中華 状元への道

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2012年 11月 10日

1950s 混沌と芸術

先日、東京国立近代美術館の夜間特別観覧会に参加しました。
ブロガー枠として抽選に当たりました。

美術にぶるっ ベストセレクション 日本近代美術100年

「2時間では観覧しきれませんよ」とのお言葉どおり
100年間の名作でびっしり。

とても紹介しきれません。
私が気になったのは第二部「実験場1950s」と題した企画展。

この近代美術館がオープンしたのが1952年。
敗戦からの激動で価値観が混沌としている時期。
そのころ芸術も大きく動いていた。

戦争が終わり打ちのめされて
GHQ支配のもと民主主義、平和主義なんてものが出てきて
このまま行くのかなと思わせといて
朝鮮戦争、再軍備、基地闘争、原子力開発、逆コース

原爆映画が流れていました。
この映画1946年に原爆の被害状況を記録するためにとられたのですが
米軍に没収され、1952の独立後まで公開されなかったとのこと。
民主主義をプレゼントしてくれたアメリカさんのイメージ操作ですね。

私ちょうどこの本を読んでました。

敗北を抱きしめて〈上〉―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー / 岩波書店



戦争で焼き払われた国土で、かつての敵国に与えられた民主平和主義の中、
貧困にまみれつつも逞しく立ち上がる日本人を描いています。

ピューリッツァー賞受賞。

軍国主義で神の国から一転して、ギブミーチョコレートと子どもが米兵に群がり
パンパンがパングリッシュでご奉公、
敗戦から一年後にはチューインガム工場が400社もできたとあります。
すさまじい適応能力。いいのか悪いのかわかりませんが。

著者いわく
日本人は明治維新からの100年間、根本からの変化を常に予期して
変化に適応するよう訓練されてきたといいます。

文明開化
日露戦争
大正デモクラシー
軍国主義
敗戦

そして50年代を迎えます。

またまた大変化。
平和主義、非武装だったのが、自衛隊。
原爆落とされたのに原発開発
民主化で労働者権利を守るはずがレッドパージ、弾圧。

そんな大変化を芸術家たちが見つめ混沌とした怒りや不安を表現しています。
意味はわからないけど、気迫が伝わってくる。

美術展目録のはじめのことばにこんな意味のことがありました。

50年代の混乱をくぐりぬけ、高度成長し、その後現在にいたるわけですが
今この時代に50年代を現在の視角でみて、冷戦の始まりだったなどと安易にみてはいけないと。
当事者を生きた人々は先の見えない混沌を貧困のなかに暮らし、既存の芸術など何の役にも立たないと
思い知り、新しい手法を模索したんだと。

現代の低温のもやっとした不安と違い、時代のエネルギーを感じました。
あるいは日本でなく、新興国で生きていると同じ時代も違う感じ方ができるのでしょうか。

以上
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by zhuangyuan | 2012-11-10 21:50 | 文化、歴史 | Comments(0)


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