中華 状元への道

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カテゴリ:文化、歴史( 190 )


2013年 01月 06日

ミャンマー落武者伝説 

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

高野 秀行 / 集英社



前回の記事でミャンマーの奥地で明朝の末裔がアヘン作ってる?とさらりと触れました。
私がこの本で一番興味を持ったのはこのこと。

ミャンマーでは世界で唯一、中国人が少数民族として認定されているそうです。
華僑じゃないんです。少数民族です。

彼らはコーカン族(果敢族)と呼ばれ、明朝の末裔を名乗っている。
平家の落武者伝説のようでわくわくしてきます。

明が清に攻められた時に最後の皇帝永暦帝とともに流れ着いた。
果敢族:流落缅甸的明朝汉人遗民(コーカン族:ミャンマーに落ちた明朝漢族の末裔)

300年経った今でも南京出身といっているとか。
原来最早来果敢定居的那些跟随明永历帝南逃至此的兵将,因南明王朝原在南京定都,所以不管他们后来跑到哪里、祖籍何乡,几百年后统统对外说“祖上来自南京府”。

永暦帝が南に逃げたときについてきた果敢の兵や将軍は、南明王朝が南京に都があったので
どこに逃げようとも故郷はというと、数百年後でも対外的には先祖は南京府から来たというのだ。


平家っていうより南朝の天皇についていた兵士の末裔って感じかな?

それが今でも存在感を持っているのが凄い。

近代に入ってからはゴールデントライアングルのアヘンを押さえていた。
なんでそこにアヘンがあったの?
それはアヘン戦争後のイギリスが絡んでるって。

1852年,英殖民者侵占缅甸,中国开始失去对这片土地的控制权。英国人发现这里的土壤气候适合罂粟生长,派人传授种植技术,并指定东印度公司垄断收购。

1852年にイギリスの植民者がミャンマーに侵入し、中国はこの土地の支配権を失い、
イギリス人はこの土地の土壌や気候がケシの生長に適していることがわかり
栽培技術を伝授した。そして東インド会社が独占購買した。

悪いやつらです。巨悪。

イギリス支配後、第二次大戦後には日本が絡んでくるのです。
因为对缅甸抗日保土有功,1947年在缅甸立国的“班弄”会议,土司杨文炳作为“果敢族”的代表参加了民族加盟缅甸联邦政府的签字仪式,缅政府总算正式承认300年来不被接纳的果敢族为其境内合法少数民族。

ミャンマーでの抗日に貢献したために、1947年ミャンマー立国時の班弄会議において
土司である杨文炳がコーカン族代表として民族加盟ミャンマー連邦政府設立儀式に参加し
ミャンマー政府より300年来承認されなかったコーカン族が合法的少数民族と認められた。


そして今なお、存在感を示し、ミャンマー政府と戦闘したりしているようです。
果敢战争

ここには中国政府も絡んでるのかな?

国際政治バランスの変化で米国と接近しているミャンマー。
簡単には読み解けそうにありません。

以上
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by zhuangyuan | 2013-01-06 18:07 | 文化、歴史 | Comments(3)
2012年 11月 10日

1950s 混沌と芸術

先日、東京国立近代美術館の夜間特別観覧会に参加しました。
ブロガー枠として抽選に当たりました。

美術にぶるっ ベストセレクション 日本近代美術100年

「2時間では観覧しきれませんよ」とのお言葉どおり
100年間の名作でびっしり。

とても紹介しきれません。
私が気になったのは第二部「実験場1950s」と題した企画展。

この近代美術館がオープンしたのが1952年。
敗戦からの激動で価値観が混沌としている時期。
そのころ芸術も大きく動いていた。

戦争が終わり打ちのめされて
GHQ支配のもと民主主義、平和主義なんてものが出てきて
このまま行くのかなと思わせといて
朝鮮戦争、再軍備、基地闘争、原子力開発、逆コース

原爆映画が流れていました。
この映画1946年に原爆の被害状況を記録するためにとられたのですが
米軍に没収され、1952の独立後まで公開されなかったとのこと。
民主主義をプレゼントしてくれたアメリカさんのイメージ操作ですね。

私ちょうどこの本を読んでました。

敗北を抱きしめて〈上〉―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー / 岩波書店



戦争で焼き払われた国土で、かつての敵国に与えられた民主平和主義の中、
貧困にまみれつつも逞しく立ち上がる日本人を描いています。

ピューリッツァー賞受賞。

軍国主義で神の国から一転して、ギブミーチョコレートと子どもが米兵に群がり
パンパンがパングリッシュでご奉公、
敗戦から一年後にはチューインガム工場が400社もできたとあります。
すさまじい適応能力。いいのか悪いのかわかりませんが。

著者いわく
日本人は明治維新からの100年間、根本からの変化を常に予期して
変化に適応するよう訓練されてきたといいます。

文明開化
日露戦争
大正デモクラシー
軍国主義
敗戦

そして50年代を迎えます。

またまた大変化。
平和主義、非武装だったのが、自衛隊。
原爆落とされたのに原発開発
民主化で労働者権利を守るはずがレッドパージ、弾圧。

そんな大変化を芸術家たちが見つめ混沌とした怒りや不安を表現しています。
意味はわからないけど、気迫が伝わってくる。

美術展目録のはじめのことばにこんな意味のことがありました。

50年代の混乱をくぐりぬけ、高度成長し、その後現在にいたるわけですが
今この時代に50年代を現在の視角でみて、冷戦の始まりだったなどと安易にみてはいけないと。
当事者を生きた人々は先の見えない混沌を貧困のなかに暮らし、既存の芸術など何の役にも立たないと
思い知り、新しい手法を模索したんだと。

現代の低温のもやっとした不安と違い、時代のエネルギーを感じました。
あるいは日本でなく、新興国で生きていると同じ時代も違う感じ方ができるのでしょうか。

以上
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by zhuangyuan | 2012-11-10 21:50 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 08月 19日

八珍食べたい?

夏休みも残りわずか。
子供の自由研究の期限がせまっています。

小3の息子は「世界の珍しい食べ物」を調べたいとのこと。
珍味を探して絵を描いています。

世界三大珍味はキャビアとあと何?と聞かれ、
フォアグラとトリュフだと答えるも
そんなものを小学生が絵に描いたところで何も面白くはなさそう。

実際iPadで画像検索するも絵で表現できそうなものはなし。

フォアグラについてはガチョウでも描いたらと検索すると
動物愛護団体のフォアグラ用ガチョウ飼育の残虐さを宣伝しているものが多くあり興ざめ。

トリュフを探す豚もいまいち。

ちなみに日本の三大珍味は、ウニ、マツタケ、アワビだそうですがこちらも絵にならず。

そこで一つ提案。
食といえばやっぱり中国。
「中国は凄いぞ。熊の手だって食べてしまう。猿の脳みそだったあるよ。」

猿はグロすぎますが熊の掌は迫力十分。

ツバメの巣やらスッポンなんかを追加します。

そこで調子にのって中国の珍味を調べてみました。

八珍といって各時代ごと区分ごとに八つづつの珍しい食材があげられます。
海八珍、山八珍なんていって。

例えば百度で検索してみると清朝の山八珍にこんなのがありました。

驼峰、熊掌、猴脑、猩唇、象鼻、豹胎、犀尾、鹿筋

ラクダのこぶ、熊の掌、猿の脳みそ、オランウータンの唇、象の鼻、豹の胎児、犀の尻尾、鹿のスジ

さすが中国、何でも食っちゃう。
ただ猿といわずに、猿の脳みそと言うってことは猿のどんな部分も食べてみて
その上で脳みそが一番うまいって言ってるわけで、ほかの動物も皆そうだと思うとちょっと怖い。

この中で私が一番意外感を持ったのは「猩唇」(オランウータンの唇)
なんでよりによって唇なわけ?かなりグロい。

大体どうやって食うわけ?まさか刺身ってことはあるまい。
こんな説明がありました。
猩唇指的是麋鹿脸部的肉。因为晒干后,非常像猩猩的嘴唇,所以沿袭下来一直叫“猩唇”。

「猩唇は鹿の顔の肉を指します。干した後の姿がオランウータンの唇と非常に似ているので
この呼び名が踏襲されている。」

ああ良かった。鹿だった。しかも干してある。

でもこの鹿はただの鹿じゃない。
麋鹿って書いてある。

麋鹿属于鹿科,因为它头脸像马、角像鹿、颈像骆驼、尾像驴,因此又称四不像

麋鹿(milu)はシカ科に属すが頭部は馬に似て、角はシカににて、首はラクダのようで尻尾はロバの似ている
のでまたの名を四不像と呼ぶ。

全部あわせるとどれとも似ていないってことですね。


中国おそるべし。
なぞがなぞを呼ぶ。

以上
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by zhuangyuan | 2012-08-19 21:19 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 07月 28日

Gunのある街

アメリカでまたもや銃乱射事件が起こりました。
私は先日アメリカに行く機会があり、銃社会の一端にふれる経験をしました。
と言っても別に撃たれたわけではありません。

私がアメリカ大陸に上陸するのは1991年以来です。
当時は大学生。メキシコ、グアテマラ旅行の出発点でした。
今回はお仕事。

アリゾナ州フェニックスに行ったのは初めてでした。
砂漠のイメージそのままにサボテン(Cactus)があちこちに生えてます。
炎天下のもと灼熱の屋外鉄鋼加工場を見て回りながら用途について説明を受けていました。

英語での説明なんで全部理解できるわけではないのですが
気になる言葉がありました。Target.
「この鉄板はTargetに使うんだ。需要は多いよ。」

Target?目標?どういう意味?
さらに聞いてみてやっとわかりました。
射撃の的です。
そのまんま。
日本ですとターゲットって聞いてそもそもの意味である「的」を思い浮かべない。

射撃の的に使う鉄板の需要がたくさんあるなんてびっくり。

さらにたくさん鉄板が使われるのはArmour Plate
日本語では装甲板?

Armour Jacket にも使うよ。
防弾チョッキです。

悪ノリして着せてもらいました。

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めっちゃ重い。


事務所には鉄板の性能を確かめる銃弾テストの結果が置いてありました。
異なる銃弾でテストして貫通しなければ合格。
リアルで怖い。

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いくら銃社会っていってもターゲットっ
てそんなに売れるの?
曰く、アリゾナではやることがないから射撃が趣味の人はたくさんいるよ。
Shooting Rangeで実弾使って撃つんですって。

ターゲットはわかった。使い捨てだしね。
でも防弾チョッキは誰が買っていつ使うのよ?
あんな重いものを街につけて行くわけにもいかないし。

「軽いのもあるよ!セラミック製とかね。でも高いんだよ。」
軽くたっていつ使うのよ?みんなが街で銃で撃ち合っているわけでもなし。

射撃場で使うんですって。
おそらくリアル感を出すために。
日本で言ったらボーリング場でマイボールとマイシューズ持ってく感じかな?

それにしても驚きなのは銃が身近にあるってこと。
趣味が銃って。

以上
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by zhuangyuan | 2012-07-28 18:23 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 06月 24日

モザイク都市バンクーバー

カナダバンクーバーに行きました。
日曜日に到着し時間があったので街を散策。

まったく下調べをしていませんでしたのでまずはホテルで付近の地図を入手。

まず目を惹いたのが「見どころ」の欄にある

Dr.Sun Yat-Sen Classical Chinese Garden

ホンクーバーと言われるほど香港人が多いことで知られるバンクーバーですので
チャイニーズガーデンがあるのはわかります。

ではSun Yat-Senとは誰でしょう?
これがすぐピンきた方はプチ中国通といえるでしょう。

漢字で書くと孫逸仙。
またの名を孫中山。

そうです孫文です。

孫文は辛亥革命の前に資金集めにバンクーバーを三回も訪れているそうです。
Known as the "Father of Modern China," Dr. Sun Yat-Sen is recognized for his central role in the history of modern China where he sought to bring democratic rule in the early 20th century. He visited Vancouver three times to fund-raise in support of the revolution.

1997香港返還前に大量の移民がやってきたわけですが
バンクーバーには辛亥革命1911の当時から金持ちの華僑がたくさんいたことがわかります。
バンクバーが革命の拠点になったのです。

ちなみにバンクーバーのチャイナタウンは北米最大だそうです。
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でもこの移民都市は中国人だけのものではありません。

インド人だってすごい。
ホテル近くの広場に特設会場が設けられインド系移民が集いライブが開かれていました。
City of Bhangra 2012

Bhangraとは何かと調べてみましたら
インド、パキスタンのパンジャブ地方出身移民がUKで生み出したディスコミュージックだそうです。

インド風ユーロビートに乗ってインドダンスをしてめっちゃもり上がってました。
私も踊りだしたかったけど一人ぼっちで勇気が出ませんでした。
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まさに見てたものがyoutubeにアップされてました。


中国もインドも凄いけど
韓国人だってベトナム人だってたくさんいる。

モールの中のフードコートには韓国人のおじいちゃんおばあちゃんカップルの集団がいたし
ベトナム人の大家族もマックを食べてた。

教育熱心な韓国人は妻子をバンクーバーに移住させるケースも多いといいます。
そんな本国で働くお父さんをキロギアッパ(雁父ちゃん)といいます。
キロギアッパ

ヨーロッパ移民だって負けてない。
その日はサッカーユーロ2012が開催されており
アイリッシュパブには緑とオレンジのユニフォームを来たアイリッシュたちが
試合は負けたにもかかわらず大騒ぎしてました。

日本人もいますよ。
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でも忘れちゃいけないのは移民がやってくるずっとずっと前から先住民がいたってこと。
ダウンタウンの真ん中には先住民Haidaの芸術を残そうと活動したBill Reidのギャラリーがありました。
美ll Reid Gallery
トーテムポールなんかは超有名。

でもなんでそんなにこの街は移民たちを惹き付けるんでしょうか?

美しいからだと思います。
海があって山があって街がある。
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以上
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by zhuangyuan | 2012-06-24 08:32 | 文化、歴史 | Comments(5)
2012年 05月 13日

木を買わずに山を買え 

GWに法隆寺に行きました。

岳父が大阪におり、行くたびに京都出身の岳父に案内してもらいます。
今年はちょっと遠出して斑鳩の里、法隆寺へ。

法隆寺最後の宮大工、西岡常一の著書を読み、本物を見たいと思ったのです。
この本は後輩に薦められました。
その彼は父親からぜひ読んでおけと渡されたそうです。

木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

西岡 常一 / 新潮社



法隆寺を1300年守ってきた宮大工集団の棟梁の言葉は重い。

宮大工一筋。
「神仏をあがめずして社頭伽藍を口にすべからず。」
儲けなんかを考えるなと。
儲けのために民家を造ることは一度もなかったそうです。

法隆寺脇にある西の里というところに宮大工集団が住んでいて
法隆寺に奉仕して暮らしていたが明治維新の廃仏棄却で食えなくなったといいます。
それでも平成までは続いた。

法隆寺は世界最古の木造建築で1300年建っているのですから
それだけでも驚きですがそれに使った木も凄い。

例えば大伽藍を建てるには樹齢2000年の檜が必要だといいます。
薬師寺を再建したときは直径2m、高さ20mの檜が必要だったと。
それには樹齢2000年必要。
日本には500年程度のものしか残っていないんですって。
そこで台湾に切りにいったそうです。
樹齢2000年の木は神のようだと。

そんな木を使った法隆寺。
1300年経って修理のときに、かんなをかければまだ檜の香りがすると。
まだ生きているんです。
樹齢2000年が1000年経ってもまだ生きてる。
悠久の歴史に生きる木と人間。

「堂塔建立の用材は木を買わずに山を買え」

ダイナミックなお言葉。
木の質は山の環境によって生まれる。
日のあたるところ、影になるところ、風の吹くところ。
それぞれ太かったり細かったり枝が多かったり曲がったり。
そんな性質を全部生かして塔を建てる。
なんとも壮大なスケール。

そんなこんなで1300年立派に建っているのです。

ね?行きたくなったでしょ?
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大工職人の町、西の里も現存しています。

法隆寺前バス停の前には、いかるがの里観光案内所があり、
そこに入ると二階には、西岡常一氏の大工道具一式が展示してありました。
生前のインタビューも放映されていました。

古代が現代としっかりつながっているのです。

今読んでいるのはこちら。

五重塔 (岩波文庫)

幸田 露伴 / 岩波書店


こちらは安藤忠雄推薦だと。

また法隆寺つながりでこちらも買っちゃいました。

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

梅原 猛 / 新潮社



以上
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by zhuangyuan | 2012-05-13 22:27 | 文化、歴史 | Comments(2)
2012年 05月 06日

耳塚の話

京都奈良の旅から帰りました。
といっても妻の実家ですが。

旧所名跡をいろいろ回り、国宝やら重要文化財をたくさん見たのですが
私が心に引っかかったのは比較的マイナーなこちら。
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耳塚といいます。
私たちは家族でこの横の耳塚児童公園というシュールな名前の公園でお弁当を食べました。

場所は秀吉を祀る豊国神社の前です。
神社の横にはかの有名な方広寺の鐘があります。

国家安康 君臣豊楽 

家康を引き裂いたっていちゃもんつけて大阪冬の陣を起こした例のやつです。
今でも鐘にこの文字があるとはびっくり。

さて耳塚ですが
こちらは読んで字のごとく耳が埋まってる。

秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で持ち帰った敵方の耳を供養のために埋めたそうです。

軍功を検分するために、首は持ち帰れませんので耳にしたと。
そもそもは鼻塚といったらしいのですがwikiによると林羅山が鼻では野蛮だからと耳にしたといいます。
どうして耳だと野蛮じゃないのかわかりませんが。

鼻をそぐことは古代中国では刑罰として用いられていたそうですが
それを表す(yi)
なんて漢字までみつけちゃいました。


耳塚は史跡として指定されていますが京都市がつけた説明文には日本語とハングルが両方記されています。
内容は事実を淡々と記せばよいものを、卑屈な文章が気になりました。

「天下統一した豊臣秀吉が大陸にも手を伸ばそうとして朝鮮半島に侵攻したいわゆる文禄・慶長の役(朝鮮史では壬辰・丁酉の倭乱)、・・・・・」

天下統一したら世界に乗り出すのは自然の流れ。
明まで取ろうとしたわけですから立派です。
日本での説明文に倭乱って書くのはどうかと思いますよ。

でもハングルのほうで豊臣秀吉を토요도미 히데요시(トヨトミ ヒデヨシ)と書いているのはまだ救える。
풍신수길(プンシンスギル)であったら困ったものだ。
こちらは漢字を韓国語風に読んだもの。
韓国でプンシンスギルは伊藤博文と並ぶ嫌われ者ナンバーワン。
まあ嫌われる理由もわかりますけど。

ところで朝鮮出兵は秀吉の死で終わるのですが
結構優勢だったみたい。
明史にはこうあるそうです。
『明史』巻322・外国3「日本伝」より、豊臣秀吉の条
関白侵東国、前後七載、喪師数十万、糜餉数百万、中朝与朝鮮迄無勝算。至関白死、兵禍始休

関白が攻めてきて、7年、数十万兵を失い、数百万費やして、明と朝鮮連合軍に勝算なし。
関白が死んでやっと戦争がおさまった。


明史ってくらいですから清朝で編纂されたんでしょうから
明末のことは良く書くわけありませんので話半分にしておく必要があるかもしれませんが。

ただそんなに強かった秀吉も死んだらすぐ横の鐘が原因でお家を滅ぼされてしまう。
怨念が祟ったかな。


以上
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by zhuangyuan | 2012-05-06 22:27 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 04月 22日

映画 「ヘルプ」鑑賞

ヘルプ 心がつなぐストーリーを観てきました。

60年代アメリカ南部の黒人家政婦のお話。
彼らはHELPと呼ばれます。お手伝いさんですね。

人種差別が色濃くのこる時代に黒人家政婦たちが語りだす彼らの立場。
全米で1000万部を超える大ベストセラーの映画化。

私映画化の前にこのベストセラーを知り原書をアマゾンで購入してました。

The Help

Kathryn Stockett / Berkley



読み始めるとなかなか難しいというか違和感がある。
黒人家政婦が語る言葉が文法がめちゃめちゃ。
中途半端な英語力の私にはこれはきつい。
いちいちつっかかっちゃう。

またこの小説が私にとってもっと深刻なのは
多くいる登場人物の名前が記憶できないだけでなく黒人なのか白人なのかわからない。
そこが一番大事ですからしんどい。
ネイティブだと名前だけで判断できるのかも知れませんけど。

そこいくと映画はいいですねえ。
一目瞭然です。
映画鑑賞後に再度原書にチャレンジする勇気がわいてきました。


さて映画のお話です。
差別される黒人家政婦。
それを当たり前のこととして受け入れ、
常に”Yes,Ma'am."といい続けていた。

都会から帰ってきたジャーナリスト志望の白人主人公の存在で何かが目覚め始める。
街の秩序にチャレンジして命をかけて語り始める。

命を懸けるといっても今の感覚からするとぴんとこないとおもいます。
先日この時代について書いた本を読みました。

アメリカ歴史の旅―イエスタデイ&トゥデイ (朝日選書)

猿谷 要 / 朝日新聞社


ここに出ていた一枚の写真を見れば雰囲気が伝わるでしょう。
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公民権法が成立した直後に自ら経営するレストランに来た黒人を追い返す白人親子。
親父はピストル、息子は斧。
なんとこのおっさんその後ジョージア知事に当選したんですって。

こんな時代に黒人が語る難しさ。

迎え撃つはおバカなお金持ち白人ギャルママたち。
古きよき南部アメリカの伝統を因習的に受け継いできた。
黒人は使うもの。
トイレは別よ。
病気がうつるから。
差別じゃないのよ区別なの。

ストーリーを書くのはいけませんのでこれくらいにしますが
私は黒人たちの置かれた境遇もさることながら
変わり行く時代のなかで揺るぎつつある既得権益を必死に守ろうとする
若い白人女たちに悲哀を感じました。

黒人には優越的地位でありつつも、男に媚び、虚勢をはる。
一世代前までは疑いもしなかった世界が、もしかしたら崩れるかも。
だから余計に強くでる。保守でいなければならないつらさ、弱さ。


これだけですと救いようのないもの同士の話に聞こえちゃいますが
映画ストーリーは重いテーマですがユーモアたっぷりです。
勇気を出させてくれると同時に世の中の不条理を感じる深い映画でありました。

以上
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by zhuangyuan | 2012-04-22 21:44 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 04月 15日

毒殺って どんな毒で?

ブックオフで子供にねだられ一冊購入。

魔導具事典 (Truth In Fantasy事典シリーズ)

新紀元社



古今東西、西洋、東洋を問わず魔法の道具の事典です。

オカルトに興味のない私は買ってやるつもりがありませんでしたが
ちらっとページをめくったら、惹かれてしまいました。

開いたページにあったのは
「中国の奇妙な植物」につづき、「」(チン)。

羽根に猛毒を持つ鳥。
鷲ほどの大きさをした鳥であり・・・
蝮や毒草を常食する・・・
酒に浸しておくと・・・恐るべき毒酒になる。

劉邦夫人の呂后や董卓が暗殺用に用いたとのこと。

もっともっと知りたくなってしまいます。
百度で検索。
人有饮吞鸩酒,白眼朝天,身发寒颤,忽忽不知如大醉之状,心中明白但不能语言,至眼闭即死

鸩酒を飲むと、白目をむいて震え出し、すぐに酔っ払った態で、頭は冴えているが何も言えず、
最後には目を閉じて死んでしまう


実はこの事典で探したい言葉がありました。

蠱術」(コジュツ gushu)

早朝中国語勉強会で読んでいる三毛の小説に出てきた言葉です。

この字がまず凄みがあります。
実は簡体字では虫がひとつになっちゃって蛊と書きなんか迫力不足です。

まあともかくこちらの恐ろしい術も百度百科で検索。

传说中制造毒蛊的方法,一般是将多种带有剧毒的毒虫如蛇蝎、晰蝎等放进同一器物内,
使其互相啮 食、残杀,最后剩下的唯一存活的毒虫便是蛊。

伝説中の毒蛊製造方法は、一般に多くの種類の猛毒を持った毒虫、
つまり蛇や蠍、蜥蜴などを一つの器に入れ、お互いに戦わせ共食いさせる。
最後に残った唯一の生き残り毒虫が蛊である。


造蛊者可用法术遥控蛊虫给施术对象带来各种疾病甚至将其害死。

これを造った物は魔術を用いて遠隔操作で蛊虫を施術対象者へ差し向け、
各種の疾病や死に至らしめる。


中国の黒魔術恐るべし。

ブックオフの帰りに息子にこの最後に生き残る毒虫とそれを用いる暗殺者の話をしてやりました。
かなりのインパクトがあったようで相当びびってました。

「オレ、絶対中国行きたくねえよ。それだったら北朝鮮に拉致されたほうがいいや。
だって生きて帰ってこれるでしょ。」
まあそうとは限らないけど毒殺よりはいいかな。

ところで最近世を騒がしている薄熙来の奥さんが毒殺に関与したとされるイギリス人は
果たしてどんな毒でやられたんだろうか?
そんじょそこらの毒じゃないんだろうねえ。


以上
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by zhuangyuan | 2012-04-15 21:28 | 文化、歴史 | Comments(2)
2012年 02月 25日

台湾って重要?

たまには中国のことも書きませんとブログの主旨が変わっちゃう。
中国語教室も忙しくて顔を出せない状況です。

日中国交正常化 - 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦 (中公新書)

服部 龍二 / 中央公論新社


日中国交回復ってのは世紀の大交渉だっというのがよくわかる。戦争賠償、日米関係、台湾問題と大きな壁がたくさんあった。

中でも台湾問題。
巨大な大陸中国がある今からみるとなんと小さな問題かと
思いがちですが当時は一大問題。

まずは一つの中国問題。
いまも報道されたりしますが、完全に勝負がついてるようで話題にならない。ましてや大陸反攻なんて、意味すらわからないのでは?

大陸でトップをはっていた蒋介石も生きてたし
国連だってそれまで中華民国しか入れてもらえなかった時代。大陸を再度征服なんてのも現実味を帯びていたのでしょう。

その時代に共産中国と結ぶ。
これは一大決心と政治リーダーシップが必要です。

台湾と親しい勢力だってたくさんいた。というより大勢だったんでしょう。

台湾には大きな恩義もあったんだといいます。
戦後賠償を放棄したこと。
日本占領に加わらなかったこと。
在支日本人270万人を帰国させたこと。

ゆえに台湾を切り捨てられない。
仁義を通して、表面上は断交だが、実は残す。
そのあたりの交渉が圧巻です。

今にも通ずる台湾の重要性を改めて認識させられたのは
シーレーンの安全に関すること。

当時台湾政府は日本に入ってくる二億二千万トンの石油の
積み出し港をすべて調べて、台湾と国交のある国とない国を仕分けしていたと。つまり国交のない国のタンカーは
台湾の前を通しませんよってこともできるのです。

そんな喉元へのナイフを持ちつつも
国際政治の趨勢を見極め、静観した台湾もすごい。

昔は政治家も役者がそろっていました。
角栄、大平、蒋介石、周恩来、毛沢東。
歴史で振り返る価値のある人物。

今は平和すぎちゃって...。

以上
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by zhuangyuan | 2012-02-25 17:35 | 文化、歴史 | Comments(4)