中華 状元への道

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2007年 03月 21日

命をかけた日中友好

ラストメッセージ
第5集 命をかけた日中友好
岡崎嘉平太
を見ました。

この方のお名前は初めて知りました。
日中が国交断絶していた時代に民間の代表として交流を深め、いわゆるLT貿易の
立役者となった方です。LTっていってもレタスとトマトじゃなくて廖承志と高碕達之助の頭文字です。

今も日中間は何かと問題が多くて、親中政治家なんかはいろいろ批判されたりしていますが
当時は今の比にはならないほど日中の間に深い溝がありました。第二次大戦の深い傷跡が
残ったまま冷戦に突入し、米ソ両国の間に挟まれ、片や米国の最前線、片や共産陣営の巨頭
ですから緊張感が違います。

番組の題名にあるようにまさに「命をかけた」使命だったんです。
岡崎氏は時の中国総理周恩来に信頼され食事に招かれたときもあったそうですが
その席に同席した岡崎氏の息子さんが周恩来に言われたそうです。
自分は中日友好に尽力しても問題ないが、君のお父さんは日本で命を狙われるのではないか?と。
実際日本代表として日中友好に尽くす岡崎氏の自宅には右翼からの脅迫が相次いだそうです。

当時日本は中華人民共和国を認めてないわけですから
中華民国(台湾)と関わる利権に絡む勢力から見たら相当の脅威だったんでしょう。
今は対立っていったって貿易相手としたらナンバーワンですし
日本企業だって現地にどっぷりつかってますからなんか近親憎悪みたいな感じで
軽い感じです。当時は国境のない謎の国との交渉なんです。
命を張ってたんです。

その後ニクソン訪中を経て、世界政治の潮流の大変化がおこり、日中国交正常化へといたるのですが
周恩来は岡崎氏を、井戸を掘った人と称えたそうです。
世界の要人が総じて讃える人物周恩来が評価するのですから相当の人物だったんでしょう。

彼は「信は縦糸、愛は横糸」をモットーにして
その後も民間交流につくし、奨学金を出して日本に留学生を呼んだりする活動を続けたそうです。

政治も経済も大事ですが結局は一人ひとりのつながりが大事ですよね。
ちなみにこの方、90を超えるまで中国を旅行し続け、渡航歴100回に上るそうです。
中国のような深みのある国は100回行っても理解できないとおっしゃったそうです。
100回行ってから言ってみたい。

以上
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by zhuangyuan | 2007-03-21 17:15 | 文化、歴史 | Comments(2)
Commented by えびりん at 2007-04-02 23:12 x
素晴らしい!
私も初めて知りました。
「信は縦糸、愛は横糸」には泣けます。涙がでます。
未来ある中国人の若者に少しだけ関れる者として、私も
心に刻みたいお言葉です。

ところで、さっきNH●の激流中国という番組を
「やはり、すごいことが行われている・・・」と興味深く見ました。
次回は5月6日だそうです。友人がディレクターしているので、できたら
観てくださいまし。




Commented by zhuangyuan at 2007-04-03 23:01
えびりん様
いい言葉です。「外交は畢竟、人間関係である。」こういう人がいて日本が成り立っていけるのでしょう。NH〇スペシャルは見忘れました。5/6は是非見ます。


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