中華 状元への道

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2009年 05月 23日

流浪の民

先日、黒龍江省牡丹江市の投資説明会に参加しました。

頼まれて参加したのですが
一人でゆくのも退屈なので中国人のお客さんを誘いました。
というのも彼は牡丹江出身の朝鮮族なのです。

彼の祖父が今で言う脱北みたいな感じで
朝鮮戦争のころスパイ扱いされて黒龍江省まで逃げてきたそうです。

朝鮮戦争っていったらちょっと昔ですよね。
そんな時に壮絶な歴史があった。

逃げるっていったって何もそんな寒いとこ行かなくてもいいじゃないかと聞いてみますと
あの地帯は肥沃な土地で農業にはもってこいなので
開拓できれば食うには困らないとのこと。

ということで私も少し知識をと思い、以前古本屋で買った本を読んでみました。

環―歴史・環境・文明 満洲とは何だったのか (Vol.10(2002Summer))

藤原書店



黒龍江省といえば満洲。
満洲といえば朝鮮族もたくさんいました。
五族共和。

清の時代は満洲族の「禁封の地」として侵入禁止。
李氏朝鮮も鎖国。
でもたくさんの朝鮮族が農耕地をもとめて移住したそうです。

その後、日露戦争、満洲建国、第二次大戦終結、共産党政権奪取、文革、改革開放。
清、ロシア、日本、人民中国、韓国、北朝鮮。
その都度、支配者が変わり翻弄されつつも自治を確立させていきます。

そして牡丹江の現在の状況が載っていました。
現在といっても1996年の調査。

当時牡丹江には朝鮮族が18万人。
現地の深刻な経済状況を表す数字がありました。

朝鮮人小学生に親の出稼ぎ調査おこなった。
調査対象1353人のうち806人(60%)の家庭が外国に出稼ぎに行っていたとのこと。
両親ともに出稼ぎもなんと314人もいたと。
現地では食えないのです。
改革開放以降農業では食えないと。

おどろきの数字であったので
いっしょに説明会に参加したお客さんに聞いてみました。

「子どもたちの親はみんな外国に出稼ぎに行っているんだって?」

「いや、いまは子ども自体もいないんです。
みんな外に出て行ったんです。
自分が向こうにいたときは街に5-6校、小学校がありました。
でも今は1校、まったくない街もあるんです。」

出稼ぎに行っていた親が現地で基盤をきづき
家族を呼び寄せて移住したんだそうです。
ちなみに今の朝鮮族人口は12万人だそうです。牡丹江市概況

どこに入っちゃったかといいますと
韓国、北京など。

食べれるところで暮らす。
いまでも激動が続いているのです。

そんな牡丹江市の投資説明会を聞きました。

戻ってくるかな?

以上
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by zhuangyuan | 2009-05-23 09:19 | 文化、歴史 | Comments(2)
Commented by お節介じいさん at 2009-05-24 07:09 x
最近、日本でも中国からの朝鮮族をよく見かけますよ。ファーストフード店でアルバイトしている人は、胸に名札をつけているので、外国人ということが直ぐに分かります。先日、ある牛丼屋で、ひらがなで「きん」という名札をつけているお姉さんがいたので、韓国語で:「韓国人ですか?」と聞いたら、中国人だという言葉が、朝鮮語で返ってきました。
Commented by zhuangyuan at 2009-05-24 21:36
お節介じいさん様 自分のアイデンティティをどこに求めるかで混乱しちゃいそうですね。同行したお客さんは奥さんも朝鮮族中国人なのですが家では日本語でしゃべるそうです。子どもはもっと複雑になりますね。


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