。
でも実は使うときは一个、两个になってしまう。はっはっは。

でも実は私が中国語を始めたのは上の娘が二歳のころでした。
はじめはいい勝負でしたが今では娘の日本語能力が私の中国語能力をはるかに凌駕しています。息子の場合も時間の問題でしょう。

最近言葉をどんどん吸収している息子はしゃべりたくってしょうがない時です。
なんでも口に出してトライします。

ある日のことお昼に私が息子に聞きました。
「今日のお昼はケッタッキー食べよっか?」
「ちがうよ。せんたっきは食べ物じゃないよ。」
「すんまちぇん」

言葉もどんどん使って見なきゃだめですね。
大人はまず考えちゃって
売る覚えのものは口ごもってしまいます。いかんいかん。

以上
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by zhuangyuan | 2006-07-12 22:04 | 言葉 | Comments(9)
2006年 01月 11日

始皇帝 DVD鑑賞

先日中途半端に古いのですが妹に借りたDVDで张艺谋のHERO(英雄)を見ました。
始皇帝への刺客の物語で数年前中国映画史上最大のヒットだったので以前から看たかったものでした。ここで始皇帝を演じているのがまたもや陳道明。中国の俳優は彼しかいないのかって言うぐらいいろんなのに出てくる。

 映画の感想はというとイマイチ。お金はかかっているでしょうが内容は薄い。
悲しいのは最初中国語字幕で看てたんですけど、途中でストーリーがつながらなくなり、日本語字幕に変えたことです。まだ実力がありません。わからなくなった理由は回想場面とウソいう場面が多いこと。ウソも映像で流れます。

 映像はほんとに壮大で美しいですが、戦いの場面が長すぎて私は退屈でした。チャンバラ場面は全部は早送りしました。

 また別の日には駅前の中古ビデオやで315円で入手した陳凱歌 始皇帝暗殺も看ました。原作は荒俣宏ですって。

 どちらかというとこちらの方が面白かった。コンリーがいいですね。でも始皇帝も暗殺者荆 轲も映像にされるとちょっと興ざめ、イメージが固定化しちゃってダメですね。呂不偉なんか絶対あんな奴じゃない。

物語は秦始皇帝の秘密がちりばめられていてダイジェストみたいで面白い。

でも荆 轲なんて暗殺者のくせになぜ歴史に残っているのか不思議です。史記の刺客列伝に紹介されていますが、暗殺者って暗殺を企ててはじめて歴史に登場するわけであってなぜその暗殺者の生い立ちが歴史家にわかるのか?

风萧萧兮易水寒,壮士一去兮不复还
風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去って復還らず


こんな言葉誰が聞いてたんでしょうか?

でもこの詩かっこいいですよね。

以上
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by zhuangyuan | 2006-01-11 22:30 | 言葉 | Comments(4)
2006年 01月 04日

国際人 アジア人

 今日ロンドンから携帯に電話がありました。日本歴13年の上海人である親友からの新年の挨拶でした。彼は私が中国語をはじめたきっかけを作ってくれた恩人です。もちろん日本語はぺらぺら。今は更にステップアップを目指しロンドンに語学留学中です。

 声の感じに元気がなくホームシック気味だとのこと。異国の地で一人でいると周期的にさびしさがやってきます。私の一つ上ですから36歳。この年での挑戦はパワーがいるものです。イギリス社会で英語を学びつつ、英国人社会に溶け込み金融ビジネスなどの最前線に触れ、将来のためのキャリアアップを狙っています。ただ今のところねらいどおりにうまく行かないようで悩んでいました。

 イギリスといっても様々でエスタブリッシュの世界とワーカーの世界、また移民の世界。外国人として語学を習い更に白人エスタブリッシュの社会と触れ合うのは難しいようです。街中のパブには世界各国出身の様々な人種があつまるらしいのですが溶け合っていない。白人は白人、黒人は黒人、アジアはアジアでかたまり語り合っているのだそうです。彼も自然とアジア人といる時間が多くなっているそうです。

 たとえ最初の目標が果たせなかったとしても異国の地での挑戦は必ずプラスになるはずですし異文化とふれあい、それとぶつかり合ったり調和したりすることが将来の国際ビジネス社会で成功する糧になると思います。

 それとアジアはアジアで寄り合う気持ちはよくわかる。やっぱり日本人はアジア人なんです。
私も大学4年時にバブル崩壊の波を受け就職に失敗し、一念発起オーストラリアにワーキングホリデーに行った際、孤独な戦いをしていました。そこでもやっぱりそばにいたのは香港人の友達でした。豪州人やNZ人ともよく話しましたが落着くのはやっぱりアジアでした。

  また彼が気にしていたのは最近の日中関係のまずさ。イギリスのメディアを通しても感じられるらしい。二つの愛する国が争っている姿はほんとにこたえるそうです。しかも隣国のアジアの大国同士です。
 日中両国政治家には相手に対しての尊敬の念がなさ過ぎる。また相手を理解しようとする努力が足りない。そこで人間関係が出来ていないから相互にすれ違いが大きくなる。

 
外交関係は畢竟、個人関係である。(ディズレーリ)

なんかの本で読んでノートに記した言葉です。
個人個人の人間関係の積み重ねが外交であり、個人なしの国なんてのはありえない。
私も語学を学ぶ身として将来は外国の方々にに尊敬されるような国際人になりたいものです。

 私は昔から何か漠然と国際人というのに憧れてました。そこで語学を学ぶのが好きでした。
そこでなんの因果か今は中国語を学んでます。

私の曽祖父の言葉を引用します。
教育者であった曽祖父はこんな若者を育てたかった。

日本国民として、昭和の世界に生きんとする若き男女には、どうしても系統的に、またきめ細かな国際教養を施さなければなりません。一口に国際教養と申しますと、洋食の食べ方を器用に、外国語を手際よく口にし、気の利いたハイカラ振りに身支度するというような、その種の躾をすることのように思い込む人が少なくないと思いますが、・・・・
国際教養上第一に重要視すべきは純真なる人類愛のこころ、正義、人道に終始せんとする信念に生きんとする心を育てることであります。

中略

日本の国体は万国に冠絶し居ることは申すまでもありませんが、歴史において日本ばかりよい
国であると教えぬように、・・・殊に米、支、露などを、頭からだいなしに悪くいふやうな独断をいふやうな失態なからんことを切望します。・・・学問、事業、旅行等のあらゆる場合を考ふる時、私共誰でもの生活そのものがすでに国際的になって居るといふことを、是非眞味に、若き日本人に呑みこませたいのであります。我が産業の行き詰まりを救ふ道も人口問題の解決も、我が国民の心の鏡に今や投げかけられたる暗影を拭ふ道も、上述の如く若き人々を国際的に仕立てるといふことがその主眼であると私は中心より考へて居ります。・・・(昭和四年)


今でも通じる文章だと思います。
国際人の一人となりたいとおもいます。

以上

 


 
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by zhuangyuan | 2006-01-04 21:57 | 言葉 | Comments(5)
2005年 12月 21日

二次会 チャイナパブで中国語

昨日の記事の続きです。

その日は久しぶりにあう中国からの友達との飲みだったので
二次会はバーで語ろうと考えていました。

しかしお客さんが日本は初めてで日本人の女の子がいるお店に行きたいとのこと。
さあ困った。

 私はこの手のお店が基本的にきらいです。
高いし大してかわいい子もいないし飲まされるし
しゃべっててもつまんない。

 余談ですが先日韓国のお客さんに連れられ韓国クラブに行った際はひどかった。
私についた女の子は若い子でまあきれいと言えるがやる気がない。

私もめんどくさいので盛り上げようとも思わない。
するとこう言った。

「お客さん楽しそうな顔してよォ。ほらママが見てる。
怒られるから楽しんでェ」

なんだそりゃ。そんなダイレクトな。
ただ変なエロオヤジの隣にいるより私の隣にいるほうが
なんも気を使わなくていいのでずっと隣にいました。
適当に時間が経つとストレートのショットグラスで乾杯しながら。

 閑話休題。
とはいいつつ本題そのものも閑話なんですが。

というわけで私は女の子のいるクラブなどはほとんどなじみがない。
行くことは行くが能動的にはいかない。

その上、その日は携帯電話を家に忘れ、どこの電話番号もわからない。
とりあえず以前に行った店に行ってみる。
満員。
今は忘年会シーズンですから予約してないとまずい。
でもお客さん行きたいっていってるし。困った。

悪いことにお客さんと一緒に来日した方があと二人いてジョインしたいとのこと。
そこでホテルに迎えに行きました。

中国のお客さんを4人もつれて、席が確保できていない店に予約なしで
連れまわるのもかっこ悪い。
誰か知人に紹介してもらうにも携帯がなくて電話番号がわからない。
ほんと普段携帯に頼ってばかりでイカンです。

ホテルで便をしながら考えた。
おう先日はじめて行ったチャイナパブの名刺が名刺入れにあったなと思い出しました。
遠いけどもしゃあない。電話して席を確保。

中国のお客さんにチャイナパブじゃ悪いなとおもいつつも
選択肢がなくゴー。

店に入りお客さんは店の女の子に任せ
私も中国語のレッスン。

30歳のお姉さまに

十八岁一枝花,二十八岁豆腐渣。
女の子、18歳ならお花さん、28ならオカラさん。

などと面白い表現を教えてもらっていると
なにやら総経理さんがママに対して怒っている様子。

彼はただの総経理でなく大企業の会長の息子さん普段は取り巻きがたくさん。
もちろん女性にも威張ってます。地元では怖いものなしとのこと。

“我要改正她的思想。”
「彼女の思想を改めてやらねば」

などとおどろおどろしいことを言っています。
どうしたのと聞くと

“他说世界上最色的事中国人” 「世界で一番スケベは中国人だと言ったんだ」

おおくだらないことで怒ってんなあと思ったが
じゃあどこが一番なの?と問うと。

「一番が台湾、二番が日本だ。まあ台湾も中国だけど」

ママは言い張る。
「私の店には台湾人、韓国人、中国人、日本人みんな来るけど
自分の経験から言って一番は中国人だ」

お客さん怒ってんだから適当にあわせてくれよと思っていると
別の女が追い討ち。
「中国にいたときは芸者の映画とか見たり
戦争中10-80歳は皆日本人にレイプされたから日本人が一番だと
思っていたがやっぱり中国人の方がスケベ。」

もうどっちでもいいから。
中国人の女の子は後に引かない。困ったものです。

「だってあの人座った時すぐにひどいこと言った。」
私はお願いする。
「あの方は大きな会社の総経理でお客さんでもあり友達でもあるんだから
うまくあわせてサービスしてあげてよ」

「社長さんだって関係ないよ。
宰相肚里能乘船って言うの知らないの?」
(宰相はお腹のなかで船にのれるほど大きな心を持っている。)

いい言葉です。でもここはお店なんだからお客にあわせてね。

今度はべつの場面。

広州の友達は日本語が達者。
驚いた女の子は感心した様子。

私は言う「彼は某某大学で日本語学んだんだから頭いいんだよ。」
女の子ムキになって曰く「大学関係ないよ。日本語うまいの大学関係ないよ。」

「お客さんを誉めてんだから話あわせてよ」
「だってほんとに関係ないんだよぉ」
「てゆうかここは日本なんだから日本文化に合わせて相手をたてて下さい」
「日本文化はウソつく文化なのか?」

とこういった様子で私は音を上げました。

皆様はじめは楽しんでいただけたか甚だ怪しいが
お酒が進むと最後には皆楽しそうでした。

私は新しい中国表現は学べたし
中国文化にも触れた気がしたし
はらはらしながらも楽しいひと時でした。
(文化といったら中国のかたに怒られるかも知れませんが。)

もう一時が皆さん帰りましょう。との一言でお開きに。

以上
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by zhuangyuan | 2005-12-21 22:53 | 言葉 | Comments(0)
2005年 12月 20日

一次会 焼き鳥屋で中国語

昨日は家に着いたのが午前二時。
多少グロッキー。

 広州の友達と四川から来日したお客さんと3人で飲みに行きました。
お客さんが来るのを前日に聞いたのですが
気楽なとこでいいとのことで予定通り焼き鳥屋で飲みました。

 お客さんは年は私と同じですが総経理さん。普段は高級なとこばっかり行っているでしょうが
たまには日本の庶民の生活を知ってもらうのもいいかなと。

 来日は初めてとのことで珍しそうに焼き鳥屋を観察してたずねました。

「ここはなんで男しか飲んでないんだ? それもおっさんばっかりで。
あそこのカウンターにいる人たちは一人で来てるのか?
なんで家で食べないんだ?
若い人は何してるんだ?」

うーん。言われて見れば確かに。あまり意識したことないけど。奇妙といえば奇妙。

「男達は第二次大戦後、戦争に向けたエネルギーを経済に転化し、
仕事に邁進し天皇の民として民道楽土の高度成長を成し遂げたんだ。
そして先の大戦でなしえなかった大東亜共栄圏を作り上げたのだ。
仕事場こそユートピアで居酒屋はその戦士たちので癒しの場なのだ。」

などと今読んでいる本「王道楽土の戦争 戦後60年篇」(吉田司 NHKブックス)
の受け売り(80年代までの話)をしちゃうほど中国語が達者でない私は

「他们不想回家。年轻人加班。」(彼らは家に帰りたくない。若いひとは残業。)

と簡単に答える。

その後はお金に関する質問のオンパレード。
「このくらいの店を開くのにいくらかかる?」
「あのフィリピン人の服務員(ウェイトレス)の給料はいくらだ?」
「日本で小姐(ホステス)したらいくら稼げる?」

適当に予想で答えると

「そんなに儲からないのになんで日本に来るんだ?」
「中国ならもっとかぜげるぞ。
俺の友達は若い彼女に月30万円で家を与えて
小遣いも50万だァ」

ああうらやましい。

お金の話はこれくらいで中国語の勉強の話題になりました。
そのお客さんと2年前に会ったときよりはだいぶ進歩したと誉めていただきました。

唐詩もいいですねというとこういいました。

熟读唐诗三百首,不会做诗也会吟。

唐詩三百首を熟読すれば、詩は作れなくても吟ずることができる。


吟じてみたーい。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
こんな感じで唐詩を普通語で読めたらいいなあ。

最後に学問の心得としてこんな言葉を教えてもらいました。

“书山有路勤为经,学海无崖苦作舟”

本の山には経典に辿り付く道が必ずあり、そこで経典を取得するため勤勉に励まなければならない。ただし学問の海は果てしないものであり、苦心して船をこいでいかなければならない。
(この訳あってるかなあ?)

果てしない道をまた歩き始めよう。

2次会ネタはまた今度。

以上
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by zhuangyuan | 2005-12-20 22:04 | 言葉 | Comments(0)
2005年 12月 04日

身にしみる言葉 (論語より)

 昨天,我爱人告诉我,
“谁都不理解我的辛苦。真没有自由的时间。这一年一直忍耐下来,但是忍不住,我想辞掉工作。”当然他批评我。

如果我翻译得让大家容易明白这句话的话,就是这样,“你不了解我的辛苦,大部分的家务和照顾孩子的事都靠我。但你感谢的词也没有。你应酬比较多,还有学中文,有自由的时间能提高只自己的能力,反过来我傍晚回家后,照顾孩子以外就是睡觉,没有自己的时间。你去年去中国留学的时期我非常辛苦,你回来以后也我依然很忙。如果你没有多帮助一点的话,我不得不辞掉工作。”

我自己认为,我也为家人尽力而为。每天早想做饭,洗盘子,和孩子玩儿。
但我的评价不高。两个孩子睡觉时没有妈妈就是哭,他睡不觉。礼拜天的白天,午睡时也一样,他们都喜欢妈妈,爸爸没办法。

晚上我烦闷着看书。书的名字叫“汉语力”。
书本里我看到孔子的这个句子,
「不患人之不己之,患不知人也。」(论语 学而第一)

我就明白我要自己努力理解我爱人。

说实在的我看这个句子时,想让老婆看这个句子,让他理解我。
一会儿过去了,我洗澡的时候在澡盆里,我想到“我要患不知也”。



(訳)
 昨日、妻に言われた。
「誰も私の辛さをわかってくれない。本当に自由な時間がないの。この一年ずっと我慢してきたけどもう耐えられない。仕事やめます。」
もちろん私を批判しているのです。

この言葉を皆さんにわかりやすく翻訳するとこうなります。
「あなたは私の苦労がわかっていない。ほとんどの家事や子供の世話は私ばっかり。でもあなたは感謝の言葉一つない。あなたは夜はお客さんで遅いし、中国語教室もある。自由な時間があるし、自分だけ自分を磨いている。逆に私は夕方家に帰って、子供の世話以外は寝るだけ、ほんとに自分の時間がないの。あなたが中国留学の時はほんと辛かった。でも帰ってからも私は依然としてすごく急がしい。もう少し手伝ってくれないと、やめたくないけど仕事をやめるしかないわ。」

私自身は結構やってるつもり。朝食は作るし、皿も洗う、子供とも遊んでる。

夜もやもやしつつ本を読んでいました。その本は「漢語力」といいます。
そこには孔子の言葉でこうありました。
子曰わく、人の己を知らざるを患(うれ)えず。人を知らざるを患(うれ)うるなり。(論語 学而第一)
「他人から理解されないことを悩むな。自分が他人を理解していないことを悩め。」


私は妻を理解することに努めねばならないとわかりました。

実はこの文を読んだときにこう思いました。
妻にこの文を読ませねばならぬ。俺を理解させるために。

しばらくして風呂につかっているとき、ふと気づきました。
私が知らざるを憂う必要があると。

以上
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by zhuangyuan | 2005-12-04 14:59 | 言葉 | Comments(8)
2005年 11月 07日

改革開放 笑話

最近硬い話が多く、ちょっと疲れるので息抜きに笑い話をひとつ。

先生にサイトを教えてもらったのでそこから引用します。中国語学習者にぴったりのものです。
汉语教学

学汉语

外国留学生学汉语,常常闹出笑话,令人忍俊不禁。

有一个学生分不清富和贵的区别,造句曰:“三中全会以后,农民越来越贵了。”

一女生的作业里有句子写道:“我每天都很忙,白天做功课,晚上练习生子(字)。”

又有一男生在英译汉时,将本意为“张太太和她的先生离婚了,我很同情她”的句子翻译成:“张太太和她的先生离婚了, 我很对不起她。”


日本語に訳すとわけがわかりませんがとりあえずチャレンジ。

中国語を学ぶ

外国の留学生が中国語を学ぶと、よく笑い話をやってしまいます。聞いた人は笑いをこらえられません。

「富=豊かになる」と「貴=値段が高い」の区別がつかない学生がいました。
次の文を作りました。
”三中全会(注1)以降、農民は益々高くなった。”

ある女子学生が宿題の中で言いました”私はいつも忙しく、昼間は授業、夜は子作り(注2)。’’

またある学生は英文中訳の際に、本来次のように訳すべきところ
”張奥様と旦那様が離婚しました。私は彼に同情します”
間違えて次のように訳した。
”張奥様と旦那様が離婚しました。私は彼にすまないと思った。”
 

注1:三中全会=改革開放政策をはじめた重要な会議。第11期第央委員議のこと。
注2:生字(shengzi)と書くべきところを生子(shengzi)と間違えた。
   字(zi)は第4声。
   子(zi)は第3声。

以上
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by zhuangyuan | 2005-11-07 21:46 | 言葉 | Comments(0)