2008年 10月 30日

東洋を支配したっていいんじゃない?

座右の名文―ぼくの好きな十人の文章家 (文春新書 570)
高島 俊男 / / 文藝春秋

私はこのおじさんの書くものが大好きです。
中国を語らせたら死ぬまでしゃべれるんじゃないかな?

でもってその高島さんがこれまた大好きな文章家を紹介してくれるのがこの本。

名文かどうかはさておいて
私が気になったのは内藤湖南。

内藤湖南は京都大学設立時に教授になったそうですが
自分は大学をでていなかったそうです。

彼は京大で東洋史を受け持ったのですが
当時京大と東大では同じ中国のことを勉強するんでも
そのやり方が全く違ったそうです。

東大は漢学、京大は支那学といったと。

漢学は中国の聖人の教えを学ぶもの。
特に孔子を尊重したと。崇めたてまつる。

そして支那学のほうは客観的な研究対象として
支那思想や支那史を研究する。
こちらは尊敬なんかしない。
ただ研究する。
そもそも中国なんて呼んじゃだめ。

でもこの学問が飛躍してゆく。
内藤湖南は東洋文化圏というのを重視して
中国、韓国、日本、ベトナムなんかは全部同じ文化圏だといいます。

同じ文化圏なんだから別に日本が支配したっていいんじゃないの?
とつながって大陸支配をめざしてゆく。

薩摩と長州が明治維新で日本を支配したように
はじっこの日本が東洋を支配したってかまわない。
こんな考えです。

近代化にいちはやく成功した日本が東洋を指導すべし。

たしかに満洲まではいったし
なにか歴史のはずみがあればもしかしたら東洋を、つまり中国を支配してたかもしれません。

まあたぶん支配してても
漢化してしまったとは思いますが。

以前も記事にしましたが
豊臣秀吉も朝鮮出兵のその先には明を落として中国の皇帝になるって目標があったそうです。
日本は中国なり!?

秀吉も天下統一したときも
なにも日本が天下とはおもっていなかったかもしれません。

でも昭和の軍人は大東亜共栄圏とか口ではいいますが
そんな大きなグランドデザインが描けていたとも思えません。
目先の資源とか経済とかに目を奪われていたんでしょう。

もしそんな大きな目標を持つ指導者のもと戦っていたら
東洋の天下をとれていたかもしれません。

でもそれが進めば今頃漢化されて日本はなかったかも。
ぎゃくによかったのかな?

以上
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by zhuangyuan | 2008-10-30 22:16 | 文化、歴史 | Comments(0)


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