2007年 05月 17日

渤海で日中合作

渤海湾で大型油田発見なんてニュースがありました。
資源の巨大な消費国にとっては世紀のニュースかも。

その昔、日本と中国でいっしょに渤海湾で石油開発しましょうというプロジェクトがあったそうです。

渤海というと昔、中学校だか高校のとき歴史の教科書に唐の時代の中国大陸の地図がでていてそこに渤海国という大きな国があり気になっていました。

この渤海国、当時の日本との関係もよろしく、何度もお互いに使節を交換していたそうです。
意外にこれからの日中友好にも重要な地域になるかもしれません。

いまでも討論番組なんかで尖閣諸島の問題が取り上げられると
渤海湾形式なんて話が時々出てきます。
要は中国の領域内で日本の技術力を持ってして石油を掘りましょうということ。

先日その日中石油開発プロジェクトの実際の現場で働いた人にお話を聞く機会がありました。
現場というのは実際に海洋上で石油の掘削をするためのオフショアプラットフォームです。
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海洋構造物で働くなんてのはちょっと想像できない世界です。
仕事はともかく寝泊りもそこでするそうです。
たまにヘリコプターが迎えに来て陸地にもどれるらしいのですが
基本的には何十人もの人たちとそこに暮らし移動できない。
近くに数本同じようなオイルリグがあったそうですが、そこに移動するのもヘリ。

しかも外気温はマイナス20度まで下がるそうで海に落ちたら一瞬で凍死するとのこと。
よって皆外に出るときはドライのウエットスーツを着込むそうです。

そこで彼がしていたのは中国語の通訳。
大学で勉強し中国専門家として入社したもののまさかいきなりこんなところで勤務するとは
とおどろいたそうです。

当然ながら技術専門用語なんてわからなかったそうですが
日本から行ったのは彼以外技術者らしく常に技術の話題ばかりで往生したと。
しかも日本の技術者も東北出身の方ばかりで日本語すら聞き取れなかったとのこと。
その東北なまりの技術者の指導を中国人の作業者に伝える大変な仕事です。

二年間そんなハード現場ではたらいたそうです。
ところでそのプロジェクトは今どうなったんですか?と問うと。
近年の一連の行革において清算されましたと。

公団設立以来、その供給資金によって作られた石油開発会社は実に293社にのぼり、そのうち200社が平成11年度までに既に解散済みか解散準備中。中でも目を引くのは、中国での石油開発を手掛ける「日中石油開発」が、1、900億円もの負債を抱え解散を決議、東京地裁に特別清算を申請した一件である。不確実な開発案件に資金を投入した結果、これだけの巨額な税金が文字通り海の藻屑と消えたにもわらず誰一人その責任を問われていない。当の「日中石油開発」社長は、石油公団が70%出資する「秋田石油備蓄」に天下りし、また当時の経営陣にはきっちりと役員報酬が支払われている。石油公団

悲しい結末です。苦しいおもいの末がこんなことなんて。

でもこういう現場の地に着いた日中交流が友好へ続く道なんでしょう。
ただうがった見かたをしますと
この日本技術者の努力が日本では水の泡と消えたのですが
今回の中国サイドの油田発見へとつながり、
大きな果実は中国だけのものになっちゃっうんじゃないのと懸念いたします。

以上
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by zhuangyuan | 2007-05-17 22:35 | 時事 | Comments(2)
Commented by かめ at 2007-05-18 10:42 x
渤海湾の石油開発、懐かしいお話ですね。ワタクシメの会社からも人が出ていたように思います。ヘリコプターの事故で渤海湾にて亡くなった方もおられました。
Commented by zhuangyuan at 2007-05-20 22:19
かめ様
常に危険と隣り合わせの日中交流。頭が下がります。でも同じ仕事でも欧米人はプラットフォームに豪華なホテル船を横付けして仕事するそうです。


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