中華 状元への道

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2014年 09月 28日

ボルネオの地図は誰がひいた?

先日、夏のボルネオ旅行でお世話になった動物博士と食事する機会がありました。
旅行好き、動物好きの強者が集まった会合はエキサイティングでありました。

先生は今度少数民族に関する本も出されるとのことで
ちょっと疑問に思ったことを聞いてみました。

「ボルネオ島はマレーシア領とインドネシア領に別れてますが、
どうしてあんなに小さなブルネイが存在しているんですか?」

「そもそもブルネイ王国が島を治めてました。ボルネオって言葉だってブルネイってことですよ。」

それが19世紀にブルックという白人王朝に領土をとられたそうです。

ブルネイ王国はサラワクで先住民の反乱に手を焼いており、
なんの因果かイギリス人探検家ブルックに鎮圧を頼んだ。
見事勝利したブルックはブルネイ王から藩王に指名されサラワク王国を作る。

詳しくはこちら

これがブルネイにとっての運の尽き。
この白人、領土拡大野心がいっぱいでどんどんブルネイの領土を奪っていったといいます。

白人王朝は3代100年も続き、日本の占領まで続くのです。
ジャングルの中に白人王朝。
なんかロマンがありますね。
でも悪そうだな白人君主。

日本の敗戦後はこのブルックさん王国の宗主権をイギリスに譲渡しちゃいました。


ボルネオ島のマレーシア側には上記のサラワク州ともうひとつサバ州があります。

このサバにも宗主権をめぐる面白いエピソードがあります。
これも先生が教えてくれました。

ボルネオのサバは非常に安全な場所ですが
先日、フィリピンから武装集団がやってきたと。

この集団、スールー王国の末裔を名乗って宗主権を主張するそうです。

「たまにフィリピンからやってくるんですよね。実はマレーシア政府はスールー諸島が属する
フィリピンに毎年お金を払っています。領土の賃借料とも言えます。それをもっと値上げしろって忘れたころにやってくるですよ。」

サバ州ある地域はブルネイ王国とスールー王国が統治してたそうです。

マレーシアは1957年に独立しますが今でも英連邦の一員です。
インドネシアの独立はオランダから。

そんなヨーロッパ人が決めた現在の国境では割り切れない事情はたくさんあるんですよね。

マレーシアにフィリピンの武装勢力とか言われたって
スールー王国民にしたらチャンチャラおかしいぜって感じでしょう。
俺たちはスールーだし、
国境のうちも外も、両方俺らのもんだろてなところ。

以上







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by zhuangyuan | 2014-09-28 21:30 | 文化、歴史 | Comments(0)


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