2010年 08月 01日

日韓発展の礎 満洲

先週は韓国出張。
韓国財閥企業はスピード経営で世界を席巻しています。

韓国の戦後の高度成長は韓江の奇跡と呼ばれました。
この成長を成し遂げたの独裁者、朴正煕大統領。

彼の成功のルーツには満州があるんですって。

「大日本・満州帝国の遺産」

大日本・満州帝国の遺産 (興亡の世界史)

姜 尚中 / 講談社



朴正煕と昭和の妖怪、岸信介を中心に戦後の発展と満洲の関わりを描いています。

満洲で岸は官僚主導の傾斜生産方式での経済発展をすすめ、戦後首相になると統制経済ばりに経済発展を押し進めた。その意味で戦前と戦後には断絶はなくダイナミックな連続性があるといいます。

その満洲方式を日本以上にうまく成し遂げたのが朴正煕率いる韓国。「あんなにうまくいくとは思わなかった」と岸にいわせるほどの成功であったと。

朴正煕はじつは満洲の陸軍士官学校をでているそうです。当時は日本名高木政雄を名乗っていた。

当時の満洲はいわばエルドラドのようなものであったそうで希望に燃える日韓の若者を引きつけていた。韓国では当時、四大狂という言葉があり、満洲狂はその筆頭で一攫千金を目指すひとであふれかえったと。

韓国はいまでもそうですよね。
中東がいいとなるとみんな中東にゴー!
中国がいいとなったら今度は中国!
今はインドかな?

これが当時は満洲だったんでしょう。

戦中満洲ですごした朴正煕は戦後紆余曲折をへて首相にまで上り詰めます。

そして当時の満洲トップ岸と関わることになるのです。
岸は韓国にふかく結びつくのですが韓国発展のおおきな原動力の一つになったのは日本の戦後賠償。

1965年の日韓条約以降、有償、無償借款が日本から行われ発展の基礎を築くのです。この巨額の資金は日韓与党の利権ともなり戦後の日韓政治家の結びつきを深めたのでした。

こうして両国ともに満洲の実験を糧にめでたく経済発展を成し遂げたのです。



出張中にお客さんがいいました。

「朴正煕は在職中は独裁者だとして非難されましたがそのあとの大統領がひどすぎたので今は評価する声の方が大きいですよ。今の韓国は民主化しすぎてなにも決まりません。日本もそうでしょう?朴正煕のような人が出てくれば不況から抜け出せるんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね。でも開発独裁は切り捨てられる人多いですからね。」

翌日、大統領官邸、青瓦台のそばを通りかかったとき、お客さんがいいました。

「私は子供のころ、このあたりに住んでいたんですよ。
でもに住んでいたんですよ。朴大統領の時代に立ち退きさせられたんです。」

やっぱり大変ですね。

以上
[PR]

by zhuangyuan | 2010-08-01 21:09 | 文化、歴史 | Comments(2)
Commented by nihaoperio at 2010-08-01 21:38
今ちょうどNHKでやってますね!
満州については一面的なとらえ方(戦争ドラマのような)が多いように感じます。
仕方ありませんが。
日本×中国・朝鮮だけではなく、世界的な視野で見ると非常に興味深いですね。
Commented by zhuangyuan at 2010-08-06 16:16
nihaoperioさま 満洲は当時日本のフロンティアで日本の既得権益を打破したい人はそのを目指したんでしょうね。満州はアメリカと同じで五族共和の合衆国を目指したともいいます。でも戦後は偽の一言ですまされる。負けると全てが否定される。これが歴史ですかね。


<< ハングルのお勉強      かわいそうな皇帝ちゃん >>