中華 状元への道

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2017年 07月 02日

クールビューティの名演技は誰に対して?

「終電車」を名画座で鑑賞。
?Le dernier m?tro?
カトリーヌ・ドヌーヴ主演。
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昨年からフランス語を習い始めた私は46歳スタートなのでできるだけ効率的にやる必要があります。
かつモチベーションを保ってやらないと暗記力低下によるモラール低下に勝てませんので
noteに記載して観客効果を励みにしています。



これはフランス映画千本ノックの一環。
千本ってのは白髪三千丈くらいの意味ですよ。
ただともかくフランス語に触れるための機会をつくってるのです。

池袋文芸座でチャップリン「独裁者」との二本立てでしたが最後の演説の迫力で「終電車」の印象がぶっ飛んじゃいましたが、
これはこれで名画の誉れ通りに考えさせられる内容でした。

ナチス占領下のパリの劇場が舞台です。

ユダヤ人支配人兼演出家が迫害を恐れ南米に亡命し、女優である妻が劇場を経営している。
と見せかけて実は旦那を地下に匿っている。
旦那に代わる新しい演出家は時勢にさとく行動しナチス迎合批評家ともうまくやる。
新しく公演する舞台の主演俳優は裏ではレジスタンス運動をしている。

ただし皆がそれぞれに抑制的でしかも自分を何かに仮託して演じてるようです。
映画ですから我々観客に対して演じてるのは当たり前ですが、ここではそのドラマの中にさらに劇場がありそこでも二重に演じる。
それだけでなく、主役のマリオンは本心を見せず気丈に振る舞い、俳優は抵抗心を抑えつつ生きる。
その2人は互いの愛も表に出さない。演出家は批評家におもねる。本心か否かは別として生きるために。
批評家は時代の強者に合わせてナチス寄りを過度に演じる。
つまり映画という劇中世界で他者に対して自分を隠し演じる。つまり三重構造。

観てるこちらにどの階層での演技か分からせつつ、自然に演じる技術は並大抵じゃない。
で最後にはこちらも騙されるのです。ふふ。

ナチスが負けた後に全てはひっくり返る。

支配人は地下から這い出し、演出家はしょっぴかれ、批評家は逃亡する。
政権の趨勢により180°転換する価値観と人間模様。媚びや追蹤あるいは抵抗。
ただパリの市民はナチス占領下においても劇場に足を運び、さらに時代が変わったのちも通い続ける。たくましい。

それにしてもその入れ替わる主従関係のよって立つところが隣国同士であるドイツとフランスであることがヨーロッパを複雑にしている。
その両国が今ではEUのリーダーとして共通目的のもと手と手をを携える。
この辺は島国の私には理解しがたいですがヨーロッパにおいては何千年も繰り返ししてきた1ページに過ぎないのかな?
でも連続してる現代から振り返るとこの時代は狂ってる。
であるからこそナチスってのが突然変異で生まれて消えたってのがこの時代の言い訳には一番しっくりくるんでしょうね。

以上

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by zhuangyuan | 2017-07-02 10:21 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)


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