中華 状元への道

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2005年 12月 25日

満州の真実

 「台湾 朝鮮 満州 日本の植民地の真実」(黄文雄 扶桑社)の満州部分のみを読了。
黄文雄氏は台湾生まれですが日本とくに戦争時代の日本について評価すべき点に光をあててくれる。

 中国語を勉強して大陸のマスメディアに接していると戦争時代の日本についていいことは一つもなく、極悪非道の帝国主義との報道ばかりです。私は祖父母が満州に行っていたこともあり、中国では偽満州などと罵られている満州の優れた一面も知りたく思い読んでみました。

 ただ黄さんの本は数冊読みましたがホントにいいことしか書いていなくてちょっと極端。ただ中国大陸の偏向報道や戦後日本の自虐的報道に対抗するにはこのくらいでないとバランスが取れないのかもしれません。

 満州について一ついえるのはたった15年の間に経済をかなり発展させたのは事実でしょう。
満州成立以前にその地を治めていたのは張作霖、張学良らの軍閥で彼らは秋の収穫期になると独自通貨を乱発し収穫物を買いあさる。そして外国に売りさばき軍備に当てていたとのこと。
そして張作霖一家が民衆から搾取した収入は南京政府より多かったとのこと。
その収入はインフラ整備に使わず、公共のためにつかったのはダンスホールのみ。

 そして満州は通貨を統一し交通、農業、鉱工業の発展につとめた。
満州がたてた巨大ダムを見学した当時のフィリピン外相はこう感嘆したとのとこ。
「フィリピンはスペインの植民地として350年、アメリカのもと40年だが住民に役立つものは何ひとつない。満州はわずか10年でこのような建設をしたのか。」

 国土が狭い日本で出来なかった夢を満州で果たそうとしたのでしょう。日本人が指導的立場にあったため傀儡などと言われますが豊かになったのは事実で年間100万人も難民が長城を越えてやってきたそうです。

 これらの遺産は戦後の共産中国の財政に大きく寄与した。いまでのその名残は大きくあります。ただ全て中央に吸い上げられ再投資に向けなかったため発展が停滞しいまではお荷物になってしまったそうです。

 その満州での壮大な実験が日本の戦後の経済発展の礎になったのだとするのが「王道楽土の戦争 戦後60年篇」(吉田司 NHKブックス)。王道楽土とは満州建国のキャッチフレーズ。

 戦後ニッポンは45年8月15日以降、戦前を断絶し民主主義国家に生まれ変わって平和国家として経済発展の道を突き進んだ。とするのが一般的な説。
しかしこの本は戦後も戦前の延長戦で、特に満州の経験が大きく戦後に影響しているとしている。戦中の統制経済と戦後の護送船団方式。これは満州で議会政治を否定し、日本で出来ないことを自由に実験した成果だと。

(国としてやりたいことをやるのは議会制じゃまどろっこしくてだめですね。最近アメリカが民主政治を押し付けるのはその国を混乱させて自国に追いつかないようにさせてるのではないかと思います。段階が必要です。)

また満鉄の弾丸列車→新幹線。戦後の象徴の自動車だってトヨタ日産が発展したのは満州から華北に進出するための軍需からだとのこと。戦後は朝鮮特需で自動車産業も復活。

 あらゆる物が戦前満州とつながっている。そして高度成長、学生運動、バブル経済、失われた10年とつながってゆく。吉田氏の本をはじめて読みましたが発想が新鮮。転換もすごい。

 満州についてわかったようなわからないような。そこには壮大な夢とロマン、実験がありました。
 
以上





 
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by zhuangyuan | 2005-12-25 23:10 | 中国関連DVD、本 | Comments(0)


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