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カテゴリ:文化、歴史( 187 )


2014年 06月 28日

故宮の財宝を守れ!誰から? 

シリーズ 故宮 第1回 流転の至宝
NHKスペシャル。

北京の紫禁城に憧れて、初めて故宮に行ったときに言われました。
故宮行ってもつまんないでしょ?
中身はなんもないからね。
全部蒋介石が持ってちゃったから。
台湾にはただ逃げ込んだんだと思ってましたので、そんなお宝までたくさん運んでたとは想像を超えていました。

北京にあった財宝は台湾に渡るまえに中国各地を転々としています。日本軍から守るために。台北の故宮博物館websiteに経緯が詳しく日本語で載ってます。
故宮博物院簡史
台湾に渡る当時の激動の様子はここにも描かれています。

台湾海峡一九四九

龍 應台/白水社

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南京の埠頭。ここでは故宮の陶磁器や書画、中央博物院の文化財、中央図書館の書籍、中央研究院歴史研究所の資料と収集物が合計五千五百二十二箱、船上に積み込まれた。
殺戮と逃亡で怒涛のような混乱のなか、故宮の文物を運びだすのは、やはり歴史の後継者としての自負のせいなのか?はたまた軍資金のためか?
番組では歴史の文化物は破壊されては元に戻らないから守りぬくといった話がありました。
日本軍はともかく、文革のときに北京にあったらヤバかったかも。

美術品の奪い合いといえば、ミケランジェロプロジェクトという映画を観ました。

こちらはドイツ傀儡政権化のフランスのお話。美術品がナチスによって奪い去られている。文化まで奪われてはならないとアメリカ軍特殊部隊が送り込まれて、見事お宝を取り返す。
取り返されそうになったナチは火炎放射器で美術品焼いてたけど、これって史実なのかな?
歴史は常に勝者によって描かれますが、美術品の収集所有も常に持ってる側が正当性を主張する。大英博物館は正当なのか?
まあともかく誰が所有してようがお宝には違いない。
歴史がぎっしり詰まった財宝が日本に来ているんだから観に行かなきゃね。
特別展 台北 国立故宮博物院
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ところで国立ってどこの国?
以上



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by zhuangyuan | 2014-06-28 22:37 | 文化、歴史 | Comments(0)
2014年 06月 25日

男気国家アルバニア

こんどアルバニアに行きます。

そこでいろいろ調べてみよっかなと。

もっと知りたい アルバニア

普段は上記note上のマガジンに書いていこうと思います。

でも今日は中国関連なのでこちらに。

アルバニアは以前、中国の数少ない友好国の一つだったと聞きました。
百度でアルバニアを検索してみました。

中?人民共和国和阿?巴尼?共和国于1949年11月23日建交。?国于1954年互派大使。1971年,阿?巴尼??恢?中?人民共和国在?合国的合法席位做出重要?献。
(中国とアルバニアは1949年11月23日国交樹立。1954年大使交換。1971年アルバニアは中華人民共和国が国連正式加盟する際に重要な貢献をした。)

中国建国まもなく国交を結び、国連の中国代表を国民党政府から共産中国へ変更する決議を提出したのがアルバニア。いわば中国の命の恩人。

でもニクソン訪中でアメリカと急に仲良くなると、中国を見限る。中国には多大な援助もらってたのに。

毛在世?,霍??中国已有微?,特?尼克松??后。1974年清洗??的国防部?巴??,翌年将其?决。阿方在地拉那?中国使?和新?社修建新?公楼和公寓,中方搬?去后??有窃听器。国内派?家来?除,?些器材竟是“中国造”
(毛沢東の時代にホッジャはすでに中国を批判していたが、ニクソン訪中後さらに強まった。1974年親中国防部長バルクを粛清し翌年銃殺刑に。アルバニアはティラナに中国大使館と新華社の新社屋を修理した。中国側は入居後に盗聴器があることを発見した。中国から専門家を派遣して取り除いたが、その機器は中国製であった。)
もういきなり敵モードです。大国相手にも物怖じしません。

このアルバニアは鎖国で有名ですが、その前にもソ連とも喧嘩してます。

1968 ソ連がプラハ侵攻したらワルシャワ条約脱退してソ連を切る

1979 スターリン礼賛演説

次が面白い。

1982年12月7日,阿?巴尼?又在勃列日涅夫的?承人尤里?安??波夫上台后?表的第一篇??中表示:“地拉那不曾同赫??夫、勃列日涅夫?生??系,也?不会与安??波夫以及任何背信弃?的????人?生?系。
(1982年12月7日、アルバニアは、ブレジネフの後継人アンドロポフが就任してから初めて出す評論において表明した。「ティラナは、フルシチョフともブレジネフとも関わってこなかったし、裏切りものソ連のアンドロポフやその他いかなる指導者とも関係をもたない。」
常に強気です。
ともかくこのアルバニア様の男気はすごい。食えなくても我が道を貫く。
ソ連だって中国だって、そしてアメリカすらも屁とも思わない強気な態度。
ますます知りたくなってきた。
何者なんだ
エンヴェル・ホッジャ?
以上



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by zhuangyuan | 2014-06-25 22:59 | 文化、歴史 | Comments(0)
2014年 06月 08日

経絡って?東洋医学は効くのか?

昨日は鍼を打ってきました。ついでにカップリングも。

今日から出張で長い飛行機に乗りますが、先週から首と肩甲骨が痛いのです。
頷くと痛い。肩甲骨内側はずっと痛い。

以前中国の友人に紹介してもらった東洋医学医院へ。
「肩甲骨が痛いのですが、原因がわかりません。サッカーかな?」
「おそらく首から来てますね。ヘディングとかすると衝撃で昔の古傷が痛み出すことはよくあります。ここ痛いでしょ?」
とツボをひと押し。
「う~!痛いです。」

「じゃあ始めましょうか。」
チク、チク、チクっ
躊躇が全くありません。
もうちょっと心の準備させてほしい。
触診で場所のあたりつけて慎重にやってるふりでもしてほしい。
ちょっとこわいですね。
痛くないけど。
でもちょっと筋肉が緊張すると針の場所を感じる。

あとは電気を通すだけ。
痛くないぐらいに強く刺激したほうがいいと。

接骨院の電気と何が違うか?
皮膚の上から電気あてても、折り重なった筋肉で、患部になかなか届かないって。
鍼なら直接ビシッと。
免疫系が回復するって。
でも西洋医学では証明されていないと。

以前椎間板ヘルニアで腰が痛かった時に初めて行ったのですが
それ以来、腰のバランスがいいのです。
証明されていなくても歴史の研鑽を経ているのですから
良くなればそれでよし。

経絡図を買ってみました。
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今回刺激された穴位はどこなのか?
経絡図には解説がついてましたがよくわかりません。

百度で調べてみた。
中医上说,经络是运行气血、联系脏腑和体表及全身各部的通道,是人体功能的调控系统。经络学也是人体针灸和按摩的基础,是中医学的重要组成部分。 经络学说是祖国医学基础理论的核心之一,源于远古,服务当今。在两千多年的医学长河中,一直为保障中华民族的健康发挥着重要的作用。
東洋医学では経絡とは、巡っている気と血であり、内蔵や体表面および全身各部に通じている、体の効能を管理するシステムである。経絡は鍼灸や按摩の基礎であり東洋医学の需要な部分をなす。経絡学は中国医学の基礎理論の核心のひとつで、古代から現代まで施されている。二千年の医学の大河において、継続して中華民族の健康に対して重要な役割を担っている。

気と血の流れをスムーズにするために
昨日押されたツボはどこなんだ?

当てずっぽうですがこれでしょう。


天宗穴:天宗这个穴是一个大穴,因为在后背肩胛骨的凹陷处,用手一点很痛而且会传感到整个肩膀,酸胀的感觉很明显,这个穴位可以防治肩膀酸痛,都有很好的作用。
肩甲骨のくぼみにあり、手で押すとめちゃ痛くて、肩全体にひびきます。肩の痛みによく効きます。

ちょっと研究してみたい。
今度行くときは図を持って行って解説してもらおう。

以上

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by zhuangyuan | 2014-06-08 11:45 | 文化、歴史 | Comments(0)
2014年 06月 03日

台湾と日本語 二二八って知ってる?



先日台北でニニ八紀念館を観てきました。

226でなく228。

日本が台湾を去った1947年に国民党政権の締め付けに苦しむ民衆が
タバコ店女性暴行に端を発し、一斉に立ち上がった事件。
その後、一般民衆が大弾圧されました。

当時の政権は今も健在で、ずっとタブーとされてきましたが
民進党政権時に全国に蜂起を呼びかけたラジオ局建屋がニニ八紀念館となりました。
今は国民党が返り咲いていますが、事件についてはどういう整理がなされてるのでしょうか?

前からこの紀念館に興味がありましたが
このところ映画「アクト・オブ・キリング」でインドネシアの華僑大虐殺を観て改めて関心をもち、



さらには「九月東京の路上で」を読み、関東大震災後の大虐殺の様子を知りさらに高まっていたのです。

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

加藤 直樹/ころから

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館内ですぐ目に入ったのは解説ボード、日本敗戦の玉音放送が、台湾の歴史においても
忘れられぬ一日だといいます。
日本時代を肯定的に捉えてます。

国民党は大陸から入ってきてすぐに日本語を禁止しました。
それまで日本人として日本語を使って生活してきたのが突然の禁止令。
当時のインテリは言葉を失いました。文化的精神的大打撃。

次にはじまったのが漢奸狩り。
日本に協力してたのは誰だ?
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あの1日で天地がひっくり返った。
日本の戦後と比べると興味深い。

敵性言語だったはずの英語が敗戦後は大ブーム。
井上ひさし「ベストセラーの戦後史」には「日米会話手帳」が三ヶ月で360万部売れたとあります。

完本 ベストセラーの戦後史 (文春学藝ライブラリー)

井上 ひさし/文藝春秋

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このお気楽な英語人気ぶりはなんなんだ。敗戦の悲愴感はどこ行った?
その時台湾では・・・・

この後も弾圧が続き、台湾人民に鬱屈がたまり、ニニハ事件へとつながっていくのです。
民衆は全国で立ち上がったのですが
そのあとに続く弾圧はすさまじいものがあります。
いわゆる白色テロ。投獄、処刑。

知人の父親は台湾で中学教師をしていました。
当時のインテリである生徒たちは彼のいぬまに
手のひらに針金通されて数人まとめて海に投げ込まれたそうです。
すさまじい。

立ち上がったものの徹底的に弾圧されて
ついには歴史からも抹殺されようとしたのです。

事件の翌日、全島に蜂起を呼びかけた言葉、
それは日本語なんです。


そしてそんな台湾から徐々に日本語も消えてゆく。

下記にも書きました。

映画「台湾アイデンティティー」の主人公の父親の写真も
紀念館に展示がありました。
彼は台湾自治を主張したとして処刑されました。
山岳民族出身で元日本人で戦後は中国名。
台湾近代苦難の象徴のような人生です。

台北にお寄りの際はぜひ。
台北駅すぐ。
二二八和平公園内。
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以上



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by zhuangyuan | 2014-06-03 22:38 | 文化、歴史 | Comments(2)
2014年 01月 05日

サウジのお転婆娘

少女は自転車に乗って鑑賞。

最近、中国語学習ブログが映画鑑賞ブログになってる。
まあいっか。

というわけでこれはサウジアラビア初の女性監督が描くイスラム女性社会の物語。
なんて書くと重い感じですが、女性を過度に虐げられた存在にはせずリアリティを感じます。
男子禁制の女子小学校に通うワジダちゃんが男の子に勝つために自転車を手に入れるために奮闘するお話。

サウジでは女性は自動車のみならず、自転車まで乗っちゃダメ。
主人公のワジダちゃんが良い。純朴なだけじゃなくけっこうワル。
コンバース履いてピアスつけて、黒いスカーフだってたまにとっちゃうよ。
赤毛のアンかハイカラさんを彷彿させる。お転婆娘って言われてる。
だいたいアラビア語でお転婆って概念が存在するのだろうか?原文はどんな意味なのだろう?
でもお転婆って訳は、屈託のないワジダちゃんに合ってる。
原題はそのままWadjdaっていうのも頷ける。この名前も含意があるのかな?

この映画を女性視点からみたコメントは他にもたくさんwebでアップされてますので割愛します。
ひとつだけ怖い言葉をご紹介。母親がいう一言「言うこと聞かないとお嫁にやっちゃうよ!」

ここでは別の視点から。イスラム国家サウジもグローバル化に抗えない姿がたくさん見えて面白い。
いい家に住んでるけど、フロー収入は多くなさそう。なぜなら第二夫人を養えない程度でブルーのつなぎ着てる。
石油大国も人口急増で楽な仕事以外もやらないといけないみたい。

運転手はインド人の不法滞在。車はGM。インド人は雇われだが基本オンナをバカにしてる。

父ちゃんは家でプレステみたいなゲームやってる。

みんなサッカー大好き。
売ってる製品はメイド イン チャイナ。自転車はそうじゃないといいな。
町のおじさんたちもポップスが好き。

そういえばサウジのお客さんを日本で案内したとき
秋葉原で中古のパックマンゲームを買ったので驚いた。
小さいころ遊んでたって。

アブダビのお客さんはお祈りの時間にiPhoneでメッカの方角しらべてた。

仕事でサウジアラビアに数日間滞在したこともありますが、入国前のイメージと全く違って、
話した相手は皆非常に合理的。上のクラスは米国留学経験を持つ人が多く英語も達者。

砂漠のテントで大会議?


そんなサウジが王政敷いて宗教警察持って統制しようったってなかなか難しいでしょうね。
その証拠にこの映画にも王族も出資したといいます。

宗教的因習もその発生時点においては、その必然性と合理性があったのでしょうが、
このグローバル化では変化せざる得ませんね。

そもそもワジダみたいな子が育つってことが変化のあかし。
ちなみに物語の主人公としてのワジダだけでなく
オーディションに現れた女優の卵もワジダそのもので
コンバースにヘッドホンでジャスティン・ビーバー聴いてたって。
少女は自転車に乗って


オススメですよ。

以上
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by zhuangyuan | 2014-01-05 19:13 | 文化、歴史 | Comments(0)
2013年 09月 16日

台湾にとってアイデンティティとは

ドキュメンタリー映画台湾アイデンティティ鑑賞。
予告編を見て、ぜひ行こうと思っていたにもかかわらず、つい見逃してしまったのですが
アンコール上映をやってくれました。ポレポレ東中野

台湾には仕事で何度か行っていますが
年配の方の日本語がかなり上手いです。
しょっちゅう電話も頂きます。
メールなんて使わず達筆なファックスを頂きます。

そして日本が好き。
というより尊敬してくれる。応援してくれる。
あるお客さんの伯父様はテレビはNHKしか見ないと。
日本政府から勲章もらったとか行ってたな。
台湾はともかく日本と深い。


台湾アイデンティティ。題名がよい。
アイデンティティとは自分は何者であるかということですが
台湾はこれが非常に複雑。

新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論

小林 よしのり / 小学館


でも李登輝元総統が言っています。
日本と台湾の何か違うか?日本ではアイデンティティを考える必要がないと。

少し前までは、1つの中国だとか、二つの中国だとか、いや台湾だとか
日本の新聞にも、政治用語が踊ってました。
国民党が政権奪還してからは、大陸中国の経済発展もあいまって
政治的には、大陸の圧勝といった感があります。

ただ個人のアイデンティティは政治経済ほどに簡単には割り切れない。
この映画に登場する人々は皆、日本人として生まれている。

ことさらに日本に対する愛を語るわけでもなく恨みを語るわけでもなく
淡々と自分自身や家族の激動の半生を語る。
美しい日本語で。

日本人の定義がなんだか知らないが
日本語と文化を背景した生き方考え方をする人々ということなら
まったく違和感がないどころか、純日本人とさえいえるかも。
私は会ったことはないけれど、理想の日本人。
面構えがよい。
仕種が立派。
凛としている。
目がきれい。

日本人として生まれ
戦争を生き抜き
敗戦
国民党の圧制に苦しみ、
投獄され
もしくはシベリアに送られ
さらにはインドネシアで独立戦争を戦う

ひとりひとりの口から、
戦前戦後の政治の季節に日本、台湾が翻弄される姿が浮かびあがってくる。
激しい経験を訥々と語る中に、共通しているのは近しい人たちへの愛情。
父親、妻、戦友...
獄中から幾度となく送られる日本語の手紙
焼け跡で再会する将来の妻
抑留中に思うあの娘...

自分が自分であること。
それは親しい人たちとの結びつきで意識される。

1つの言葉を通して共有したその時代。
それを語れる人たちが台湾ではすでに90歳になる。

ぜひ台湾で上映してもらいたい。
日本を想う人に届いてほしい。

台湾人生

酒井 充子 / 文藝春秋


こちらも購入。

以上
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by zhuangyuan | 2013-09-16 20:35 | 文化、歴史 | Comments(2)
2013年 05月 06日

戦う芸術家 艾未未

Ai Weiwei Never Sorry鑑賞。
中国の芸術家 艾未未(アイ・ウェイウェイ)をアメリカ人ジャーナリストが撮ったドキュメンタリー。

中国政府にいくら圧力をかけられても、このおじさんは決して屈しない。

取調べで暴行受けて、脳に異常が出たって、
自分のアトリエをブルドーザで破壊されたって
軟禁されて、巨額脱税の嫌疑をかけられたって
自分の意思は曲げません。

この人を知ったのは北京五輪の鳥の巣のデザイナーであったこと。
中央におもねる体制派芸術家だとばかり思ってました。
五輪開催前には政府の宣伝に嫌気がさして開会式を欠席したのも知らなかった。

六本木で開催された展覧会のチケットも持っていたのですが観ませんでした。
古い壺を割るなど奇抜な行動するけど結局体制派でしょって、そのぐらいのご認識。

ぜんぜんわかってなかった。
このおじさん凄まじい。

政府なんてなんとも思ってない。
twitterには20万を超えるフォロワーを持ち(@aiww)
圧力かけられたらすぐばらしちゃう。
世界を味方につけて、常に行動する。

反民主の政府統制のひどさを世界に向けて実況してる。
政府としては許せない存在。でも普通は手を出さない。
でも中国は違うんです。
周りが見えてないというか、自信過剰というか
そんな艾未未をさえ軟禁しちゃうのです。
絶対隠せませんから世界中の大顰蹙。

芸術家っていうのは戦うものがあればあるほど強くなる感じ。
同じ時代にリアルタイムで彼の行動を知れると思うと興奮します。
ベトナム戦争に反対するジョンレノンがtwitterをやってるイメージ。

彼はなぜそんな思想を持ち、それを発揮できるのか?
改革開放直後、米国留学をしているんですね。
つまり中国の未来を担ってたエリート。
そこで自由な社会を経験できたんでしょう。
しかも英語という世界に発信できる武器を得た。
このドキュメンタリーでの彼の英語はチョーうまくてびっくり。
どうりで。

艾未未の父親も著名な詩人だと知りました。
文革では一家で労働改造所にいれられたって。

父、艾青もつわものらしい。
本当の姓は蒋というのだが、蒋介石が憎くて
草冠の下に×をつけて艾と書き、姓としたといいます。
かっこいい。

艾青 - 笔名由来

こんな詩もありました。

『太阳的话』

打开你们的窗子吧,
打开你们的板门吧,
让我进去,让我进去,
进到你们的小屋里。

我带着金黄的花束,
我带着林间的香气,
我带着亮光和温暖,
我带着满身的露水。

快起来,快起来,
快从枕头里抬起头来。
睁开你的被睫毛盖着的眼,
让你的眼看见我的到来。

让你们的心像小小的木板房,
打开它们的关闭了很久的窗子。
让我把花束,把香气,把亮光,
温暖和露水撒满你们心的空间。



太陽の光が輝いてるのだから
窓をあけて明かりを入れようと唄っています。

心の小部屋の長く閉じられた窓を開けてくれないか
花束や香り、光、ぬくもり、みずみずしさで
君の心を私(太陽)が満たしてあげよう。

1930年代の詩。

中国は未だに窓が開いていない。
艾未未は親の代からこの閉鎖性と戦っているんですね。

以上
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by zhuangyuan | 2013-05-06 21:51 | 文化、歴史 | Comments(0)
2013年 01月 06日

ミャンマー落武者伝説 

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

高野 秀行 / 集英社



前回の記事でミャンマーの奥地で明朝の末裔がアヘン作ってる?とさらりと触れました。
私がこの本で一番興味を持ったのはこのこと。

ミャンマーでは世界で唯一、中国人が少数民族として認定されているそうです。
華僑じゃないんです。少数民族です。

彼らはコーカン族(果敢族)と呼ばれ、明朝の末裔を名乗っている。
平家の落武者伝説のようでわくわくしてきます。

明が清に攻められた時に最後の皇帝永暦帝とともに流れ着いた。
果敢族:流落缅甸的明朝汉人遗民(コーカン族:ミャンマーに落ちた明朝漢族の末裔)

300年経った今でも南京出身といっているとか。
原来最早来果敢定居的那些跟随明永历帝南逃至此的兵将,因南明王朝原在南京定都,所以不管他们后来跑到哪里、祖籍何乡,几百年后统统对外说“祖上来自南京府”。

永暦帝が南に逃げたときについてきた果敢の兵や将軍は、南明王朝が南京に都があったので
どこに逃げようとも故郷はというと、数百年後でも対外的には先祖は南京府から来たというのだ。


平家っていうより南朝の天皇についていた兵士の末裔って感じかな?

それが今でも存在感を持っているのが凄い。

近代に入ってからはゴールデントライアングルのアヘンを押さえていた。
なんでそこにアヘンがあったの?
それはアヘン戦争後のイギリスが絡んでるって。

1852年,英殖民者侵占缅甸,中国开始失去对这片土地的控制权。英国人发现这里的土壤气候适合罂粟生长,派人传授种植技术,并指定东印度公司垄断收购。

1852年にイギリスの植民者がミャンマーに侵入し、中国はこの土地の支配権を失い、
イギリス人はこの土地の土壌や気候がケシの生長に適していることがわかり
栽培技術を伝授した。そして東インド会社が独占購買した。

悪いやつらです。巨悪。

イギリス支配後、第二次大戦後には日本が絡んでくるのです。
因为对缅甸抗日保土有功,1947年在缅甸立国的“班弄”会议,土司杨文炳作为“果敢族”的代表参加了民族加盟缅甸联邦政府的签字仪式,缅政府总算正式承认300年来不被接纳的果敢族为其境内合法少数民族。

ミャンマーでの抗日に貢献したために、1947年ミャンマー立国時の班弄会議において
土司である杨文炳がコーカン族代表として民族加盟ミャンマー連邦政府設立儀式に参加し
ミャンマー政府より300年来承認されなかったコーカン族が合法的少数民族と認められた。


そして今なお、存在感を示し、ミャンマー政府と戦闘したりしているようです。
果敢战争

ここには中国政府も絡んでるのかな?

国際政治バランスの変化で米国と接近しているミャンマー。
簡単には読み解けそうにありません。

以上
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by zhuangyuan | 2013-01-06 18:07 | 文化、歴史 | Comments(3)
2012年 11月 10日

1950s 混沌と芸術

先日、東京国立近代美術館の夜間特別観覧会に参加しました。
ブロガー枠として抽選に当たりました。

美術にぶるっ ベストセレクション 日本近代美術100年

「2時間では観覧しきれませんよ」とのお言葉どおり
100年間の名作でびっしり。

とても紹介しきれません。
私が気になったのは第二部「実験場1950s」と題した企画展。

この近代美術館がオープンしたのが1952年。
敗戦からの激動で価値観が混沌としている時期。
そのころ芸術も大きく動いていた。

戦争が終わり打ちのめされて
GHQ支配のもと民主主義、平和主義なんてものが出てきて
このまま行くのかなと思わせといて
朝鮮戦争、再軍備、基地闘争、原子力開発、逆コース

原爆映画が流れていました。
この映画1946年に原爆の被害状況を記録するためにとられたのですが
米軍に没収され、1952の独立後まで公開されなかったとのこと。
民主主義をプレゼントしてくれたアメリカさんのイメージ操作ですね。

私ちょうどこの本を読んでました。

敗北を抱きしめて〈上〉―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー / 岩波書店



戦争で焼き払われた国土で、かつての敵国に与えられた民主平和主義の中、
貧困にまみれつつも逞しく立ち上がる日本人を描いています。

ピューリッツァー賞受賞。

軍国主義で神の国から一転して、ギブミーチョコレートと子どもが米兵に群がり
パンパンがパングリッシュでご奉公、
敗戦から一年後にはチューインガム工場が400社もできたとあります。
すさまじい適応能力。いいのか悪いのかわかりませんが。

著者いわく
日本人は明治維新からの100年間、根本からの変化を常に予期して
変化に適応するよう訓練されてきたといいます。

文明開化
日露戦争
大正デモクラシー
軍国主義
敗戦

そして50年代を迎えます。

またまた大変化。
平和主義、非武装だったのが、自衛隊。
原爆落とされたのに原発開発
民主化で労働者権利を守るはずがレッドパージ、弾圧。

そんな大変化を芸術家たちが見つめ混沌とした怒りや不安を表現しています。
意味はわからないけど、気迫が伝わってくる。

美術展目録のはじめのことばにこんな意味のことがありました。

50年代の混乱をくぐりぬけ、高度成長し、その後現在にいたるわけですが
今この時代に50年代を現在の視角でみて、冷戦の始まりだったなどと安易にみてはいけないと。
当事者を生きた人々は先の見えない混沌を貧困のなかに暮らし、既存の芸術など何の役にも立たないと
思い知り、新しい手法を模索したんだと。

現代の低温のもやっとした不安と違い、時代のエネルギーを感じました。
あるいは日本でなく、新興国で生きていると同じ時代も違う感じ方ができるのでしょうか。

以上
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by zhuangyuan | 2012-11-10 21:50 | 文化、歴史 | Comments(0)
2012年 08月 19日

八珍食べたい?

夏休みも残りわずか。
子供の自由研究の期限がせまっています。

小3の息子は「世界の珍しい食べ物」を調べたいとのこと。
珍味を探して絵を描いています。

世界三大珍味はキャビアとあと何?と聞かれ、
フォアグラとトリュフだと答えるも
そんなものを小学生が絵に描いたところで何も面白くはなさそう。

実際iPadで画像検索するも絵で表現できそうなものはなし。

フォアグラについてはガチョウでも描いたらと検索すると
動物愛護団体のフォアグラ用ガチョウ飼育の残虐さを宣伝しているものが多くあり興ざめ。

トリュフを探す豚もいまいち。

ちなみに日本の三大珍味は、ウニ、マツタケ、アワビだそうですがこちらも絵にならず。

そこで一つ提案。
食といえばやっぱり中国。
「中国は凄いぞ。熊の手だって食べてしまう。猿の脳みそだったあるよ。」

猿はグロすぎますが熊の掌は迫力十分。

ツバメの巣やらスッポンなんかを追加します。

そこで調子にのって中国の珍味を調べてみました。

八珍といって各時代ごと区分ごとに八つづつの珍しい食材があげられます。
海八珍、山八珍なんていって。

例えば百度で検索してみると清朝の山八珍にこんなのがありました。

驼峰、熊掌、猴脑、猩唇、象鼻、豹胎、犀尾、鹿筋

ラクダのこぶ、熊の掌、猿の脳みそ、オランウータンの唇、象の鼻、豹の胎児、犀の尻尾、鹿のスジ

さすが中国、何でも食っちゃう。
ただ猿といわずに、猿の脳みそと言うってことは猿のどんな部分も食べてみて
その上で脳みそが一番うまいって言ってるわけで、ほかの動物も皆そうだと思うとちょっと怖い。

この中で私が一番意外感を持ったのは「猩唇」(オランウータンの唇)
なんでよりによって唇なわけ?かなりグロい。

大体どうやって食うわけ?まさか刺身ってことはあるまい。
こんな説明がありました。
猩唇指的是麋鹿脸部的肉。因为晒干后,非常像猩猩的嘴唇,所以沿袭下来一直叫“猩唇”。

「猩唇は鹿の顔の肉を指します。干した後の姿がオランウータンの唇と非常に似ているので
この呼び名が踏襲されている。」

ああ良かった。鹿だった。しかも干してある。

でもこの鹿はただの鹿じゃない。
麋鹿って書いてある。

麋鹿属于鹿科,因为它头脸像马、角像鹿、颈像骆驼、尾像驴,因此又称四不像

麋鹿(milu)はシカ科に属すが頭部は馬に似て、角はシカににて、首はラクダのようで尻尾はロバの似ている
のでまたの名を四不像と呼ぶ。

全部あわせるとどれとも似ていないってことですね。


中国おそるべし。
なぞがなぞを呼ぶ。

以上
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by zhuangyuan | 2012-08-19 21:19 | 文化、歴史 | Comments(0)