中華 状元への道

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2005年 06月 24日

扣帽子

今日先生に幼少のころの文革の思い出を聞かせてもらいました。

小学校にあがる前、北京にいた彼女は今でも文革のころを鮮明に覚えているとのこと。
社会が乱七八糟(めちゃくちゃ)で三角帽子をかぶった資産家や知識分子が首からプラカードを下げさせられ市中を引き回されていた。当時わけもわからず面白かったので皆と一緒に投石したりしていたとのこと。

それもほどなく彼女の家にも影響が出てきたと。
彼女の母親は苏联大使館(ソ連)のために翻訳などをしていたが大字报(壁新聞)で政策批判した内容が問題ありとして右派とレッテルを貼られた。

そこで紅衛兵が自宅にやって来て抄家(家財没収)され外国紙幣、宝石、株券など破壊、没収されたとのこと。また母親はソ連の特务(スパイ)だとして一週間牢屋にぶち込まれたそうな。

母親に特に問題があったわけではないが母親の父親が国民党出身で資産階級であり、ロシア語に堪能なことから扣帽子(罪をなすりつけ)され釈放以後も職業剥奪され、公衆の面前を堂々とあるけなくなり外出時には顔をスカーフで覆っていたとのこと。

中国は革命当初は親ソ連で苏联老大哥(ソ連兄貴)と慕い、技術指導などを受けていたが、
文革時は仲たがいしておりそのことも大きく影響したらしい。

彼女自身も父母有问题として学校でも紅衛兵小学生版红小兵になれずにいじめられたとのこと。

ただし彼女の家はまだましなほうで他にもっと酷いめにあったひとは大勢いるとのこと。
国家主席の劉少奇でさえつるし上げあれるんですから国全体が狂っていたんでしょう。

そのご彼女の一家は親戚をたより香港に移住したとのこと。

そして文革後十数年たったある日、母親に一通の手紙が北京政府から届いた。
「あなたを右派としたのは誤りであった」と。
母親はこの十数年を返せと嘆いたがもちろん時間は帰ってきません。

政治はホントにおそろしい。ワイルドスワンを地で行く話でした。
ワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン Jung Chang 土屋 京子 / 講談社


そういえばユン チアンは欧米で毛沢東についての暴露本を出して
かなり話題になってるそうです。アメリカで10月に発売されるみたい。
イギリスはでてるみたい。



以上
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by zhuangyuan | 2005-06-24 00:08 | 文化、歴史 | Comments(0)


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