中華 状元への道

zhuangyuan.exblog.jp
ブログトップ
2016年 08月 11日

華語がゆれてるグローバルな世界の片隅で中国語原書を読む私たち

Ayumi Chinese book Cafeさんの主催する中国語原書会に参加しました。

Ayumiさんの積極的な投稿を見て久しぶりに中国語熱が戻ってきましてつい参加表明しちゃいました。仕事では経済方面の中国語ニュースなんかは継続的に読んでますが文化系の読み物はご無沙汰していました。最近はフランス語はじめちゃったので余計に時間が取れません。


ということで私が選んだのは『文化苦旅』余秋雨著。中国の各地を旅するエッセイです。


余秋雨の文化苦旅―古代から現代の中国を思考する

余 秋雨/阿部出版

undefined


ずっと積ん読してました。すみません。

でも全部読むのは大変なので一編を。

华语情结』国語コンプレックスとでも訳せばよいのかな。

中国語原書会ですから華語に関わる話はもってこいでしょう。


そもそも中国人にとって国語って何よ?

ここが問題。

地方地方で音が違う。漢字が言語の基本。

でもその漢字も簡体字が出来て分裂しちゃってる。

日本の漢字もちょっと違うしね。


今回せっかく読んだのだから備忘録として内容まとめておこう。


著者は栄華をきわめた唐朝をふりかえる。

世界の中心であった中国にはシルクロードからペルシャ人がやってきたり

日本人がやってきたり、様々な地域から多様性のある人たちが集まっていた。

その中心には華語があった。外国人たちも華語を話していた。


玄奘三蔵法師がインドから経典を持ち帰っても仏典は華語にしちゃった。


ところが明清の時代になると次第に西洋が優勢になると華語は落ちぶれてゆくのです。

科学の発展時代に成長の足かせのひとつが漢字だっていうのはずっと信じられてきた。

華語を捨てなきゃきけないんじゃないか?


近代から現代にいたると西洋化傾向はさらに強まり、現代の中国では若いエリートは外国語を知らない人の方が少なくなったと。外国語への憧れと傾倒が進みます。


確かに私が中国に仕事で行きだした90年代は国営企業のエリートでも英語はまるっきしダメでした。でも今は全く違います。若い人達ペラペラです。


親も必死になって子供に外国語を勉強させる。留学させる。はたまた移民させちゃう。親も自分が行きたいしね。

名前すらも漢字でつけなくなってしまう。

顔は中国人なのにジャクソンだとかマクスウェルだとかどうなっちゃってるのって。

捷克 、麦克斯韦尔 こうした外国語の漢字表記はしっくりこない。


中国人が作った移民国家シンガポールの例も出てきます。

シンガポールには福建や広東からの移民が多かった。

ある劇団はこんな話劇を演じてます。

時代の変化によって1代目は福建語を話し、2代目は規範華語(普通語)を話し、3代目には英語が中心になってしまった。すると世代間のコミュニケーションが難しくなり、家庭内の隔たりが大きくなり、笑い飛ばせない状況になっていると。


シンガポールは飲み水のない場所だった。そこで移民してきた華人が井戸を掘り当て、牛を引いて水を四方に運び発展していったという。その場所は牛車水と呼ばれ今はチャイナタウンとなっている。「水!」と華語で呼びかけながら地域をめぐり土地と民を潤していった。しかし今は古き良き時代はとうに忘れられ、華語によるふれあいのない殺伐とした誰もが他人である現代都市に変わってしまったと。


そんなシンガポールで出会った老人はある政治家の話をしてくれたそうだ。自分たちは英語を最も重視してきた。これがシンガポール発展のキーだった。おかげで世界有数の先進国となった。でもそれを変えなきゃいけないという。ですが今になって気づいたんです。英語がいくらうまくなっても英国人やアメリカ人にはかなわない。一方で自分たちがこれまで培い受け継いできた華語という母語文化が失われ、もうもはや取り戻せない段階になるのではないかと心配しているのです。100年後にシンガポールはまだあるのかと。そこでリーダーは華語の復活を唱えたのです。


リー・クアンユーのことですね。華語復活のためには「李光耀」と書かなくちゃいけない。昨年亡くなった彼の葬儀にはシンガポール中から弔問の列が出来て、十数時間並んでしたのです。ふだん政治に興味のなさそうな私の知人も参列したそうです。


ちなみに私も追悼本買いましたよ。

「光耀一生」

ちらりと見てみると確かに載ってますね。華語力低下への懸念が。

亡くなる直前には最大の関心事だったようです。

発展は成し遂げたけれど歴史との連続性を分断してしまう恐れを抱いていたんでしょう。

逝死前数月仍挂心双语教育
亡くなる数ヶ月前までも両言語教育が気がかりであった

d0018375_20032672.jpg

でもシンガポールのグローバル化は世界とともにどんどん進んでしまい政策の変化が趨勢を止められるのだろうか?

言葉って重要ですよね。歴史が凝縮されている。グローバル言語がブロークンイングリッシュのグロービッシュだとしてもビジネス上の会話だけなら浅薄です。そこには文化的香りがしない。そこいくと母語のある国は母語を大事にした方がよい。さらに日本語の場合は漢語文化を引き継いでいる。中国語四千年の歴史は漢字でアーカイブされています。ネットの共通語は英語かもしれないが、漢字のストックにアクセスできるのは漢語文化圏の我々だけなんです。その意味だけでも中国語を学習する価値があるよね。


そして今、現代日本の神保町の喫茶店で原書好きが集まって中国語原書を語り合ってる。まだまだ大丈夫だよ華語文化。なんかロマンチックに思えてきた。神保町って場所もいいね。漢字アナログデータが日本で一番ストックされてる場所じゃないかな?もしかして世界一?


当日参加の皆様の濃厚なオススメ本は主催者Ayumiさんがまとめてくれたのでリンク貼っておきます。

第10回中国語原書会・開催報告


ぺりおさんの強烈なご本はこちらです。

中国語で本を読むよ


おそらく語学の大天才であろう稲村文吾さんのブログはこちら。

浩澄亭日乗

ご著書ありがとう。

ぼくは漫画大王

ぼくは漫画大王

胡 傑/文藝春秋

undefined



まずは息子に読ませて夏休み感想文宿題の題材に。


以上










[PR]

by zhuangyuan | 2016-08-11 20:18 | 学習 | Comments(0)


<< 映画「湾生回家」 こころのふる...      東インド会社のお嬢様が世界を切... >>