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2006年 03月 12日

中世 中国港町 謎の群島

このブログの方言いろいろという記事を見てくれたakizhangさんから
こんなコメントを頂きました。
看到你一篇关于方言的文章.的确如此,舟山知道吗?一个群岛,据说是离日本最近的中国国土.舟山的方言就像日语一样,听不懂的人真的会以为是日语呢

あなたの方言に関する文章を見まして、その通りだと思いました。
船山って知ってますか?諸島ですが日本に一番近い中国の領土だと言われてます。
船山の方言は日本語そっくりなんです。知らない人が聞いたら本当に日本語だと思うでしょう。


船山とは初めて聞いた地名でした。
ただ日本語に似た方言えを話すとはなんともミステリアス。
ちょっと調べてみました。

場所はこちら。寧波のすぐそばです。

舟山旅游网の船山の歴史にはこうあります。

秦朝,徐福奉命在东南沿海的蓬莱、方丈、瀛洲三岛寻找长生不老药,历尽艰深辛来到烟雾飘涉的舟山群岛,认定境内的岱山岛为“蓬莱仙岛”。

秦朝のころ命を受けた徐福は東南沿海の蓬莱、方丈、瀛洲三島で不老長寿の薬を探し、
この世の辛酸を嘗め尽くし霧に煙る船山諸島にたどり着いた。
そこを岱山島を蓬莱仙人島と認定しました。


謎めいて参りました。
徐福は始皇帝の命を受け不老長寿の薬を求めて旅立ちますが
中国の言い伝えですと最終的に日本に行ったという説があるそうです。

上の引用の中に (ying2)という難しい字がありますが
この は大海を表し、日本の別称を東瀛といいます。
語学学校の先生の息子は日本生まれですが
愛称を瀛瀛というそうです。
おばあちゃんが日本にちなんで名づけてくれたそうです。

さらに日本との関わりでは次の文があります。

16世纪中叶,葡萄牙等欧洲殖民主义势力东侵、我国对美洲的海外贸易,以及日本对中国的朝贡贸易,都使舟山当时的经济呈现出繁荣景象,现今普陀区六横镇的双屿港成为亚、非、欧诸国商人云集的繁华商港,长住外商3000余人,成为事实上的“自由港”。

16世紀中ごろ、ポルトガルなど欧州の植民地主義勢力が東方に進出し
また我が国も米国との海外貿易基地として、はたまた日本の中国への朝貢貿易も
船山のを経済繁栄に導いた。
今の普陀地区の六横鎮的双屿港はアジア、アフリカ、欧州諸国の商人が集う港町として
栄え、3000人もの外国商人が長期滞在し事実上自由貿易港であった。


すごい。
各国の人が集いいろんな言葉が飛び交い物凄いエネルギーが放出されてそうです。
憧れちゃいます。なんかシンドバッドの世界。

まあ日本が朝貢貿易をしたというのはさておき
日本の存在もこの群島では大きかったのでしょう。
貿易には利がつきものですからお互いが惹かれあったのでしょう。
(足利義満は天皇を差し置いて日本国王を名乗り明朝の柵封国として勘合貿易を行いました。)

上に出てきた普陀山は仏教の聖地で4大聖地の一つだとのこと。
普陀山  四大聖地のひとつ、海天佛国、観世音菩薩霊場を巡るという文章には、
なんとこの山が日本人僧侶により開山されたとあります。
ここでも日本人登場です。

さらには遠く遡り、遣唐使の時代にはそのメンバーたちが船山群島で言葉を学んだそうです。
船山の言葉が日本語に似ているのは日本に入ってきた当時の中国語が
このあたりを通じて入ってきたからなのでしょう。


ちなみに金庸の小説「射雕英雄传」に出てくる桃花島もこの群島にあるそうです。
5冊中2冊目までで一時休憩してるので先が読みたくなりました。

この謎の島、奥が深い。探求の旅に出たくなりました。

akizhangさま面白いネタをありがとうございます。

以上
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by zhuangyuan | 2006-03-12 21:14 | 文化、歴史 | Comments(1)
Commented at 2006-03-14 17:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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