中華 状元への道

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2006年 11月 04日

「泣きながら生きて」

昨夜テレビで泣きながら生きてというドキュメンタリーを見ました。

二時間強の番組でしたが、没頭してしまいました。
ある日本に暮らす中国人男性の人生を追ったものです。
10年にもわたる撮影を通して彼のひたむきな姿を写し続けた力作です。

日本で働きながら中国に残した家族を支える。
不法滞在者という身分のため、国に帰ることができないため
来日以来15年で娘と奥さんに会えたのはそれぞれ一回きり。
それでもひたむきに働き続け、ただ一つの夢、娘にきちんとした教育を受けさせるという目標に
向かい、不屈の精神で進み続ける。そしてついには娘が米国留学を果たし、医者になる。

こう書いてしまうとなんか絵に描いたサクセスストーリーに見えてしまうのですが
これが多くの涙を乗り越えた、艱難辛苦の物語で、主人公の丁さんは来日以来
線路脇の狭い部屋で孤独に耐え、ビニール袋で風呂に入り
毎日毎日、夜中までいろんな仕事をして、歯がボロボロになるまで働き、15年を過ごしてきたのです。
貯めたお金はすべて上海に送り自分には一切お金をかけない。
ただ遠くで暮らす娘のためだけに仕送りを続けるのです。

文革で下放され、上海に戻ると学もなく、技術もない彼は貧困生活を送らざるを得なかった。
そこで日本に希望を託し、親戚友人に年収の十何倍もの借金をして日本の語学学校に留学します。
しかしそこは北海道の山奥の学校でした。炭鉱の村が村おこしで建てた学校でした。
働きながら借金を返す必要があった彼はその学校を夜中に脱出して東京に働きに出ます。
ここからが不法滞在者としての苦難の歴史の始まりです。

田舎の日本語学校から留学生が大量脱出して問題になったことが以前ありましたが
当時そのニュースをみた私は非常に不快感を覚えていました。
勉強するというのは表向きの理由だけで結局はお金稼ぎだけにくる留学生と
それを知りつつも受け入れる、これまたお金儲けだけが目的の語学学校に対してです。
でもこれは表層しか見ていないための憤りだと恥じました。

この物語の主人公は心から日本語が勉強したかった。ただ仕事がなければ生きていけなかった。そしてやむを得ず脱出しました。
受け入れた学校も過疎から町を救うため純粋な気持ち学校を作った。
でも留学生の置かれた境遇に無知だった。お互いの純粋がすれ違ってしまった。

でもこの主人公は娘が医者になり本望を遂げた後
中国に帰国しますが、帰国の前の最後に、その語学学校跡を訪問します。
ここが第二の故郷だといっています。
なんか日本人として彼の人生を翻弄してしまったという罪の意識から解放されたような
心が洗われた気持ちになりました。

この重い辛い孤独な15年を生きる彼の純粋な強い意志に感服いたしました。
彼が来日したのは1989年。私が大学に入学した年です。
そのころ日雇いアルバイトをするとよく中国から来た方と一緒になりました。
母国では一様に高学歴で国営企業などで管理職についていた方ばかりでしたが
日本に来て単純労働をして国に仕送りをしていました。
彼らも一人ひとりがこうした自分たちの物語をもっていたのだと思うと感慨深いものです。
同じ時代を行きながら、苦労のない人生で些細なことに不平をいったりしている自分のせこさを恥じなければなりません。

以上
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by zhuangyuan | 2006-11-04 08:18 | 中国関連DVD、本 | Comments(11)
Commented by ケイチー at 2006-11-04 11:31 x
私の勤めている会社の中国人実習生にも、そんな方がいらっしゃいました。三歳の一人娘を祖父母に預け、奥さんも日本の近畿地方に研修に。
お金を稼ぐ目的は、何よりも娘の教育費を溜めること、と言っていました。家族思いの中国人の中でも、特に望郷の念が強い人でした。
正式に研修生として企業に受け入れられていたので、不法滞在者とは比べ物にならないでしょうけれど。
ただ、三年後帰国したら娘さんはお母さんのことを「新しいママ」と呼んだそうな。お父さんのことも分からなくて、しばらくは大変だったそうです。

この主人公の中国人男性は、無事帰国したあと、静かで幸せな余生を過ごしているのでしょうか。少なくも、故郷で家族と共にあって、食べなれた食事を口にしているんですよね。
そうあって欲しいです。
Commented by zhuangyuan at 2006-11-05 07:10
ケイチーさま
番組の中で、アメリカに旅立つ娘を送る際、おばさんが言ってました。一人で海外にでて奮闘するのは中国人にはよくあることだから、負けないで頑張れと。みんなが世界に散って家族を支えあっている。辛い定めです。その中でも主人公の丁さんは不法滞在のため、家族と会うことが出来ないというのが辛すぎる重すぎる。
Commented by Perry at 2006-11-06 02:01 x
私は、日本が好きでない、米国が好きな日本人です。タフでなければ住みにくい米国が、私にはあっています。四年間中国で暮らしました。日本の社会とは縁の無い中国人の世界で四年間。そして日本の良さを理解しました。なぜ彼が十五年間、日本で頑張って働くことが出来たのでしょうか。日本の社会の良さです。真面目に働けば、給与がもらえる安心が日本にはあります。中国には春節前に、一年分の給与を払わない雇用者が沢山います。日本には真面目な外国人にやさしい日本人がいます。義侠心のある日本人がいます。家族に会えないことは辛いでしょう。でも電話は出来たでしょう。中国には家族が別々で出稼ぎにいく人は沢山います。私には、彼の十五年間の日本の生活が、不幸にはみえない。番組では紹介されなかったけれど、周りの日本人に随分癒されたと思う。決して孤独ではなかったと思います。だから十五年間頑張れたと。最後に日本を離れる飛行機の中で、彼は涙ながらに感謝の気持ちを表していた。私も滂沱の涙でした。四声を間違えると全く通じない国で、独学で中国語を学んだ四年間は、本当に孤独でした。
Commented by かめ at 2006-11-06 14:40 x
その番組見ようと思っていたけど、見損なってしまいました。
日本人とか中国人というよりも、「オヤジ」の強さなのかも知れない。
Commented by zhuangyuan at 2006-11-06 21:22
Perryさま
コメントありがとうございます。確かに働いた分、必ず給料がもらえるという安心感は日本が一番でしょうね。私豪州でワーキングホリデイに行っていた時給料が払われるか本当に心配していました。異国の地に長くいると孤独を感じますよね。4年は長いですね。長ければ長いほど肝心なときに疎外感を感じるような気がします。クリスマスとか春節とか。私は長くて3ヶ月しかいたことがありませんが。
Commented by zhuangyuan at 2006-11-06 21:24
かめ様
おやじの強さですか。最近は「親力」とかよく言われていますね。わたしが同じ環境になったとき同じようにできるかというと自信がないですね。でもストイックな生活をしているとそれを追求したくなる気持ちはなんとなく理解できます。
Commented by xia at 2006-11-07 00:56 x
作为中国人,我希望我们的国家快快富裕,公平,有序起来,这样的话像丁先生一样千里迢迢,背井离乡的故事就少些.

我同意PERRY的说法,您讲的有道理.而且作为一个在日外国人,我也能理解您当时的孤独,但我在贵国碰到善良可爱的日本人的同时,也看过很多居高临下,不太友好的日本人.那滋味不好受.不知道您在外面有没有碰到过?

不管怎么说,透过泪水,这种真实的故事会让我们加深了解的.
Commented by zhuangyuan at 2006-11-07 21:33
xiaさま
我希望你在日本的剩下日子里,能说喜欢日本。你喜欢日本,日本就喜欢你。这样活下去的话,就轻松愉快。
Commented by yalu at 2006-11-10 14:41 x
同じ中国人として、私はこの番組を見て、違う考え方をもっています。15年間にわたって、お金を稼ぐために、不法滞在しても、法律違反してもやってきたのは、お金への執念ほかならなく、中国人の拝金主義を違う側面から描くだけだった。法律のルールを遵守しながら、主人公に負けないくらい頑張っている中国人は日本に数多くいるのに、不法滞在していた丁さんだけを取り上げてドキュメントしたのは、監督が日本人の猟奇心に満足させるためだと思う。
Commented by zhuangyuan at 2006-11-10 21:47
yaluさま
コメントありがとうございます。確かに法律違反はいただけません。また沢山の方が法律の理不尽さに耐えつつも遵守して不利益をこうむりつつ、頑張っていらっしゃるのだとおもいます。ただ時代の大きな変化の流れの中でやむにやまれず法律を逸脱してしまうことはいたし方ないことだと思います。常に法律は融通が利きませんし時代に遅れます。私の印象ですとこの番組は丁さんの人柄に心服した監督が彼を丹念に追ったもので不法であったことで特に意識して彼を選んだわけではないと思います。
Commented by ケイチー at 2007-02-10 03:08 x
遅レスすみません。思っていることを文章にするのが難しかったので。
私は、結局このドキュメンタリーは見ていないのですが。

私は、この丁さんは、まだ恵まれていたのではないか、と感じているのです。
彼がこのドキュメンタリーの主人公に選ばれ、日本人の撮影スタッフと関わることで、精神的、物質的な支えを得たのではないか、と。
粗末な食事の風景を撮影したあと、きっとスタッフからの差し入れがあったと想像します。映像として撮る、その行為自体が「思い入れ」になります。「思い」がなければ撮れませんし。
10年にわたっての撮影ならなおのことでしょう。
監督は、できるだけ私情を抑えて、離れた視点から関わっていたかもしれません。距離が近すぎるのは、物の作り手としては良くない結果になることがあるからです。
でもスタッフの中には丁さんの人柄に引かれたり、境遇に同情したりする人もいたでしょうし。
直接、金銭的な援助を受けるわけではなくても、困った時に連絡できる人がいるというのは大きな支えです。
この撮影に関わった時点で、彼は孤独で無くなったのです。
本当に孤独な人は、もっとたくさんいると思うのです。


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