中華 状元への道

zhuangyuan.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:文化、歴史( 187 )


2012年 07月 28日

Gunのある街

アメリカでまたもや銃乱射事件が起こりました。
私は先日アメリカに行く機会があり、銃社会の一端にふれる経験をしました。
と言っても別に撃たれたわけではありません。

私がアメリカ大陸に上陸するのは1991年以来です。
当時は大学生。メキシコ、グアテマラ旅行の出発点でした。
今回はお仕事。

アリゾナ州フェニックスに行ったのは初めてでした。
砂漠のイメージそのままにサボテン(Cactus)があちこちに生えてます。
炎天下のもと灼熱の屋外鉄鋼加工場を見て回りながら用途について説明を受けていました。

英語での説明なんで全部理解できるわけではないのですが
気になる言葉がありました。Target.
「この鉄板はTargetに使うんだ。需要は多いよ。」

Target?目標?どういう意味?
さらに聞いてみてやっとわかりました。
射撃の的です。
そのまんま。
日本ですとターゲットって聞いてそもそもの意味である「的」を思い浮かべない。

射撃の的に使う鉄板の需要がたくさんあるなんてびっくり。

さらにたくさん鉄板が使われるのはArmour Plate
日本語では装甲板?

Armour Jacket にも使うよ。
防弾チョッキです。

悪ノリして着せてもらいました。

d0018375_20371573.jpg


めっちゃ重い。


事務所には鉄板の性能を確かめる銃弾テストの結果が置いてありました。
異なる銃弾でテストして貫通しなければ合格。
リアルで怖い。

d0018375_18235641.jpg


いくら銃社会っていってもターゲットっ
てそんなに売れるの?
曰く、アリゾナではやることがないから射撃が趣味の人はたくさんいるよ。
Shooting Rangeで実弾使って撃つんですって。

ターゲットはわかった。使い捨てだしね。
でも防弾チョッキは誰が買っていつ使うのよ?
あんな重いものを街につけて行くわけにもいかないし。

「軽いのもあるよ!セラミック製とかね。でも高いんだよ。」
軽くたっていつ使うのよ?みんなが街で銃で撃ち合っているわけでもなし。

射撃場で使うんですって。
おそらくリアル感を出すために。
日本で言ったらボーリング場でマイボールとマイシューズ持ってく感じかな?

それにしても驚きなのは銃が身近にあるってこと。
趣味が銃って。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-07-28 18:23 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 06月 24日

モザイク都市バンクーバー

カナダバンクーバーに行きました。
日曜日に到着し時間があったので街を散策。

まったく下調べをしていませんでしたのでまずはホテルで付近の地図を入手。

まず目を惹いたのが「見どころ」の欄にある

Dr.Sun Yat-Sen Classical Chinese Garden

ホンクーバーと言われるほど香港人が多いことで知られるバンクーバーですので
チャイニーズガーデンがあるのはわかります。

ではSun Yat-Senとは誰でしょう?
これがすぐピンきた方はプチ中国通といえるでしょう。

漢字で書くと孫逸仙。
またの名を孫中山。

そうです孫文です。

孫文は辛亥革命の前に資金集めにバンクーバーを三回も訪れているそうです。
Known as the "Father of Modern China," Dr. Sun Yat-Sen is recognized for his central role in the history of modern China where he sought to bring democratic rule in the early 20th century. He visited Vancouver three times to fund-raise in support of the revolution.

1997香港返還前に大量の移民がやってきたわけですが
バンクーバーには辛亥革命1911の当時から金持ちの華僑がたくさんいたことがわかります。
バンクバーが革命の拠点になったのです。

ちなみにバンクーバーのチャイナタウンは北米最大だそうです。
d0018375_842832.jpg


でもこの移民都市は中国人だけのものではありません。

インド人だってすごい。
ホテル近くの広場に特設会場が設けられインド系移民が集いライブが開かれていました。
City of Bhangra 2012

Bhangraとは何かと調べてみましたら
インド、パキスタンのパンジャブ地方出身移民がUKで生み出したディスコミュージックだそうです。

インド風ユーロビートに乗ってインドダンスをしてめっちゃもり上がってました。
私も踊りだしたかったけど一人ぼっちで勇気が出ませんでした。
d0018375_8203293.jpg

まさに見てたものがyoutubeにアップされてました。


中国もインドも凄いけど
韓国人だってベトナム人だってたくさんいる。

モールの中のフードコートには韓国人のおじいちゃんおばあちゃんカップルの集団がいたし
ベトナム人の大家族もマックを食べてた。

教育熱心な韓国人は妻子をバンクーバーに移住させるケースも多いといいます。
そんな本国で働くお父さんをキロギアッパ(雁父ちゃん)といいます。
キロギアッパ

ヨーロッパ移民だって負けてない。
その日はサッカーユーロ2012が開催されており
アイリッシュパブには緑とオレンジのユニフォームを来たアイリッシュたちが
試合は負けたにもかかわらず大騒ぎしてました。

日本人もいますよ。
d0018375_857259.jpg


でも忘れちゃいけないのは移民がやってくるずっとずっと前から先住民がいたってこと。
ダウンタウンの真ん中には先住民Haidaの芸術を残そうと活動したBill Reidのギャラリーがありました。
美ll Reid Gallery
トーテムポールなんかは超有名。

でもなんでそんなにこの街は移民たちを惹き付けるんでしょうか?

美しいからだと思います。
海があって山があって街がある。
d0018375_9284122.jpg



以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-06-24 08:32 | 文化、歴史 | Comments(5)
2012年 05月 13日

木を買わずに山を買え 

GWに法隆寺に行きました。

岳父が大阪におり、行くたびに京都出身の岳父に案内してもらいます。
今年はちょっと遠出して斑鳩の里、法隆寺へ。

法隆寺最後の宮大工、西岡常一の著書を読み、本物を見たいと思ったのです。
この本は後輩に薦められました。
その彼は父親からぜひ読んでおけと渡されたそうです。

木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

西岡 常一 / 新潮社



法隆寺を1300年守ってきた宮大工集団の棟梁の言葉は重い。

宮大工一筋。
「神仏をあがめずして社頭伽藍を口にすべからず。」
儲けなんかを考えるなと。
儲けのために民家を造ることは一度もなかったそうです。

法隆寺脇にある西の里というところに宮大工集団が住んでいて
法隆寺に奉仕して暮らしていたが明治維新の廃仏棄却で食えなくなったといいます。
それでも平成までは続いた。

法隆寺は世界最古の木造建築で1300年建っているのですから
それだけでも驚きですがそれに使った木も凄い。

例えば大伽藍を建てるには樹齢2000年の檜が必要だといいます。
薬師寺を再建したときは直径2m、高さ20mの檜が必要だったと。
それには樹齢2000年必要。
日本には500年程度のものしか残っていないんですって。
そこで台湾に切りにいったそうです。
樹齢2000年の木は神のようだと。

そんな木を使った法隆寺。
1300年経って修理のときに、かんなをかければまだ檜の香りがすると。
まだ生きているんです。
樹齢2000年が1000年経ってもまだ生きてる。
悠久の歴史に生きる木と人間。

「堂塔建立の用材は木を買わずに山を買え」

ダイナミックなお言葉。
木の質は山の環境によって生まれる。
日のあたるところ、影になるところ、風の吹くところ。
それぞれ太かったり細かったり枝が多かったり曲がったり。
そんな性質を全部生かして塔を建てる。
なんとも壮大なスケール。

そんなこんなで1300年立派に建っているのです。

ね?行きたくなったでしょ?
d0018375_2158222.jpg

大工職人の町、西の里も現存しています。

法隆寺前バス停の前には、いかるがの里観光案内所があり、
そこに入ると二階には、西岡常一氏の大工道具一式が展示してありました。
生前のインタビューも放映されていました。

古代が現代としっかりつながっているのです。

今読んでいるのはこちら。

五重塔 (岩波文庫)

幸田 露伴 / 岩波書店


こちらは安藤忠雄推薦だと。

また法隆寺つながりでこちらも買っちゃいました。

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

梅原 猛 / 新潮社



以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-05-13 22:27 | 文化、歴史 | Comments(2)
2012年 05月 06日

耳塚の話

京都奈良の旅から帰りました。
といっても妻の実家ですが。

旧所名跡をいろいろ回り、国宝やら重要文化財をたくさん見たのですが
私が心に引っかかったのは比較的マイナーなこちら。
d0018375_21271484.jpg

耳塚といいます。
私たちは家族でこの横の耳塚児童公園というシュールな名前の公園でお弁当を食べました。

場所は秀吉を祀る豊国神社の前です。
神社の横にはかの有名な方広寺の鐘があります。

国家安康 君臣豊楽 

家康を引き裂いたっていちゃもんつけて大阪冬の陣を起こした例のやつです。
今でも鐘にこの文字があるとはびっくり。

さて耳塚ですが
こちらは読んで字のごとく耳が埋まってる。

秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で持ち帰った敵方の耳を供養のために埋めたそうです。

軍功を検分するために、首は持ち帰れませんので耳にしたと。
そもそもは鼻塚といったらしいのですがwikiによると林羅山が鼻では野蛮だからと耳にしたといいます。
どうして耳だと野蛮じゃないのかわかりませんが。

鼻をそぐことは古代中国では刑罰として用いられていたそうですが
それを表す(yi)
なんて漢字までみつけちゃいました。


耳塚は史跡として指定されていますが京都市がつけた説明文には日本語とハングルが両方記されています。
内容は事実を淡々と記せばよいものを、卑屈な文章が気になりました。

「天下統一した豊臣秀吉が大陸にも手を伸ばそうとして朝鮮半島に侵攻したいわゆる文禄・慶長の役(朝鮮史では壬辰・丁酉の倭乱)、・・・・・」

天下統一したら世界に乗り出すのは自然の流れ。
明まで取ろうとしたわけですから立派です。
日本での説明文に倭乱って書くのはどうかと思いますよ。

でもハングルのほうで豊臣秀吉を토요도미 히데요시(トヨトミ ヒデヨシ)と書いているのはまだ救える。
풍신수길(プンシンスギル)であったら困ったものだ。
こちらは漢字を韓国語風に読んだもの。
韓国でプンシンスギルは伊藤博文と並ぶ嫌われ者ナンバーワン。
まあ嫌われる理由もわかりますけど。

ところで朝鮮出兵は秀吉の死で終わるのですが
結構優勢だったみたい。
明史にはこうあるそうです。
『明史』巻322・外国3「日本伝」より、豊臣秀吉の条
関白侵東国、前後七載、喪師数十万、糜餉数百万、中朝与朝鮮迄無勝算。至関白死、兵禍始休

関白が攻めてきて、7年、数十万兵を失い、数百万費やして、明と朝鮮連合軍に勝算なし。
関白が死んでやっと戦争がおさまった。


明史ってくらいですから清朝で編纂されたんでしょうから
明末のことは良く書くわけありませんので話半分にしておく必要があるかもしれませんが。

ただそんなに強かった秀吉も死んだらすぐ横の鐘が原因でお家を滅ぼされてしまう。
怨念が祟ったかな。


以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-05-06 22:27 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 04月 22日

映画 「ヘルプ」鑑賞

ヘルプ 心がつなぐストーリーを観てきました。

60年代アメリカ南部の黒人家政婦のお話。
彼らはHELPと呼ばれます。お手伝いさんですね。

人種差別が色濃くのこる時代に黒人家政婦たちが語りだす彼らの立場。
全米で1000万部を超える大ベストセラーの映画化。

私映画化の前にこのベストセラーを知り原書をアマゾンで購入してました。

The Help

Kathryn Stockett / Berkley



読み始めるとなかなか難しいというか違和感がある。
黒人家政婦が語る言葉が文法がめちゃめちゃ。
中途半端な英語力の私にはこれはきつい。
いちいちつっかかっちゃう。

またこの小説が私にとってもっと深刻なのは
多くいる登場人物の名前が記憶できないだけでなく黒人なのか白人なのかわからない。
そこが一番大事ですからしんどい。
ネイティブだと名前だけで判断できるのかも知れませんけど。

そこいくと映画はいいですねえ。
一目瞭然です。
映画鑑賞後に再度原書にチャレンジする勇気がわいてきました。


さて映画のお話です。
差別される黒人家政婦。
それを当たり前のこととして受け入れ、
常に”Yes,Ma'am."といい続けていた。

都会から帰ってきたジャーナリスト志望の白人主人公の存在で何かが目覚め始める。
街の秩序にチャレンジして命をかけて語り始める。

命を懸けるといっても今の感覚からするとぴんとこないとおもいます。
先日この時代について書いた本を読みました。

アメリカ歴史の旅―イエスタデイ&トゥデイ (朝日選書)

猿谷 要 / 朝日新聞社


ここに出ていた一枚の写真を見れば雰囲気が伝わるでしょう。
d0018375_21375963.jpg

公民権法が成立した直後に自ら経営するレストランに来た黒人を追い返す白人親子。
親父はピストル、息子は斧。
なんとこのおっさんその後ジョージア知事に当選したんですって。

こんな時代に黒人が語る難しさ。

迎え撃つはおバカなお金持ち白人ギャルママたち。
古きよき南部アメリカの伝統を因習的に受け継いできた。
黒人は使うもの。
トイレは別よ。
病気がうつるから。
差別じゃないのよ区別なの。

ストーリーを書くのはいけませんのでこれくらいにしますが
私は黒人たちの置かれた境遇もさることながら
変わり行く時代のなかで揺るぎつつある既得権益を必死に守ろうとする
若い白人女たちに悲哀を感じました。

黒人には優越的地位でありつつも、男に媚び、虚勢をはる。
一世代前までは疑いもしなかった世界が、もしかしたら崩れるかも。
だから余計に強くでる。保守でいなければならないつらさ、弱さ。


これだけですと救いようのないもの同士の話に聞こえちゃいますが
映画ストーリーは重いテーマですがユーモアたっぷりです。
勇気を出させてくれると同時に世の中の不条理を感じる深い映画でありました。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-04-22 21:44 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 04月 15日

毒殺って どんな毒で?

ブックオフで子供にねだられ一冊購入。

魔導具事典 (Truth In Fantasy事典シリーズ)

新紀元社



古今東西、西洋、東洋を問わず魔法の道具の事典です。

オカルトに興味のない私は買ってやるつもりがありませんでしたが
ちらっとページをめくったら、惹かれてしまいました。

開いたページにあったのは
「中国の奇妙な植物」につづき、「」(チン)。

羽根に猛毒を持つ鳥。
鷲ほどの大きさをした鳥であり・・・
蝮や毒草を常食する・・・
酒に浸しておくと・・・恐るべき毒酒になる。

劉邦夫人の呂后や董卓が暗殺用に用いたとのこと。

もっともっと知りたくなってしまいます。
百度で検索。
人有饮吞鸩酒,白眼朝天,身发寒颤,忽忽不知如大醉之状,心中明白但不能语言,至眼闭即死

鸩酒を飲むと、白目をむいて震え出し、すぐに酔っ払った態で、頭は冴えているが何も言えず、
最後には目を閉じて死んでしまう


実はこの事典で探したい言葉がありました。

蠱術」(コジュツ gushu)

早朝中国語勉強会で読んでいる三毛の小説に出てきた言葉です。

この字がまず凄みがあります。
実は簡体字では虫がひとつになっちゃって蛊と書きなんか迫力不足です。

まあともかくこちらの恐ろしい術も百度百科で検索。

传说中制造毒蛊的方法,一般是将多种带有剧毒的毒虫如蛇蝎、晰蝎等放进同一器物内,
使其互相啮 食、残杀,最后剩下的唯一存活的毒虫便是蛊。

伝説中の毒蛊製造方法は、一般に多くの種類の猛毒を持った毒虫、
つまり蛇や蠍、蜥蜴などを一つの器に入れ、お互いに戦わせ共食いさせる。
最後に残った唯一の生き残り毒虫が蛊である。


造蛊者可用法术遥控蛊虫给施术对象带来各种疾病甚至将其害死。

これを造った物は魔術を用いて遠隔操作で蛊虫を施術対象者へ差し向け、
各種の疾病や死に至らしめる。


中国の黒魔術恐るべし。

ブックオフの帰りに息子にこの最後に生き残る毒虫とそれを用いる暗殺者の話をしてやりました。
かなりのインパクトがあったようで相当びびってました。

「オレ、絶対中国行きたくねえよ。それだったら北朝鮮に拉致されたほうがいいや。
だって生きて帰ってこれるでしょ。」
まあそうとは限らないけど毒殺よりはいいかな。

ところで最近世を騒がしている薄熙来の奥さんが毒殺に関与したとされるイギリス人は
果たしてどんな毒でやられたんだろうか?
そんじょそこらの毒じゃないんだろうねえ。


以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-04-15 21:28 | 文化、歴史 | Comments(2)
2012年 02月 25日

台湾って重要?

たまには中国のことも書きませんとブログの主旨が変わっちゃう。
中国語教室も忙しくて顔を出せない状況です。

日中国交正常化 - 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦 (中公新書)

服部 龍二 / 中央公論新社


日中国交回復ってのは世紀の大交渉だっというのがよくわかる。戦争賠償、日米関係、台湾問題と大きな壁がたくさんあった。

中でも台湾問題。
巨大な大陸中国がある今からみるとなんと小さな問題かと
思いがちですが当時は一大問題。

まずは一つの中国問題。
いまも報道されたりしますが、完全に勝負がついてるようで話題にならない。ましてや大陸反攻なんて、意味すらわからないのでは?

大陸でトップをはっていた蒋介石も生きてたし
国連だってそれまで中華民国しか入れてもらえなかった時代。大陸を再度征服なんてのも現実味を帯びていたのでしょう。

その時代に共産中国と結ぶ。
これは一大決心と政治リーダーシップが必要です。

台湾と親しい勢力だってたくさんいた。というより大勢だったんでしょう。

台湾には大きな恩義もあったんだといいます。
戦後賠償を放棄したこと。
日本占領に加わらなかったこと。
在支日本人270万人を帰国させたこと。

ゆえに台湾を切り捨てられない。
仁義を通して、表面上は断交だが、実は残す。
そのあたりの交渉が圧巻です。

今にも通ずる台湾の重要性を改めて認識させられたのは
シーレーンの安全に関すること。

当時台湾政府は日本に入ってくる二億二千万トンの石油の
積み出し港をすべて調べて、台湾と国交のある国とない国を仕分けしていたと。つまり国交のない国のタンカーは
台湾の前を通しませんよってこともできるのです。

そんな喉元へのナイフを持ちつつも
国際政治の趨勢を見極め、静観した台湾もすごい。

昔は政治家も役者がそろっていました。
角栄、大平、蒋介石、周恩来、毛沢東。
歴史で振り返る価値のある人物。

今は平和すぎちゃって...。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2012-02-25 17:35 | 文化、歴史 | Comments(4)
2011年 12月 11日

伝説のハヤブサ 海東青

先日、中東からお客さんがあり会社へのお土産として
銀のハヤブサをくれました。

中東の王族は鷹狩りを楽しみ、ハヤブサを使うとのこと。

私鷹狩りってのは鷹を狩ることだと思ってましたが
鷹で獲物を狩るんですね。おはずかしい。

この鷹狩りってのは世界中の狩猟民族が行っていたらしく
先日読んだ小説にも出てきました。

孫文〈上〉武装蜂起 (中公文庫)

陳 舜臣 / 中央公論新社



この小説は単行本では「青山一髪」と題されており
蘇軾の詩で締められています。

余生 老いんと欲す 海南の村
  帝は巫陽(ふよう)をして我が魂(こん)を招かしむ
  杳杳(ようよう)として天は低く 鶻(こつ)の没する処(ところ)
  青山一髪 是れ中原(ちゅうげん)


孫文が大総統に就任すべく中国に戻るときに読んだとしています。

余生を南の村で過ごそうと思っていたら
呼び戻されることになった。
遠くに見える ハヤブサが姿を消すところ
山が線のように見えている その中原へ

鶻(こつ)っていうのはハヤブサのことらしいのですが
ハヤブサは清朝の支配民族満州族の象徴ともいえるのだそうです。

この小説の冒頭にも「海東青」というハヤブサの逸話が載っています。

満洲族の前身、女真族が契丹に服従していたころ
契丹へこの断崖絶壁に住む海東青を捕るため命を落とした若者が多かったと。

ネットにはこんな話も
残暴贪婪的大辽王,年年逼迫女真部落的"达敏包"(就是"鹰家"或"鹰户"的意思)替辽王捕捉鹰雕。还拿鹰户的妻子儿女做人质,如不按时交鹰就砍杀活埋。

残虐な遼王は女真族の鷹匠に鷹や鷲を捕るよう迫った。
妻子を人質にとり、時間通りに取れなければ首を切って生き埋めにした。


海东青不是雕的一种,而是一种隼,其体型精悍短小,但性情凶猛,爆发力强,被我国东北一带历代训练为猎鹰,尤为辽代被皇帝训练为猎鹰从事捕猎天鹅,大雁等。海冬青最重要的特点是,浑身羽毛雪白,赤目,毛拓,双翼漆黑。

海東青は鷲でなく隼の一種で小型で精悍、獰猛にして爆発力があり
東北一帯で狩りのために訓練され、とくに遼代には皇帝によって鷹狩りに用いられ白鳥や雁を捕った。
最も重要なt口調は前身雪のような白い羽毛に覆われ、赤目で毛拓?、翼は黒色


かっこいいね。
ちなみに子供部屋にある「くらべる図鑑」によると、
はやぶさは時速100キロで飛び
獲物を追って急降下するときは200キロ出すとのこと。

この海東青は満州族の象徴なんだそうです。

"海东青"就是女真称号的真正含义,女真称号就是女真族的民族精神的体现。遥想当年,女真人势如破竹,腾飞于白山黑水之间,犹如"海东青"搏击长空追捕天鹅之势,一举翦灭了辽、宋两个强大于女真数倍的封建帝国,问鼎中原,开辟了一个幅员万里的辽阔疆域。在女真人的整个民族精神世界中充满了"鹰气",在女真人的心目中海东青是最崇高、最神圣的英雄。

海東青は女真称号の本当の意味である。女真称号は女真族の民族精神の体現である。
はるかに思う、女真は破竹の勢いで、山川の間を飛び回り、海東青が空中を貫き白鳥を追うようであり
遼と宋という女真より数倍大きな封建帝国を滅亡させ、中原に鼎を問い、万里に続く広大な領域を開拓した。
女真族の全民族精神には鷹魂が充満しており、海東青は最も崇高で神聖な英雄である。


そのハヤブサも空を飛び回っていた当時の獰猛さが消え
長い平和の末に堕落し、ついには孫文に倒されるのでした。


以上
[PR]

by zhuangyuan | 2011-12-11 21:38 | 文化、歴史 | Comments(0)
2011年 08月 08日

大人の社会科見学

景気が悪いせいなのか世の中物騒で排外的になってます。
私もブログで中国韓国のことばっかり書いてますと怒られそうだから
たまには日本のお話。

先日、国会議事堂を見てきました。

これはほんとタマタマ。
近くに用事があり、息子(小2)といっしょだったので聞いてみた。
「国会議事堂見に行ってみようか?」
「行きたい! あの ハが付く建物と似てるやつでしょ。」

「ハ?ってなんだっけ? ホワイトハウスか?」
「ちがう。前に写真みせてくれた奴だよ。」

タージ・マハールのことでした。

タージマハルと似てるかというとシンメトリになってることくらいで
規模が全然ちがう。

あとで知ってびっくり。
議事堂は建設に17年も費やしたとのこと。
これはタージ並み。タージは21年かかったそうです。

はじめは写真をとって帰ろうと考えていたのですが国会前を通ると
参観者入り口の文字。
中に入って尋ねてみるとすぐに参観ツアーが始まるとのこと。ラッキー。

国会と通りをはさんで向かいの議員宿舎と議事堂は地下でつながっており
会議前には通路は議員でごった返すとこと。
もちろんその日は休日で誰もいません。

窓から中庭をのぞく。入り口は大きなアーチ型。
昔は議員は馬車で登院したとのこと。
そこには馬が水を取るための噴水があります。
汚染されてないかしら。なんて不謹慎なことを思う世相であります。

本会議場には参観者用に各席に「議長席」「副議長席」などと垂れ幕で案内がなされており
いたれりつくせり。一般傍聴席でテープの説明をききます。
けっこうちっちゃくみえます。

ガイドをしてくれた警備員さんがサービス精神旺盛でいろんな
トリビアをおしえてくれます。

まずは旬な地震ネタ。
議事堂は耐震性に優れており主要部分には壊れにくいとされる
沖縄珊瑚石灰石なるものが使われているそうです。
そこにはところどころに化石もついているって。

私がとくに関心してしまったのが天皇陛下に関する話。

天皇陛下が国会開会式に国会にいらっしゃいます。
ちなみに私天皇陛下に関する語彙がわかりませんので
普通の言葉をつかいます。あしからず。

その際、天皇陛下だけが通る門があり、階段があります。
御休所と呼ばれる休憩室がありその中は金箔で塗りこまれています。

その部屋の前には開かずの扉があります。
そこは誰も入ったことがないそうですがおそらく御トイレではないかと。
多分そうじする人はいるんでしょうけど開いたところは見たことがないとのこと。

面白いのはこれら天皇陛下がお通りになるところの
電球はすべて上向き傘がついていること。
普通電球は天井から垂れ下がり下を照らしますが
ここのはすべて上向きです。

なぜなら天皇の影を踏まないようにするためだそうです。
つまり影をつくらない工夫をしているのです。
妙に感動してしまいました。
日本は神の国だ。

すると息子がきいてきます。
「なんで天皇の影ふんじゃいけないの?」

答えに窮した私は
「ガイドのお兄さんに聞いてみなさい。」

お兄さんの答え、
「君が大きくなったらきっとわかるよ。」

天皇が天上人だった時代は影を踏んだら不敬罪なってことはないよね。

中央広間には銅像がたっています。
憲政に貢献した偉人たちの銅像。

四つ角にそれぞれ台座がありますが
乗っている銅像は三人分。
伊藤博文、板垣退助、大隈重信。

一つの台座は台座だけで何も乗っていません。
べつにルパンが盗んでいったわけではなく、
憲政の道はまだ半ばであり、いつか理想の政治家が現れると信じ
その人のために空けてあるそうです。

でももうひとつ言い伝えがあるそうで、
実は空の台座の後ろは皇居があるそうで
なんびとも皇居に背を向けて(尻を向けて)立つことはまかりならんということ。

この二つ目の理由はいつかガメツイ名誉欲の塊のような
強権政治家が自分の銅像を立てようとしたときのための
抑えの役割をしてるんじゃないかなと想像しちゃいます。

大人になってからの社会科見学っていいものです。
ガイドさんが良かったのかとても充実した一時間でありました。

息子にきいてみました。
「おもしろかった?」

「うん。学校で自慢できるかなあ?」

できるできる。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2011-08-08 12:50 | 文化、歴史 | Comments(0)
2011年 05月 29日

ハングルvs事大主義

ハングルの誕生 音から文字を創る (平凡社新書 523)

野間 秀樹 / 平凡社



世宗の大偉業としてハングルが誕生したわけですが
誰もが賛成であったわけでないのです。

ハングルを実質的に作った集賢殿という研究機関にも猛反対する人がいたと。

崔萬里。

彼の反対の論理はこうです。

「我が朝、祖宗より以来、至誠にして大に事へ、一に華制に遵ふ。」


だって昔っから中華の制度でやってきたでしょって。

「唯だ蒙古、西夏、女真、日本、西蕃の類、各々其の字有るのは、是れ皆夷狄のみ」


自分たちの文字持っているのは野蛮国ばっかりである。

字をつくるなんてこんなことが中国の都に知れたら大変だ。
中国文化のエバンジェリストたる朝鮮が中華を捨てるなんてとんでもない。
文字を統べるなんて大それたことをできるのは唯一中国皇帝だけであると。

正に事大主義であります。

ただここは礼儀の国、朝鮮。
儒教思想のなかで朝鮮王に命令されて逆らえるのでしょうか?

でもこの崔萬里にとっては世宗なんてピーナッツ。
たかが衛星国の一王様、悠久の歴史を前にすればなんてことはない。
中華すなわち世界のことわりは優先なわけです。

現実的にも当時の朝鮮知識人にとっては漢字はすべてに値する。
漢字がなければ知識はないわけで、
知識がなければ特権もないわけです。

既得権益者としての存在意義を根底から否定される出来事なのです。
そういう意味では世宗のハングル創製ってのは一種の革命といえますね。

この革命からずっと後世に野蛮国日本の言葉を強要されたのですが
当時の屈辱はこうした歴史を知るとよくわかります。

その後紆余曲折をへて立派に国の文字として定着しました。
今ではかつての支配者日本のおばちゃまたちの心までハングルが征服しているのです。


以上
[PR]

by zhuangyuan | 2011-05-29 22:41 | 文化、歴史 | Comments(2)