中華 状元への道

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2005年 08月 15日

蟻の兵隊

なんか面白い映画ないかなとネットで探していると蟻の兵隊を見つけました。

この映画まだ製作中で上映されていませんが内容が非常に気になりました。

日本敗戦後、中国山西省で日本軍の一部が国民党軍に引き渡され国共内戦を
戦ったそうです。その生き残った兵士を追うドキュメント。是非見たい。

大きな歴史のうねりの中で必死にいきながら歴史に翻弄され
結局忘れ去られる。
こうしたものに再びスポットを当て映像化することは歴史認識に新しい尺度を
あたえることができる有意義な仕事ですね。

ちょっと中国サイトでこの山西の出来事について調べてみました。
上万日军帮蒋打内战被解放军全歼(蒋介石を支援して内戦を戦った一万を超える日本軍が解放軍に殲滅された。)という刺激的な見出しの文を抜粋します。
(何分戦争についての文章で一方の側から書かれた文章なので公正が保たれているかどうか
はわかりません。)
当时,山西的日军第一军有5.9万人,阎锡山既想把这支部队的武器装备据为己有,又想将日军残部收编,以对抗共产党领导的八路军
当時山西には日本軍が5万9千人いて阎锡山はこの部隊の兵器を占有し、日本軍も再編成して八路軍に対抗しようと考えた。
“日军虽然战败了,但素质优秀,希望能留下一部分日军负责保安工作。”

「日本軍は負けたが、素質は良いので一部の軍隊が残って保安を担当してくれ」
と阎锡山は日本軍将軍に言った。
“如果留守人员总数达不到阎长官要求的1.5万人,就将在山西曾犯有杀人、掠夺、强奸等罪行的日军官兵作为战犯判刑,复员回国毫无希望。”
「もし残留する人員が長官の要求する一万五千人に至らないなら、山西で殺人、略奪、強姦などの罪を犯したものは戦犯として裁き、復員の望みはないぞ」と脅し結局一万五千が残留したとのこと。
内战初期,阎锡山狂妄地认为,装备精良的晋军足以对付晋冀鲁豫的共产党军队,并没有让日军直接参战,而是按照“第二战区司令长官合谋社”的计划,让日军更多地参与后勤保障、通讯、训练等工作。
内戦初期、阎锡山は傲慢に次のように思っていた。山西の装備は優秀で各地の共産軍に対峙するには充分であり、日本軍には直接参戦させなくて良い。そして第二戦区司令長官の計画によると日本軍は後方支援、通信、訓練などを行うことになっていた。

しかし結局参戦することになり、
在1948年至1949年的太原战役中,又有大约1100多名日本兵参战,700多人被打死,400余人被俘,至此,阎锡山部队中的日军已基本被解放军全部歼灭。

1948-49年の太原戦役で1100人の日本兵が参戦し700人が志望し、400人が捕虜となった。ここに至り阎锡山部隊の日本軍は解放軍に殲滅された。

(個人的にはここからが怖い。)

对于这些双手沾满中国人民鲜血的被俘日军官兵,解放军却发扬了人道主义精神,把他们送往大同云冈一带的煤矿进行劳动改造,特意安排他们在相对安全的地方“背矿”,并且保证他们能吃饱穿暖,帮他们改造思想。这些日军战俘从心灵深处感受到了解放军的关怀和温暖,他们中的一些人被遣返回国后为中日友好积极奔走,还有一些人留在了中国,希望能用自己的实际行动弥补日本军国主义对中国人民犯下的滔天罪行。

これらの両手が中国人民の鮮血で染まった日本軍の捕虜に対し、解放軍は人道精神を発揮し、彼らを大同云冈一带の炭鉱に送り、労働改造を行い、特別に安全な場所で鉱石運びをさせた。そして食べ物と衣服を保証し、彼らの思想改造を手伝ってあげた。これらの捕虜は解放軍の配慮や温かさに心から感動し、日本返還後も中日友好に積極的に奔走し、またある人は中国に残り、日本軍国主義が中国人民に犯した甚だしい罪を自ら行動することによって補っている。

(事実の列挙だけにしてもらうと興味深く読めるんですけど
抽象的な宣伝っぽいのが入ってくると何かさめちゃいます。)

歴史は後から書かれるものですので敗者の事情など一顧だにされません。
ましてや一人の兵士のことなど。
国民党が勝ってたら日軍義勇軍といて英雄になっていたかも。

以上
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by zhuangyuan | 2005-08-15 10:19 | 文化、歴史 | Comments(2)
Commented by tubomim at 2006-09-13 21:22
前にご相談があった件についての対策:http://blog.excite.co.jp/staff/4273001/
Commented by zhuangyuan at 2006-09-13 22:08
tubomimさま
これはありがたい。最近またこれに困ってました。今度のは一日に何回trackbackが来ているのかわからないほど多かったです。


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