中華 状元への道

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2005年 10月 04日

司馬遷の末裔

司馬遷といえば史記を書き上げ中国の歴史をつくったと言っても過言ではないでしょう。
二十四史の第一発目です。

語言大学の先生曰く、国家として正式に歴史が書かれて記録されているのは中国だけだと。
確かに日本にも歴史書はあまた存在するけど国として正式なものはほとんどないですね。どれも一族の目から見た歴史ですね。徳川だとか武田だとか。

その司馬遷ですが今年は生誕2150年だそうです。
先日とりあげた6月9日の南方周末に特集記事がありました。

司馬遷の末裔が住むといわれる人里離れた村では記念行事が行われたそうです。

徐村四面环沟,地处遍远僻静。
在民间传说中,徐村是一群亡命天涯的人精心挑选的隐藏之地。

徐村は四方を谷に囲まれ、どこを見ても辺鄙で静まりかえっている。
民間の言い伝えでは、ここは地の果てへの逃亡者たちが苦労して探し当てた隠れ里である。


なんかこんなの読むとどきどきしてきます。

このには一つの碑がありそこには「法王行宮」fawangxinggong(法王の行宮)と書いてある。
しかしこの本当の読み方は逆から読み「宫刑枉法」gongxingwangfa(宮刑は濡れ衣だ)とのこと。

司馬遷は漢武帝に仕えていましたが戦争に負けた将軍である友人をかばったため投獄され
あげくは宮刑に処される。(男の象徴をちょん切られる刑。ああ恐ろしい。巨泉のとは違います。)

この恨みつらみを碑にのこしたとのこと。

この村には司馬遷の末裔が住むという伝説には次の根拠がある。

この村にはさんという姓とさんという姓の家族が大部分だそうです。

同という字は司馬遷の司に1を加えただけであり、冯は馬に二水をつけただけです。
その2家族には
冯同不分,冯同不婚(冯同は別れてはならず、結婚してもいけない)
という不文律があるそうです。

なんか歴史探偵のようでたのしくなっちゃいました。
でもあそこがないのになんで末裔がいるんでしょうか?
その前の子かな。
と思い調べてみると48歳で刑を受けてました。

ということはそれから計52万6千5百字を書き上げたのか?
ものすごいパワーです。
何事もやる気ですね。
わたしは33才から中国語。まだまだいけますね。

以上
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by zhuangyuan | 2005-10-04 21:57 | 文化、歴史 | Comments(0)


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