中華 状元への道

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2005年 06月 11日

端午の節句

今日は旧暦の5月5日だそうで端午節です。
高速道路のパーキングエリアで粽が売っていました。
中国ではこの日、粽(ちまき)を食べるそうです。

一緒にいた中国のお客さんが由来を教えてくれました。
中国の紀元前の愛国詩人屈原が国敗れて悲憤のあまり川に身を投げ自殺しました。
愛国詩人の身が魚に食べられてはならないと考えた老百姓は魚が食べるように川に粽を投げ入れたそうです。以来屈原を偲びこの日に粽を食べるとのこと。

実は中国語のレベルがあまり高くない私は次のように理解していました。
屈原が身を魚に食べられないように、(彼の身を)粽にしてたべたと。
あとで自分でしらべて真実がわかりました。

以上



屈原(前340年-前278年),姓屈,名平,字原,战国末期楚国人,政治家和杰出的诗人。楚武王熊通之子屈瑕的后代。丹阳(今湖北秭归)人。世界四大文化名人之一。

屈原本为楚国重臣,早年受楚怀王信任,位为左徒、三闾大夫。楚国当时的强盛与屈原的治国有很大的关系。后受朝廷小人排挤,和楚怀王逐渐疏远。怀王二十四年,屈原被逐出郢都,流落到汉北。楚怀王三十年,屈原回到郢都。同年楚怀王被秦国扣留,客死他乡。顷襄王即位后昏庸无道,再次驱逐屈原。屈原流落在今湖南沅水湘水一带。

顷襄王二十一年(前278年),秦国大将白起挥兵南下,攻破了楚国国都,屈原在绝望和悲愤之下于同年农历五月初五投汨罗江而死。传说当地百姓投下粽子喂鱼以此防止屈原遗体被鱼所食,后来逐渐形成一种仪式。以后每年的农历五月初五为端午节,人们吃粽子,划龙舟以纪念这位伟大的爱国诗人。据闻一多考证在屈原投江之前,吴越一带已有端午节存在,但从屈原2200多年前逝世一直到今天,中国社会主流所公认的一直是端午节祭祀屈原。

屈原作为诗人,是楚辞的代表作家。留下了《离骚》、《天问》等二十多篇著名诗篇。

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by zhuangyuan | 2005-06-11 23:46 | 文化、歴史 | Comments(0)


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